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第三章 試練前夜
第二十五話 力への求心力

 ハジメタウン北部に位置するポケモンセンターは近年に新設されたものであり、それまでの技術からは一歩抜きん出た代物として、この始まりの町に屹立していた。

 中でもカロスの近代技術の粋であるホロキャスター技術を応用したポケモンの状態以上をリアルタイムで計測出来る回復装置はランセ地方では一目置かれている。

 それまでカントー産の大雑把な回復装置でポケモンの状態を確認していたランセ地方の人々の間には、民間療法が強く根付いており、どうしても手持ちをポケモンセンターに預けたくない、という層が一定以上存在した。

 それらの溝を解消したのは技術革新の分野においてはやはり、若年層における情報の近代化であろう。

 彼らは遠く離れたカロス、ホウエンのような技術立国とリアルタイムで通信を繋ぎ、現状ランセ地方に必要なものが何かを日夜議論していると言う。

 そうしてポケモンセンターや医療機関のアップデートがこの近年で拡大した――と言う話をリッカから聞かされたダムドは辟易した様子であった。

(何て事はねぇ。結局、俗信や独学が一番偉いと思ってやがるのさ。遅れた地方によくあるこった)

「あんた、そういうけれどねぇ……。メガプテラが二時間も経たずに回復出来るのはこの施設のお蔭なのよ?」

(だからって後生大事にしろってか? 下らねぇ。そういうの、無知ほどバカを見るって言うんだぜ)

「……本当に強情ねぇ。どう思う、エイジ」

 急に振られてエイジはまごつく。

「えっと……でもやっぱり、ダムドをポケモンセンターに預けるのは反対かな。いくら……ルガルガンの一撃を受けたって言っても」

「まぁ……そうよねぇ……。でも、あんたも、自分が大丈夫、なんて思わない事ね。ルガルガンの毒だって、取れていなかったんだから」

 ルガルガンは毒の回復に回されていたが、やはりと言うべきか、即座に突き返されていた。

「すいません……。この町の医療情報だけでは判断出来なくって……。やはり大きな町に行くのがいいでしょう」

 その答えを聞いてエイジはボールを握り締める。自分の迂闊さが招いた結果だ。甘んじて受け入れるとしよう。

「いえ、いいです。ありがとうございます。とりあえず、痛み止めを打ってもらって安心しました」

 医療機関従事者――別名、「ジョーイ」は微笑んでいた。

「それ以外の傷は治しましたので、やはりジェネラルレベルの高い方に付き添っていただくのが一番でしょうね」

 ここでも突きつけられる。ジェネラルレベルが低いばかりに、手持ちにまで負担をかけるとは。

 我が身の不実を嘆くだけならばまだいい。問題なのはこれからであった。

 リッカがメガプテラとフローゼルを受け取り、待合でジェネラル識別番号を打ち込む。こうした医療機関の恩恵を受けるのには市民番号が必須であり、ジェネラルは基本的にジェネラルごとの固有番号を打ち込む事で無償のサービスを受けられる。

 他地方で言うトレーナーID制がこのランセ地方でも採用されていた。

 先進地方ではいち早くこのトレーナーID制を実施したものの、野良トレーナーの増加やトレーナーの受け皿の不備によってうまく機能しなかったと授業で聞いた。

 現状、この制度が正常に稼働しているのはホウエンとカロスだけらしい。他の地方では、まだうまくこの機能を活かし切れず、事件や事故が勃発していると言う。

 ホウエンが技術で抜きん出ているのはデボンの功績が大きいのだろう。デボンコーポレーションは一昔前の不祥事で一時的な企業解体に追い込まれたものの、今は持ち直し、先進企業として一線を走っている。

 それはこのランセ地方でも同じで、ホウエン製のアイテムは数多く存在し、リッカが身に着けているものなどほとんどがデボン製品だ。

 エイジは少しばかりレトロなジョウト風の機械製品が気に入っている。

 カントー、ジョウトは跨っているためかやはりシルフカンパニーの貢献度が大きい。五十年前には稀代の天才、マサキが確立させたポケモン預かりシステムを筆頭に、シルフカンパニーは歴史の先駆者として名前を刻んでいる。

