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第三章 試練前夜
第二十八話 激戦の渦中

「クソがっ……、あり得ねぇ、何だあれは……」

 ダムドは当惑している。エイジはルガルガンの現在地を把握させようとした。

(落ち着くんだ、ダムド。僕らが取り乱せば、ルガルガンは致命的な一手を間違う事になる)

「分かってんよ、クソッ! ……無茶苦茶なポケモンだ。何だ、あいつ……」

 エイジはポケモン図鑑の名称を紡ぎ出す。いつか、アローラの伝説で目にしたポケモンであった。

(カプ・コケコ……。土地神って言われている。アローラじゃ、島キング、もしくは島クイーンと呼ばれる実力者のみが所有と捕獲を許された至上のポケモンだ。……確かに先生はアローラの出だって聞いていたけれど、まさか島クイーンレベルだなんて……)

 完全に想定外であった。内側で歯噛みしたエイジはダムドよりルガルガンの位置を聞き出そうとする。

「……要するにあり得ねぇ強さなのは当たり前、か。食わせ者め」

(ダムド。今、瞬間的にルガルガンを逃がしたね。どこに隠したんだ?)

「……直前に森林フィールドになってくれたのが幸いしたな。右の大樹の真下だ。あの辺りに木の洞がある。一時的だが、相手の生み出すこの電磁のフィールドからも逃れられた……。マジに結果的だがな」

 森林地帯の地面を満たす黄金のフィールドにエイジは息を呑んでいた。

(カプ・コケコの特性はエレキメーカー。強制的にフィールドは電気に覆われる。それを無効化する方法は……ルガルガンにはない)

「分かってんよ、ンなこたぁ……。状態変化の能力はないからな。これならメスガキのメガプテラでも借り受けるんだったぜ、畜生め。メガプテラならギリギリ勝ち筋はあるんだが……」

(ルガルガンは今、フィールドの恩恵に与っている。でも、それも一時的だ。いつ、どの瞬間にフィールドが移り変わるのか、誰も分からない。もちろん、それは先生も)

「しかし、このエレキメーカーの特性の前じゃ、フィールド変動のこのギミックも意味ねぇだろ。強制的に電気にされちまう。それに……さっきのエレキボールの数は何だ? 一回に練れる個数を遥かに超えてやがった……」

 その疑念にエイジは仮説を返す。

(……エレキボールは速ければ速いほどに生成率が上がる技……。つまり、カプ・コケコは相当なスピードのポケモンという事になる)

「速度勝負じゃ、ルガルガンに勝ち目はねぇ」

 どうする、とエイジは策を巡らせる。相手は伝説級だ。そう容易く迎撃出来る相手ではない。電気タイプを突き崩すだけならば地面タイプの「じならし」があるが、あれは接触技。カプ・コケコに接触するのにはルガルガンがスピードで追いつかなければならない。

(……ストーンエッジで相手の目を眩ますのも難しいだろうね。さっきはちょうどエレキボールとぶつかったけれど……)

「二度目はねぇ、か……。きつい相手だな、どうする……?」

 エイジは周囲を見渡しているカプ・コケコを仔細に観察する。弱点のないポケモンなどこの世には存在し得ない。ゆえに、あれだけ完璧でもどこかに穴があるはずなのだ。

(速さじゃ遥かに格上……。だから、正面切っての戦いは不利。それに地ならしだけじゃ、カプ・コケコを潰すのは難しい)

「他にタイプはねぇのか? 複合なら別の弱点を突く」

 その問いかけにエイジは黙するしかなかった。

(……カプ・コケコは電気とフェアリータイプ。フェアリーの弱点は、毒や炎になる。でも、毒も炎もルガルガンには……)

 絶望的な宣告に思えた。ダムドは舌打ちを滲ませる。

「ねぇ、か。このままじゃ、マジに消耗戦だ。もし、一瞬でもこのフィールドが掻き消えれば、今度は逃げる場所のないタイマン。……そうなればルガルガンに勝ち筋は見い出せねぇ……」

 だが、本当に勝つ手段はないのか。エイジは昨晩、ダムドと共に組んだルガルガンの技編成を思い返す。

(ルガルガンの今の技は、ストーンエッジと、地ならし。それに、岩石封じにカウンター……か)

「フルアタック構成で勝てると思っていたからな。カウンターに持ち込もうにも、奴さんが速過ぎて間に合わねぇ」

(それだけの距離に近づくための布石が欲しい。岩石封じで相手の注意を逸らすのには?)

