第六十四話 悪の道への
膨大なる爆発の熱量がカエンシティ中央にほど近い場所で押し広がり、リッカは沈黙していた。
「……何が」
ネネは行動が鈍っている。今までと違う、と判じたリッカはフローゼルを疾走させていた。
「フローゼル! アクアジェットで推進して背後に肉薄! 首裏を叩いて昏倒させる!」
その目論見に対し、ネネは完全に反応が遅れていた。マイナンで対応したその時には、既にフローゼルの溜めた鈍器のような水流が鋭い手刀となってネネの首裏に命中する。
ネネから闘争の勢いが失せ、そのまま倒れ伏していた。
リッカは駆け寄って手を翳す。
感知したセルの数にリッカは目を見開いていた。
「セルが……十個近く? こんなの……無茶苦茶じゃない」
完全にネネの身体耐久力を無視した寄生だ。こんな状態になるまでセルの媒介を許してしまった事も恥ならば、ここまでの寄生に晒されて何故、自分たちを襲ったのかも不明だ。
「……とにかく……助け出さないと。エイジ……」
エイジとダムドが行った側から、先の爆発は発していた。その莫大なる威力は尋常なるものではないだろう。
「二人とも無事なのか分からない。急がないと――」
「おっと。そこまでですよ、お嬢さん」
放たれた声と包囲陣にリッカは足を止める。周囲に展開していたのは水色のかつらを被った銀色の服飾の者達であった。彼らの立ち姿にリッカは奥歯を噛み締める。
「……ギンガ団」
「ご存知でしたか。それにしたところで、いいポケモンを持っている。メガプテラとは、興味深い。しかも遺伝子に損傷のある個体ですか」
声を振り向けた男はギンガ団の服装の上に白衣を纏っており、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくるその立ち振る舞いに、迷いはない。
「……あんたは」
「お初にお目にかかります。わたしはギンガ団幹部、プルート」
恭しく頭を垂れた紫の髪の紳士に、リッカは警戒心を浮かべていた。
「……突破するしかないってわけ」
「急かないでもらいましょうか。わたし達は何も、敵対しているわけではないはず。それは、既に回収したレオン・ガルムハートの身柄からも明らか」
まさか、とリッカは息を呑む。
「……レオンさんを、確保したのはあんた達? じゃあ、今回の襲撃も……」
「おっと、そこは短絡的に結び付けられないよう。わたし達は今回、交渉に来たのですよ。そこに邪魔が入ったのはお互い様と言うべきか」
白衣の男はどこか神経質にリッカの手持ちを観察する。周辺展開する敵の数は十名以上。ここでメガプテラを最大限に有効活用すれば、突破も不可能ではない。
――だが。
ネネの身柄を一人のギンガ団員が確保する。ネネを人質に取られればこちらも動きにくくなる。
歯噛みしたリッカにプルートはわざとらしく応じていた。
「おやおや。どうにも気に食わないと言うお顔をしていらっしゃる。なに、あなた方に害意をもたらす気はございません。むしろ、歓迎しようと言っているのです。あなた達を、我がギンガ団へと」
「勧誘ってわけ? どういう風の吹き回しで……」
「誤魔化したって無駄ですよ。あなた方が謎の組織、ザイレムより追われている事は自明の理。それに……我がギンガ団のボスも随分とご執心でね。アカギはあなた方に会いたいと思っている。それも対等な条件で。……まったく、どういう心持ちだと言うのか。ギンガ団のボスだという事を少しは自覚してもらいたいものです……」
一家言ありそうな相手にリッカは問いかけていた。
「ギンガ団に……下れって言うの」
「下るのではありません。平和的に言うのならば、保護したい。とりわけあなた達、ジガルデセルの媒介者を」
「平和的、ね。反吐が出るわ。あんた達がここで何をしてきたのか、知らないわけじゃないのよ」
「おっと、それは失敬。言う事を聞かない下っ端が多くって困る。ですが、これだけは分かってもらいたい。我々はあくまでも、このランセ地方を傘下に加える……そう、新たなる礎としてね。そこに大いなる宣戦はあっても、他の野心はないのだから。ザイレムをどうにかしてこのランセ地方の独占状態から解き放つ。それがわたし達の宿縁なのですから」
「宿縁? 地下組織でしょうに」
「これも誤解。今のギンガ団を地下組織だと、断じるのは結構ですが、いずれ法となる組織です。そこに与する事に、変な疑問を挟んで欲しくない。何なら強硬策を取ってでも」
下っ端がネネの首筋に刃を当てる。自分を同行させるのは絶対条件らしい。
「……平和的が聞いて呆れるわ」
「どうとでも。文句はアカギと会ってからにしてもらいたい」
畢竟、ここでの選択肢は限られる。エイジ達との合流は出来なさそうだ。
「……連れて行きなさい。話はそれからよ」
「賢い子供で助かる。我らとしてもね」
その賢い子供の一判断で、大局を見失うかもしれない。それでも、今はレオン救出が先決だろう。
きっと、ダムドとエイジでもそう判断するはずだ。自分を納得させるのにはそれで十分なはずなのに、リッカはこの時冷徹に成り切れなかった。
「……駄目ね、あたしも。本当の意味で、冷静じゃないのかもしれない」
空に現れたのは飛行船である。闇夜を裂き、巨大な飛行船がカエンシティ上空に屹立していた。
「ではご同行願おう。我らギンガ団に」
ここで噛み付くだけの器量も持たぬ自分が、今はただ憎々しいだけであった。