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第四章 宣告審判
第五十三話 勝利者の友
 その言葉と共に光が晴れ、ルガルガンが膝を折っていた。全身に相手の電撃によるダメージを負い、ほとんど瀕死状態に近いところまで追い込まれている。

 レオンがフッと笑みを浮かべた。

「これが……王者との差だ」

 しかし、直後、レオンのゼラオラは全ての電力を使い果たし、倒れ伏していた。足場を構築する力も残っていないのか、無重力に漂う。

「まさか……俺が負けただと……」

 ゼラオラは動かない。エイジの眼にもハッキリと映っていた。ルガルガンの体力はレッドゾーンだが、まだ辛うじて残っている。それに比してゼラオラは完全に瀕死であった。

「……勝利者は、最後まで諦めないほう、か。オレも読めなかったぜ、エイジ。この、最後の立ち位置まではな」

 ルガルガンが裂傷を負いながらもすくっと立ち上がる。その佇まいにいささかのてらいも見られない。ルガルガンは勝利した。そして、勝利者の視点でゼラオラを睨む。

 レオンは信じられないのか、面を伏せて奥歯を噛み締めていた。

「俺が……俺の正義を賭けた戦いで……敗北した」

「正義なんざ……一番に馬鹿馬鹿しいってもんだ。いい加減、楽になれよ。……オレ達は、ただ互いのエゴのために戦い争い合っただけだ。それ以上でも以下でもねぇ」

(ダムド……お前……)

「誰かを慰撫するための言葉でもねぇし、誰かの勝利を侮辱する気もねぇ。これはそういう結果だ。受け止めないのは嘘だろ」

 勝利は、訪れるべくしてある。今、自分達の勝ち取った白星はきっと、一人ずつでは決して得られない代物であろう。

 ダムドはモンスターボールを翳す。ルガルガンがボールに戻った。メテノは出したままだが、それはレオンの悪足掻きを警戒しての事だろう。

「勝ったのは、オレ達だ。ゾーン戦は互いのセルを賭けた勝負。エイジ、このジャックジェネラルのセルを全部奪うぞ。相手はオレらを潰すつもりだった。順当な判断だ」

 ダムドの言う通り、レオンは自分達を潰すつもりであった。だが、とエイジは応える。

(……ダムド。替わってくれないか)

「またかよ。言っておくが、ゾーン戦ってのは絶対にセルの受け渡しは行われなきゃいけねぇ。こいつを無罪放免で逃がすとかは出来ねぇからな」

(分かっている。だからこそ、僕に任せて欲しい)

「……ったく、焼きが回ったもんだ。ただまぁ、今回の勝ちはテメェの功績もデカい。こいつからどれだけ奪うのかは、一任してやってもいい」

 その直後、身体感覚が戻ってくる。

 エイジは項垂れ、膝をついたレオンに歩み寄っていた。敗北を噛み締めるレオンにエイジは言いやる。

「……あなたの言う事も間違いじゃなかった。僕みたいな不完全な子供に、ジガルデコアは任せられない。それは大人として、正しい判断だ」

「……ならば何故、負けてくれなかった」

 どうして自分は負けられなかったのか。その問いかけにエイジはすぐに応じていた。

「だって、僕らは終れないから。こんなところで終れないんです。それは、僕とダムドの交わした、絶対ですから」

 そう、自分の譲れない「絶対」。それがこの戦いで潔く退くのをよしとしなかった。レオンになら負けてもいいと思った反面で、どうしても負けたくないという意地が勝ったのだ。

 それは、始まりかけた旅を奏でるのに、自分達はまだまだ途上であったからだ。

 その途上で、終れない。その一念がこの土壇場での勝機を見出させた。

「絶対、か。いいさ。君らに負けた。その咎は受けよう。俺は、エージェントとして君達を襲ったのだからね」

 セルを奪うのなら好きにしろとでも言うのか。エイジは瞑目し、レオンの肩口に触れていた。

 彼の中で蠢動する四種のスートのセルはゆうに十二個。よくこれほどまでのセルの誘惑を絶ち、自らの信念を押し通したものだ。

 彼はそれほどまでに気高く、強いジャックジェネラル。この地方を統べる素質を備えた、四人の一人。

 だからこそ、彼の意思はぶれない。彼はきっと、よりよい未来を描くためにジガルデセルを使ってくれる事だろう。

「……ダムド。レートは、勝利者が決める、だったな?」

(ああ、そうだが。……まさか)

「レオンさん。僕が奪うセルは、スペードスートのジガルデセル、一個分だ」

 手を伝い、レオンの身体からスペードスートのセルが一個だけ、エイジの体内へと移動する。その言葉に彼は驚愕の眼差しで面を上げていた。

「……情けなど」

「情けではありません。僕が決めた、僕のレートです」

 その有無を言わせぬ声音に彼は押し黙っていた。内在するダムドが舌打ちを漏らす。

(……綺麗ごとじゃ済まねぇのは、分かってるんだよな?)

