ポケットモンスターHEXA BRAVE












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第八章 十六節「正義の心」

 ポケッチに伝令が届く。

 カルマは蛙顔の後に続きながら通信を開いた。蛙顔はポケモンを持っていないが、通信機器としてポケッチを使っている。しかし、滅多に自分から通信に出ようとはしない。広域通信と表示された画面にカルマは小首を傾げた。

『この通信を聞いている全てのウィル構成員に告ぐ。俺の名はα部隊隊長、ランポ。これから話す事は嘘偽りのない真実だ。反逆者はユウキではない。真にカイヘンに害をなし、カントーに仇なそうとしているのはたった一人の敵だ。その名前はカルマ。ウィルの中で上位のポストについている人間だが、その名前を知らぬ人々も多いだろう』

 自分の名前が広域通信で漏れてカルマは目を瞠った。これはどういう事なのか。何が起こっているのか。整理する合間にもランポによる声が続く。

『カルマはリヴァイヴ団の元ボスだ。併合後のウィル内部においてカルマはRH計画なる計画を裏で推進し、カントー打倒を目論んできた。そのデータは今、俺の手の中にある。このデータをカントー側に開示するだけの準備が既に整っている。そうなれば、カルマはカントーを相手取る必要に迫られる。ヘキサ再興計画であるこの計画を、我々カイヘンの民は許すわけにはいかない。断固として戦う姿勢を持つべきだ』

 何を言っている。カルマは目を慄かせた。自分の思う通りに進んできた事柄に急に障害が入った。その横槍は全てを台無しにしようとしている。カルマが積み上げてきた、全てを。

「カルマ……。ランポの話は、本当なのか?」

 蛙顔が立ち止まりカルマへと問いかける。カルマは小さく舌打ちを漏らし、「そんなわけがないでしょう」と答える。

「これは陰謀です」

「だが、ランポがお前のような私の従者に過ぎない人間の悪事を告発したところでどうする? これが確定情報で、ある程度物事が進んでいるから、ランポは号令を発した。私の与り知らぬところで、カルマ、お前は何を……」

 余計なところで頭が回る。普段ならば鈍い思考を叩き起こさねばならないくせに。カルマはしかし、穏やかな態度を崩さずに、「これは罠です」と言った。

「誰かがわたくしと、あなたを陥れようとしている。組織ぐるみの罠だと考えていいでしょう。そうなってくると、咄嗟に浮かぶのはウィルの総帥でしょうか」

 先ほど話したコウガミが実は裏切りの伏線を張っていた、とは考え辛い。自分の身を守る事だけでもあれは精一杯だろう。ならば別の誰かが最初からカルマの行動を予期していたという事なのか。RH計画に関連する施設ばかりを狙っていたのはユウキの独断ではなく、誰かが手綱を握っていた。誰だ? と思いを巡らせる。コウガミか、ランポか、それとも半年前に喋れなくしたアマツか。誰でも可能に思えてカルマは思考の迷宮に陥るのを感じた。

「馬鹿な、総帥がそのような事を。我々を陥れたところで、磐石なウィルの情勢に亀裂が走るだけだろう」

 どうやら自分の保身を考えるとこの男は頭が回るらしい。カルマを信じようとしない蛙顔へと、「では誰だと言うんです」と声を振りかける。すると、「お前が企んでいたのではないのか」と暗い眼が返ってきた。カルマは瞠目して後ずさる。

「まさか」

「どうだかな。お前は私の支配を快く思っていなかったとしたら全ての辻褄は合う。ウィルの実効支配と、リヴァイヴ団の併合を最初に提案したのもお前だったな。それは全て私兵を整えるためではないのか? 来るべき時に、ウィルにカントーを罰するだけの理由を与え機会を窺ってきた。そう考えると、分かる話じゃないか。ランポの言葉とて突飛ではない。今までのお前の行動が全て、ヘキサ再興のためにあったのだとしたら、私も騙されていた事になる」

「ちょっと待ってください。言いがかりです」

 まだ無能な部下の仮面を下げるわけにはいかない。カルマは食い下がったが、蛙顔は、「いや」と言い放つ。

「お前のせいで、私の首も危うい。ここまで上り詰めたって言うのに、恩を仇で返すとは。お前を許さんぞ。ハリマシティの留置所に幽閉して、死ぬまで苦痛を味わうといい。私の権限ならばそれが出来るんだ。お前程度――」