「さっきの岩フィールドならまだ目はあったんだが……周りに岩がない森林フィールドじゃ、編み出すためのロスがある」

 速度面でカプ・コケコを落とすのは難しいだろう。エイジは考える時間もそうそうない事を思い返す。

 いつフィールドが変わるかも分からない上に、カプ・コケコにはまだ手の内があるのだ。それを晒し出さない限りは相手の上を行くなど簡単には言えない。

(森林地帯にあるのは……木と土くれ。それに僅かだけれど水分……)

「その土くれも、電気のフィールドが上塗りしている。地ならしで自分一体限りの無効化はまだ出来るが、相手も巻き込むのは困難だ」

 打つ手がない。そう思われたその時、先生の声が発せられた。

「撃ってこないの? エイジ君。それとも怖気づいたのかしら? カプ・コケコに相手させるんだもの。私だって本気になる。やりなさい、カプ・コケコ。自然の――怒り!」

 その言葉が紡がれた瞬間、周囲のフィールドがたわんだ。強制圧縮されていく森林地帯にエイジが困惑する。

(圧死するぞ! ダムド、ルガルガンを!)

「やべぇ! ルガルガン、跳躍しろ!」

 木の洞から飛び出したルガルガンは直下のフィールドがたちまち、捩れ、圧縮されていくのを目にしていた。凝縮されたフィールドが緑色に輝いたかと思うと、直後に爆発の光が拡散する。

 その光は一時的にせよ、ダムドとルガルガンから指揮を奪うのには充分であった。

 カプ・コケコが飛び退ったルガルガンに至近距離まで接近する。そのあまりの距離にルガルガンの習い性の攻撃本能が刺激されたのか、「ストーンエッジ」を溜めた掌底が叩き込まれかけて、カプ・コケコの甲殻がルガルガンの腹腔に叩き込まれていた。

「捉えたわ。自然の怒りでフィールドを圧殺すれば、必然的に出てこざるを得ないものね。それに、この距離なら、容赦なく潰せる」

 カプ・コケコの甲殻に殺意が宿る。エイジは直感的に声にしていた。

(ルガルガンにカウンターを命じるんだ! この距離なら当たる!)

「分かってんよ! ルガルガン、カウンター!」

「――全て遅い。ワイルドボルト」

 刹那、発動した電撃の怒号がルガルガンの肉体を貫いていた。ルガルガンが身体の内側を焼く灼熱の電流に苦悶する。それだけではない。先ほどのクワガノンが発した糸へと電流が至り、ルガルガンの身体を拘束したのである。

 思わぬ搦め手にダムドが息を呑む。

「何を……しやがった……」

「甘いのね、剥がさなかったの? クワガノンに出させたのはエレキネット。電流を加える事によってそれは発動する。エレキネットの効力で、ルガルガンの速度はさらに下がるわ。それに加えて高圧電流を今も流し続けている。これで、ルガルガンの足は奪った」