 カントーの本社はイッシュと貿易を結んだとしてその功績は大きく、そのお膝元であるヤマブキシティでは高層ビル群に肩を並べているシルフは誉れだと聞く。

「シルフ製品なんて、エイジってばやっぱりジジくさいわねぇ」

「いいだろ、好きなんだからさ」

 シルフカンパニーの作り上げた通信端末――ポケッチを掲げ、エイジはポケモンセンターを後にしていた。

 ポケッチはホロキャスターやアローラのロトム図鑑に比べれば五世代も前の通信機器だが、未だにキャリアは廃れず、第一線で使えるのは大きい。

 リッカがジジくさいと馬鹿にするのは、若者がホロキャスターや最新機器に流れるのに対して、ポケッチなどのシンプルな操作機器はやはり高齢層に支持されるからだろう。

 その分、保証も耐久性も折り紙つきだ。今回は保証期間内であったためか、あの組織を後にした時、剥奪されていた端末と同じものを買い揃える事が出来た。

(……しっかし、テメェらも呑気だねぇ。故郷に帰って真っ先にする事が身の回りの機械の点検かよ)

「人間からしてみればこれも必要なの。ダムドだって、このテレパシーが使えなくなったら不便でしょ?」

 その問いかけにダムドは不遜そうに応じる。

(人間とは場数が違うんだよ、メスガキ。それくらいはどうにかならぁ)

「だから! メスガキ言うな!」

 リッカの大声がハジメタウンの往来で弾ける。他人からしてみれば、エイジの身体の中に潜り込んだダムドとの会話のため、急に大声を出したリッカへと周囲の目が行く。

「……リッカ。押さえて押さえて……」

 赤面したリッカは顔を背ける。

「知らないっ。エイジもあんたも」

(おーっ、おーっ、そいつはとんでもないこって。エイジ、一旦対策を練る。あの木の家に戻るぞ)

「ああ、うん……。でも、今日もスクール、休んじゃったな……」

「あんたは病み上がりみたいなもんだからいいのよ。あたしのほうがピンチだし……」

 リッカはクラス委員だ。それにジェネラルレベルも一個抜きん出ている。模範生のつもりなのだろうが、度々自分を追って森に出ているため、決して内申点はよくないはずだ。

 肩を落としたリッカに、ダムドが声を発する。

(おい、エイジ。身体、貸せ)

「うん? 何をするのさ」

(いいから。借りるぜ)

 瞬間、ダムドが表へと出る。茶髪が逆立ち、右目を青い文様が貫いていた。

「あんたってば! こんな往来でよく……」

「うっせぇな。何か問題でもあるのかよ」

「大有りだってば! この町はそうじゃなくっても狭いんだから。エイジの人格が問われるでしょ」

 その言葉振りにダムドがケッと毒づく。

「人間様はその辺メンドくさいねぇ。ま、オレはどうだっていいけれど。それよか、あれ。あれだ。オヤジ!」

 呼びかけた声にガレット屋の主人が大慌てでこちらへと駆け寄る。肩を荒立たせた主人は自分達を見比べた。

「エイジ君! リッカちゃん! この間は、強盗事件で、その……」

「ああ、いいって事よ。解決した話なんて蒸し返すなって」

「そうかな……。でも、心に傷を負うのが君たちのような若者で……」

「うぜぇって。オヤジ、それよか前食ったあれ、焼いてくれ」

「ガレットの事かい? まぁ、いいけれど……」

 渋々ガレット店に戻った主人にリッカは呆けたように口を開けていた。

「あんた……勝手な事……」

「事実だろうが。どうでもいい話なんざ、蒸し返すだけ無駄さ。それに、あの強盗だってオレのスートのセルのせいでああなった。だから余計に、だろうよ」

(それって、僕らに心配をかけないため……?)