「黙れ」

 カルマは思わず遮って口にしていた。低い声音に蛙顔が気圧されたのを感じる。しかし、顔を赤くして反論してきた。

「何が黙れだ! お前のせいで私まで」

「だから、黙れと言っているだろう。うすのろが」

 カルマはマスターボールを取り出し、中空を薙ぎ払った。直後、蛙顔の身体が弾き飛ばされた。壁にぶつかり、鞠のように跳ねる。カルマは静かに命じた。

「デオキシス。もう生かしておく必要はない。殺せ」

 カルマのデオキシスが空間を飛び越え、壁に突っ伏した蛙顔の身体を引き裂いた。蛙顔が風船のように弾け飛び、血糊を撒き散らす。カルマは襟元のネクタイを緩めながら歩き出した。幸いにして目撃者はいない。ウィルの施設の廊下だからだ。監視カメラが捉えているだろうが今さらではあった。カルマはポケッチから聞こえてくるランポの演説に耳を傾けた。

『カルマという人間は、RH計画。通称リヴァイヴヘキサ計画というヘキサ再興計画を練って、人民を欺き、人心を掌握し、影の存在として生き永らえてきた。今こそ、その存在を白日の下に晒す時が来たのだ。今のままではカルマの思い通りに事が運び、カイヘンは再びヘキサという火種を抱える事となる。ヘキサの悲劇を二度と起こしてはならない。これはカイヘンに住んでいるのならば共通認識であると俺は考えている』

「ふざけるなよ、俺の指示で動いていた駒が、今さら意思を持ちやがって」

 カルマは吐き捨てながら廊下を抜けて、ウィル本部の前に停車している黒塗りの車へと向かおうとしたが、待っていたのは車ではなく、武装したウィルの構成員達とその前に佇むランポだった。

 カルマが唖然としていると、ランポがポケッチに吹き込んだ。

「今、ウィルの本部から出てきた俺の目の前にいる男こそ、カルマだ。あれが全てを操ってきた元凶なんだ」

 構成員達の視線が矢のように突き刺さる。カルマは片手を振るって、「言いがかりです」と弱々しく口にした。この場では無力な人間を演じなければならない。

「わたくしにはそのような力はございませんし、カントーに楯突こうなどもってのほか。わたくしには何も出来ません」

 カルマはおろおろと泣き出そうとしたが、ランポの隣に立っていた構成員が指差した。

「ランポ様。奴のポケモンが出ています。お気をつけください」

「デオキシスか」

 囁かれた言葉に、「何故……」と思わず口にしていた。ハッとして口を噤もうとした時には最早手遅れだった。

 瞬間、刃のように切り込んでくる思惟を感じ取り、カルマはデオキシスに弾かせた。飛んできたのは一発の毒針だ。カルマを狙撃しようとしたらしい攻撃に、同調能力を持つ狙撃手の事を思い出す。

「貴様ら……!」

 カルマは怒りを露にして怨嗟の声を出す。ランポが落ち着き払った様子で、「それがお前の正体か」と告げた。

「こちらが下手に出ればいけしゃあしゃあと。あの蛙顔の男もそうだった。――ああ、名前すら覚えていない。そんな事に割く脳の容量もないのでね。いい気になりやがって。コウガミもだ。全員、ヘキサ再興のために利用してやろうと思っていたのに。それまではせめて生きた傀儡を演じてもらおうと思っていたのに。どうやら貴様らは死にたいらしいな」

「死ぬつもりはない。それに、ここにいる全員がお前の罪を告発する参考人だ。もう逃げ場はないぞ、カルマ」

「逃げ場がない?」

 カルマは鼻を鳴らした。怪訝そうにランポが眉根を寄せる。

「まだ抵抗するつもりか?」

「笑わせる」

 カルマは片手を薙いだ。デオキシスが紫色の残像を帯び、一瞬にしてランポの懐へと潜り込もうとする。それを阻止したのは二体のポケモンだ。ドリュウズとドクロッグ。ランポの部下とランポのポケモンが察知し、守りを固めようとしたが既に遅い。思念の加速を得たデオキシスからしてみれば止まっているようなものだ。

