第五十話 貫くべき意志を
「疾走しろ! ルガルガン! 先手だ、地ならし!」
一気に決めようと言うのだろう。ルガルガンは跳躍した。ゼラオラまでの距離はあと僅か。接近すれば地面タイプの技「じならし」は問題なく遂行されるかに思われた。
その攻撃射程を相手が読んだかのように、発生した無数の軌道壁がルガルガンの攻撃を阻むまでは。
ゼラオラの足場より発した真っ白な足場が螺旋を描き、ルガルガンを押し込む。その軌跡にエイジは絶句していた。
(地面を生み出して……それを打ち上げて見せただって?)
「精神エネルギー……、いや! これは!」
「お察しの通り。俺も教えてもらっていてね。ジガルデセル……四種のスートが俺の頭に直接語りかける。この状況で、優位を打てるだけの戦い方を。ゾーンに不慣れだと判断したのは早計だったな。俺の中に介在するジガルデセルが、戦い方を教えてくれている。勝つのにはこういうやり方もあると」
真っ白な螺旋がルガルガンを締め付ける。発生した地面による攻撃にエイジはうろたえていた。
(何なんだ……。こんなの、どうやって逃れるって……!)
「ゼラオラ。中空の相手を射抜くのは得意だったな。掌握せよ、その腕に雷撃を溜め、そして一息に放て」
ゼラオラの両腕が青く染まる。膨れ上がった熱量にまずいと感じたのはダムドも同じらしい。すぐさま命令を下していた。
「ルガルガン、離脱だ! 何でもいい、ありったけの攻撃で相手の迎撃行為を阻止しろ!」
ルガルガンが両手に溜めた岩石を放ち、爪で螺旋の白を削り取って応戦する。驚くべき事に螺旋を描くそれは地面と同質であった。
(……あんなものも、地面の一部なのか)
「ゾーンの中では想像力が優先される! あいつの中に眠る無数のジガルデセルがそれを補強してやがるんだ! 想像力の地面さ、それでルガルガンを押し潰そうってハラだろうぜ」
(それはまずいはずだ! ルガルガンは岩タイプ! 地面なんてやられたら……)
「まずいなんてもんじゃねぇ……。早く離脱しねぇと取り返しがつかなくなる……。ルガルガン! 全力でストーンエッジだ! 斬り払え!」
ルガルガンが片手に構築したのは岩の刃である。その一振りが想像力で補強された地面を叩き割っていた。
その時にはしかし、相手の攻撃の布石も打ち終わっている。大振りで払った姿勢のまま隙だらけのルガルガンへと、飛びかかったゼラオラがその拳を打ち込んでいた。
「プラズマ――フィスト!」
青く照り輝く雷撃の拳が抉り込まれ、ルガルガンの体躯がゾーンの宇宙を転がる。ダムドは言葉を投げていた。
「ルガルガン! 衝撃を最低限に減殺しろ! 想像すれば、地面は生まれる!」
ルガルガンが自力で地面を想像し、己の身体を止める。しかし、その時には既に体力の半分を奪われているのが明らかであった。
ゼラオラは青い電磁を纏いつかせ、両腕を引く。
「戦闘不能になるまで痛めつける趣味はない。諦めるのならば潔いほうがいい」
ダムドが舌打ちする。この状況では勝ち筋はほとんど望めないだろう。ゾーン戦でここまで不利に転がるとは、ダムドも想定外に違いなかった。
「一言でいい。負けた、コアを譲渡する。それだけで、この無益な戦いは終息する」
ダムドは絶対に認めないだろう。こんな形の敗北など、認めるわけがない。
(……ダムド。交代だ)
「エイジ! 何言ってやがる! テメェに今替わったら、絶対に諦めるだろうが! ルガルガンはまだ戦える! オレに任せて、テメェは内側で大人しく……」
(――いいから、替わってくれ)
その言葉振りに宿ったのが絶望でないのだと悟ったのか、ダムドは問い返す。
「……考えがあるんだな?」
(一応は)
「負けたとかほざくために替わるんじゃねぇなら」
(ダムド。何回も言わせないでくれ。僕は、自分から選んで、勝ち取るために、ここに来たんだ)
フッとダムドが笑みを浮かべる。
「……テメェも強情だよなァ、エイジ。いいぜ、何をするのか分からないが、替わってやるよ」
その言葉を潮にして、身体感覚が戻ってくる。ダムドは本当に、自分を信頼して替わってくれたのだ。
「……ありがとう、ダムド」
「エイジ君に戻ったという事は、言葉が通用するな。無益な戦いは望まず、このまま俺にコアを差し出してくれ。そうしてくれれば悪くはしない。俺が、責任をもってコアの宿主となり、この戦いに終止符を打とう」