「エイジ。テメェもうっせぇぞ。どっちだっていいってのはそういうこった」

 疑問を打ち切り、ダムドは焼き上がったばかりのガレットを頬張っていた。主人がその様子を嬉しそうに見やる。

「本当に美味しそうに食べてくれるなぁ。前まではガレットが嫌いだっただろう?」

「そうなのか? こんな美味いもん食って、嫌いたぁ、贅沢だな! オレも!」

 大笑いしたダムドに主人もつられて笑う。

「いやぁ、まったくまったく! エイジ君は甘いもの苦手じゃなくなったんだ?」

「あン? そうだったのか?」

 内側でエイジは渋々声にする。

(苦手って言うか……おじさんのガレットは甘く作り過ぎなんだよ。砂糖盛り盛りだし、女子はいいかもしれないけれど……)

 リッカもガレットを受け取り、金を払っていた。

「エイジってば、その辺面倒なのよね。美味しいのに」

 リッカもガレットを頬張ってその甘さにうんうんと頷く。エイジからしてみれば味覚を感じないとはいえ、この身体であまり好きでもないものを食われるのは不承である。

「……しかし、エイジ君もイメチェンして様変わりしたねぇ。いや、おじさんも昔はロックをやっていたからよく分かるよ。エイジ君当たりの年齢だと特にねぇ」

「オヤジ、話分かるじゃねぇの。ま、そういう事にしておいてくれや」

(……人の身体で勝手に……)

「ところでよ、ジェネラルレベルってどうやって上げるんだ? エイジが最底辺の2なのは分かるが、そう易々と上げられるものなのか?」

 その問いかけにガレット屋の主人は頬杖をついて感嘆する。

「へぇー、万年サボり魔のエイジ君も遂に年貢の納め時か」

 その言葉にダムドが疑念を呈する。

「……ンだ? 真面目かと思ったら、テメェそうでもねぇのか?」

「エイジってば、試験の限りは絶対に受けないのよ。ジェネラルレベルが低いのもそのせい。内申点も悪いから、スクール進学に差し障るって言ってるのに」

 リッカの怒りにダムドは嘆息をついていた。

「……テメェ、もうちょっと真面目にやる気はねぇのか」

(……僕は真面目なつもりさ。ただ、その日に限って森の様子がおかしかったりして……)

 もちろん、これも言い訳である。試験の限りを受けないのは純粋に現状のレベルを知りたくないからだ。

 自分の戦闘力を知ったところでジェネラルとして旅に出ないのならば別段、困る事もない。そう思っていただけに、ここで足枷になるとは、と後悔が浮かぶ。

「オヤジはジェネラルなのか? ガレット屋やってっけど」

「昔はね。ジェネラルって言葉も発展途上の頃にやっていたよ。これでもジェネラルレベルは5なんだ」

 胸を張った主人にダムドはリッカへと視線を流す。リッカは肩をすくめていた。

「まぁ、並みね。ジェネラルレベルは全部で十三の項目があるから」

「真ん中じゃねぇか。よくえばれたな、オヤジ」

「ところが、5でも結構難しいんだよ。だってリッカちゃんは4だろう?」

 その指摘にリッカは痛いところをつかれたのか、言葉を澱ませた。

「よっ……4でもあたしはこのハジメタウンでは上のほうなのよ? ただ……あたしのフローゼルだと試験の相性が悪くって……。だから思案中ってわけ」

「要するに、テメェも決して強ぇワケでもねぇんだろ。ヘタなプライド張ってんじゃねぇよ」

 ダムドの舌鋒の鋭さにリッカは頬をむくれさせていた。

「ふんだ! エイジはもっと弱いじゃない!」

「どうかな。エイジ、やる気はねぇのか? オレとセルを集めるって、テメェ約束したよな? だったら手段は選んでいられねぇはず。町の行き交いにジェネラルレベルが必要だって言うんなら、オレは取得するのもやぶさかでもねぇ。テメェはどうなんだ?」

 問いかけられてエイジはまごついていた。強くなりたくないわけでもない。ザイレムのあの男から聞かされた真実が本当かどうかを確かめるのには旅に出なければならないだろう。しかも過酷な旅だ。それを行くのに今の最底辺では決していけないのはよく理解している。

 理解はしているが――自分は最底辺を彷徨い過ぎた。今さらのし上がるなど、過ぎたる思いであるという気持ちが先行する。

(……強くなったって、何があるって言うのさ)

「少なくとも、こんな田舎町で腐って、セルもコアも台無しにするよりかはマシなはずだぜ? オヤジ、ガレット美味かった。また食いにきてやらぁ」

「ああ、いつでも。しかしエイジ君、アドバイスするわけでもないが年長者として言わせてもらうと、向上心のない人間はただ闇雲に時間を浪費するだけだ。時間だけは絶対に後からは取り戻せない。これだけは言っておくよ」

