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第四章 宣告審判
第三十七話 誅殺の誓い

 いくつかの映像情報は消費されるものとして構築されているようにさえも感じる。

 明滅し、流れていく情報に、金髪の獅子は静かなる面持ちを向けていた。彼はただ情報を読み取り、そして分析する。

 何が、この少年にもたらされたのか。

 映像解析情報だけでは判然としない部分もあるが、それでも理解出来たのは――。

「脅威ではないですか?」

 問いかけられた声にレオンは振り向いていた。レナが壁に背中を預けて尋ねている。

「これほどの戦力。加えて、子供とは思えない……頭脳がある」

「どうかな。君らは子供を見くびり過ぎだ。彼の地……カントーでは地下組織を滅ぼしたのはまだ十歳になったばかりの子供と聞く。そう飛躍した理論でもないのだろう。それに、ポケモンを持つ以上、子供も大人も関係がない」

「あなたは迷わないと言うのですか? レオン・ガルムハート様」

 問いかけられてレオンは頭を振る。

「どうだかな。俺とて人の子だ。だから、その時にならなければ分からないのだろう。こうして、彼の情報を読み漁っても、何にもならない。それは結局のところ、形骸上の代物に過ぎないのだから」

「意外ですね。あなたはこのジガルデコアに関する……膨大なデータと知見から何かを見出すかに思われましたが」

 その言葉にレオンは皮肉の笑みを浮かべていた。

「そこまで万能ではないよ。ただ……そうだな。気にかかった事があるとすれば、何故……Z02とやらは彼を選んだのか。俺には分からない。この胸に脈打つセルとやらと同じ意思にしては、何か違う気がしてならないのだ」

「それは第六感? それとも、戦士としての直感ですか?」

「どちらでもないと、今は言っておこう。俺とて、まだ全てを見通すのには足らぬさ。だが、情報はいくらか有益であった。少なくとも、何も知らぬまま対峙するよりかは建設的であろう」

「建設的?」

 思わぬ言葉であったのだろう。レナは明らかに困惑しているようであった。その胸中へとレオンは言い当てる。

「まさか、俺がまだジェネラルレベルも低い少年相手に、何の慈悲もなく立ち向かうとでも?」

「……それは」

「確かに、Z02とやらが鬼畜の存在であるのはよく分かった。諸兄らが受けた被害や、もう戻らぬものも。しかし、だからと言って闇討ちなど、俺の信条に反する」

 レナからしてみれば組織――ザイレムこそが法。その彼女からしてみれば、うまく転がらない一事であったのだろう。胡乱そうな眼差しに、レオンは声を返す。

「誤解しないで欲しいのは、俺はZ02は倒す。しかし、彼を害するのは違うと言う意味だ」

「それは……Z02の宿主である少年に何もしないと言っているようなものでは?」

「そういうわけでは……。いや、そうなのかもしれないな」

 ある種では少年Aに同情すらしている。彼の人生において交わるはずのない交点があった。それだけは歴然としているからだ。

 しかし不幸だとは思っても、かわいそうだとは思わない。それは、彼の生き方に対しても失礼に当たるだろう。

「……少年A……エイジと言う彼には真実を教えられた、と言う報告もあった。まさか、こんな残酷な真実を、子供に聞かせたのか?」

「相手はコアの宿主。子供であろうと大人であろうと、世界を変えられるだけの資質を持っているんです。だから、室長は迷わなかった」

「どうだかな。彼にも会ったが、どうにも……心の中に道標を持たぬ男に思えたが」

 ザイレム室長、サガラ。彼は自分に対して温情の一滴も挟まずにZ02とその宿主の抹殺、あるいは捕獲を命じていた。

 捕獲が二の次の辺り、かなりの辛酸を嘗めさせられたのが窺える。

「だが、俺はジャックジェネラルとして判断する。ザイレムのエージェントとしての判断は二の次とさせてもらおう」

「それが許される身分だとでも……」

「許されないか? 俺は、諸兄らに勝って見せた。ならばこれ以上は譲歩というもの。それでも、まだ間に合わぬと言うのならば……」

 この身に宿るジガルデセル共々、ここで逃走し、そして勝ち抜いて見せよう。その自信が滲み出た声音に相手も折れた様子だ。

 レナは肩を竦める。

「ですが……ジガルデコアは特殊ですよ。他の、セルの宿主とは次元が違うと言ってもいい。そういう相手に、温情なんて」

「必要ない、か。だがそれは君達の理論だ。俺の理論ではない」

 振り翳すのはあくまでこの「レオン・ガルムハート」としての個人理論だ。それ以外にない、と断じた声にレナは嘆息をついていた。

「……強情なんですね」

「嫌なら俺の下にはつくな。それだけだ」

「まさか。それが分かっているからこそ、あなたに従うと決めたのです」

 レナが傅き、頭を垂れる。こうして誰かを下に置くのは好きではない。だが、今まで覇道を阻もうとした誰もが自分の実力に閉口し、そして敗れた後に心入れ替え、こうして下に付くことを望む。その度に誰かを従わせていては膨大な人数になるため、レオンは平時こそ、誰が自分の補助につく事も合意していなかったが、今回ばかりは別だ。自分も巻き込まれた。

