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第五章 暗幕戦姫
第六十三話 究極絶姫

 怒りの宿った瞳が相手を睨み据える。意識の内奥にいるエイジは、ダムドがそこまで自分を理解してくれている事に驚愕していた。

 彼ならば共謀の道に走っても何らおかしくない。それなのに、自分からそれはないと言い捨てた。

 ダムドも変わろうとしているのか。自分と同じように――。

 感慨にふけったのも一瞬。リコリスはノノを踏みつけていた。

「こんなののどこがいいの? セルの宿った人間はただの駒。人形以外の何物でもないじゃない。そんなのにいちいち足を取られて、何が出来るって言うの? アタシ達の相手はザイレムだけじゃない。もう二人のコアの宿主だっている。それなのに、こんなところで足踏みする? アタシの提案を蹴って、じゃあ何があるって言うの」

(ノノちゃんから……その汚い足を退けろ)

 怒りに滲んだ声音にリコリスはふぅんと検分する。

「アンタって、本当につまんないわね。ちょっと考えれば分かるでしょ? 手を組んだほうが得だって。どうしてそんな簡単な帰結に落ち着かないの? バッカみたい」

「うるせぇな。馬鹿だろうと何だろうと、オレにとっちゃエイジの絶対に比べりゃ、テメェの理論ってのは薄っぺらいんだよ。エイジはオレに、不利だって分かっていても何回も絶対を突きつけた。それに比べりゃ、ハナクソ以下だ。テメェの理屈も、理論も、その理由付けも、全部な。どれもこれも、つまんねぇのはテメェのほうだろうが」

(聞き捨てならないねぇ、スペードのコア。お前さん達は理屈では動かないって言うのかい? そのほうが自分達の流儀に合っているとでも? 問い質すようだが、これは生存競争。ジガルデコアの誰が生き残るかの、ね。それなのに、むざむざ戦力が増える機会を逃して、それで敵対する? 随分と……愚かしく思えるねぇ)

「どうとでも言え。オレだって……実際はよく分かんねぇんだよ、この感情の意味ってのはな。だが、エイジなら跳ね除ける。それを無視して、この身体の権利を言えるほど、図太くもねぇんでね」

 ダムドの言葉振りはどれも意想外であった。これまでの彼ならば得に回る事なら意義やそこにプライドなんて差し挟まないはず。それがここまで変わったのは、やはり自分と一緒にいるからだろうか。

 彼もまた、人間を学んだのだろうか。

 それを解する前に、殺気の波がリコリスより注がれた。

「そう。敵対するんなら、仕方ないよねェッ!」

 ノノを足蹴にしたリコリスにエイジの敵意が言葉となって迸る。

(許せない! ダムド!)

「ああ、オレも気に食わねぇと、思っていたところさ、エイジ! ルガルガン、行くぞ!」

 ルガルガンがメテノを握り締めそのまま躍り上がる。メテノの飛行能力を得た高空よりの「ストーンエッジ」。実行されれば相当な防御力を持っていない限りは回避も受け流しも不可能と思われたそれを、リコリスはホルスターより投げたボールで対応していた。

「――行きなさい。テッカグヤ」

 刹那、割れたボールから放たれた光の巨体が空間を鳴動させていた。ルガルガンの岩の刃が突き刺さるも、敵は円筒型の腕を払うだけで押し退ける。

 その膂力、そして巨躯にダムドは目を見開いていた。意識の内奥のエイジも絶句する。

「……何なんだ、こりゃあ……」

(こんなポケモン……いや、ポケモンなのか……)

 薄緑色の配色に、鋼鉄の巨体。三本の円筒型の身体を持ち、二脚に支えられたそのシルエットは巨大なるジェット機に等しい。まるでポケモンのデザインからかけ離れている相手にエイジは分析を自分の中で浮かべようとして、敵の動きに瞠目していた。

 想定よりも素早く、敵ポケモンはルガルガンを突き飛ばす。ルガルガンはメテノを足場にして最低限にダメージを留めたが、追撃の踏みつけが襲いかかっていた。

 ルガルガンの腹腔を押し潰した一撃にダムドも言葉を失う。

「何なんだ、そのポケモンは……」

「テッカグヤ。アタシのエースポケモン。本当なら、この子で蹂躙してやってもいいんだけれどね。目立つのよ、色々と。だから最終手段でもあったんだけれど、でも仕方ないわよね? だってアンタ達、アタシとカルトを馬鹿にしたんだもの。だったら! 死んでも文句は、言えないわよねぇ!」

 テッカグヤと呼称されたポケモンが飛翔する。噴煙を棚引かせたその飛翔はまさしく、急速浮上するロケットのようであった。その勢いをそのままに白銀の巨体が降り立つ。

 ダムドはその姿を視界に大写しにしておきながら次の行動への言葉を紡げなかった。相手のその威容に圧倒されたのもあるが、それ以上に、内奥のエイジが分析を弾き出せなかった。

 その結論に、彼は言葉を失っていたに違いない。

 これまで幾度となく、新種のポケモンや伝承のポケモンにも出会ってきたが、そのどれでもない。

 ――これは、何だ?

 ポケモンでも、ましてや他の何かでもない。別種の何かだ。

 その強大なる存在感にリコリスはふふっと含み笑いを漏らす。

「分かんないでしょ? このコ、アタシのお気に入りだもの。テッカグヤ、この世の理とは異なる次元のポケモン……ウルトラビースト」

 ウルトラビースト。その言葉を咀嚼する前に、急降下したテッカグヤの放つ白銀の焔が、景色を満たしていた。



オンドゥル大使 ( 2020/01/29(水) 22:30 )