「させねぇ! カウンターで本体へとゼロ距離で叩き込め! ルガルガン!」

 大きく腕を引いたルガルガンの拳がカプ・コケコの本体へと突き刺さる。そのまま手の内側に保持していた「ストーンエッジ」の一閃を浴びせかけた。

「……特性ノーガード。攻撃は命中する。甘んじて受けるわ、その程度。でも、これで終わり? なら、あなた達に勝機はない!」

 言い放った先生にルガルガンは至近で弾けさせた「ストーンエッジ」の弾幕を自ら握り潰し、カプ・コケコの目に向けて払っていた。

「……疑似的な砂かけ?」

「命中率は下がる。ワイルドボルトは最大出力では命中しねぇ。蹴り上げろ!」

 ルガルガンが甲殻を蹴り、カプ・コケコの接触から逃れる。しかし、それでもダメージは深刻だ。

 膝を折りかけたルガルガンへとカプ・コケコが甲殻を向ける。その表層に無数の「エレキボール」が練り上げられた。

「どれだけ策を弄しても同じ。ルガルガンは勝てない! エレキ、ボール!」

 瞬間的に発せられた「エレキボール」の砲撃網をルガルガンは駆け抜けて回避しようとするも、その時には稲光のようなスピードで接近したカプ・コケコが迫っていた。

「もう一度、ワイルドボルトでその躯体を打ち抜く!」

「させねぇ! 地ならしで相手を地面に叩きつけろ!」

 ルガルガンが両腕を組み、それを打ち下ろしたのと同時に地面を衝撃波で満たす。

 だが、その即席のフィールド無効は、カプ・コケコの編み出す「エレキメーカー」の電磁フィールドをまるで掻き消せない。

 ルガルガンの足元だけ元のフィールドに戻っただけだ。

「頼りないわね! そんな攻撃じゃ、カプ・コケコは墜とせない!」

「――誰が、墜とすための一撃だって言った?」

 その言葉に先生がハッとした瞬間、ルガルガンは足場へと腕を突き入れていた。そのまま抉り出したのはホログラフィックのフィールド発生装置である。

「……要はどれだけ言っても、ポケモンの能力に耐え得る製品ってヤツはそれだけ頑丈に造られているってこった。このホログラフィック発生装置がどこにあるのかを探し出すのに、さっきのよく分かんねぇ力で捩じ切ってくれたのは助かったぜ。お陰様で、どこに、どういう形で、ホログラフィック発生装置があるのか、読み取れた」

 立方体のホログラフィック発生装置のスイッチを、ルガルガンは強制的に入れていた。

 瞬間、縦向きに焦土が立ち現れる。ホログラフィック装置は、その対称面から直角にフィールドを生成する。それならばフィールド発生をそのまま壁として利用する事は出来るはずだ。

「……炎の地面を壁にして……」

「叩きつけろ!」

 振るい上げたルガルガンにカプ・コケコを操る先生は、フッと笑みを浮かべていた。

「でも、一手遅いわね。カプ・コケコの速度なら間合いは瞬時に遠ざけられる!」

 その言葉通り、瞬間的に、空間を飛び越えたとしか思えない速度でカプ・コケコは飛び退っていた。

 ルガルガンの渾身の一撃は虚しく空を裂く。

「お生憎様、その一撃は致命傷にならない。そしてカプ・コケコは、この距離でも正確無比にルガルガンを狙える。自然の、怒り!」

 手にしたフィールド発生装置より不意に生じたのは先ほどの森林フィールドと岩石フィールドの入り混じった空間である。その二つがルガルガンを押し潰さんと迫っていた。

「フィールドを使って圧死させるだと!」

「自然の怒りはあらゆる自然情報を読み取り、自身の攻撃へと転化する。この場合、エレキメーカーで編み上げたフィールドと! 今まさにルガルガンの保持しているそのフィールドが対象! さぁ、自然の裁きを食らいなさい!」

 三種のフィールドがルガルガンを圧迫し、そのままひき潰さんとする。その威容にダムドはたじろがなかった。

 それどころか、圧倒的不利なこの戦局を前にして彼は――嗤っていた。

「……これが水とか炎だったら、オレは絶望していただろうぜ。だが、よりにもよって生み出したのが岩と森林だった。フィールド発生装置ってのは、全部プログラムされて組み込まれてるんだろ? だったら、さっきまであった木の洞が、そこにあるのは必然だよなァ?」

 先生とカプ・コケコがそれに気づき、甲殻の表層で電流の砲弾を練り上げる。

「やらせないっ! エレキボールで!」

「ルガルガン! 森林フィールドの指定座標に逃げろ!」


オンドゥル大使 ( 2019/06/26(水) 21:58 )