「あいよ。多分、エイジの中には反響するはずさ」

 背中を見せたまま手を振り、ダムドは森のセーフハウスへと足を向ける。リッカがその背中へと追いすがっていた。

「どうするって言うの?」

「策を練る。このままじゃ、エイジの気持ちだって難しいだろうさ。だから、いっぺん、納得するまでオレとエイジだけで話したい。メスガキ、テメェは出来る事ならジェネラルの試験の申請でもしておいてくれ。円滑に進むためには、それも必要だろ」

「要するに、使いっパシリでしょ? ま、やるけれどね」

 呆れ返ったかのような仕草で返したリッカの思わぬ返答にダムドは足を止めていた。

「……テメェ、エイジに上がって欲しいのか、現状維持して欲しいのかどっちなんだ?」

 リッカは自分の瞳を見返す。それがダムドではなく、エイジである自分に語りかけているのが窺えた。

「……長い間、あんたのそういうところを見てきた。お父さんがいなくなってから、ずっと。あんたは塞ぎ込んで……、森のポケモン達にばかりかまけて。でも、あたしはここで、あんたに前に進んで欲しい。もう充分に足踏みはしたでしょ? だったら、歩み出そうよ、エイジ……!」

 エイジは咄嗟に応じられなかった。幼馴染であるリッカにそこまで考えさせてしまっていたのか。その気持ちが重く沈殿する。

「……ま、テメェらの関係性なんざ、知ったこっちゃねぇ。オレはオレのセルと、他の陣営を取るために戦うぜ? 異論は挟ませねぇ」

 歩み出したダムドにエイジは問いかけていた。

(……ダムドは、どう思っているんだ? 僕の事、弱虫だとか思っているんだろ)

「ま、消極的だとは思っているがな。弱虫だとは、まったく。結びつきもしねぇ」

 思わぬ返答に面食らっているとダムドは己の左胸に手を当てた。コアと同期する胸の鼓動である。

「テメェは、あの夜、オレと契約した。その時点で、弱ぇなんて思っちゃいねぇのさ。本当の弱虫ならあの時死んでらぁ。勝ち取った、選び取った。それって結局、強ぇって事なんじゃねぇの?」

(僕が……強い……)

 思いも寄らなかった言葉に放心しているとダムドが声を重ねる。

「ま、それでもテメェがセル集めも、コアの陣取りもやる気がねぇのなら別の手段を講じるさ。ただし、覚えておくんだな。あのメスガキもオレも、危険を承知で連中に仕掛けた。恩を売るつもりはねぇけれどよ。そういう人間も周りにはいるって事、理解しておきな」

 それはその通りであろう。まさか助け出されるなんて考えもしない。リッカとダムドは危険を承知で乗り込んできたのだ。しかもダムドは自分のために貴重なセルをいくつか消費したのだと言う。セルの陣営にこだわるダムドからしてみればあり得ない行動であろう。それほどまでに、自分は重要な駒なのだ。ただ闇雲に時間を浪費している場合でもないのは分かり切っている。

(……ダムド。セーフハウスで、ちょっと話したい事がある。どうして僕が、ジェネラルとして身を立てないか、だ)

「大事な話なんだろ。だからメスガキは追っ払った」

 自分と契約したダムドには分かっているのだろうか。否、分かっていても名言化しなければ伝わらないだろう。

 彼の厚意には応えるべきだ。

 セーフハウスは特に廃れた様子もなく、そのままの状態であった。

 机の上の日誌も確認し、エイジは息をつく。

(ここでいいだろ)

 ダムドが分離し、漆黒の獣と化した。エイジは椅子に座り込み、ダムドへと目線を向ける。

「僕が旅を拒む理由は、父親にあるんだ」

(テメェのオヤジがどうしたって?)

「……父さんはとても偉い医者で……、そして人格者だった。この町の医療を数年分進めたほどだ」

(だったら、テメェはこの町からは好かれているはずだよな?)