 デオキシスの払った腕による刃のような一撃がドリュウズの鋼の爪を断ち割る。防御の姿勢を取ったドリュウズが怯んだ隙を突いてランポへと肉迫しようとしたが、ランポの前にはドクロッグがいる。

 ドクロッグが拳を放つが、デオキシスは全ての軌道を予知し、軌道上へと応戦の拳を放った。光の速度を超える拳のぶつかり合いに勝ったのは当然デオキシスだ。ドクロッグの拳の先についている鉤爪が歪んだ。それに加え、強力な一撃によって拳の形が跡形もなく変わっている。最早ドクロッグは戦闘不能だった。

 デオキシスが拳であった腕を触手に変えて、二重螺旋を描く鋭い触手でドクロッグの頭部を断ち割った。ドクロッグの顎から額にかけて傷が走る。血が迸った瞬間、ようやくドクロッグの認識が追いついたようだった。全ての現象が遅れた時間を取り戻すように巻き起こる。ドリュウズの鋼の爪が割れ、ドクロッグが瀕死の重傷を負わされたのは相手にとっては一瞬の出来事に思えた事だろう。

「ドクロッグ!」

「ドリュウズまで……。反応して前に出したのが裏目に出たか」

 構成員が口走る。カルマは片手を上げてデオキシスを傍らに戻した。まだ懲りずに狙撃姿勢に移ろうとしている狙撃手へと意識を向ける。カルマは軽く片手を振った。すると、ぶれて二重像を結んだ紫色の残像の腕を振り上げて、デオキシスが身体を翻した。その一撃でウィル本部から隣接するビルにかけて亀裂が走った。

 砂煙が舞い散り、轟と渦を成して空気が集束していく。びりびりと空間が鳴動し、破砕した破片が空気を切る音が幾度も聞こえた。その中に狙撃手の存在を感じる。どうやらデオキシスの一撃からは間一髪逃れたようだ。

「運がいいのか、それとも勘か」

 どちらでも構わない。カルマはデオキシスが巻き起こした混乱に乗じて逃げ出そうとしていた。デオキシスと共に真正面から、堂々と歩み出そうとするカルマを、ウィルの構成員達が取り囲んだが、カルマは軽く片手を薙いでいなした。構成員達が紫色の残像に吹き飛ばされていく。

 手段にこだわっている場合ではなかった。この事態を終息させるにはユウキを先に確保し、RH計画共々ユウキの仕業という事にしなければならない。そうしなければ収まりがつかないだろう。コウガミの手腕には期待出来そうにない。コウガミはいざとなれば自分を切るつもりだ。それは肌で感じていた。

「逃がすか」

 立ち塞がった声と存在に、カルマは目を向ける。頭を断ち割られたドクロッグとその主人であるランポが前に出ていた。しかし、ランポの膝が笑っている。恐怖しているのは明白だった。

「恐怖しながらも、何故、俺の前にいる? どうしてそこまで出来る?」

「誓ったからだ」

「誓っただと? 誰にだ」

「黄金の夢に、命を賭けられる仲間達に。俺はもう、誓いから逃げ出すような男ではない」

 ランポは左胸に拳を当てて声を張り上げた。その胸には反転した「R」の矜持がある。

「俺はチームブレイブヘキサのリーダー、ランポだ! 後に続く者に、道を示す義務がある!」

 カルマはその言葉を聞き、高笑いを上げた。乾いた拍手を送りながら、「志は立派だな」と冷笑を浮かべる。

「だが、何も伴っていない。リヴァイヴ団も、チームブレイブヘキサも、全ては俺のためにあったのだ。俺を押し上げるのが貴様らの役目だった。その役目も果たさず、俺に牙を剥こうとする。どちらが悪かは、言うまでもないな」

 デオキシスの一撃がドクロッグを飛び越えてランポの肩口を貫いた。一瞬にして血飛沫が上がり、ランポは肩を押さえて後ずさる。

「次はどこがいい? 脚か?」

 ランポのふくらはぎを刃の一撃が襲った。肉を抉り取った攻撃にランポはよろめき、その場に膝をつこうとする。しかし、最後の一線で耐えているようだった。カルマは苛立ちを募らせて声を吐き出す。

