F
Future
 オウミはその日、シャクエンからメールが届いていたのを確認した。ポケギアPにシャクエンの位置情報が表示される。どうやらまたタマムシシティにいるようだ。オウミは舌打ちを漏らした。

「あの野郎。悪い虫がついたか」

 メールを確認する。迎えに来て欲しい、という旨のメールだった。ふざけるな、とオウミは怒りを露にする。

「面倒だな」

 それを聞いていたイシガキが、「どうしました?」と尋ねる。オウミは指を立てて、「これが面倒事を起こしたんだよ」と吐き捨てた。

「そうですか。大変ですね」

「大変も何も、俺からしてみれば厄介以外の何者でもない。悪いが今日はもう上がるぜ。じゃあな」

「お疲れ様です」の声を聞きながら、オウミは警察署を出て、ポケギアPの位置情報を確認する。タマムシシティだった位置情報がヤマブキシティへと向かっていた。

「地下通路でも使ってやがんのか」

 タマムシシティには今は使われていない地下通路がある。ロケット団がかつてゲームコーナーに根城を構えていた頃の名残だ。裏社会ではそれなりに名が通っている地下通路であり、場所によってはヤマブキシティを通過出来る。オウミはタマムシシティ側の地下通路に入った。地下通路は普段使われていない。ところどころ黴臭く、オウミはポケギアPを使って電話をかけた。すぐにシャクエンが出る。

『はい』

「はい、じゃねぇ。てめぇ、まだ分かってないみたいだな。自分の立場ってものをよ」

『立場?』

 しらを切る様子のシャクエンへとオウミは苛立ちをぶつけた。

「お前は奴隷も同じなんだよ。俺に一生仕える奴隷だ。身も心も捧げるって契約したよな」

『そんなものはした覚えがないわ』

「何ふざけた事抜かしてやがる」

 オウミは位置情報を見た。すぐ近くにシャクエンはいるはずだ。周囲を見渡しながら、「どこだ? シャクエン!」と喚く。すると、「ここよ」と通路の影からシャクエンがポケギアを耳に当てて歩み出た。シャクエンを見やり、オウミは眉間に皺を刻む。

「シャクエン。どういうつもりだ、お前」

「もう、従う気はない。シャクエンはそう言った」

「シャクエンは、だと」

 その時、シャクエンの身体が空間ごと捩れて像が歪んだ。シャクエンの身体がパラパラとガラスのように砕けていき、後に残ったのは紫色のパーカーを着込んだ少年だった。

「お前は……」

 オウミが息を呑むと、少年は鋭い殺意を滾らせた双眸を向けた。

「幻魔だ。お前を殺す、シャクエンのために」

 その言葉でオウミには全てが分かった。

「そうか。結託しやがったのか」

「お前の悪行、俺は許さない。シャクエンのために」

「自分の手を汚さない道を選んだってわけか。汚い女だぜ」

「黙れ!」

 少年は叫んで左手を振るった。ポケギアが弾け飛び、腕が膨張して漆黒の体表に鉤爪の生えた手を晒す。オウミが、「ほう」と感嘆の息を漏らす。

「それが幻魔の正体か」

「お前には、その正体が分かる前に死んでもらう!」

 少年がオウミへと飛びかかる。その時、オウミは腰のホルスターから何かを取り出した。少年がそれに気づいて反転する前に、オウミは取り出したそれを少年に投げつけた。少年は咄嗟に左腕で庇おうとしたが、それは少年の眼前で弾けたかと思うと、四つに分裂し、細いワイヤーが少年を絡め取った。分裂した四つの球から噴射剤が焚かれ、地面に縫い止める。少年は瞬く間に動けなくなって身をよじった。しかしワイヤーが食い込むばかりで外れる様子はない。

「これは……」と少年が呻いた。

「対ポケモン用の捕縛ボールだ。俺がよぉ、何の警戒もなしにシャクエンに会うと思うのか? 明らかに怪しいだろう? 地下通路なんて。シャクエンが俺を恨んでいるのは知っていたからよ。それくらいの備えはしておくもんだ」

