第二十九話 一筋の活路
「しぜんのいかり」の発動によって生み出された三種のフィールドの圧迫攻撃はそのまま、ルガルガンに逃亡の契機を作らせた。
森林フィールドに位置する木の洞へと飛び込んだルガルガンが「しぜんのいかり」から逃れる。だが、それはフィールドを突き抜けただけの話。
戦局的に優位に立ったわけではない。
「一時的な逃げ、大いに結構! でも、これは避けさせないわ! エレキボールはあなた達を照準した!」
包囲した「エレキボール」にルガルガンは姿勢を沈め、その手より無数の岩の断片を中空に放っていた。
「感謝するのはこっちもさ。岩のフィールドからいくつか岩石を抉り取らせてもらった。エレキボールとストーンエッジをぶつける!」
放った岩石の散弾を、ルガルガンは蹴りつけ、拳で殴り、それぞれ分散させる。一面の岩石の散弾にはさすがのカプ・コケコも回避を諦めていた。
その代わりに相手の「エレキボール」がルガルガンに突き刺さる。
電流が躯体を走り、灼熱が内側から焼いた。
先生は突き出した手をそのまま握り締めるイメージを伴わせていた。これで決まったと思ったのだろう。
それでも、ルガルガンは膝を折らない。まだ決定打には至っていないのだ。
「……見苦しいわね。いつまでもいつまでも」
「それはこっちのセリフだぜ。ストーンエッジを一応はまともに受けたんだ。ダメージはあるよな?」
カプ・コケコ側にも確かに攻撃によるよろめきは存在するが、こちらほどではあるまい。
打ち据えられた「エレキボール」は思った以上にルガルガンの身体を蝕んでいた。麻痺状態にならないのが不思議なほどだ。
エイジは内側より声を発する。
(……ダムド。ここで退いても誰も文句は言わない。カプ・コケコの猛攻を凌いだんだ。僕は……これでもいいと……)
「いいワケあるか! 畜生が!」
突然の叫びに先生を含め、ギャラリーの面々も黙りこくる。エイジはダムドの飽くなき執念を目にしていた。
「オレは、最強の、スペードスート。ジガルデのダムド様だぞ? こんなところで膝を折ってられねぇ。ンな簡単に、もういいだとか言ってんじゃねぇ! まだだ! オレ達はまだやれる!」
その言葉の証明のように、ルガルガンが構え直した。
まだ自分の手持ちも、ダムドも闘争の炎を消していない。だというのに自分は、勝手にさじを投げようとしていた。大馬鹿者だ、と恥じ入る。
(……ゴメン。ダムド。それにルガルガンも)
一声吼えたルガルガンには通じているのか。エイジは改めてフィールドを見渡す。フィールド全面のうち四分の一の地帯だけ変動フィールドの恩恵を得ていない。剥き出しの地面フィールドはダムドがルガルガンに発生装置を抉り取らせたからだ。
しかし、カプ・コケコの特性「エレキメーカー」によって、その剥き出しの地面も上塗りされている。
再びフィールドが移り変った。
今度は鋼タイプに優位な鋼鉄のビル群である。エイジは咄嗟に地面より生えてくる高層ビルを見出していた。
(ダムド! 高層ビルの上にルガルガンを!)
「一時的に逃がすんだな? やるぜ、ルガルガン!」
ルガルガンが地面を蹴りつけ、高層ビルに飛び乗る。それをカプ・コケコはどうしてだか、攻撃もせずに見送っていた。
その一瞬でありながら致命的な攻撃中断に、エイジは考察する。
(……今、何で攻撃しなかった?)
「鋼が不利だからじゃねぇのか?」
(それもあるかもしれないけれど……、飛び乗って逃げられる前にエレキボールで先んじて……。撃てない? 何で相手は撃てないんだ?)
直後、乱立するビルの群れがカプ・コケコの周囲に屹立する。その様子に、エイジはある仮説を思い浮かべていた。
(……仮想フィールドとは言え、内在するエネルギーはある。もしかして、相手は待っているのか?)
「どういうこった。エイジ」
(高層ビルの乱立するコンクリートジャングルじゃ、結局取り逃がすかもしれない。ルガルガンは市街戦は得意だって、お前は言っていたな?)
「ああ。ルガルガンなら小回りも利く。このフィールドなら、ちぃとは逃げ回れるか」
(……だからなんだ。あまり相手もこちらを逃がし続ける気はないとすれば? 絶対的な致命傷を、今度こそ与える。そのために、今は攻撃しなかった。さっきの自然の怒り……乱発するタイプの技じゃないのは分かる)
「スタミナ切れを起こしているって?」
と言うよりも、とエイジはカプ・コケコの様子を観察する。スタミナ切れという言葉とは無縁に思えるその立ち振る舞い。もし野生ならば圧倒的な力で状況を切り拓くタイプだ。それこそエネルギー枯渇なんて想定せずに。
そこでエイジは先生の経歴を思い返した。
アローラで尊敬される立場、島クイーン。その称号が伊達でないのならば、ポケモンの想定射程やその攻撃区域は完全に頭に入っているはず。
無駄弾は撃たない。もし、自分の考えている通りの人格ならば、先生は次手で――。
(ダムド。このフィールドでやるべき事は、僕らも決められるべき攻撃を決定する事だ)
「勝負を焦ったっていい事はねぇが……」
(違う、焦るんじゃない。待つんだ。ダムド、次にフィールドが変動する時、それがもし僕の想定している通りのフィールドだとすれば……)
ダムドに語って聞かせた事実に、彼は瞠目する。
「……じゃあやべぇじゃねぇか。余計に逃げ回るなんざ……」
(だから、勝てる手段を講じる。今のルガルガンは何なら出来る?)
「……地ならしに、ストーンエッジ。カウンターはリスクがデカ過ぎる。もうルガルガンもあれで限界だ。格闘技なんてミスったらシャレにならねぇ。近接戦は避けるべきだ」
(じゃあストーンエッジしかない。それで、相手に命中させる。問題なのは、その一撃で沈んでくれるか……だけれど)
その時、ルガルガンが不意に膝をついた。どうしてだか、ルガルガンが疲労を色濃く引きずっている。
ダムドが舌打ちを混じらせた。
「さっきのフィールド発生装置を抉ったのは、やっぱりデカかったか……」
(いや……それだけか?)
「どういうこった、エイジ」
(ルガルガンのステータスを蝕んでいるのは、本当にさっきの無茶と、エレキネットと、ダメージだけかって聞いているんだ)
「……意味分かんねぇ。錯乱したワケじゃねぇだろうな?」
こんなタイミングで錯乱なんて出来るものか。エイジはルガルガンの状態を凝視する。荒立った呼吸、その呼気はどこかで見覚えがある。そう、最近だ。最近、あれに近い状態を目にした事がある。
脳裏に描いた可能性に、エイジは言いやっていた。
(……ダムド。この可能性が一パーセントでもあるかどうか、あの状況下で戦って僕を助けてくれたお前ならば、分かるだろう? 聞かせてくれ。――今のルガルガンは万全か?)
その問いかけにダムドは胡乱そうなものを感じつつも答えていた。