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第二章 生存調停
第十八話 ランセの真実

 疑念が顔に出ていたのだろうか。それとも相手の勘繰りか。男は言葉を差し挟む。

「如何にして、ここから我々の組織が追うようになったのか、気になるんじゃないかね?」

 その言葉をエイジは何でもない事のようにかわす。

「……それが今回の件に関係あるとでも?」

「ジガルデはこの巨大な形状でさえも、完成体ではないと聞く。あれは別種の存在なんだ。全てのポケモンの生態系から外れた、鍵のようなものだと我々は捉えている。別次元の扉を開く鍵だとね」

「……その別次元とやらに、どうしたいってあなた達は……」

「もし……仮定の話だが、その別次元に膨大なエネルギーが眠っているとすれば? そのエネルギーを取り出す術を持っているのは、ジガルデだけだと分かれば、まずどうすると思う?」

 質問にエイジはぶっきらぼうに答えた。

「さぁ? 捕まえたり、解析したりするんじゃないですか」

「その通り。捕獲、解析は即座に行われた。全ては別次元……ゾーンに眠るエネルギーを確保し、我々の営みに反映するために。……だがそれは失敗し続けてきた。理由は一つ。確保したZ01は完全ではなかったからだ」

 次いで映されたのはダムドより導かれて目にしたマス目の空間であった。四隅にそれぞれの色が配され、陣営が刻まれている。

「Z01はハートのスートに陣を構えるジガルデだった。そう、ジガルデはこの時点で既に四種の別形態が存在した。ゾーンからエネルギーを取り出し、そして利用するのには全てのジガルデを、せめて捕獲しなければならない。そのための研究と追跡に割かれたのが、その後の五十年。ジガルデはしかし、ようとして現れなかった。Z01以外のジガルデはもうこの世には存在せず、ゾーンの向こう側にいるのではないか、と目されていたほどだ。しかし、つい二十年前」

 映し出されたのはジガルデのセルである。セルが高速で群れをなし、森林地帯を横切っていく映像が眼前に手繰られていた。

「ここで我々は理解する。ジガルデにはコアとセルが存在し、今まで研究してきた分野は全てコアであった、と。セルとコア、両方を手に入れなければジガルデの完全なシステムの把握には至らない。そして、ジガルデの持つ四種類のスートがここに来て明らかになった」

 中空に浮かび上がるホログラムはそれぞれ、スペード、ダイヤ、ハート、クラブの文様である。

「四種のジガルデはそれぞれ呼応し合い、干渉し合って存在している。四種類全てを手に入れられればそれに越した事はないのだが、彼らとの遭遇率は極めて低く、そして発見出来たとしても、それは本体であるコアではなく、セルばかり。セルのジガルデにも何らかの意思が介在するのは分かっていたのだが、ここで解明の手段は絶たれ、さらに十五年の月日が流れた。その間にもZ01の解析結果は芳しくなく、何も分からないという状態が続いた。……我が組織も焦ったのだろう。カロスを血眼になって探したが、それでもジガルデの痕跡すら存在しない。どこにいるのか、どれだけいるのかさえも不明のまま、月日だけが漫然と過ぎる日々……。しかし、ここ五年で事態は大きく変位する」

 映し出されたのはランセ地方であった。思わぬ事態の変容にエイジは唾を飲み下す。

「ランセ地方……他地方に比べ劣っている、いや文明レベルの低い地域だと目されていた。しかし、この場所には他の地域では見られない特殊性が見られた。常なる闘争と、そしてポケモンとの特別な関係の歴史。君は知っているだろうか。ブショーと呼ばれた者達はモンスターボールを必要とせず、さらに言えばリンクと呼ばれる不可思議な力で彼らと結びついていた事を」

 歴史の授業で習った事だ。ブショーにはモンスターボールの拘束は介在せず、そして彼らは他地域におけるボールの束縛を下策中の下だと判断していたという事実。

 しかし、それは遅れた地域でもたらされていた、ただの現象であると思っていた。そう教え込まれていた。リンクという現象はポケモンとの結びつきの強いランセ地方ならではのものだと。

 だからなのか、それとも予見していたのか。

 ――ランセ地方の一画で発見されたという映像に視線が釘づけにされていた。

 克明に映し出されていたのはポケモンを操るブショーと、付き従う伝説級のポケモンだ。ブショーの身体の一部が拡大される。その映像には粗いが間違いなく――。

「ジガルデセル……」

「そう、セルの一部だ。我々がカロスを探し回っていた間、ジガルデは海を渡り、ランセ地方を訪れていた。そして、彼らのした事は、ゾーンにエネルギーを蓄積するために人間の能力を利用する事……君とZ02のしたような契約だ。ジガルデはそれまでコアとセルを分離出来る事は分かっていても、まさかそこまで高等な知能を有するポケモンだとは思われていなかった。しかし、この研究結果で明らかになったのは、ブショーと呼ばれた者達の有する特殊事象、リンクが、ジガルデの介在によって円滑に行われていた、という解析結果であった」

