AXYZ - 第五章 暗幕戦姫
第六十八話 守りたいもの一つ

『捉えかねた、な。サガラ局長』

 査問会が開かれて二十分ほど経っただろうか。ジガルデセルによる追尾を許した責任の所在を問う査問会はしかし、直後に巻き起こった別のコアの反応に塗り潰されていた。

 サガラは一時的に管制室に戻り、ハートのコアがZ02と対面した事を知る。

 そしてその結果として、陣営が塗り替わったとも。

『サガラ局長。ゾーン内部にあるセルの力関係が随分と変わった。これを君はどう責任を取る?』

 百個あるマスのうち、スペードスートに吸収されたマスはこれまでの三倍近くに上っていた。二十分間で何が起こったのか。それを問い質す術を探ろうにも、目下調査中が関の山。ザイレムに与えられた猶予も、そして採算を取るための時間もあまりに少ない。

 そんな折に上役からの矢の催促。この余裕のない時に自分の責任追及をして、さっさと手札を晒させる気だろう。

「責任を取るも何も、Z01の処遇はザイレム上層部たるあなた方の管轄のはずですが」

『だがこの動きにZ02が絡んでいる。Z02の管轄は君に一任しているはずだ。まさか自分が背負ったものさえも忘れてしまったのかね?』

 その挑発は安いが、サガラは拳を骨が浮くほど握り締めていた。疼く手の甲のスペードの文様に彼は歯噛みする。

「……Z02は追い詰めます」

『その問答が通用するかどうかも怪しくなる。サガラ局長、ここで君を解任しないのはひとえにこれまでの実績と、そして所持しているセル媒介者の情報だ。それのみが今の君をここに縛り付ける唯一だろう』

 暗にそれさえ廃せばすぐにでも解任出来ると言いたいのか。サガラはナンセンスだと言うように言葉を繰っていた。

「……セル媒介者の情報だけでは好転はしませんよ」

『ならば教えてくれてもいいのではないか? 好転はしないのだろう? それとも、後生大事に持っておくかね。言っておくが、墓場まで情報を持っていったところであの世では使い物にもならない』

『左様。君の判断は二つに一つだ。我々に、セル媒介者の情報を教えるか、それともZ02をとっととこの基地に拘束するか……。ジガルデセルによる自走も許した。この基地内部は精査されたと言ってもいい』

「介在する相手がそれ相応と見ても、情報は守られているはずです。奇襲がないのがその証」

『だが相手がレオンであった場合、我らは相当な手札を切ったと見てもいい。客観的に考えても、不利に転がりつつある』

 それで自分に対して文句を垂れるために呼び出し。ほとほと、ザイレムの上役には呆れ返る。

「……Z01との協定条件を結んでいるのはあなた方のはずだ。ならば盤面が変わったと言うのはあなた方の怠慢に繋がるのではないか」

『ほう、我らを怠慢と評するか』

『口を慎め、サガラ局長。君とは年季が違う』

「ですが、コアの盤面は待ってくれませんよ。このまま、全てのスートのセルがもし、スペードコアに集まった場合、どうなるのか……。分かっていないはずがありますまい」

 その帰結を相手はわざとぼやかしているが、上役達は慌てふためく事もなかった。

 ――この切り口では駄目か。

 案外に落ち着き払っているところを見るに、Z02の宿主が見つかった事よりも、Z01の支配領域が移譲された事自体には大した意味がない、と推察される。

 むしろ、これは好機だと思っている節もある。

 ――この暗黒の者達は何を考えている? 何のために、Z01に対して、「猶予」を持たせた?

 管制室の局長権限で知れるのはせいぜい、Z01こそ、ザイレムが接触した「最初」のジガルデである事。そして、そのジガルデを、上役達は「わざと」取り逃がした、という事実である。

 しかし、この事実は決定的なカードに成り得ない。

 その程度、全てが些事とでも言うように、相手はかわす。Z01から不都合な真実は割れないと踏んでいるのか。あるいは、ライブラリに存在するZ01と、今のZ01は何か違うのか。