「お前、知っていてシャクエンを……!」

「憎いか? 憎けりゃ憎めよ。ただし、その前に幻魔の正体を暴かせてもらうがな」

 オウミは懐から小さいコントローラーを取り出す。そのボタンを押すとワイヤーから青い電流が放たれた。少年が仰け反り叫び声を上げる。少年の皮膜が剥がれ、現れたのは半身が少年だが、半身は獣の異形だった。オウミが、「なるほど」と少年へと歩み寄る。

「ゾロアークか。イリュージョンで人間に化けていたわけだ。ポケモンの分際でよぉ、人間様に楯突こうってわけだったのかよ」

 オウミがホルスターから何かを取り出す。それを見て少年が目を慄かせた。オウミが掴んでいるのはモンスターボールであった。

「お前らポケモンからしてみれば、どんな武器よりも恐ろしいのはこのモンスターボールだろう。お前は、分類上は野生のポケモンのはずだ。どうやって人語を覚えたのか、どうやって人間社会に解け込んで今まで生きてきたのか、そんな事は正直どうでもいい。ただ、俺も噂ぐらいは聞いていたからな。幻魔の正体はポケモンでも人間でもないって。答えを紐解いてみりゃ、納得もする。にしてもよ」

 オウミは少年――ゾロアークの顎を引っ掴んで前を向かせる。下卑た笑みを浮かべて、「それでシャクエンを落したのか?」と尋ねた。

「シャクエンをたぶらかして、自分の物にするのはどうだった? 気分がよかったか? あいつはいい女だからな。さぞかしよかっただろう?」

「……お前」

 ゾロアークが喉の奥から声を搾り出す。オウミは、「何だ?」と首を傾げた。

「最低の人間だ。俺が出会った、誰よりも……!」

「それは光栄だな。褒め言葉だ。お前はその最低の人間の手持ちになる。これがどれほどに屈辱か、ポケモンであるお前ならば分かるだろう。モンスターボールの催眠電波に踊らされて、一生飼われるんだ。しかも、一度憎んだ相手を、だ。これって、最高じゃねぇか」

 オウミがくっくっと肩を震わせて笑う。ゾロアークはワイヤーを切ろうと無理やり身体をねじったが、ワイヤーは深く食い込んで皮膚を切った。血が滴り、ゾロアークは歯噛みして吼える。

「やめておけよ。体力が削られて余計に捕まえやすくなるだけだぜ? それにそのワイヤーは決して外れない。腐っても警察だ。それくらいの防衛武器は持っている」

「野郎。殺してやる」

 グルル、と喉を鳴らして獣の声を上げる。半分が人間、半分が獣の顔のゾロアークは壮絶な表情になっていた。それを見て、オウミは吹き出した。

「どうやって殺すんだよ? 身体の一欠けらになってまでも殺すって? 熱いねぇ、少年。シャクエンは一生俺の物で、幻魔も同時に手に入れるわけか。これで俺の立場は保障されたな。人生バラ色だ。じゃあな」

 オウミがモンスターボールを投げる。ゾロアークが叫んだ瞬間、モンスターボールが開いてゾロアークを内部へと収納した。モンスターボールが揺れる。対象を失ったワイヤーが解け、ばらりと散らばった。揺れるモンスターボールを眺めながら、時間の問題だろう、とオウミは感じていた。

「炎魔に幻魔。両方手に入れたってわけだ。これはついてる」

 オウミは一服つこうと懐に煙草を探す。モンスターボールの動きが止まり、カチリと音がした。これで恐れるものは何もない。オウミは懐から煙草を取り出し、火を点けてからモンスターボールへとゆっくりと歩み寄った。掴んで口元を歪める。裏をこれでまた一つ、支配出来た。オウミは早速、繰り出してみる事にした。

「行け、ゾロアーク」

 緊急射出ボタンを押すと、ゾロアークが光を振り払って飛び出した。その眼には最早殺意はない。少年であった頃の面影もなかった。ただのポケモンだ。オウミは煙草をくわえて嗤う。

