AXYZ - 第二章 生存調停
第十九話 強襲

 司令室では今もエイジ少年のシグナルが認証されている。サガラはその様子を目にし、まず状況を訪ねていた。

「彼、かわいそうですよね。たった一人でランセ地方の真実を背負わされたんですから……」

 一人のオペレーターがそうこぼしたのを、他のスタッフが咳払いで注意する。

「す、すいませんっ! 辛いのは室長だって同じはずなのに……」

「いや、私は彼に責任を問いただした。ある意味では罪深い人間だろうな」

 だが、これも事実の一面。彼はいずれ知るだろう。ならば早いほうがいいだけだと思ったのみだ。

「執行部から連絡来ています」

「繋いでくれ」

「エージェント……クジラからの通達。パッケージの納品に不備があった場合、再納品する、との事です。室長、再納品って……」

 皆まで言う必要はない。サガラは目頭を揉んでいた。

「執行部のエージェントですら、仕損じた感覚があった、というわけか。これは掴まされたかもしれないな」

「でも、契約痕は確かに……」

 その言葉が失言だと分かったのか、オペレーターは口を噤む。今もじくじくと痛む手の甲のスペードを忌々しげにサガラは睨んでいた。

 平時は手袋をはめて隠している。しかし、この経歴を知られているから、自分はここにいるのだ。

「上からのお達しは?」

「不気味なほどの沈黙ですよ。……何か企んでいる?」

「勘繰るにしても上層部に対して、企んでいる、などという言い方は避ける事だ。余計な摩擦を生む」

「す、すいません……」

 だが、とサガラは思索を浮かべる。どうしてあれほどジガルデにこだわり、Z02の捕獲に熱を上げていた上が、いざ手に入れると沈黙するのか。そこには何か、窺い知れない闇があるような気がしていた。

 上層部は何かを必死にひた隠しにしている。そのためにエイジは邪魔であるのか。それとも、他の思惑が?

 考え始めて、詮無い事だ、と打ち切っていた。その当人と話したばかりではないか。その結論として導き出したのは、彼も被害者だという事。そして、思ったよりもジガルデに関する情報は共有されていなかったという事実だろう。

「……Z02はわざと黙っていたのか。あるいは騙していたのか……」

「ですが、彼とZ02の契約パスは健在……。これはつまり、我々の認識範囲にZ02はいないという事なのでは?」

「ゾーンを構築し、紛れていると? だがあり得ない。エージェントKとの対決で、セルのほとんどを使い切ったはずだ。逃げ回るにしてはもうセルが足りない。だというのに、沈黙するターゲット、か……」

「室長。番号が入っています。三番の内線で」

「繋いでくれ。何だ?」

 受話器を取ると、相手の声は変声機を使った合成音声であった。

『……ジガルデの少年を匿っているな?』

「……何の事だか」

『とぼけても無駄だ。こちらからお前らの位置は追跡している。頭の上に気を付ける事だ』

「頭の上……」

 そこまで口にしたところで地下施設を激震が見舞った。全員がモニターへと注視する中で、次々に回線が切断されていく。

「何だ! 状況報告!」

「高熱源探知! 上空一万メートルより飛来! ……嘘だろう、一万メートル?」

 自分で計測しておいて彼らはそれが信じられないらしい。サガラは声を飛ばしていた。

「強襲か……! すぐに隔壁を閉じろ! 今からならば状態を回避出来る!」

「駄目です! 全てのローカル通信を遮断! 敵は電波塔を狙った模様!」

 何故だ、とサガラは拳を握り締める。このランセ地方でザイレムの所有する電波塔は秘中の秘。それを察知する事も難しければ破壊などより難しいはず。

 サガラは受話器を置かず、オペレーター達に命令する。

「対空迎撃は! フワライドを出して防衛しろ!」

 有事の際、フワライドを換気用のバルブから射出し、敵の爆撃からは身を守れるようになっている。しかしながら、射出したはずのフワライドの入ったモンスターボールは全て起動前に薙ぎ払われていた。

