第五十一話 ライジングボルテージ
「エイジ君。俺はもう、下手に君の事を考えるのも、そして君がこの先、何を見るのかをきっちりと保証するのも、馬鹿馬鹿しくなった。ゼラオラ、潰せ」
その一声でゼラオラが構築した空中の足場を蹴り、ルガルガンへと肉薄する。プラズマを帯びた拳がルガルガンに突き刺さりかけた、その時であった。
「行け! メテノ!」
投擲したモンスターボールが割れ、飛び出した岩石のポケモンに、レオンは瞠目する。
「メテノ……そんなポケモンで! 壁にすらならない!」
「ああ。壁になんてするつもりはない。メテノ、ルガルガンの補助をする。構築しろ、光の壁!」
メテノの眼窩より投射された光が障壁となり、ルガルガンに足場をもたらした。降り立ったルガルガンがゼラオラと向かい合う。
「即席の足場を得たから何だと言う。それでもゼラオラには勝てない」
「そうかもしれない。でも、これでちょっとは分からなくなったんじゃないですか。僕が何をするつもりなのか」
そう提示すると、レオンは眉根を寄せる。そう、この行動の意味と、そして何に繋がるのかを、ジャックジェネラルならば全力で考察するはず。
その一瞬の隙さえあればいい。
「メテノ、ボディパージ! ルガルガン! 浮き上がった岩を触媒にして、ストーンエッジ、全力掃射!」
メテノが岩石の鎧を砕き、身軽になった分、ルガルガンを乗せて後退する。ゼラオラの鉄拳が空を裂いていた。
その隙間を埋めるようにルガルガンが放った岩の散弾がゼラオラへと突き刺さる。
相手は手を払っただけでほとんどの攻撃を無効化したが、それでも一手空いた分は埋めようがないだろう。
「……詰めを一手分、空けたか。それで逆転出来るとでも?」
「分かりませんよ。ポケモンバトルは時の運だ」
その言葉にレオンは面を伏せ、嘆息をついていた。
「バトルが時の運? そう口にする連中を、俺は何人も見てきた。そう嘯いて、考える事を放棄した奴らを。言っておく。ジャックジェネラルとして。それを吐いた時点で、もう敗北している」
ゼラオラが空間に足場を構築し、四方八方から襲いかかろうとする。ルガルガンは姿勢を沈め、先ほどから岩石を分離し続けるメテノより無限の供給を得ていた。
「なるほど、メテノのボディパージ。それによってルガルガンの補充までの時間を稼いだか。しかし、それがあろうとなかろうと、結果は変わらない。動く足場があるとしても、俺のゼラオラが遥かに素早い!」
ゼラオラが全身に青い瞬きを充填し、疾駆する。その軌道上にあった岩石の散弾を噛み潰したのは龍の咆哮であった。
「……逆鱗を展開した」
「混乱に至る前に、その首を貰い受ける!」
構築した「げきりん」の牙が拳に纏いつき、そのままルガルガンを掻き砕くかに思われた。しかし、直前にメテノが前に出る。
「光の壁で防ぎ切れまい! ゼラオラ、逆鱗!」
振るわれた一閃がメテノの岩の鎧を粉砕していた。粉みじんになったメテノが空間を流れる。
それで勝ったと思い込んだのだろう、ゼラオラが次の標的に選んだのは空間を滞留するルガルガンだ。
「終わりだ! 俺はジガルデコアを正しい事に使う! そのために、君には負けてもらおう!」
その牙が軋りかかった、次の瞬間である。
赤い流星が棚引き、ゼラオラとルガルガンの中に入っていた。ぐるぐると巻いた眼球に、赤く光るその球体にレオンは絶句する。
「これは……メテノ、か?」
「メテノの特性はリミットブレイク。メテノは流星の姿で一定のダメージを受けると、コアの姿へとフォルムチェンジする」
コア形態になったメテノが光の壁を放出しつつ、ゼラオラへと突き進む。その攻撃網に僅かにゼラオラが怯んだのが窺えた。
「ゼラオラはもう少し押せば混乱になる。それは逆鱗を使った事からも明らかだ。もう少しだけ、戦闘を引き延ばせば……」
「――聞き捨てならないな。ちょっとやそっと、戦いを引き延ばしただけで勝てるとでも? その程度の実力差だと思っているのか? 言っておこう。そんな些末な差であればもっと早くにケリがついている。そして――ゼラオラは!」
ゼラオラの拳に再びプラズマが充填される。またしても最大出力の攻撃を放つつもりであろう。点火されたそれが並大抵ではないのは、目にすれば分かる。
「プラズマフィストじゃ、ない……」
「プラズマフィストは一度でも撃てば、全てのノーマルタイプの技は電気技へと転化する。そして! これも電気技だという事だ! ギガ――インパクト!」
オレンジ色の閃光を拳に留め、照り輝いたその鉄拳が灼熱に煙を棚引かせる。
明らかに桁違いの一撃。それに賭けるものは無論、一撃必殺。
だが、ルガルガンもメテノも、自分も――そしてダムドも諦めていない。
諦めてなるものかという意地が自分を衝き動かしている。
「ルガルガン、岩石の刃で受け切る……」
「遅い! そんなものを構築させる前に、ゼラオラの渾身の一撃が貫く。真に賢しいのであれば、もっと早くに勝負を投げるべきであった! 終わりだ、少年!」
終わり。確かに、普通の考えを持っているのならば。通常の空間ならば、これで終わりかもしれない。
