第三十六話 そして、運命の刻
エージェントLの手土産がまさか、抹殺対象であったジャックジェネラル本人だとは誰も思わなかったのであろう。
すぐさま、彼は当局の上層部へと通されていた。
それを面白がっていないわけではないが、何か胡乱なものを感じる、とサガラはこぼす。
喫煙室で、オオナギが紫煙をたゆたわせた。
「純粋に実力を認めたんじゃ? エージェントLの実績はそれなりだ。執行部の要するエージェントの中でも指折りのほうさ」
「そのエージェントが、抹殺対象を連れてのこのこと帰ってきた。私にはそれが解せん」
「レオン・ガルムハート。二十一歳。この地方に名高い、ジャックジェネラル。そんな男が同行しろと言われてはいそうですか、とはいかんだろうな。一悶着あって、その結果、こちらの都合に即した、と言うのが見方としては正しいはずだ」
「だが、腐っても彼は実力者だ。我々のような類には鼻が利くのでは?」
「それこそ、データにあった通りなのだとすれば、彼だって分からん事もあるのだろうさ」
データを参照する。ジャックジェネラル、レオンには無数のジガルデセルが取り憑き、その結果として戦闘本能が研ぎ澄まされている、とする経過報告があった。
「……珍しいな。セルの媒介者か」
「通常、ジガルデセルの引き起こす闘争本能の激化に耐えられるだけの精神力なんて、普通の人間にはない。事ここに至るまで、誰にも悟られなかった、という時点で、大物だよ、レオンと言う男は」
レオンが何か事件を起こした形跡はない。つまり、彼はジガルデセルに寄生されながら、何一つ自分の意に反した行動を起こしていない、という事実が導かれる。
それは今までのセルの宿主の常識からは考えられなかった。
「……セルの宿主は多かれ少なかれ凶行に駆られる。それを全く無視するなんて……」
「図太いのか、それとも本当に、評判通りの精神力なのかを決定するのは上だ。こっちで出来る事は尽くしたからな」
「……いきなり上との謁見か。エージェントLの直々の話だと聞いていたが」
「どこかで、あの女もジャックジェネラルにイカれちまっているのかもねぇ……。その辺りが、本物と呼ぶべきなのか」
本物の強者。本物のジェネラル。どう言葉を尽くしても足りない。彼は本当は何者なのかを解するのには。
「……ジャックジェネラルがもし、我々の味方に付けばこれほどまでに強大な戦力もない」
「期待し過ぎんなよ。その分だけ裏切られた時に辛いぞ」
「裏切られた時に……か」
それは分かっているつもりであった。しかし、この機に乗じてコアのどれかを組織のものに出来ればそれは大きな躍進となる。
――出来得る事ならば前回の雪辱を晴らす。
そのために、ジャックジェネラルであろうが何者だろうが利用してやろう。
サガラはコーヒー缶を握り締めていた。
「……Z02、貴様の敵は、最強のジェネラルだ。その時、貴様は――」
どう動く? その言葉をサガラは呑み込んでいた。
大方の事情は理解出来た、とレオンは口にしていた。
ただ、と目線を走らせる。先ほどからその事実とやらを告げている者達は、自分の前に姿を現す気はないのか、別室越しの伝令であった。
相手も自分をモニターしているのかもしれない。それはそれで構わない、とレオンは断じている。
『レオン・ガルムハート。君はこの真実を聞いて、どう行動する』
「どうもこうもない。ランセ地方の民草がジガルデと言う脅威に晒されていると言うのならば、俺は救済の道を辿る」
『それは我々ザイレムに協力してくれる、と考えていいのかな』
この胸に脈打つのもジガルデというポケモンの残滓。ジガルデセルを、しかし自分は使いこないている。これならば自分は道を違えた人々を救済する立場にあってもいいはずだ。
「その最短の道筋がザイレムに所属するという事ならば、俺は構わん。好きに使うといい」
『では、レオン・ガルムハート。君にはこれより、執行部のエージェントとして行動してもらう。同行者としてエージェントLを許可しよう。君にはこのジガルデコアに寄生されてしまった少年を助け出して欲しい』
もたらされたデータにレオンは眉根を寄せる。
「……ジェネラルレベルがたったの2、か。弱者をいたぶるのは好きではない」
『だが、その少年は今もジガルデの汚染に晒されているはずだ。人格が完全に消え去るまでに、君が助け出すのが急務だと判断する』
そういう言い分ならば、自分はその役目を全うしよう。
「……いいだろう。ジャックジェネラルとして、彼を助ける。名前は……エイジ、か」
顔写真付きのプロフィールに目を通し、レオンは身を翻していた。
一刻も早い救済を。そのためには、自分が動かなければ話にならないだろう。
部屋の外で待ち構えていたレナと目線を交わす。
「Z02の宿主を強襲するのね」
「間違えてはいけない。彼を助け出す。ジガルデと言う魔から」
それが出来るのは自分だけだろう。レオンは使命感に燃える瞳で、迎え撃つべき存在を見据えていた。
第三章 了