「……一つだけ、聞かせてもらっていいですか。レオンさん。僕は、確かにまだ弱い。彼を扱うのも、力不足なのかもしれない。でも、それでも聞かせてください。コアを手に入れてどうするんです? その後、あなたはどうしたいんですか」
この問いかけだけは誤魔化せないのだと彼も悟ったのか、レオンは瞑目し、一拍の沈黙を挟んで応じていた。
「……俺はジャックジェネラルだ。責任ある行動が求められる。ゆえに、コアを手に入れれば、責任をもって、ザイレムという組織を打ちのめそう」
「……あなたがさっきから言っている責任って言うのは、誰に対する責任ですか」
「問いただすまでもない。この地方に息づく全てに対する責任だよ。それこそが、俺の――」
「そこに、あなたはいるんですか。その場所に、あなたの意思は、介在しているんですか」
レオンはすぐには応じなかった。答えられない質問ではないはずだ。しかし、答えてしまえるとすれば、それは……。
獅子の相貌が紡いだ答えは、エイジの想定内であった。
「……俺は大義をもって、ジガルデコアを処罰しよう。それこそが、俺に課せられた役割だからだ」
役割、処罰、そうすると決めた、決め込んだ――使命感。
エイジは瞑目し、そしてレオンを見据えていた。この場で、彼は内在するジガルデセルの闘争心に流されずに答えている。それは誠実であろう。ダムドの言う通りだ。醒めながらにして狂っている。狂いながらにして、正常だ。
だから、この言葉も嘘偽りはない。
自分は全ての責任を負うために、ジガルデコアを手に入れ、そして処罰を決める。
一見すると立派だが、そこには――何もない。
欲望もなければ、希望も。ましてや羨望も。何も望まず、何も欲さず、そして何も考えていない。
考える前に使命感で動いている。
ゆえにこそ、エイジはここで退けないと感じていた。
「……その答えならば、僕は負けを認めるわけにはいかなくなりました」
「何故だ。俺は、正しいと思った事を成そうとしている。何が不満だ」
「僕は、欲深い」
発した言葉にレオンは眉を跳ねさせる。
「……何だと?」
「ジガルデコアの……ダムドの力を得た時、その衝動に負けた。屈したんです。彼に何度も敗北した。……でもそれからは逃げなかった。自分の欲深さと、自分の望むものの果てなさ、その深淵から、僕は決して! 目を逸らさなかった! あなたの言う事は正しい。そして真にジガルデコアの在り方を正そうとしている。でも、そこには何もない。空虚なんだ。望むものもなければ、勝ち取りたい欲もない。正しいとか、正しくないとか、他人の決めた物差しだ。あなたは僕に対して、きっと導くつもりなんでしょう。無知蒙昧な、僕を、救いたいと思っている。でも、それは! 相対的な正しさだ! あなたの中にある欲望の正しさじゃない!」
口走った言葉にレオンはすぐに返す。
「……それの何がいけない。俺はジャックジェネラル。この地方を束ねる四人のうちの一人。模範たる在り方を望まれている。その通りに動くのが、ヒトであろう」
「なら僕だって断言する。僕はただのポケモンジェネラル、ただの子供だ。でも知っていませんでしたか? 子供ってわがままでもいいです」
その言葉一つで断絶を感じたのだろう。レオンの瞳から憐憫の光が消え失せた。代わりに浮かんだのは、ここで相手を排除すると言う、硬質なる意志。
「……ジガルデコアの昂揚感に負けた人間の言い訳だ。それを正しいとは思えない」
「それでも、どうぞ。僕は勝ち取るために、ダムドと手を組んだ。それが僕の――絶対だ」
「悪魔と手を組んだ事を称賛する人間はいない。よってここで罰せられるは君だ。……残念だよ、エイジ君。君はもっと賢いと思っていた」
「僕は愚かだった。でも、愚かで何が悪い。道を違えて、何がいけない。そうして、間違えて、誤って、でもそれでも、前って見えるもんでしょう。あなたの言葉と姿勢は確かに誠実だ。でも、前がない。見据えるべき、真正面がないんだ!」
レオンが手を払う。最早、問答は必要ない、とでも言うように。
「もう、いい。君は、そういう人間であった。救うべきに値せず。罰するべきにあり。君を、俺は救えると思っていた。救ってもいいのだと。……だが、思い違いも甚だしかったな。断言しよう。――正義は、俺にある」
(来るぞ! エイジ。やるんだな?)
「ああ。やると決めたからには、やり切らなきゃいけない。それが間違っていても、僕はそれを遂行するのだと、決めた!」