「貴様は、何に忠誠を誓っていると言うのだ」

「……さぁ。俺にも分からなくなってしまった。だが、これだけは言える」

 ランポは鋭い光を湛えた双眸をカルマへと向ける。その輝きの強さに覚えずたじろぐ声が漏れた。

「お前は邪悪だ。邪悪を止めるのが、チームブレイブヘキサ。ヘキサで傷ついたこの地を勇気で立ち上がらせる。そして――」

 ランポは今にも倒れそうでありながらしっかりと二本の足で立ち、言い放った。

「俺はそのリーダーだという事だ!」

 カルマの感知野に差し込んでくる攻撃の意思を感じ取り、そちらへと意識を向ける。ドリル形態へと変化したドリュウズが粉塵を引き裂き、カルマへと突っ込んできた。カルマは目線を向けるだけでデオキシスを操る。デオキシスの放った一撃が鋼の表皮を破り、突き上げた攻撃でその勢いを削いだ。ドリュウズが身体を展開させ、荒い息をついている。両腕の鋼の爪は見る影もない。それでも戦意を失ってはいない。

 何故だ? とカルマは問いかける。こいつらは何を信じている?

「組織以上に信じるに足るものは何だ? 誰の許しを得て、この場で息をしていると思っている?」

 全てはカルマが存在したから、今まで回ってきたのだ。ランポの命もコウエツシティで終わらせる事は出来た。チンピラで一生を終える事は出来たというのに。

「馬鹿な奴らめ。俺に殺されに来るとはな」

「殺されはしないさ。俺達の命は潰えても、意志は途切れない。受け継ぐ者がいるからだ」

「ユウキか。あのようなガキに!」

 カルマは片手を振るった。デオキシスが同期してランポへと一太刀を浴びせる。袈裟切りに裂かれた傷痕から血が滲む。その一撃へと交差するもう一撃を放つ。

「何が出来る!」

 ランポは押し込まれるように倒れそうになる。しかし、まだ立っていた。血反吐を吐きながらも、まだ倒れない。

 カルマは獣のような雄叫びを上げた。ランポの腹部へとデオキシスの腕が突き刺さる。ランポが目を見開く。構成員が、「ランポ様!」と声を上げる。カルマがにやりと口元を歪めると、ランポは息も絶え絶えに、「ようやく……」と口にした。デオキシスの腕を掴んで、何度か切れそうな意識の糸を張り詰めているようだ。

「捕まえたぞ。デオキシスを俺の実力で捉えるには、これしかないと思っていた。最初にデオキシスのデータを見た時から、ずっと……」

 デオキシスの背後にドクロッグが立っている。ほとんどひしゃげた拳を掲げて構えを取った。まさか、砕けた拳でデオキシスを打ち据えようと言うのか。

「やめろ。無駄に終わる事は明白だ」

「かも、しれないな……。だが、俺は最期の瞬間にお前に一矢報いる事が出来るという、これ以上のない誉れを得る事が出来る。エドガー、ミツヤ。俺を許してくれるか?」

 呟かれた声に、「やめろ」と返す前にドクロッグが拳を放った。スピードフォルムのデオキシスの身体に血のついた拳が叩き込まれる。しかし、その拳はデオキシスの表皮を軽く小突いた程度だ。血がべっとりとついた手が表皮を撫でたのを覚えて、カルマはその不快感に手を振り払った。

 ドクロッグの腕が肘先から切断される。ドクロッグが倒れるのと同じくして、デオキシスで貫いているランポから力が抜けていった。

 まるで主人とポケモンが同期していたように、二つの身体は同じ末路を辿った。デオキシスが腕を引き抜き、ランポの頭を足蹴にする。

 それに耐えられなかったのか、ドリュウズが特攻してきた。しかし不完全なドリル形態は食い破られた蓑虫のようだ。デオキシスは足を振り上げて尖った踵でドリルの先端を捉えた。回転するドリルが逆効果に及んで鋼の表皮を砕けさせていく。デオキシスが踵落としを決めると、ドリュウズがその場に倒れ伏した。操っていた構成員は苦渋に顔を歪めている。カルマとデオキシスを止めようとする者はもういないかに思えた。しかし、一人、立ち塞がった。見た事もない構成員だ。それが震えながらホルスターからモンスターボールを引き抜き、カルマの前に立っている。カルマが小首を傾げ顎でしゃくると、デオキシスが構成員を吹き飛ばした。しかし、その構成員はまだ立とうと懸命に手をついている。カルマは、「何だ」と呟いた。