 思わぬ真実にエイジは呆然とする。男も頭を振っていた。

「信じられないだろう。だが、これはこの五年間で実証された事実なんだ。ジガルデセルは人間に取り憑き、そしてポケモンとの結びつきを濃くする。これをリンク、と疑似的に呼んでいたに過ぎない。これは君とZ02のやった契約と同じものが、セルレベルで行われていたという事なんだ。彼らはそれぞれのスートの勢力とエネルギーを増すためにランセ地方の人間達を利用し、そして発展を遂げさせていた。ランセ地方の歴史はジガルデと共にあったんだ」

「……信じられない。だって、それが事実なんだとすれば……」

 赴く先の帰結におぞましさを感じて口を噤んだが、男は言い放っていた。

「ああ、ランセ地方の人々は古くからジガルデの媒介として飼われてきた、養殖の人間達だ」

 まさか、と目を戦慄かせる。それを男は驚愕も分かる、と首肯する。

「衝撃だろう。私もこれを知った時は耳を疑ったよ。しかし、こうだと考えればランセ地方の人々のみ、どうしてポケモンとボールという楔なしで結託してきたのか。そして、何故、伝説級であろうとも一個人に従うなどという驚くべき歴史事実があったのか、全て説明がつく。彼らはジガルデと知らず知らずのうちに結託し、ゾーンの恒久的な平和を確約していた。……ランセ地方で世が乱れたとされる五十年前。その頃の観測データではゾーンは不完全であったと聞く。しかし、その五十年前を嚆矢として、急速にゾーンと我々の物理世界とは完全なる別種の進化を遂げたとも。分かるかい? ゾーンを手の届かぬ範囲に追いやったのはジガルデ達ではない。それを苗床にされた、かつての宿主達だ。彼らの意識情報とエネルギーがゾーンを確固たる場所へと形成させた。現状、ゾーンに入れるのはセルに選ばれた者達と、コアと契約した宿主のみ。この状態を作ったのは、同じ人間なんだ」

 頭がぐらつく。どうしても、男の言葉を信じ込めない。否、信じてはいけない気がしていた。それを認めてしまえば、ランセ地方の人間全てにジガルデへと隷属する因子が存在する事を許容してしまう。

 男は一拍の沈黙を挟み、こちらへと言葉を投げていた。

「よく考えて欲しい。無論、これも君の選択だ。しかし、ランセ地方の……一地方の命運が君にかかっている。Z02を解析させてくれれば、もしかしたらランセ地方の人々を救えるかもしれない。それこそ、ジガルデの呪縛から。そうなれば躍進があるはずだ。我々人類が、ジガルデという凶悪なポケモンに打ち克つ事の出来る、かつてない契機なんだ。私は君にその資格があると感じている。Z02はどのような言葉で君を惑わせたのかは知らないが、この歴然とした事実だけは覆せない。ジガルデは、この地方をただの養分としか考えず、吸い尽くすだろう。君の大切な者達も含めて」

 それは最後通告であったのだろう。これ以上、ダムドを隠し通したところで何もいい事はない。それどころか、自分は愛する者達に背を向け、彼らに顔向け出来ない事をやってのけようとしている。その事実がエイジの胸に重く圧し掛かった。これまで、何でもない、ただの人間として生きてきただけなのに、ダムドとの契約がこの世界の全てを変えてしまっていた。

 今の自分はランセ地方の敵だ。

「……僕は」

「私は、ジガルデの味方でも、ましてや君の敵でもない。しかし、忠告しておくのならば信じる者達に背を向け、唾を吐くのは辛いぞ。それがどのような帰結を辿るにしても」

 男は立ち上がる。待って欲しかった。自分をこのようなところで一人にするのか、と懇願した瞳が伝わったのだろう。彼は重々しく口にしていた。

「……君の自由はここでは保障されない。君は生きている限り、我々の実験動物、モルモットだ。しかし、自分で変える事は出来る。最後になったが我々の組織の名前を告げておこう。私達はザイレム。ジガルデを駆逐する者だ」

 男は扉の向こうへと消えていく。その背中に何か言葉を投げようとしてエイジは結局、自分には何一つない事を再認識するのみであった。






オンドゥル大使 ( 2019/05/29(水) 21:18 )