第六十六話 刹那の攻防
思わぬ言葉であったのだろう。ダムドだけではない。リコリスと相手のジガルデコアも驚嘆しているようであった。
「……狂ったの? アタシは! ジガルデコアの特殊能力であるゾーンと! そしてウルトラビーストの固有能力を掛け合わせた最強の力で! アンタ達を押し潰そうと、そうしているはずよね? まさか、現状判断も間に合わないほど、落ちぶれた?」
「いいや。落ちぶれたわけでも、狂ったわけでもない。この局面なら、見えている。勝ち筋が、絶対的に」
こちらの声音があまりに自信に満ち溢れていたからだろう。リコリスだけではなくダムドまで疑ってかかっていた。
(おい、エイジ。ここでイカサマ振るっても、相手の特記戦力を落とせるなんて思えねぇ。生き恥なら……)
「それは、ダムド。僕らがここで諦める事こそ、生き恥じゃないのか。僕らは、今まで諦めと、そして絶対に不可能を踏み越えてきた。ならばこそ、ここで背中は向けられない。絶対に! そうだとも、背中を向けちゃ、いけないんだ!」
「吼えるのは身勝手! でも、勝てないのに勝てるって言うのはイカサマ師のする事なのよ! テッカグヤを轟沈させる方法なんて思いつく? 無理よ、不可能。アンタ達には策の一つだってない」
「それは考えが及んでいないだけだ。僕は見えた」
その言葉はリコリスの自尊心を傷つけるのには充分であったらしい。眉を跳ねさせたリコリスは手を払っていた。
「……いいわ。殺してからゆっくりと、コアとセルをいただいてあげる。アタシの切り札を前に無謀に死んだ、愚か者としてね!」
テッカグヤが二脚にエネルギーを充填する。
このゾーンはテッカグヤのために張られた特別製。レオンの張った何もない無重力空間とは違う。
(エイジ……。悪いが分の悪い勝負師に堕ちるほどじゃねぇ。オレだって守りたい一線が……)
「なら、信じてくれ、ダムド。……僕らは負けない」
この言葉に乗るか否か。それで自分達の進路は問い質される。
ダムドは一拍の逡巡を挟んだ後、フッと笑みを浮かべていた。
(……今さら無茶無策に付き合っているワケでもねぇ、か。いいぜ。オレはだが、本当にヤバくなったらテメェを見離す。それくらい、現状芳しくねぇんだ。ルガルガンの攻撃は全て弾かれる上に、メテノじゃダメージにもならねぇ。この局面、どう勝ちに行くよ?)
「ダムド。方策はある。僕に任せて欲しい。ただ――ほんの一個だけ。頼んでおきたい」
(来ると思ったよ。じゃあその一個って何だ? 教えてくれよ、エイジ)
ぼそり、と聞こえない声量で呟く。その言葉にダムドは白濁の眼を見開いていたが、やがて問い質していた。
(……聞くまでもねぇが、マジなんだな?)
「ダムド。僕は嘘を言った事がない。お前に会うまでも、お前に会ってからも」
ふんとダムドは鼻を鳴らし、四肢を開く。
(じゃあその絶対とやら、オレに示してくれよ、エイジ! 行くぜ!)
(小賢しい坊主達だねぇ。リコリス、テッカグヤで殺しておしまいよ)
「分かってるって。急かさないで。本当に一撃で沈めようと思うんなら、このフィールドの土からエネルギーを吸い上げないと。まぁでも! この土壌は特別にスペシャル! さらに言えば、空気もそう! テッカグヤの浮上とそして敵の撃沈に相応しい攻撃力を保証する! つまり! このゾーンに入った時点で、アンタ達の負けなのよ、スペードのコアに宿主さん」
「……そう思うんならやってみるといい。勝負はきっと、一瞬で決まる」
リコリスが歯噛みし、舌打ちして手を掲げる。
「じゃあ生き残ってみなさいよ! アンタ達のただの悪足掻き、どれもこれも意味がないんだって教えてあげる! テッカグヤ、もう行けるわよね? ヘビーボンバーを稼働させる! 残念だったわね! テッカグヤが浮上すればその瞬間にはアタシの勝利! ルガルガンの岩の散弾で防御したって、もっと言えばジガルデの力を使って皮膜を張ったところで全て無意味なのよ! どれもこれも、テッカグヤの一撃の下に塗り潰されるわ!」
「そうだと思うなら、やるといい。ハッキリするはずだ」
こちらがあまりにも落ち着き払っていたせいであろう。ハートのコアが警戒する。
(……リコリス。本当に何かあるのかもしれない。わっち達を上回る、何かが……)
「ブラフに決まっているでしょうに! テッカグヤ、点火! 飛翔開始!」
テッカグヤが莫大なエネルギーを放出し、内奥から点火して飛び立とうとする。それをエイジは全く防ごうとも思わなかった。
「そんな無防備で! 死んじゃうわよ!」
「――いや、もう終わっている。僕の手は、既に」
「だから! そんな小手先で!」
「小手先じゃないさ。何なら間違い探しでもするか? 僕がさっきまで持っていたものと持っていないものを」
その言葉にリコリスはハッとようやく気づいたようであった。