 このジガルデというポケモンの巻き起こす闘争に。このランセ地方を再び戦乱の時へと巻き戻そうと言うのか。

 ――そのような事、断じてさせるものか。

 使命感が宿り、レオンは胸の中で脈打つ鼓動を感じていた。この身体に寄生しているジガルデセルの数に、ザイレムは驚愕していたと言う。その理由には大した意見はない。別段、不思議でもないからだ。

 闘争心に、ジガルデセルは引き寄せられる。それがどのような形であったとしても、ジガルデセルはこの地に、戦いと動乱をもたらすであろう。 

 それを止められるのは、同じくジガルデセルを宿した者達だけだ。他の人々や民草では決して、この宿命だけは課せられない。

「ジャックジェネラルとしての意地……ですか。そんなもので、貴方に……」

「縛られて欲しくはない、か。貴様も傲慢な事を言う」

「いいではありませんか。傲慢なくらいが、ちょうど」

 この胸にジガルデセルを――いずれ世界を掴むであろうポケモンを宿すのならば少しくらいは傲慢なほうが好かれるか。

 何に、とは言うまい。それがたとえ悪魔であろうとも、自分は前に進むだけだ。

 レオンは全ての電源を落としていた。今、収拾すべき情報は手に入った。

「……まさか、もう向かうので?」

「早くしなければならぬ事は室長より伝え聞いた。残り少ない陣地を争い、殺し合いが繰り広げられているとなれば穏やかではない」

「それは貴方に関係があるので? 無視も出来るのではないのですか?」

 この女の物言いは傲岸が過ぎるが、その通りだ。無視してもいい。看過してもいいのだが、それを許せるほど精神は堕ちていなかったと言うだけの事。

「俺は、彼を救い出す。この過酷なる運命の鎖から。そのためのジガルデセル、そのための宿縁なのだと、思い知ったよ」

「貴方だけには行かせられない」

 その言葉にレオンは何も返さなかった。ついて来たければついて来ればいい。いばらの道であるのは分かり切っているのだから。

「俺は、エイジ少年……彼を助け出す。この、ジガルデ同士の、醜い争いから。それが出来るのは――この世で俺だけだ」

 言い放ったその胸に迷いはなかった。













「室長。レオン・ガルムハートが出ました。エージェントLも連れて」

 思わぬ事態であったが、それを最大限に利用するのが自分の立場である。サガラはその報告を聞きつけ、一つ首肯していた。また運命の楔が放たれたか。その感慨にふける自分へと、オペレーターが声を振り向ける。

「でも……過酷ではありませんか? エイジ少年は、だってまだ……」

「真実を知らないからと言って、なかった事には出来ない。何よりも、契約の意思があったのは確かなはずだ」

 それは、と口ごもるオペレーターにサガラは冷酷に言いやる。

「選択権がなかった、という言い訳はいつでも出来る。だが、問題なのはそれを選び取った瞬間のはずだ。彼とて、願った。その末に掴み取った宿願。ならば、それをなかった事には出来ない」

 どれだけその運命に待ち受けるものが過酷であろうとも。誰も手を差し伸べる事など叶わないはずだ。サガラは己の中でそう結び、手の甲にあるスペードの意匠を意識する。

 ――そう、自分もそうであった。

 運命は、いつだって残酷で過酷だ。それを選び取った、その瞬間だけの、刹那の幻に縋って、一生鎖に縛られ続けるしかない。

 だとしても、自分は前を見据える。それだけが運命に抗う術だからだ。

「室長。内線が入っています」

「繋いでくれ」

 受話器を取り、サガラはオオナギの声を聞いていた。

『よう。具合が悪そうだな』

「……そう思うのならばかけてくるな」

『言いなさんな。……しかし、あの天下のジャックジェネラル、レオン・ガルムハートがセルの宿主か。データは見せてもらったよ。一応は執行部権限になるんでね』

 ならば理解もしているはずだ。あのレオン・ガルムハートは――。

「……分かっていて、か」

『お歴々も焦っている。Z02捕獲に失敗しただけではなく、高名なジェネラルにセルが取り憑いたとなれば、それは失脚を招く可能性もあるってね。結局のところ、保身だよ、保身』

