AXYZ - 第五章 暗幕戦姫
第五十六話 戦域の支配者

「こっちに逃げたぞ! 反応がある!」

 ポケモンレンジャーが大地を駆け抜け、その手に携えたレーダーを確認していた。索敵反応に三人組はそれぞれに眼差しを交わす。首肯した三人は間違いなくエキスパートであった。

「……訓練通りなら」

「ああ、五分後にここで落ち合おう」

 その一声で三人が散り散りになる。彼らならば恐らくは一分の狂いもなく、同じ座標に同じ場所で合流するだろう。

 それぞれの実績を持って。

 ゆえにこそ、ここで潰す必要性があった。

 ピンクの髪を払った少女はふんと腕を組む。

「気に入らないわね、連中。まだ追ってくるんだ?」

(それも同然だねぇ。わっち達を追い詰めるまでとことんのはずさ)

 耳朶を打った妖艶な声に少女は舌打ちを混じらせる。

「面白くない……。いいや、ここからが、面白い、か。さて、放ったはずの餌はどうなるかなぁ」

 ハートの文様がへそを中心にして光を帯びる。

 その瞬間、一人のポケモンレンジャーが屹立した影に息を呑んでいた。

「……少女……?」

 困惑するポケモンレンジャーは双子の片割れである一人が放ったモンスターボールに警戒を注ぐ。だが放たれたのがただのプラスルと見るや、自分の認識を疑ったらしい。

「……プラスル……。報告にあった適合者じゃない?」

「プラスル、エレキボール」

 その当惑を踏み潰し、電撃の球体が草むらを疾走した。放たれた「エレキボール」の明らかなる殺意にポケモンレンジャーは姿勢を崩しざまにボールを投擲していた。

「行け!」

 現れた錨を模したかのような巨大なポケモンが電撃の球体を霧散させた。藻の絡んだ揺れる錨のポケモンが静かなる鳴き声を上げる。

「あれ、何ぃ? 見た事ない」

(ダダリンだね。珍しいポケモンだ。確か、ゴースト・草タイプ)

「あっは! じゃあ、アタシの手駒のほうが有利じゃん! やっちゃえ! ――ノノ」

 その言葉に導かれるように少女――ノノはプラスルを疾駆させる。その小柄な体躯がダダリンの巨躯を上回り、速度で圧倒しようとする。

 だが、張られたのは水の皮膜であった。圧倒的な防御膜の堅牢さにプラスルは攻撃を断念する。少女はとどめを確信していたのか、惜しい、と口走っていた。

「あとちょっとだったのに!」

(いや、ダダリンは個体率が珍しいがゆえに読めない戦法を持つ。ポケモンレンジャークラスが使うとなればそれなりだろう。プラスルでは勝てないかもしれない)

「じゃ、駒二つ分」

 瞬間、背後に浮かび上がった影にポケモンレンジャーが大仰に驚き、後ずさっていた。

「……いつの間に……まるで気配が……」

 それだけではないのだろう。瓜二つの双子ジェネラルの登場に驚いているに違いなかった。その顔を想像するだけで笑えてくる。

「ビビってる、ビビってる。ホラ! 早くしなさいよ! ――ネネ!」

 ネネが挙動し、マイナンを引き連れ攻撃網を見舞っていた。電撃の予感にダダリンが防御皮膜を張る。

「めんどっちい! 何で堅いの!」

(プラスルとマイナンだけでは属性優位を打ち続けられないか)

「じゃあどうしろって? もうっ、これだから、セルで操っているだけのお人形って退屈なのよ。もっとうまく動いてってば!」

「――そこまでだ」

 地団駄を踏んでいた少女へと背後から声がかかる。据えられたのはキングドラの筒状の砲門であった。恐らく一撃で射抜ける位置にいるのだろう。

 ポケモンレンジャーの声音は静かであった。

「……お前が、特一級捕獲対象か」

「そんな面白味のない名前で呼ばれてるの? アタシ。なーんか、あんたらって、そういうのも含めて淡白よね? 人生一度っきりよ? 面白く生きなくっちゃ」

「……あの二人のジェネラルを、セルで操っているのか……」

 信じられないと言った論調に少女は笑い声を上げる。

「当たり! 当たったついでに何かしてあげよっか? 特別、な事」

 こちらの声音にまるで危機感がない事に相手は震撼したらしい。キングドラへと指示の声を飛ばす。

「キングドラ。狙いを逸らすなよ。この少女は……恐らくコアに精神を毒されて……」

(失礼な事を言うものだよ。わっちが一度だってリコリスの精神を侵そうなんて考えたかい?)