「名前も知らない奴が出しゃばるな。俺の前に立っていいのはこの世において俺だけだ」

「名前なら、ある……!」

「聞いていないな」

 カルマはデオキシスで叩き落とそうとした。構成員は失神したかに見えたが、まだ息があるのか、「お前を、止めるのが」と口にした。

「ウィルの役目だ……」

 その言葉に構成員達が一人、また一人とカルマの前に立ち塞がった。どれも顔も名前も知らない、ただの歯車だと思っていた人々だ。それがどうしてだかカルマの行く手を遮る。カルマは、「邪魔だ」と目線でデオキシスを操り、道を切り拓いていく。しかし、人々は倒れても立ち上がり、カルマを防ごうとポケモンまで出してきた。カルマは舌打ちを漏らす。

「一般構成員風情が。どうして俺に指図出来る」

 覆い被さろうとしてきたポケモンを思念の波動で弾き飛ばし、カルマはその場からテレポートで立ち去ろうとした。ユウキをこの手で押さえ、カントーへと突き出せばいい。まだ自分にはウィルの幹部としてのポストがある。ランポの演説は一事の気の迷いとして処理された。それでいい。自分はカルマという名前すら捨てて、また新たに立場を作り直せばいいのだ。コウガミの力を使えば容易いだろう。

 構成員がまた雄叫びを上げて襲いかかってくる。カルマは、「ちょこざいな!」と手を振り翳す。構成員がデオキシスの歯牙にかかり、一人、また一人と倒れていく。

「貴様らが何匹、何十匹たかろうが俺に傷一つ負わせられるものか。帝王はこのカルマだ。依然、変わりなく」

 カルマが口角を吊り上げて笑うが、まだ生き残った構成員が抵抗を続けようとしている。カルマは、「何故だ……」と口中に呟いた。

「無駄だと分かっていて、何故戦う? 何がお前らをそこまで衝き動かす?」

「お前には、一生分からないだろうさ」

 その声は先ほどドリュウズを操っていた構成員だ。物言わぬランポの瞼をそっと閉ざし、カルマを睨み据えている。

「俺達は正義の心に従ったんだ。ウィルがいくら腐ったって、ヘキサのような組織を作らないという正義はあったんだ。それをお前は踏み躙った。ウィルも重罪だろう。だが、お前はもっと罪深い。ヘキサを作るという事は、カイヘンの人々全員を敵に回したのと同じなんだからな」

 構成員の言葉にカルマは目が眩むのを感じた。これは何だ? 理解が出来ない。

「ヘキサは理想郷だ。俺にとっては特に。どうして分からない? どうして、凡庸な貴様らは平和などという欠伸が出そうなものを渇望する? ヘキサは、キシベ様はまさしく世界を揺り起こしたのだ。惰眠の只中にある世界を。だというのに、また脆弱と安寧の中に戻れと言うのか? 不可能だ!」

 カルマは手を振り翳し叫んでいた。立ちはだかる構成員を薙ぎ払い、テレポートでユウキの下へと向かおうとする。ユウキの位置はある程度分かる。それは一度殺し損ねた相手だからか。それともユウキがこちら側へとシフトしてきたからか。

 先ほどまでこの場所にいた相手の気配は糸のように感じられた。その糸を辿ればいい。残像となって消え失せようとするカルマを捉えようとした一撃があった。背後から不意に立ち上った殺気に目を向けた直後、ドリュウズの鋼の鍔のような突起がカルマの心臓に突き刺さった。その身を押してでも食い込ませようとした一撃は、しかし空を穿った。カルマはもうテレポートの最終段階に入っていた。肉体は既にここにはない。まさしく残滓を貫いただけだ。

「残念だったな」

 カルマが残っていた一片で告げると、「残念かどうかは」と構成員が吐き捨てた。

「この先の未来で確かめるんだな。クソッタレ」

 その罵声に眉をひそめた瞬間、テレポートの幕の向こう側に意識までも持っていかれた。



オンドゥル大使 ( 2014/05/27(火) 21:49 )