「フワライド迎撃部隊……、全滅……。まさか、こっちの手が読まれている?」

 あり得ない、とサガラは受話器を握り締める。骨が浮くほどに力を入れたサガラは別働隊へと叫んでいた。

「光学迷彩システムは? 機能しているか?」

「執行部の光学迷彩は稼働しています。現在、九十パーセント超えの稼働率を維持!」

「……つまり、衛星から割れたのでもなければ他の組織による計画攻撃でもない。個人攻撃か。何者だ、貴様は」

『誰かを問う前に自分から名乗るべきだろう』

「……これは失礼した。しかし、侵入者に名乗る名前はなくってね」

 サガラは手を払う。逆探知の指示だ。すぐに本部の迎撃システムが稼働し、相手の通信領域を捕捉する。

 無言で示されたのはカエンシティの南西部であった。公衆電話からの通信にサガラは手を振るう。

 潰せ、の合図にオペレーターがその権限を行使していた。

 直後には執行部が動き、カエンシティにいるであろう犯人を抹殺しているはずだ。

「……しかし、惜しい事をする。そこまでずさんでないのならばまだ良好な関係を築けていた」

『惜しい? 何を言っている? これで作戦は遂行された』

「いや、真に賢しいのならばこの情報発達した世界で、位置情報端末を所持していない程度で満足しない事であったな。我々は貴様の位置を既にマークしている。飛行部隊が貴様のいるであろう、公衆電話を捕捉した。残念だよ。頭のいい犯人でなくって」

『……まさか本気で言っているのか?』

「冗談を貴様のような下賤なる者に弄するのも時間が惜しい。今で……三分か。これだけの時間を無駄にした。空襲攻撃は確かに有効だったよ。そしてフワライドを止めたところまでは、評価のレートに挙げてもいい。だが、それ以前に自分の姿を隠さず、私にこだわったのがミスであったな。ここで決定打となるのは、如何にランセ地方が広いとは言え、手は打てるという事実を見過ごした事だ。我々は中継地点を持っていてね。離れていたとしても別働隊が貴様を始末する。タイムロスは……十分ほどか。本当に残念だ。ザイレムの地下施設に狙いを絞ったのは正答だが、そこから先の詰めが甘い。最期に名前を聞いておこうか」

 サガラはゆっくりと、ここから先の時間を楽しもうとしていた。ここにコーヒーの一杯もないのが残念でならない。その証左に爆撃は止み、相手は言葉も出ないらしい。

「どうした? 何か言ったらどうだね。それに、攻撃も止んだ。位置情報を掴まれて慌てて逃げ出したか?」

 しかし位置は依然としてカエンシティのまま。たとえ「そらをとぶ」や「テレポート」を使っても逃げ切れまい。十分と言ったが、それもかなり譲歩した時間だ。実際には五分もないだろう。それなのに、受話器も離さず、こうして位置も変えない。

 変えたところで変声データを照合すれば逃げた獲物でも炙り出せる。今のザイレムにはそれだけの技術が集っているのだ。

「さて、貴様が死ぬまでの時間をはかってやろうか。いや、それよりも何のつもりだ? 対抗勢力の犬か?」

『……今で何分経った?』

「もうすぐ五分だとも。まさかギリギリでテレポートでもするか? しかし位相空間を我々は関知する術がある。残念であったな。移動手段は他に何を使う? 鳥ポケモンで空を飛ぶか? それで一番端の地域まで逃れたところで……それでもまだ我々の手は伸びている。それに、そこまで離れれば爆撃を再開も出来まい。さて、ここまでで王手だが、どう出る? 五十年前のランセならばこの戦術でも生き延びられたかもしれないな」