だが、ここはゾーン。そして自分達はジガルデを賭けた勝負をしている。
通常空間で、ただのジェネラルとジャックジェネラルの戦闘ならば、これは分かり切っている勝負であっただろう。
しかし、今、ここで展開されている勝負は、別次元の戦い。それ故に、勝機は存在する。
「メテノ! 近づかせたな。そこでがむしゃら攻撃だ」
メテノが全身を照り輝かせる。ハッと互いに息を呑んだ刹那には、膨れ上がったメテノが爆発の光を宿し、ゼラオラを退かせていた。
ゼラオラの撃ち損じの「ギガインパクト」の残滓が空間に放たれる。瞬間的に発生した灼熱が渦を成し、爆炎がメテノの身体より流れる岩のデブリを吸い込んでいく。
それほどの一撃であった。受けていれば即死であっただろう。
だが、今ゼラオラは後退した。何故か、と言う事実を問い返すまでもなく、レオンは忌々しげに口にする。
「……がむしゃら……相手の体力と自身の残り体力を引いて、その分だけのダメージを与える技。メテノはかなりのダメージを受けている。それを加味しての技構成か」
「ゼラオラのギガインパクトには、それなりに精巧な技の構築が必要と踏んでの判断です。ただのギガインパクトを出すのならこれを防げていたでしょうが、電気技へと転化すると言うのはそう容易くはないはず」
加えて先ほどまで「げきりん」による全力攻撃を行っていたゼラオラの神経は極めて逆立っていたはずだ。そのような状態で体力を奪われる「がむしゃら」を受ければ、嫌でも後退せざるを得ない。
そして――少しでも後退させればそれは埋めようのない断絶となる。
ゼラオラが膝をついていた。混乱状態に陥りつつあるのだ。
「……まさか、混乱のゼラオラでは追いつけないと言いたいのか」
「ゼラオラは素早さが売りのポケモンのはず。ですが、今のメテノも相当に素早い。リミットブレイクによるフォルムチェンジ。そしてボディパージで素早さを上げ続けている。これなら、ゼラオラは追いつけない」
「ひかりのかべ」を放射し、ルガルガンの足場を再度構築する。レオンはそれを睨み、ゼラオラへと命じていた。
「……素早さの点で勝利すれば、ゼラオラの電撃は防げる、と言いたげだな。まさかそのような些末なる勝機だけで、ここまで戦い抜いたと?」
「それでも勝機には違いないでしょう」
レオンはこちらを指差し、そして言い放つ。
「ゼラオラ。お前のレベルを見せつけてやれ。混乱状態であったとしても、お前はルガルガンを撃ち抜くくらいは造作もない。十万――ボルト!」
ルガルガンの体表が再び青い雷撃に包み込まれる。放出された電撃の波動がルガルガンとメテノを襲った。エイジは舌打ちする。メテノのタイプ構成上、電気タイプを受けるわけにはいかない。
「メテノ……ルガルガンを引き連れて後退。そのままゼラオラの射程外まで」
「不可能だ。ゼラオラの射程は一キロを超えている。それに、どこまで逃げる? ここはゾーン。確かに限りなく遠くまで逃げ切れるかもしれない。だが、ポケモンバトルの関知範囲は、所詮ジェネラルの関知範囲に集約される。今の君のレベルで、遠隔でポケモンを操るのは不可能だ」
その言葉通り、メテノの動きが止まった。恐らくこれが自分の「限界範囲」。そしてポケモンジェネラルとしての自分に出来る最善であろう。
「終わりだ。混乱であっても、ルガルガンを照準し、ゼラオラは正確無比な電気技を見舞う。ゼラオラ! 十万ボルトを!」
両拳を突きつけ合い、放たれた電磁が纏いついて直後、砲撃となってそれが放たれていた。光軸がルガルガンとメテノに突き刺さる。周囲へと拡散した電流がメテノを襲い、その身を焦がしていた。
「これで足場を潰した! 最早ゼラオラに対して優位を打てる要素はない!」
消え失せる足場とメテノから力が凪いでいく。これ以上の継続戦闘はメテノには不可能だろう。ゼラオラが跳躍し、一瞬でルガルガンへと肉薄する。
その速度はまさしく神速。追い縋られる前に、メテノが最後の「ボディパージ」を実行する。
周囲へと岩礁が浮かび上がり、岩の鎧の欠片が四方八方に降り注いでいた。
無重力状態の中で、デブリが漂う。
「デブリで壁を作ったつもりか! そのような小手先!」
ゼラオラがデブリへと真正面から衝突する。しかしノーダメージだ。無傷でゼラオラはルガルガンの射程へと食い込む。
立ち現れたゼラオラが青い電撃を身に纏い、大きく腕を引いた。最後の技を放つつもりであろう。雷撃を纏いつかせ、「プラズマフィスト」が遂行されようとする。
「ゼラオラは最強だ! この攻撃を前にルガルガンはひとたまりもない!」
青い雷撃龍が咆哮し、身に宿した最高潮の技を告げる。ゼラオラはルガルガンを打ち砕くつもりであった。そのために全身に電気を滾らせ、周囲のデブリを打ち砕いていた。
絶体絶命の光景に、エイジは――嗤っていた。
その段になってレオンは疑問を挟む。
「何故笑う。遂にイカレたか」
「いいや、イカレちゃいないさ。にしたって、エイジよォ……。こうも段取りをつけてくれた事、感謝するぜ」