AXYZ - 第五章 暗幕戦姫
第六十五話 無敵要塞

(何が起こった!)

 ダムドの声にエイジはハッと目を開く。実体化したダムドが獣の四つ足形態になり、自分を保護している。青い防御皮膜が今の一撃から自分を守った事を知ったエイジが声を発する前に、哄笑が耳朶を打っていた。

「あっは! 死んでないんだ? 丈夫なのはいい事よ。だってぇ、すぐ死んだらつまんないもの!」

 リコリスの声にエイジは身を起こそうとして周囲の状況に絶句していた。

 爆発に巻き込まれた周辺は焦土と化しており、噴煙がそこいらで燻っている。灰色の塵芥に還った裏路地にエイジは視線を巡らせていた。

「こんな……こんな威力って……」

(ああ、あり得ねぇってほどじゃねぇが、それでも言わせてもらう。……あり得ねぇ、こんなの単体のポケモンの火力じゃねぇ)

 ダムドが震撼するほどだ。それほどまでに眼前に佇む巨体は悠然と、自分達を睥睨する。

 緑と白銀に彩られしポケモン――テッカグヤ。そんなポケモンの情報は田舎町でポケモン図鑑を漁っていた自分の脳内にはなかった。まったくの想定外に、エイジは奥歯を噛み締める。

「……ポケモン図鑑には、載ってない。あんなのは知らない……」

(エイジ、テメェが言うんならよっぽどだな。いずれにせよ、今の一撃から、ルガルガンは何とか逃げおおせたが……この煙の中だ。正確無比な指示は難しい)

「ルガルガンは?」

(オレのセルで操って自律行動をさせているが……それでももって数十秒だ。あんまり期待すんなよ。どっちにしたって眼前のデカブツが脅威なのには変わらないんだからよ)

「どれだけ策を練ったってぇ、アタシとテッカグヤには敵わない! だってこのコ、最強のポケモンだもの!」

(……だとよ、エイジ。テメェの見識からしてみれば、あれはどう映る?)

 意見を求められエイジはテッカグヤを振り仰いだ。天を衝く巨体、それに鋼鉄の威容。どれをとっても規格外の一言に尽きる。

「……少なくとも、そこいらの伝承のポケモンでさえもない。あれは、別種だ」

 先に耳についたウルトラビーストと言う呼称を思い返す。もし、あれがこの世の理ではない、という言説を信じるのならば、通常の属性攻撃さえも効くかどうかは不明である。

「ふぅん、コアの宿主、ポケモン博士? テッカグヤを分析しようとしているみたいだけれど、無駄よ? このコだけは、絶対に攻略法がない。そうだ! じゃあためしに、どこへなりと仕掛けてらっしゃい。テッカグヤは絶対に墜ちない」

 その言葉の現れのようにテッカグヤが二脚を開き、無防備になる。その隙にダムドとエイジは思案を浮かべていた。

(……どうする。エイジ)

「どうもこうもない。少しでも情報と確証が欲しい。ダムド、仕掛けるぞ。こちらの関知範囲にルガルガンとメテノを」

(あいよ。……ったく、無茶無策を通り越して、巨大怪獣とバトルかよ。やってらんねぇ、なッ!)

 ルガルガンが跳ね上がり、その手に溜めた岩石を一斉掃射する。

 岩の散弾「ストーンエッジ」。だが実行されたはずの攻撃網はテッカグヤに命中した途端、全てが霧散する。否、これは相手の攻撃だ。

「これは……小規模だがラスターカノンだ。表面に白銀の光を乱反射させて攻撃を防いでいる」

 分析の手を休ませるわけにはいかない。ルガルガンがメテノを掴んで距離を稼ぎ、そのまま地面を手で叩いていた。

 鳴動した空間振動波が地面を伝い、テッカグヤの直下へと襲いかかる。

「じならし」による地面攻撃。これで鋼タイプならば手痛い一撃のはず。そう判じていたエイジは、一瞬だけ傾いだテッカグヤが脚部を駆使して持ち直したのを目にする。

(効いてねぇ……)

「あのさー、もっと派手な技で来れば? 地味な技ばっかりじゃ、せっかくのボーナスタイムも台無しよ?」

(……エイジ。相手の口車に乗るわけじゃねぇが、せっかくの好機だ。持てる力を出し渋っている場合じゃ……)

「分かっている。でも、不確定要素が多過ぎるんだ。今は、一手でも確定にする! そのために! メテノ! ボディパージ!」

 メテノが岩石の甲殻を破り、身軽になる。剥がれた岩をルガルガンが掴み取り、細分化させてテッカグヤへと下段より振り払っていた。分散した岩の棘がテッカグヤに命中するも、全くダメージになった様子はない。

 ルガルガンはしかし、その時間を無駄にはしない。そのまま疾走して駆け上がり、テッカグヤの頭上に至っていた。巨大なポケモンほど、直上は想定していないはず。頭頂部に弱点があるのならば、これで落とせるか、とその手に岩を溜め込ませる。

