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第四章 宣告審判
第四十四話 力を求む者

「あのガキ……廃工場を潰して、このままぺしゃんこにしてやる」

 ギンガ団の一人がボタンに手をかけようとした、その時であった。

「――生き汚いを通り越して、下品なのね。ギンガ団って言うのは」

 不意に放たれたレナの声に振り返った団員のうち、二人をエンニュートが毒で瞬時に麻痺させる。しかも放ったのは溶解毒。人間の表皮を腐敗させ、苦しみの果てに命を奪う最も残酷な毒であった。

 残った一人がボタンを手に後ずさる。

「なっ……お前は……」

「このランセ地方で息巻くにしては、弱過ぎよ。どういたします? レオン様」

 暗がりへと言葉を投げたレナはその最奥に位置する憤怒の男の双眸を視界に入れていた。相手がごろつきでも自分の名前くらいは知っているらしい。

「じ……ジャックジェネラル……レオン・ガルムハート、だと……」

「有名と言うのも考え物ですね。このような粗末な人間でさえも、貴方の痕跡には気づいてしまう」

「だが、醜悪な本性を隠し立ても出来ないのは、彼らの特権だろう。俺はザイレムには共闘を申し込まれたが、ゴミ掃除までは頼まれていない」

「ですが、目先の塵は払っておいたほうがよろしいかと。この男達、サンプルの少年を殺すつもりでした」

「だったらなおさらだ。この程度の者達に消されるのならば、それもやむなし。しかし、彼は生き残った。それもジガルデの力を借りず、自分の力で。それだけは称賛に値する。ともすれば、彼も俺と同じく、この忌まわしきジガルデの呪いを解く、鍵となるかもしれない」

「レオン様と同じ? それは穿ち過ぎでしょう」

「……果たしてそうかな」

 逃げおおせようとする男の眼前へと粘液を纏わせたエンニュートが降り立つ。ギンガ団下っ端が後ずさったが、エンニュートはその毒の牙で相手を縛り上げていた。毒が即座に下っ端から抵抗の意思を奪う。

 レオンはそれを見やり、ふんと鼻を鳴らす。

「ギンガ団、か。ある意味では脅威になり得るかもしれない。報告はしないでいいのか?」

「必要ないでしょう。下っ端三人、消えたところで、誰も気にしません」

「た、助けてくれ! あんた、ジャックジェネラルだろう! 人々を助けるのが、上級ジェネラルの務めじゃ――」

「悪人に、そのような慈悲はない。俺が助けるのは弱者だけだ。弱きを挫き、強きにこびへつらう、そのような人間には、生きている価値などないだろう」

「そんな……」

「レオン様、殺しておきましょうか」

「……好きにするといい」

 レナに後の処理は任せよう。悲鳴が劈いたが、レオンはそれよりも裏路地に消えていくエイジの背中を見据えていた。

 どうしてなのか分からない。だが、この身体に脈打つジガルデセルが告げている。

 ――あれは危険だと。

 だが、とレオンは口にしていた。

「……彼も俺と同じ、ジガルデに精神まで侵されない、ある意味では強者。ならば戦い甲斐がある。エイジ少年、それにスペードスートのジガルデ、Z02。いずれは君達と戦わなければならないだろう。それは真正面からが相応しい」

 そう結んで、レオンは身を翻していた。













 迎えたノノにエイジはどう言葉を浮かべるか迷っていたが、すぐにネネを認め、エイジを家の中へと招いていた。

「……エイジさん。また、助けられちゃったみたいっすね」

「いや、僕は……」

 大した事をしたつもりはない。それでも、彼女らからしてみれば相応のものなのだろう。ノノは頭を振っていた。

「ネネとノノの身勝手に、付き合ってくださったのはありがたいっす。本当なら、ノノ達は自分達の判断だけで旅を止めるつもりだったのに、これだと判断も鈍っちゃうっすね」

 笑い話にしようとしたノノだが、エイジは言いやっていた。

「……ギンガ団に狙われている。あまりしばらくは外を出歩かないほうがいいかもしれない」

「忠言、感謝っす。でも、それはネネが目覚めてから、の結論でいいっすかね」

 それはノノにもまだ決断出来ない部分があるからだろうか。エイジは素直に頷いていた。

「それは……構わないけれど」

 ノノは笑顔になってエイジへと言葉を返す。

「ありがたいっす。ネネは……多分、エイジさんを信用出来なかったんだと思うんすよ。それは、ノノ達がたった二人でずっと戦ってきたっすから。外側からの助けって得られなかったもんだと思い込んでいるんす」

「それは……旅立つって決めた時から、ずっと?」

 問いかけにノノは静かに首肯する。

「……何でなんすかね。家がこんなだから、立派なジェネラルにならなきゃって思いもあったんだと思うんす。でも、それ以上に、多分自分達なら、何でも出来るって言う万能感のまま、旅に出ちゃったのも失敗だったのかもしれないっすね。挫折を、ある意味では知らなかったんすよ」