 しかしここは現代のランセ地方。既にカロスのホロキャスターや、アローラの最新鋭AIの技術が入っている。逆探知など児戯に等しい。

 それでも、ザイレムに攻撃を仕掛けたのは敬意を表そう。

 サガラはその酔狂者の名前を知ろうとしていた。

「名前は何と言う? 少しは記憶に留めておいてもいい」

『名前は……よく知っているだろう。それとも、テメェらはこう呼んでいたか? ――Z02』

 その名前が紡がれた瞬間、カエンシティ南西部の公衆電話機へと迎撃部隊が迫った。

 フッとサガラは笑みを刻む。

「……少しは情報に精通しているか。しかし、もう貴様は逃げられん。そこにいるのは分かっている。映像を出せ」

 映像が現地と繋がり、サガラは巨大スクリーンに映し出された――小太りの男を目にしていた。

 目差し帽を被り、正体は隠しているが、それでも相手には違いない。受話器を手にした相手は両手を上げていた。

 だが、無慈悲に執行部は銃撃する。

 一拍の猶予もなく、犯人は銃殺されていた。サガラは嘆息をつく。

「……少しはマシかと思ったんだが」

『マシか……だと? テメェら、相変わらず敵を嘗めるのが……お得意らしいな』

 置こうとした受話器から発せられた声にサガラは目を戦慄かせた。まさか、と執行部に繋ぐ。

「何をやっている! まだ犯人は生きているぞ!」

『いえ、完全に沈黙しています。しかし……これは!』

 飛び出したゲル状の物体が執行部の一員へと覆い被さる。その緑色の姿と形状にサガラは絶句していた。

「ジガルデセル……だと」

『エイジは返してもらうぜ』

 その言葉を最後に通話が切られた。執行部が困惑する。

『本部司令室! 緊急入電! この男、犯人ではありません! ただの一般市民で――』

 そこから先の言葉を再度の爆撃が遮っていた。サガラは敵影を司令室に捕捉させようとする。

「敵はどこだ!」

「高度一万を維持! 降りてきません!」

「高高度からの攻撃が可能なポケモンだと……。それも半端は出力では意味を成さないな。この戦局……上に陣取っている一体と、フワライドの誘爆特性を無効化したもう一体がいる! 上に気を取られるな! 上の一は囮だ! 敵は既に……」

 基地内に潜っている。その事実に喉を嗄らした時、声が発せられていた。

『よう、追いかけっこは終わりか? それとも、穴倉に籠るのが得意ではこっちの位置までは把握出来ないかよ』

 再び震わせた肉声はしかし、またしても疑似音声だ。これは、とサガラが返答する。

「貴様……Z02だな……! いや、これもダミーか」

 その言葉に相手が口笛を鳴らす。

『二度も同じ手は通用しねぇか。ま、いずれにしたってオレはここまでだ。さて、楽しい襲撃のお時間と行きますかね』

 爆撃が地下施設を激震させるが、サガラは判断していた。この爆撃は派手だがほとんど意味を成してないどころか、考えなしのものだ。恐らくこちらの位置情報のみを掴み、大雑把に仕掛けている。しかし、物の見事にはまったのは逆探知を仕掛けた事だ。そのせいでこちらの正確な位置が掴まれてしまった。

 サガラは悔恨に拳を握る。

「……上が囮と言う事は、敵は地下道から来ている。我々の関知から逃れるのには水路だろう。フワライドの無効化をやってのけたのは高機動のポケモンのはずだ。バルブに仕掛けたボール射出装置を狙えるだけのポケモンという事は四肢を持っているな。それも高精度の攻撃持ち、か」

 そこまで並べ立てて、敵の試算に入る。高高度爆撃のポケモンは簡単には仕舞えないはず。しかしながら頭上一万メートルに位置する相手を狙い撃とうとすればこちらにもロスが生じるため、現実的ではない。

 何よりも――この敵の目的はエイジ少年の奪還。ならば、ここでは内側の守りを固めるべきだ。

「内部警戒を厳とする。敵にこれ以上の侵攻を許すな」

「しかし! 執行部はすぐには戻せませんよ!」

 悲鳴のような声にサガラは出せる駒を脳裏に描く。今の執行部はもぬけの殻。それも加味したのならば、と先の電報の相手が思い浮かぶ。

「……執行部エージェント、クジラへと繋げ。彼への電信は」

「一分以内に可能です」

「では、通話を」

 コールすると間もなく相手が通話先に出た。押し殺したような冷たい声音である。

『……パッケージに不備があったか』

「不備と言うほどではないが、問題が発生した。パッケージ奪還に動く勢力の掃除を頼む」

『……いいだろう』

 報酬に関する議論に移ろうとして、相手はそれを制していた。

『構わない。こちらの後片付けだ。こちらでつける』

 それなりの矜持は持ち合わせている様子。サガラは慎重に言葉を継いでいた。

「……勝てないと判断すれば撤退も止むなしとする。現状、こちらが不利だ」

『不利など。全ての状況は覆すためにある。切るぞ』

 通話が切られ、サガラは息をつく。

 少しばかり出端を挫かれたがそれでも状況そのものは悪くない。

「……エイジ少年の身柄は?」

「先ほどの面会室に……。どうします?」

「ここは最大限に利用する。クジラの配置を見てからエイジ少年を移送。相手に罠を張られたままで黙っていられるものか」

 こちらも相手を罠にはめる。そう断じ、サガラは肘掛けを握り締めていた。


オンドゥル大使 ( 2019/05/29(水) 21:19 )