 記録は記録でしかない。

 現状で何が起こっているのかは憶測でしか語れない。

 ゆえに、サガラは読み誤ってはいけなかった。少しでも読み誤れば、この者達に隙を与えてしまう。

 自分は、決して隙を見せてはいけない。そうでなければ喰われてしまうだろう。

『サガラ局長、黙ってばかりいないで答えを言いたまえ。どうするのか』

『我々はあまり悠長に物事を構えてはいけないのだよ』

 ここで踏むべき事実は……思案した頭に浮かんだのは、セルの数であった。

 Z02側の持っているセルの所持数は約20個。五分の一が一つのスートに集まった事実に、誰も触れないのは何故だ。

 ともすれば――その程度ではジガルデには大差ないのではないのか。だからZ01追跡に関してもZ02の確保ほど躍起にはなっていなかった。ほとんど現状維持のような追跡任務ばかりであったのは、Z01になくて、Z02にはあるものを探さなければならない。

 Z02――スペードスートに存在するのは――サガラは自ずと手の甲をさすっていた。手袋に包まれた内側が熱く疼いている。

「……焦る事は、一つもないのではないですか」

 口火を切ったサガラに、上役は、ほうと応じる。

『それはセルの媒介者を教える、と言う条件かな』

「いえ、その必要性もないかと。まだ……ジガルデコアは目覚めてすらいない」

 憶測、ハッタリ、何でもいい。ここでこの上役達を一手でも上回れるとすれば、それは自分という存在そのものだ。

 スペードスートのZ02に対する、自分と言う名の因縁こそが、彼らに打ち克つだけの鍵だろう。

『目覚めてすら……その論拠はどこにある?』

「……分かる、と言えばどうですか?」

 その言葉振りに相手が震撼したのが伝わった。

 ――そうだ。この忌まわしき因縁の文様を、最大限まで利用させてもらおう。

『分かる……だと』

「あなた方がやった実験だ。その結果がどう結実するのかを、見届けるのも義務では?」

『それは我らに挑戦しているのかね』

「いいえ。ただ純粋なる答えですよ。言っておきましょう。……セルの媒介者の情報は渡せませんし、それに今の盤面、惜しくもないと感じているのはどちらでしょうか」

 強硬策に出たが果たして……とサガラは沈黙を手繰る。

 相手からは下手な勘繰りは出てこなかった。

『……よかろう。今はまだ、その身への責任追及はよしておく』

『だが勘違いをするな。我々は高次権限を持っているのだからね』

 ここはうまくかわせたか。そう息をついた、その時であった。

『しかし罰は与えよう。――トゥエルヴを使用する』

 思わぬ制裁にサガラは声を荒らげる。

「彼女は不完全なはずで……!」

『おや、随分と節操のない声音ではないか、サガラ局長。当り前であろう? 一つのスートに、セルが集まり過ぎればそれを抑止するのは』

「しかし……」

『君が案じずとも、彼女は実戦レベルまで研ぎ澄まされつつある。短慮にこの決定を下しているわけではない』

 それは嘘のはずだ。自分への最も手痛い採択を相手は取っている。

 よりにもよって、トゥエルヴを使うなど。

「……Z03が浸食を起こす可能性もあり得ます。コアとの接触はあまりにも危険なはず」

『その問題も、解消されつつあるのだよ。確かにZ03の浸食は我々に教訓を与えたがね。それとは別に、こちらにも手がある。いつまでも無知蒙昧に力を振り翳してるわけではないのだと理解はしてもらっているはずだが?』

 ここでのZ02との戦闘行為は避けられないか。

 トゥエルヴを出すな、と言ってもそれは所詮、自分の関知出来る範囲を超えている。自分はセルの媒介者の情報は出さないと決めた。その分水嶺を守る以上は、ここで口出しすれば後々の禍根を残す。

「……知りませんよ」

 そう、負け犬のように口にするのが精一杯。彼らはその一声で自分達の勝利を確信したらしい。

『もう戻っていい。査問会は閉廷する』

『命拾いしたな。サガラ局長。君はまだ、局長の椅子を追われずに済んだ』

「……失礼します」

 踵を返したサガラはエレベーターに乗り込み、己の不実を噛み締めていた。

「……逃れられないのか。わたしは……。大切なもの一つ守れずに、何が局長だ……!」

 叫び出したいほどの衝動に駆られ、サガラは呻いていた。



オンドゥル大使 ( 2020/05/06(水) 21:20 )