「そりゃ、ないわ。ない。だってカルトはアタシの一番のマブダチじゃん。そんな事あったら絶交だし」

(絶交も何も一心同体だろうに。お前さんは面白い事を言ってくれる)

 嘆息と脳内を震わせた声にポケモンレンジャーは片耳を塞いでいた。

「テレパシー……。これが、ジガルデコアの……」

「そういうアンタ、セルの宿主ね。でも……全然。本当につまんないの。使いこなせてやしない。もっとマシになってから、アタシを捕まえに来てよ。いつでも待ってるんだから。強いコは」

 ふふっと笑ってみせたこちらにポケモンレンジャーは後ずさっていた。その一歩に少女――リコリスは言いやる。

「……一歩でも退けば負けよ?」

 直後、地面を伝ったゲル状のセルがポケモンレンジャーの足をすくっていた。姿勢を崩したその一刹那。リコリスは挙動し、キングドラの放った「ハイドロポンプ」の一撃を掻い潜っていた。

 懐に潜り込み、手を開く。

「やっほー」

 相手が瞠目した瞬間には潜り込んだジガルデコアの思惟がセルを取り込み、自らのスートに招き入れていた。

(……また、クラブのスートだね)

「またぁ? こいつらそれしか持ってないの? ま、そんな事はどーでもいいや。ノノとネネは?」

(……リコリス。駒を使うと言うのなら意識を薄らいでは駄目じゃないか。お陰様で総崩れだよ)

 ノノとネネは硬直し、突然に止まった相手の挙動にダダリンを操るポケモンレンジャーは戸惑っているようであった。

「あっ、いっけね」

 てへ、と舌を出して再びセルに意識を通す。ノノとネネが急に挙動したのがある意味では功を奏したのか、ポケモンレンジャーは圧倒されているようであった。

「な、何が……」

「あれ? あの人……マジウケる。アタシの采配ミスが結果的によかったみたいね、カルト」

(……好きにおし。いずれにしたって、あの二人だけでは心もとない)

「まぁ、そうよねー。一人下したって言っても、連中の使う人員は無限なのかなー? どれだけ払っても払っても湧いてくるなんて」

 意識を失ったポケモンレンジャーの頭を足蹴にする。それを内奥からの声が咎めた。

(滅多な事はするもんじゃないさ。少しでも油断すれば取られるよ)

 忠言にリコリスは微笑む。

「油断? アタシがただ単に油断なんてするものですか。ノノとネネはそのままダダリンを相手に時間を稼いで。もう一人がいたわよね? そいつの出鼻を挫かないと」

(こいつはどうするんだい?)

 リコリスは草むらの陰にポケモンレンジャーを引っ張り込もうとして、大の男の重さに音を上げていた。

「やっぱ肉体労働ムリ。そのまんまにしとこ」

(……ズボラだねぇ、相変わらず)

「そっちこそ、小言ばっかり絶えないようね」

 互いに言い合って、リコリスは背の高い草むらで姿勢を沈める。

「……で、ダダリンを相手取っているのはいいけれど、どうしよ」

(先手を打たれる前に撃つのが定石だろうね)

「あっは! じゃあ撃っちゃえ! エレキボール、連射!」

 ノノとネネがそれぞれプラスルとマイナンを疾走させ、ダダリンを中心軸に電磁の光球が行き交う。相手のポケモンレンジャーはその応酬に攻撃の手を打ちかねているようであった。

「よっし! 墜ちちゃえ!」

「ダダリン、うずしお!」

 生み出された辻風が水を纏いつかせ、ダダリンはマイナンを絡め取る。水の渦に巻き込まれ、マイナンの動きが鈍った。その隙を突き、ダダリンは巨大なる錨を振るい上げる。

「パワー、ウィップ!」

「ヤッバ! ちょっと、水も出せるなんて反則ぅ!」

 錨の切っ先がマイナンを貫くかに思われたその瞬間、プラスルが前に出て電磁波を放出する。絡め取ったはずが絡め取られたダダリンの動きが急速に遅くなった。

「いよっし! ナイスプレイ、ノノ!」

 その言葉にノノは無反応だ。否、正しく言うのならば彼女はきっちりと「稼働」している。その身体に植え込んだジガルデセルは二つ分。人格制御とポケモンの性能を向上させるだけの素質を引き上げさせる。

 リコリスは瞳に生気のない二人を手繰り、ポケモンレンジャーを追い込んでいた。どこか不気味にさえ映る二人の攻防に完全に参っている様子だ。

「な、何なんだ! ハートのコアの宿主だけって話じゃ……」

 それでも押し黙ってダダリンへと歩み寄るノノとネネに、ポケモンレンジャーは攻撃を命じていた。ダダリンの眼窩に光が宿り、直後拡散した光がプラスルとマイナンより生命のエネルギーを吸い取っていく。