「ああ。でも僕は、彼の意志の強さを信じたい。レオン・ガルムハートと言う人は間違いなく、ジガルデの誘惑に負けない人であった。だったら、それを尊重しないのもまた、嘘じゃないか」

 彼の体内に眠る残り十一個のセルはあえて残す。そうする事がこの戦いの幕引きには相応しいだろう。ダムドは面白げがないのか、何度か毒づく。

(……全部奪っちまえばいいのによォ。ま、それもテメェの結論か。エイジ、今回ばかりはテメェの補助がなけりゃ負けていたし、オレも熱くなっていた。だからこの結論に、意義は差し挟まないぜ。ただ、生易しいってのはマジだがな)

「分かっている。でも生易しくても、僕はこの人を……信じたいんだ」

 彼は一時として、ジガルデセルの闘争本能に負けなかった。ならば、彼ならばセルを預けるのに適任だろう。レオンは己の胸元に手をやって、問い返していた。

「俺を……許してくれるのか……」

「許すも何もありません。ジガルデセルを、暴走させずにおいてくれて、ありがとうございます」

 その言葉に彼は恥じ入るように面を伏せ、そして頭を振った。

「……完敗だ。こうまで清々しい敗北は、久しぶりだな」

 ジャックジェネラル、レオン・ガルムハートはこの時、ようやく戦いの行方を噛み締めたらしい。

 エイジは身を翻しかけて、その背へとかかった声に足を止めていた。

「待ってくれ、少年。……いや、エイジ君。俺は、君に負けた。正確に言えば君達に、だが、そのケジメはつけさせて欲しい。俺なりの、ケジメを」

「ケジメって……。もう僕らの邪魔をしないのなら、別に何も……」

「ゆえにこそ、だ」

 直後、王者たる素質を持つ青年は傅き、重々しく頭を垂れていた。

 まるで――仕えるべき王者を前にしたかのように。

「俺は君の剣となろう。ジャックジェネラルとしてではない。ただの一個人の、ポケモンジェネラル、レオン・ガルムハートとして。エイジ君、君にこの身を仕えさせてくれ。最後の最後まで、俺は君のためにこの身を砕く。それこそが、俺のケジメだ」

 思わぬ言葉にエイジはうろたえていた。まさかジャックジェネラルが自分のような子供に仕えるなど言うとは思うまい。

「よ、よしてください! ……邪魔さえしないのなら、僕はそこまで……」

「いや! 俺の気が収まらない! どうか! 俺を使ってくれ! エイジ君!」

 どうにも困惑するエイジにダムドは内側でほくそ笑んでいた。

(こいつぁ……面白ぇ駒を手に入れたじゃねぇか、エイジ。強ぇ駒は大歓迎だぜ。ゼラオラも、テメェの身分も全て、オレ達のために遣い尽くすと誓うか?)

「ダムド、何て言い草をするんだ! そこまでしてもらわなくっても……」

「いや! ジガルデコアの言う通りだ! 俺は君のための騎士となろう! それこそが、この生き永らえた身を少しでも有効活用出来ると言うのならば!」

 困った事になった、とエイジが後頭部を掻く。ダムドはしかし、乗り気であった。

(負けたヤツはそのまま相手に従う。分かりやすくっていい。それにテメェだって、こいつにセルをいくつか預けるんだ。手元に置いたほうが有益なのは間違いねぇはずだが?)

 参ったのはそれもある。任せる、と言ったのは別にそういう意味ではないのだ。

 しかし、レオンもダムドも譲るつもりはないらしい。エイジはこの結果だけは不承ながらも、頷いていた。

「……どっちが主君だとか従者だとかはなしにしましょう。あくまで、その……対等な立場で」

 そう結論付けると相手も納得したらしい。ようやく面を上げ、その左胸を拳で叩く。

「この心臓の音がやむまで! その誓いを守り通そう!」

「そこまで大げさに捉えなくっても……。でもまぁ……こちらこそよろしくお願いします。ザイレムに、ジガルデセルを渡すわけにはいきませんから」

「ああ。それは同意見だ。そして、俺はあの組織より、情報を渡されている。交換条件としては悪くないだろう」

 そうか、とエイジはそこまでは考えていなかったと遅れて納得する。エージェントとして仕掛けてきたのならばザイレムの手の内をレオンがある程度分かっていてもおかしくはないのだ。

「ある意味では……対ザイレムにおける切り札……か」

(悪くないってのはそれもあるんだぜ、エイジ。相手からしてみりゃ……これほど面白くねぇ話もないはずだ! 放ったはずの切り札がそのまま返ってくるなんてな!)