「……ルガルガンの手に、メテノがいない……」
そう、ルガルガンの補助に回っていたはずのメテノが存在せず、さらに言えば周辺にも全く見当たらない。リコリスはジガルデコアに声を走らせていた。
「何が起こったの! カルト!」
(分からない……。この状態では、特に……)
「だったら! アタシと分離してもいいから、さっさと精査して! あの小さなポケモンはどこに行ったの!」
「上だよ」
冷徹に言い放ったエイジが指差した先に、リコリスは息を呑む。
その指先は――飛び立ったテッカグヤを示していたからだ。
「テッカグヤ……?」
「テッカグヤはヘビーボンバーを撃つ前に、エネルギーを充填する隙があった。その隙にメテノを飛ばし、紛れ込ませたんだ。テッカグヤの二脚のブースターに」
テッカグヤが異常を来したのか、不意にその飛翔が止まる。高高度に達した相手からしてみれば、後は落ちるだけのはずだが、その自由落下に移ろうとしない。その時点で、ようやくリコリスは仕込みを疑った。
「……テッカグヤのブースターに……メテノを……?」
「メテノは多く、可燃性のガスをはらんで棲息している。それは彼らの生息域が宇宙だからとも言われているがハッキリとはしない。だが、一つだけハッキリしているのは、テッカグヤがヘビーボンバーを撃つ際、多くの酸素と、そしてあらゆる塵を吸い込む必要性がある事だ。その時にもし、異物が紛れ込めば、どうなるか」
「異物……。でもだからって! ちょっとしたゴミならテッカグヤの攻撃に支障はないわ!」
「そう、ちょっとした、ゴミならね。でも、テッカグヤが技を放つ、適切なタイミングでそのゴミがもし――膨大な可燃性物質を含んで起爆すれば? テッカグヤは内部から誘爆を起こし、その結果、莫大なエネルギーは拡散して炸裂する。そうなった時、さしもの鋼のテッカグヤとは言え、逃げ場をなくしたエネルギーをどう扱うか」
(攻撃を通さない鉄壁の守りであるテッカグヤの内側……! その中身を逆手に取ったって言いたいのかい)
ハートのジガルデコアの声にエイジはこめかみを突く。
「僕は……見てきたポケモンなら弱点は大体分かる。でもテッカグヤは見た事のないポケモンだし、それに類似したデータもない。だから今回参考にしたのは、無機物、つまりは生物ではない存在だ。先ほどルガルガンで何度か殴りつけた時、ラスターカノンで表皮を保護しているとは言え、それでも手応えに違和感があった。まるで……中が空洞みたいな、コォーンって言う音を聞いたんだ。そこでピンと来た。莫大なエネルギーを誇り、爆発力を持つテッカグヤの内部は実は……巨大な洞なのじゃないかって。そして空洞の構造を持つって言うのなら、弱点はあるんだ」
テッカグヤが異物を逃がそうと空中で身をよじるがその時にはどうしようもないはずだ。メテノはテッカグヤの内部深く、恐らくテッカグヤ本体でもどうしようもない位置まで達している。
「……空洞の弱点……」
「空洞なら、構造上の弱点は存在する。外からは強くても中からは脆い。その法則がもし、テッカグヤにも適応されるのならば、狙うのはその堅牢な装甲じゃない。中だ。中に入り込めればいい。だが、通常のポケモンならば中に入り込んだところで、ヘビーボンバーの準備動作だけで焼かれて、使い物にならなくなるだろう」
「そ、そうよ。そのはずじゃない!」
調子を取り戻したリコリスであったが、一向に落下軌道に入らないテッカグヤに業を煮やしていた。
「何で……何で降下しないのよ! 出来るはずでしょう! テッカグヤ!」
「テッカグヤの神経が集中している位置は分からない。だが、今回メテノはその好位置に達したようだ。メテノの特性はリミットブレイク。自らの展開する岩石の殻を破り、コアの姿に変異する。それはつまり、ヘビーボンバーのために高熱のテッカグヤの内部に入っても排除可能な皮膚を持っている事になるはずなんだ。他のポケモンならいざ知らず、メテノならそれが出来る」
テッカグヤが制御を失い、黒煙を棚引かせて明後日の方向に向かって降下軌道に入る。リコリスは覚えず叫んでいた。
「どこへ行くの? そっちに敵はいない!」
「そして、リミットブレイクで破砕した岩石は今回、幸運な事にテッカグヤのどこにあるのだかまるで窺い知れない神経の集中する箇所に到達したらしい。岩石の殻が神経系統を阻害している。この状態では命令もまともに聞けない。混乱に似た状態になるはず」
まさか、と振り仰いだリコリスは直上で黒煙と共に爆発の光を乱反射させたテッカグヤを目にする。噴煙が棚引き、テッカグヤの巨躯が傾いだ。
「……テッカグヤが……崩れ落ちる?」
「メテノを取り込んだだけでは、まだ手としては不十分だ。だから僕は、非情でもこの判断を下す。メテノ――大爆発」