「メガドレイン……! なんて器用なの!」

(リコリス。ちょっとまずいかもしれない。あの二人はお前さんが弱らせたままだ。あまり体力は残っていない)

 その言葉通りに、プラスルとマイナンは急速に攻撃力を失っていく。それも当然、体力はとっくにレッドゾーンなのだ。連携が出来ているだけでも御の字である。リコリスは、あーあ、と嘆いていた。

「ここまでかぁー。つまんないの。いっつもそうだよね。駒ってうまく動いたためしなんかない」

(リコリス。もっと人間の動かし方は学んだほうがいいよ。自分の力に自信があるからってこれじゃ、ジェネラルとしては半端もいいところだ)

「でも、アタシ、弱くはないもんね」

 ホルスターに留めたモンスターボールを意識し、リコリスは草陰より割って入る。

「あー、ちょっとゴメンね。ここで駒二つ壊されるの、ちょっとやなの。だから、アタシ、ちょっとだけホンキ出すね」

「子供……。お前がハートのジガルデコアの宿主か?」

「あっれー? 何言っちゃってるの? 最近の子供は進んでるんだから。おじさん達、ナマイキ言っているうちに倒しちゃうよ? ま、もう一人はおねんねしているけれどね」

「……一人やった程度で何を。合流する。対象を発見。これより捕縛に――」

「おっそい。行きなさい――」

 緊急射出ボタンを押し込み、繰り出した巨大なる影に、ポケモンレンジャーは絶句する。

「何だこれは……。こんなポケモン……」

「――ヘビーボンバー」

 紡いだ言葉と共に白銀の瞬きが連鎖し、直後にはポケモンレンジャーを押し包んでいた。











「シグナルロスト……。室長、Z01追跡の任を帯びていたポケモンレンジャー三人のシグナルが同時に途切れました。これは恐らく……」

 濁すまでもない。サガラは手を払っていた。

「失敗だろうな。だがZ01、彼奴はこのザイレムに多くのデータと財をもたらした存在……。どうして我々に牙を剥く……?」

「七十年前に、最初に確認された……最初のジガルデコア……」

 震撼した様子で口にしたオペレーターにサガラは言いつける。

「継続監視を怠るな。ポケモンレンジャーの捕捉を厳とし、これより十二時間のシグナルの回復を待て。それでも返答がなければ、そこまでだ。Z01追跡へとエージェント権限が発令される事になる。……まさか二体のジガルデを相手にエージェントを散らす羽目になるとは……」

 これも自身の不実か。拳を握り締めたサガラにオペレーターは遠慮がちに返答していた。

「……室長。帰還したエージェント、レナよりあの……ジャックジェネラルの情報の開示権限を要請されております。面談の許諾と三十分以内の対応を……」

 どこか気圧されているのは、その事実を信じられないからか。自分とて信じられるものか。エージェントとなったはずのジャックジェネラルの裏切りだけではない。Z02にまたしても一泡吹かされた結果は不本意だと、ここに詰める全員が理解している。理解しての言葉であったのだろうが、サガラは落ち着き払って声にしていた。

「……応じる。エージェントとの面談を許諾。わたしは執行部のエージェントの下へと出向こう。相手の反応は」

「エージェント、レナはそのスケジュールで認証しています。それと……こちらを切ったジャックジェネラルの所在ですが、現在も捕捉中。カエンシティ中央部に近い場所に……」

「逃げも隠れもしないか。大いに結構だよ、レオン・ガルムハート」

 因果の名前を口走り、サガラは席を立っていた。オペレーターが尋ねる。

「レオンの継続監視も行いますか」

「手が空いているのならばな。執行部が跳ねのければそこまでにしておけ。我々に執行部をどうこうする権利はない」

 そう、所詮モニター権限しかない自分には、執行部の動きまで制せない。問題なのはここから先の盤面、どの陣営に優位に転がるのか読めなくなっている点だ。

 管制室を出たサガラは既にマーキングを施しておいたジガルデセルの宿主達の大まかな位置を把握する。自分の指紋認証と網膜認証、それに三重のセキュリティコードを必要とする特殊端末だ。無論、そこまで厳重にせずとも、室長身分の自分の端末をかすめ取ろうなどという命知らずはいないであろうが。

「……ジガルデセルは結果的にランセ地方全域に至ったな。北方部はジガルデとは言え、能力が抑制されるのか、中央部に数多い。これを知っているのは、組織の中でもわたしだけ……。この強みを活かさない手はない」