 哄笑を上げるダムドにエイジは呆れ果てる。

「……笑うなって。でも、よかった。もう、戦わないで済むんですね」

 穏やかに微笑んだエイジにレオンは厳めしい眼差しのまま応じる。

「ああ。だが脅威が去ったわけではない。ゆめゆめ、警戒は怠らぬよう、主殿」

「あ、主殿?」

 思わぬ呼び名にエイジはうろたえてしまう。レオンは何でもない事のように告げていた。

「俺は負けた。そして君に仕えると決めた騎士だ。ならば軽々しくエイジ君とは呼べない。せめて、この名で我慢して欲しい」

「いえ、でも……主殿って……」

 当惑したエイジにダムドが高笑いする。

(傑作だな! 主殿と来たか! ……だがまぁ、オレとしちゃ、呼ばれるのは悪くねぇ。そのまませいぜい傅いてくれよ)

「何を言っている。俺が仕えるのは貴様ではない。ジガルデコア。エイジ少年という、一人の主君に仕えるのみだ。貴様はまた別だ」

 指差したレオンにダムドはいきり立って反発する。

(はぁ? 何でだよ! エイジとオレは同じだろうが!)

「彼と貴様は違う。それだけは分けさせてもらう」

(……釈然としねぇ)

 ダムドの言葉にエイジは笑いかける。きっと、これが最善であったのだろう。レオンの強さも認め、彼の持つジガルデセルもこのまま、レオンが保有する。

 そうすれば、すぐに陣営が傾く事はないはずだ。

(……まぁ、ンな事はいい。ゾーンから出る。もう用はないからな。変に長居すると、飲み込まれるぜ)

 ダムドの言う通りだ。エイジはレオンと共に顔を見合わせる。

「ゾーンより、出る」

 その一声でゾーンの宇宙がガラスのように砕けた。実体世界に戻ってきたレオンへと真っ先に声を投げたのは、ザイレムの女エージェントであった。

「……レオン様?」

 様子がおかしいと感じたのだろう。レオンは彼女の眼を真っ直ぐに見据える。

「レナ。俺は負けた。ザイレムを裏切る」

 その一言の重みに女エージェントは瞠目する。

「……どうしてそんな……。貴方だけは正しいはずなのでは」

「正しさを突き詰めた末の結果だ。俺はこの正しさを貫き通す」

 女エージェントはしばらく言葉もなかったようであったが、やがてその拳をぎゅっと握り締めた。

「……その判断を後悔する。ジャックジェネラル」

「そうかな。俺は後悔しないためにこれを決断したまでだ」

 女エージェントが後退し、エイジを睨んだ。

「ジガルデコアの宿主、エイジ……。そしてスペードスートのジガルデコア。私は、お前らを恨む」

 怨嗟の声を放った女エージェントはエンニュートを繰り出して逃げ去っていた。

 恐らく、これまで以上に過酷な戦いが待っているのだろう。それだけは確かであった。

「……すまない、主殿。俺の因縁まで背負わせている」

「いえ、いいんです。……それよりも、その呼び名だと外じゃ……」

「ああ、まずいな。……では外ではエイジ君、と呼ばせてもらうよ」

「……平常時もその呼び名でいいんですけれど……」

 困惑していると、不意に背中に声がかかった。

 駆け込んできたリッカがレオンを認めるなり、射竦められたように足を止める。

「……まさか。ジャックジェネラル、レオン・ガルムハートがどうしてこんなところに……」

「説明が必要かな。お嬢さん。いや、俺は別にいいのだが」

 その眼差しが細められる。何かを関知したのだろう。ダムドがその答えを言ってのける。

(……メスガキ、またセルが増えてやがるな。何があった?)

「そっちが先に言って。あたしだって混乱中なんだから。……ってかメスガキって言うな」

 お互いに状況を整理しなければならないだろう。そのためにはジャックジェネラルであるレオンはいささか目立つ。

 彼は頭を振っていた。

「……少々、長い話になりそうだ」


オンドゥル大使 ( 2019/10/09(水) 19:54 )