 挫折。それはエイジ自身幾度となく味わってきたものだ。ハジメタウンで、何度も何度も、嫌と言うほど自覚してきた。

 自分は最底辺。自分は一生、彷徨うばかり。それを変えてくれたのはダムドとリッカである。

 挫折があるから強くなれる、と単純には言えないが、それでも挫折があるから、今の自分があるのは事実だ。

「……でも、君達は強いだろうさ。だって、旅立つって決めたんだから。それって結構、勇気のいる事だと思う」

「エイジさんは優しいっすね。その勇気だって、でも結局は借りものなんすよ。カエンシティの、他の子供達がそうするのと同じように、ノノ達は旅に出たって話で」

 ノノは頭を振り、自身の頬を叩いた。

「いけないっすね! 暗い話になっちゃって。とにかく! ネネを助けてくれて感謝っす! また貸しが出来ちゃったっすね」

「いいんだ。僕が勝手に仕出かした事だし、それに……」

 濁したのは、自分の決めた絶対に従った結果だからだ。だがその行動が逆に彼女らを苦しめる事になったかもしれないと思うと、やはり単純には喜べない。

「ネネを部屋まで運ぶっすね。エイジさんも休んでくださいっす」

 ノノの背中を見送りながら、エイジは嘆息をつく。この行動が無駄にならない事を祈るばかりだが、果たしてどうなるのだろうか。

(……エイジ。言わなくってよかったのか。セルが取り憑いているって事)

「……そりゃ、言ったほうがいいだろうけれど、それは僕らの事情に巻き込む事になってしまう」

 旅を止めると判断したのならば、それに口出しすべきではない。エイジの結論にダムドはどこか不承気味に返していた。

(相手の都合、か。ま、いずれにしたってあのガキもこのまま帰すってワケにもいかねぇだろ。ギンガ団とか言うのはセルを狙っては来なかったが、今までの連中が来る可能性もある)

「……ザイレムか」

 セルを狙って彼らが来るとすれば、それこそギンガ団の脅威などとは比べ物にならないだろう。エージェントのやり口が自分達に対してと同じだとすれば、ここにネネを置いておく事さえも下策のような気がしてくる。

「でも、どうしたって……」

「エイジ。ノノちゃんから話は聞いたわ。勝手に飛び出したんですってね」

 リッカの差し挟んだ声にエイジは覚えず顔を背けていた。

「……危なかったんだよ」

「呆れたわ。まだ、自分一人で戦っているつもりなの?」

「そうじゃない。でも、ノノちゃんやリッカを巻き込みたくなかった」

(オレはエイジのやり方に賛成だぜ。相手は人質を取っていた。雁首揃えて出て行けば、それこそ格好の的だったかもしれねぇ)

「ダムドは黙っていて。あんた、関係ないでしょ」

(関係ない? 大アリだぜ? エイジが死ねばオレも死ぬんだからな。その辺り、誤解してもらっちゃ困る)

 リッカは深いため息をつき、エイジへと言葉を投げる。

「明日、シティロビーに向かうわよ。そうして、次の街に行くのに相応しいかどうかの審査を受ける」

(審査? ンなもんが必要なのか?)

「ジェネラルには、ね。僕のジェネラルレベルなら、南方の街を渡り歩くのにはほとんど審査なんて要らないはずなんだけれど、リッカが……」

 リッカは肩を竦めていた。

「あたしはジェネラルレベル4だから。行ける範囲に限りがあるのよ。だから、ジェネラルロビーに挑む。そうして、ジェネラルレベルを旅しながら上げていくってわけ」

(よく分かんねぇな。このランセ地方では度々、ジェネラルレベルってのが引き合いに出されるのか?)

「ほとんど全ての場所で、ジェネラルレベルが意味を持つと言っても過言じゃないよ。だからみんなトップジェネラルを目指しているんだ」

(人間ってのはメンドーだな。結局は、だ。メスガキが足を引っ張ってるんだろ?)

「メスガキ言わないでってば。……まぁ、事実ではあるんだけれど」

 ふんと視線を背けたリッカに、エイジはジャケットを翻していた。

「ひとまず、僕も休むよ。明日も早いだろうし」

「エイジ。言っておくけれど、ダムドの命令に何でもかんでも従う事はないわよ? こいつはだって、人間じゃないんだから」

 それはその通りかもしれない。人間の尺度の通用しない存在。それがジガルデコアなのだろう。

 しかし、エイジは一面では、ダムドの言い分にもまた、意義があるのだと感じていた。

 人間社会に染まっていないからこそ、ダムドは容赦のない理論で自分を叩きのめしてくれる。

「ありがとう。でも、僕は大丈夫だから」

 当てられた部屋の扉を開け、エイジはベッドへと雪崩れ込む。それなりに疲れが出ていたのか、すぐに睡眠の波が押し寄せてきた。

(……エイジ。テメェの放った絶対、オレは悪いとは思ってねぇぜ)

 寝る間際に言いたかったのだろうか。ダムドの言い草にエイジは微笑む。

「……でも、僕らはまだ弱い」

 拳を握り締める。そう、まだ遥かに足りないのだ。これで本当にセルとコアを集め、ダムドの目的を達成させられるのか。全てが暗中模索の中、ダムドの声が弾けていた。

(それでも、よ。すまねぇな。オレのやり方に、テメェを巻き込んじまって)

「殊勝だな。お前がそんな事を言うなんて思ってなかったよ」

 少なくとも、ダムドは傲岸不遜に戦い抜くのだと思い込んでいた。

(……根っこの部分は変わらねぇさ。戦い抜いて、勝ち抜いてやる。……だがそれには、オレだけじゃ足りねぇ。それが今回、よく身に染みたって話だ)

「二人で一人、か……」

 結んだ声音にダムドが声を残響させる。

(オレは勝つ。そしてテメェも、頂点に立つ。それが出来るってこった。オレ達なら……)

 そこまで大それた野望は持っていない。だが、ダムドの胸中にはそれがあるのだろう。

 ――世界征服。その赴く先が破滅なのか、あるいは栄光の道なのか……。

 問いただす術を持たず、エイジはただ眠りの中に落ちていった。



オンドゥル大使 ( 2019/08/21(水) 20:45 )