 しかし、どうするか。エレベーターに乗り込み、地下階層を上がりながらサガラは次の手を講じようとする。

 このままでは上層部の息一つで奥の手を出さざるを得ない結果に陥る。

「……トゥエルヴの即時投入案など出されては堪ったものではないな」

 降り立ったのは執行部権限のフロアであった。そこいらに服装の違う者達が行き交っている。彼らはエージェントの者もいれば、ただのオペレーター身分もいる。しかし、確かな事は、彼らは自分よりも権限が上であり、そして実地においての戦闘訓練を積んだ、戦いのエキスパートである点だ。

 戦闘面で熟知している相手とそうでない相手とでは雲泥の差。

 レオンが裏切ったとなれば自ずと執行部任せの仕事が増える。その場合、借りを作り続ける事になってしまうのだが……。

「おう、何だ不機嫌そうな顔でこのフロアをうろつくなよ」

 何の躊躇いもなしに手を振ったオオナギの図太さにサガラは嘆息をつく。

「……余計な事はここでは言えない」

「分かってんよ。ただな……イレギュラーにイレギュラーを重ねられて、その後で泥でも塗られたみたいな酷い顔をしている友人を見かけたら、声をかけずにはいられないだろうが」

「……当たらずとも遠からずだ」

 ため息をついたサガラにオオナギは顎をしゃくる。

「いくらでもエージェントの伝手はある。任せてくれりゃそれなりの戦果は出すさ」

「上が納得すまい」

「その納得を取り付けるのがエージェントの仕事。ま、お前は任せてちぃとは寝とけ。目の下のクマが酷いぞ」

 そうか、そう言えば最近眠れない日々を過ごしていたな、と他人事のように考えていた。

「……睡眠薬を処方してもらおう」

「それがいい。あ、それとな」

 立ち去り際、オオナギは硬貨を差し出していた。

「この間の煙草の駄賃、返しておくわ」

 百円硬貨をサガラはポケットに仕舞う。なるほど、考えたな、とコインをさすっていた。

 ――この場所では全ての行動が監視されている。

 今、手渡された硬貨も検閲にかけられる。だがその前に、と硬貨に擦り付けられたマイクロチップを爪の内側に入れ込んでいた。

 コイン一枚でさえも検閲にかけられる施設だが、それでも相手を騙し切る手はある。こうしてコインにマイクロチップを埋め込み、それを自身の生態部に挿入すれば、さすがの上役でも見逃すだろう。

 マイクロチップをすかさず端末に翳す。チップのID認証が行われ、もしこの後、自身の身体を何度精査されても、体内からは何も出ないはずだ。たとえ爪の間に挟まった極小のマイクロチップに相手が気づいた時には既に遅い。

 一度でも認証されればバイオ部品で生成されたマイクロチップはただの爪垢と大差ないものへと変容している。

 これがこのザイレム基地内で情報を交換する最もスマートな手段であった。

 それ以外では上役に気取られてしまう。サガラはオオナギが図太いようで考えていると評価を改めていた。

 否、最初から相手は切れ者だ。この魔物が跳梁跋扈するザイレムという組織でそれなりの地位を守るのには知恵が必要になる。ある時には愚鈍を演じる事でさえも知恵の一つだ。

「……しかし、嘘が下手だな。わたしは煙草は吸わないし他人のものなんて買う事もないのに」

 それもオオナギと言う男を分析するのには一つの要因だろう。

 サガラは個室へと入り、ガラス窓に隔てられた対面に座る予定の相手の情報へとアクセスする。

「エージェント、レナ。アローラの出身者か。有するポケモンはエンニュート。毒ポケモンの中でも特殊な立ち位置にいる、毒の粘液が武器のポケモンだ」

 エンニュートの三次元図にサガラは、なるほど、と納得する。

 これではレオンの手持ちには押し負けるな、とポケモンバトルから退いて久しい自分でも推し量れた。

 レオンの手持ち情報へと開示権限を使ってアクセスしようとしたところで、相手は現れていた。どこかふらりとした容貌は本当にエージェントか、と勘繰りたくなってしまう。

 それほどまでに、彼女はやつれていた。

 まるで信じるべき神を見失ったかのように。目には光がない。足取りもどこかおぼつかなかった。

「……要望は聞いている」

 そう切り出したサガラにレナはこちらをようやく認めた様子であった。

「……レオン様は……」

「随分と心酔していたようだが、彼はもう敵だ」


オンドゥル大使 ( 2019/10/23(水) 21:22 )