 放たれた岩の刃がテッカグヤの頭部を揺さぶっていた。

 打撃攻撃としてもかなりの威力を誇るはずの一打である。これで少しは効いたか、と推測したエイジは、直後にテッカグヤの隠れた瞳が赤く輝いたのを目にしていた。

 まずい、と動物的直観が働き、ルガルガンを退かせようとする。

「ルガルガン! 相手を蹴って離脱! 距離を――!」

「遅い。テッカグヤ、溜め込んだ光を放つ。ラスターカノン」

 テッカグヤの全身が照り輝き、一点に寄り集まった光が放射された。

 ルガルガンの肩口を貫いた一撃にエイジは声を上げる。

「ルガルガン!」

 完全に手痛い一打を受けたのは自分達のほうだ。自由落下に陥るルガルガンにダムドが声を飛ばす。

(させるか! メテノに取り憑かせたセルを使って、足場を作れ! 光の壁!)

 メテノが眼窩から光を拡散させ、ルガルガンの足場を作り出す。足跡の足場はこの時、テッカグヤの光の拡散銃を受け止めるのに最適であった。

 それでもダメージは拭い去れず、エイジは歯噛みする。

「……一手間違えた」

「だから言ったでしょう? 無敵だって」

 本当にそうなのか。エイジは自問する。この世に本当に全くの無敵で、全くの想定外のポケモンなど存在するのか。

 持ち直したルガルガンを視野に入れ、エイジは策を巡らせる。「ストーンエッジ」はまるで通用しない。他の攻撃でも恐らくは大したダメージにはなっていない。

 足場崩しは、と目を凝らすが相手の足場は二脚で支えられており、その支持率は並大抵ではないだろう。それにカウンターも痛い。もし、格闘タイプが有効であっても、相手の射程に潜り込むそれ自体が下策。だが遠距離では攻撃の意味さえも存在し得ない。

 まさしく無敵の要塞。砦と呼ばれ得るポケモンがあるとすればこれの事を言うのだろう。

(だが……無敵の要塞でも突破口の一つや二つはあるはずだ。それがないポケモンなんていねぇ)

 考えている事は同じか。ダムドも必死にこの状況での打開点を考え出そうとしている。

 それなのに、自分が投げていいはずもない。ここは最後の最後まで考え抜くのだ。

 ――考えろ。考えるんだ……。

 敵はどこに弱点がある? 否、弱点はなくてはならない。弱点のないポケモンも、弱点のないジェネラルもいないはず。

 ――考えを投げるな。ただひたすらに思考しろ。

 相手の巨躯を改めて見渡す。竹に見える部位は全て鋼鉄。ゆえに小手先は通用しない。

 ならばどうする? ルガルガンの突破力では装甲を貫く事はまるで出来ない。そんな状況下でどうやって戦うのか。

 このまま闇雲に攻撃を繰り広げても全てが無為。ならば、この戦局、ここまでだと判じるのもまたジェネラルの裁量か。

 だが、ここで投げてはいけないのだと、自分の内奥が告げている。自分の中で「絶対」があったはずだ。ダムドの魂さえも揺さぶった「絶対」がまだ自分の中にあるのならば、それを信じろ。それを貫き、そして守れ――。

 誰が裏切ってもいい、自分だけは、自分を信じ抜く。それでしか贖えない。それでしか抗えない。それでしか……自分の魂に報いる事は出来ない。

 テッカグヤを攻略するのに、現状では不確定要素が大き過ぎる。どれだけ仔細に観察しても、やはり無理か、という一事に集約される。

 翳った意識を見過ごしたようにリコリスは声に喜色を滲ませた。

「あっは! やっぱり無理よねぇ! だったら、ここで散っちゃいなさい! テッカグヤ! それにカルトも。ゾーンを展開するわ!」

(しまった……! ここでかよ……!)

 瞬く間に景色は縮小し、茫漠と広がったのは青白い宇宙空間――かに思われたが、違う。景色は集約し、そして拡散したのは、竹林を思わせる痩せた土壌に、そこいらにクレーターの見え隠れする地平であった。

 これは、とエイジは息を呑む。

「これこそがコアの持つゾーン。コアの宿主はセルの媒介者と違って、己のポケモンの好きな心象風景を描く事が出来る。この場所は、ウルトラビーストであるテッカグヤの最も得意とする場所なのよ。ここでは! テッカグヤの動力源である揮発性の高い燃料が三倍も空気中に溶け込んでいる! この状況下で、アンタ達に戦う術なんてない。これで終わりなさいよ!」

 テッカグヤが二脚をもってこちらを踏みしだこうとする。その威容にダムドはたじろいでいた。

(……ここまでなのか。エイジ、最悪の想定だが、オレなら一時的にせよ、あのデカブツをどうにか出来る。苦肉の策だが仕方ねぇ。お互いに生き延びるためだ。何よりも、ここで死ねば全てが水の泡には違いねぇ。……エイジ、最悪オレとテメェでリンクが外れる。それでもいいってんなら――)

「いや、ダムド。そんな事を僕らは選択しないでいいんだ。この局面、ハッキリ言う。――勝ちの目が見えた」


オンドゥル大使 ( 2020/04/01(水) 20:56 )