 きっと、クラスメイトの取り巻き達の様子を知っているから出た言葉なのだろう。エイジは一拍置いて答えていた。

「好かれているわけがないんだ。父さんは、ある日突然、出て行った。特に誰かに自分が何をするのか、それも告げずに。まるでこの町には、本当に用事がなくなったみたいに、すっと」

 あの日の事を今でも思い返す。幼い日のエイジは父親についていくとせがんだ。しかし、父親はこう返したのだ。

 ――連れて行けない、と。

「父さんは、医療従事者で、ポケモンの専門管理も行っていた。権威とまでは行かなくても世界各地のポケモン図鑑の蔵書を漁って、それなりに精通していたはずだ。だから、もしかしたら誰かからお呼びがかかったのかもしれないし、そうじゃなくってもフィールドワークに出かけたのかもしれない。いずれにせよ、僕はあの日……実の父親から捨てられたんだ」

 こうして言葉にするのは初めてかもしれない。リッカは自分を憐れんでいる。他のクラスメイト達は、捨てられた子供と嘲る。

この町そのものがエイジからしてみれば、ずっと憐憫の対象にされているようで、だからせめてもの抵抗にジェネラルレベルは最底辺に落とした。

 そうすれば誰も期待すまい。誰も、自分に父親の影は見るまい。

「……今なら、ちょっとだけ分かる。僕は父さんの代わりになるのが怖かった。要らないって言われたのに、いびつな形で必要とされるのが……怖かったんだ」

 そう、純然たる恐怖。戦いへの畏怖と言い換えてもいい。自分は、戦う事でこの運命に抗うのが嫌だった。捨てられた子供が、どうして運命に抗い、行動を起こすのか。それはただ他の者達からの憐憫と、そして涙をそそるだけだ。そんな美談にしたくない。自分の苦々しい過去は自分だけのものだ。

 それなのに、誰かに見せつけるなんて間違っている。

 だから、戦いを拒み、強さを遠ざけた。

 それを感じ取ったからか、それとも契約した段階で分かっていたのか、ダムドは白濁した眼を向けていた。

(……戦いが怖ぇ。強くなるのが他人の同情を得るみたいで嫌、か。だがよ、思い違いがあるぜ、エイジ。テメェは、どこかに強さへの渇望を持っている。そうじゃなくっちゃ、オレみたいな闘争心の塊と契約すれば、人格なんて消し飛んじまうはずなんだ。テメェの中にはテメェも知らない、制御出来ない獣がいるのさ。そいつを直視しない限りは、何をしたって無駄だろうぜ)

「僕の中に……制御出来ない、獣……」

 どこか遊離した言葉にダムドは言いやっていた。

(もっと希望的な言い方をするのなら、力、か。力が要らないとは言葉の上で言っているが、テメェの本質はそこにはねぇ。平和主義者でもなければ、戦闘を忌避しているワケでもねぇ。テメェの根幹のスタンス、魂の根っこはオレと同じはずだ。だから、オレ達は出会い、契約した。オレは間違っているなんて思っちゃいねぇさ。この契約には意味があったはずだからな)

「契約の……意味」

 だが本当にそのようなものあったのだろうか。あの時は生死をかけた戦いの中で見出された本能が先行しただけだろう。自分が戦闘狂のようであるなど信じ難かった。

「ダムド……僕は」

(疲れたんなら寝とけ。人間ってのは寝ないと性能が落ちるみたいだぜ? 雑務はメスガキが引き受けてくれている。オレ達はその間だけでも休もうじゃねぇか)

 ダムドの言い分も分かる。しかしエイジはルガルガンのボールを手にしていた。

「……試験の前には準備がいる。ダムド、手伝ってくれ。ルガルガンの技の最終調整をする」

(やる気はあンのか?)

 その問いには素直に頷けなかった。

「……分からないよ、まだ……。でも、間違いないのは、僕はもう戦いの盤面にいるんだろ? だったならさ……! せめて意義のある事をしたい。そうでなければ……」

 ザイレムの男の声が脳裏に響く。あの言葉が本当にせよ嘘にせよ、確かめるのには今は前を見据えるしかない。

 ダムドは声に喜色を滲ませた。

(……ちぃとは分かってきたか。いいぜ、エイジ。ルガルガンの技構成もちょっと粗い。その部分を補完していこうじゃねぇか)

 エイジは日誌のページを手繰る。真夜中の姿のルガルガンにもしもの時に進化した場合の戦術表が練られていた。

「……ダムド。妥協はしない。いいね?」

(上等だ。オレだって負ける勝負なんてする気はねぇよ。勝つに決まってんだろ)

 強気なその言葉が今はありがたかった。



オンドゥル大使 ( 2019/06/19(水) 21:00 )