「ゾロアーク。俺について来い。これから身の程知らずのシャクエンを迎えに行く。お前が匿っているのだろう?」

 ゾロアークは静かに頷いた。忠誠心に溢れたゾロアークは仕える駒だ、と判断する。

「先導しろ」

 命令するとゾロアークは前に出た。オウミは歩み出しかけて、「おっと」とワイヤーを思い出す。

「回収しないとな。これは一応機密だ」

 オウミが振り返ってワイヤーへと歩み出した瞬間、背後に殺気を感じた。慌てて振り向くとゾロアークが爪を立ててオウミへと襲いかかってきた。ゾロアークの鉤爪がオウミの首筋を捉えようとする。押し出されて壁に背中を打ちつけた。オウミは苦しげに、「何でだ」と呻く。

「どうしてモンスターボールの支配から逃れられる?」

 その言葉にゾロアークがびくりと身体を震わせた。モンスターボールの支配に反して動ける場合は少ない。一体、何を、と考えたオウミの耳へとゾロアークの声が聞こえてきた。ゾロアークは身体を少年の姿に戻し、腕だけを獣の鉤爪にする。

「俺のおや≠ヘお前じゃない」

 ゾロアークの発した声にハッとしてオウミはポケギアPを掲げた。手持ちポケモンであるゾロアークのおや≠ヘ、つまりトレーナーの表示は、こうあった。「シャクエン」と。

「てめぇ、シャクエンに自分を捕まえさせて俺の命令の呪縛を解いたのか!」

 ポケモンがトレーナーに反抗する場合は大きく分けて二つだ。レベルが高く言う事を聞かない場合、それともう一つは交換したポケモンの場合である。交換したばかりならば、まだ自我の境界を保っていられる。前のおや≠フ事を覚えていられるだろう。

「ゾロアーク、てめぇ、俺を殺すつもりか」

「俺の名前はゾロアークじゃない」

 少年がキッと睨む目を向けてオウミの頭蓋を掴んだ。オウミが呻き声を上げる。

「俺はカムイだ!」

 爪が振り下ろされ、オウミの顔を引き裂く。オウミは血まみれの顔で倒れ伏した。情けない叫び声を上げている。

「痛いかよ。でもシャクエンは、もっと痛かったんだ!」

 オウミの身体を蹴り上げ、その胸へと手を押し当てた。カムイと名乗った少年は叫ぶ。

「ナイトバースト!」

 同心円状に広がった黒い瘴気が一瞬にしてオウミの身体を弾け飛ばし、細やかな肉片と化した。





















 カムイは身体を壁にもたれかけさせて息をついた。予め自分の張っておいた策がうまくいったもののダメージは大きい。モンスターボールの催眠電波に今にも自我が閉ざされそうになる。加えてワイヤーのダメージも大きかった。カムイは全身に傷を負っていた。それでも歩む足を止めない。滴る血を意に介さず、顔を上げて前を見据える。

「……行かなくちゃ。シャクエンのところに。帰るんだ」



























 小窓の向こう側をまた流星が通過した。

 どうやら今宵は流星群のようだ。仰向けに寝転がったシャクエンは小窓へと視線を注いでいる。早くカムイと一緒に見たかった。この景色を二人で永遠にしたかった。蜃気楼が空間を歪めて現れる。蜃気楼は襟巻きの炎を迸らせ、シャクエンの視線の先を眺めていた。

「蜃気楼。私達、これでよかったんだよね」

 もう誰も殺さずに済むのならば。誰にも汚されずに済むのならば。蜃気楼は呻り声を上げる。それだけで何を考えているのか分かった。

「カムイ君はきっと帰ってくるよね」

 応じるように蜃気楼が声を出す。片手には紅玉の耳飾りがある。カムイと分け合った片割れだ。

 こんな日が来るとは思いもしなかった。

 ずっと人殺しを続けなければならない呪縛からようやく解放される。

 人並みの生活に。人並みの幸せを携えて。ようやく、誰かと歩める。

 今までは孤独の道に自分を追い込んでいた。これからは誰かといられるのだ。それだけで胸が満たされる。灯火がぬくもりを伝える。

 階段をゆっくりと踏み締める音が聞こえた。シャクエンは顔を向ける。

「ほら――」

 訪れに、シャクエンは微笑みを向けた。












『F』 完

オンドゥル大使 ( 2013/06/07(金) 23:16 )