第二十七話 荒ぶる神よ
導き出された言葉と共に、覇者のボールであるマスターボールが割れる。
光を引き裂いて現れたのは、鶏冠を持つ甲殻のポケモンであった。閉ざされたその威容に無数の民族的文様が走っている。
ダムドはその立ち姿に疑問符を浮かべた。
「……弱っちそうだな。その閉じた状態が本命か?」
「それはあなたが確かめなさい」
いつになく強気な声音にダムドは笑みを刻ませる。
「いいぜぇ……そういうの嫌いじゃねぇ。ルガルガン! ストーンエッジを叩き込め!」
ルガルガンが焦土を蹴って疾駆し、不明ポケモンへと肉薄しようとして――敵影が完全に掻き消えていた。
これは速度による圧倒ではない。
瞬間的な敵の気配の消滅。
その驚くべき事態にエイジもダムドも困惑する。
「嘘……だろ。いきなり消え――」
「ダムド! 上よ!」
ギャラリー席よりリッカの声が迸る。エイジはダムドと感覚を共有しているが、それでも客観視は出来ているはずであった。
だからなのか。本当に直上に位置するだけの敵を、まるで認識する事が出来なかった。
ルガルガンの上を取った相手は甲殻を開き、内側に位置する痩躯に黄金の光を滾らせている。
黒い本体が甲殻に電磁を纏いつかせた。その眼差しは戦闘の気配に煌めいている。
まさか、とダムドは声にしていた。
「……完全に意識圏の外に、一瞬で移動した、だと……」
「カプ・コケコ。エレキボール」
カプ・コケコの周囲に位置する電撃の球体が一斉にルガルガンへと襲いかかる。ルガルガンが咄嗟に地面を蹴ろうとしたその時、大地がまるで磁石のようにルガルガンの足裏を吸着させていた。
「……フィールドの状態が」
「エレキボール」が包囲し、ルガルガンの視界を染め上げる。エイジは咄嗟に声にしていた。
(ダムド! ルガルガンを逃がすんだ! このままじゃ――)
一斉掃射は確実にルガルガンを捉えたかに思われた。
しかしながら、瞬間的な判断か、ダムドは叫ぶ。
「ルガルガン! テメェの足元に向けて地ならしとストーンエッジを併用しろ! 地面の状態を最適化してから、敵の散弾とこっちの銃撃をぶつける!」
それにルガルガンが対応出来たのはひとえにエイジへの信頼か。まず「じならし」による電気フィールドの無効化が入り、ルガルガンの足場一つ分だけの空間が手に入る。
直後、掌に溜めた「ストーンエッジ」の猛攻が全方位より急速接近する「エレキボール」の砲撃とぶつかり合った。
干渉波のスパークが散り、一瞬だけ観客席でさえも眩惑に包まれる。フィールドのポケモン二体はもっとだろう。
何が起こったのか。固唾を呑んで見守る町の者達はホログラフィックフィールドが草へと変容したのを目にしていた。
瞬間的に森林地帯へと移り変わったフィールドで、カプ・コケコが飛翔する。
周囲を見渡しているところを見ると、フィールド変化とルガルガンの咄嗟の行動により仕留め損なったのが窺えた。
リッカはその異様なる姿を認める。
両側にオレンジ色の甲殻を持ち、王者に相応しい鶏冠がその奇異なるポケモンを映えさせている。
「カプ・コケコ……。土地神ポケモン。それを手にする事を許されたトレーナーは、アローラではこう呼ばれる。――島キング。あるいは、島クイーンと。先生は、アローラの島クイーン。その圧倒的実力を買われてランセ地方の最初の町の教員に抜擢された……。でもまさか、昇級試験でこんなものを使うなんて……」
想定外だ、と結んだリッカに先生が視線を振る。
「……ギャラリーからの応援の声はご法度よ、リッカちゃん。でも、今のは許可します。だって、あのままじゃ何にも出来ずにやられていたものね」
どこか淡々とした声音は平時の先生の纏う空気ではない。完全にアローラでの戦いの日々を思い返した、歴戦の猛者だ。そんな相手にエイジとダムドが勝てるのか――リッカはぎゅっと拳を握っていた。
「エイジ……」
ダムドの乗り移ったエイジはバトルコートの向こう側で顔を伏せている。森林のフィールドが余計にその表情を翳らせていた。今の状況ではエイジの顔色を窺えない。
しかし、窮地に立たされているはずである。
そんな彼へと嘲笑が浴びせかけられていた。
「やっぱ、最底辺が勝てるわけないだろ。見るだけ無駄だ、無駄」
エイジを目の敵にしていたクラスメイト達とその取り巻きに、リッカは声を荒立たせていた。
「まだ! 負けてない!」
「……ここからどうやって勝つって言うんだよ。カプ・コケコだぜ? 先生は本気だ。本気であの最底辺を潰す気なんだろ。だったら、勝てるわけがない。カプ・コケコを倒すなんて、それこそ不可能だ。あの最底辺はもう一生、最底辺を彷徨うしかないんだ……」
その言葉尻を歩み寄ったリッカが胸倉を掴み上げて制していた。相手が言葉を失う。
「取り消しなさい……。エイジは、這い上がろうとしている。そんな人間を、嗤うなんて……」
「やめなさい! リッカちゃん!」
先生の注意の声にリッカは我に帰る。先生はふふっと微笑んだ。
「勝負は時に残酷。どれだけ志が立派だろうと、それは時の運と、そして実力を前にかき消される。これは私とエイジ君の勝負です。あなた達は口出しをする権利はない」
真っ当な意見にリッカは手を離す。クラスメイトは捨て台詞を吐いていた。
「勝てるわけがない! こんな状況から勝てるとすれば、そいつはマジもんだ!」
「ええ、ここで勝機を見出すとすれば、それは本物ね。いずれにせよ、エイジ君。ここで私に、勝てるのかしら?」
森林フィールドを隔てた先にいるエイジは答えなかった。