 上の考えは明け透けとは言え、ここまで堕ちているとなれば笑えもしない。サガラは嘆息をついていた。

「……用向きは何だ?」

『ジャックジェネラル、レオンの暗殺。頼まれちまったんだよなぁ……』

 秘匿事項を容易く口にする相手に、サガラは諌める。

「それが彼の耳に入ったらどうする」

『入ったら、まぁやり返されるだろうな。そういう手合いだ』

「分かっているのならば……」

『だが、どうにもきな臭い。あのエージェントL……レナは組織に忠誠を誓った構成員だが、レオンに対する態度だけで切り取れば危ういところもある』

「背信か? だが、彼女には旨味がない」

 思いも寄らぬ結果になる危惧に声が上ずってしまう。その愚問にオオナギは何でもないように返していた。

『あるいは、こうかもな。リターンがないからこそ裏切る』

 それはそもそもの矛盾だ。リターンのない攻勢など何の意義もないではないか。

「……エージェントに施している教育は……」

『もちろん、有効なはずだ。だが、どうにも、自分から忠信を挿げ替える、って言うケースはなかなかなくってね』

「彼女が、その第一号になるとでも?」

『あるいは、もうなっているか、だ。レオン・ガルムハート。ただ純粋に、強さだけでこの地における特権に近い場所――ジャックに位置しているわけではない、ってのが今回窺えた事だな』

「分かっているのならば何故、手を打たなかった? もしもの時に……」

『裏切られるって? そんなの怖がっているんじゃ執行部をやっていけないさ。ま、レオン暗殺は別部門に委託しておいた。エージェントLは知らないはずだ』

 その不都合さにサガラは純粋に口を噤む。

 一体、オオナギを含め組織は何を期待している? ジガルデ捕獲と、そしてゾーンから得られるエネルギーの供給。全てのコアとセルを手中に置く事。それだけではないと言うのか。

「……レオンはしかし、歴戦の猛者だぞ」

『まぁ、最悪差し違えだな。そうでもしないと殺せないってのは、見たら分かる。別物だ、あれは。この地に無数にいるジェネラル身分でも、さすがは他地方における四天王に近い身分って感じだな。まぁ、今時四天王制を敷いていないのなんて、ランセとアローラくらいだ。いや、アローラにはこの間実装されたんだったか』

「……お喋りならば切るぞ」

『まぁ、待てって。そう焦るなよ。こっちだって色々情報筋を辿ったんだ。ジガルデコア……Z02の消息だが、やはりエイジ。彼に寄生しているのは間違いない。それは確認出来た。だが、問題は、まだ彼の人格が生きている、という事に尽きるんだよな』

 それは奇妙な符合でもある。こちらの保持するサンプルに合致しないのだ。

「……条件が違えば、結果も違う、と言うのか」

『そもそも誰が、人格消去なんて憂き目に遭うなんて決めたんだ? そうとも限らないんじゃないのか、って言う、そもそもの判断からの洗い直し。こりゃ時間かかるぜ』

 時間のかかる仕事はこちらのお手の物だ。それを分かっていてこの通話なのだろう。

「……人格消去は意図的であった、とでも?」

 潜めた声にオオナギも冗談めかした声音になった。

『意図がなきゃ、損な真似はしないって話だろう。Z02の今までのやり口はもう組織の中じゃ公然の秘密だ。だからこそ、エイジ少年の無事さが際立つ。彼は、何故、まだ浸食も、ましてやサンプルのような被害も受けていないのか』

「問答だな。それこそ、ジガルデという種の気紛れ……では済まんか」

『気紛れで済むんなら俺達の仕事はないって事だろうさ。ザイレムが躍起になって探しているジガルデに、意図も思惑もないって想定するほうが無理な話ってものだろう』

 サガラはレオンの身体につけられたシグナルを確認する。もし、彼がジガルデセルの誘惑に負け、本能のままに行動すればすぐさま執行部が断罪出来るようになっている。そのためのエージェントLの敗北の放置の意味もあった。

「……負けた駒を有する意義もある。Z02の継続調査は行っていく方針だ」

『そりゃ、その通りだろうさ。だが、間違うなってのはそこ以上だ。Z02は本当に、何の感情もなくこれまで逃げ回ってきたのか』

「何が言いたい? 逃がし続けてきた失策を恥じろとでも?」

『そう言うのなら、ザイレム全体の責任だろう。俺が言いたいのはもっと個人的な話だ。……お前はどう思っている? サガラ室長』

 改めて問いただされる形となったサガラは、一拍の逡巡を挟んだ後に応じていた。

「……奴を逃がすつもりはない。放逐する気も。ここで、因果は手打ちにする」

『その言葉が聞けただけでもよかったさ。これまで通り、継続、だな』

「何だ、いつから上のご機嫌伺いになった?」

『邪険にするなよ。これは友人としての警句のつもりだ』

「では問うが、ジガルデ共を、私が取り逃がすとでも? それには否と言っておこう」

『分かってるよ。せいぜい、連中がお前の神経を逆なでしないのを祈るばかりだぜ』

 通話が切られ、サガラは息をつく。何が巻き起ころうとも、自分の意思だけは変わらない。

「……ジガルデを討つ。そして、術を見つけ出せれば……」



オンドゥル大使 ( 2019/07/31(水) 21:47 )