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第二章 生存調停
第十七話 遠い過去へ

 浮かんだ疑問には素直に応じる――そのスタンスが敷かれ、エイジは拘束服に包まれた自分の身を案じるよりも先に、目隠しの向こう側で反響した声に尋ね返そうとしていた。

 身をよじっても、拘束服は緩まない。自分に何かしら隠し玉があるとでも踏んでいるのだろうか。

 しかし、今の自分には手持ちどころか、契約したはずのジガルデコア――ダムドの助力さえも失っている。こんな状態で何をしろと言うのだ。

「目隠しを外してくれ」

 命令口調にようやく目隠しが外される。エイジは机の対面に座る男を目にしていた。

 サングラスをかけたその双眸は窺えないが、こちらを睨み据えているのは分かる。まるで忌むべき敵のように。

「拘束服はすまないが解いてやる事は出来ないんだ。君の事を我々は非常に警戒していてね」

「……僕には何もない」

「そうだろうか。君に、何の価値もないと? それは嘘だろう」

 男の姿を仔細に観察する。仕立てのいいスーツに、サングラスの奥から覗く怜悧な瞳。部屋を見やると、机と椅子以外は何もない簡素な空間であった。

 しかし、監視されているのだけは分かる。どこから注がれているのかまでは不明だが、無数の眼がこの面会を凝視している。

「……何で僕を攫ったんです?」

「いくつかの誤解があるようだ。まず一つ。攫った、というのは事実誤認でね。君に、同行願った、というのが正しい」

「どの口が……!」

「君のデータを参照した。ハジメタウンに住む、ごく平凡なポケモンジェネラル。しかし、ジェネラルレベルは最低の2の評価。そのせいか否かは分からないが、いじめに遭っているようだね」

 自分のデータを看破して見せた男にエイジは言葉を失っていた。相手は顎をしゃくる。

「この程度は些事だよ。さほど難しいものでもない。ジェネラルのデータはランセ地方が統制している。そのデータバンクにアクセスすれば誰でも入手可能だ」

「……後半はそうじゃない」

「無数の証言を照らし合わせたものだ。客観的事実で成り立っていると思うが」

 相手はどこまで知っているのか。それを探り入れようとしても、やはりと言うべきか、今の自分では事足りない。

 ダムドを失い、そして手持ちもない自分では、ここで交渉条件に乗るだけの何かがないのだ。

「僕に何の用で……」

「それを私に口から言わせるのかね? ……いや、君からしてみれば一昨日に起こった唐突な出来事だろう。いいとも。私と君、どちらの視点から見ても分かる事、そして、君が不明に思っている事を解き明かそう」

 男が指を鳴らす。するといくつかの画面が空間に投射された。そのうちの一つはダムドが追っ手から逃げ回っている映像であった。

 追っている人間はまばらだが、どれも一流のトレーナーなのは確かめるまでもない。そんな彼らがダムド相手に敗走し、そして捕まえ損ねている映像である。

「様々な方法を試し、我々は彼を捕獲しようとした。ジガルデ……私達はあれをZ02と呼称している。Z02は幾度となく我々の干渉を拒んだ。私達は安全策で、あれと交換条件を模索していたんだ」

 安全策、という言葉の虚飾めいている感じにエイジには吐き気がした。相手のやり口はもっと凶悪だろう。きっと、自分が捕獲された時のように手段は選んでいないのは分かり切っている。

 無言のエイジをどう感じたのか、男は手を払う。

「嘘……詭弁に聞こえるかな? だがこれは事実でね。私達はジガルデより、ゾーンの内部へのアクセス権を譲渡してもらうために、こうして捕獲……という形での交渉を試みてきた。……失敗してはきたが、いくつか分かった事がある。それは彼らが、この世界を終わらせるために遣わされたという事だ」

「終わらせる? どういう……」

「そこまでは、あのジガルデからは聞いていなかったようだね」

 ハッと、エイジは口を噤む。相手は自分の口からダムドより聞いた事実を話させるつもりだ。そうはさせない、と目線を逸らす。

「……まぁ構わないさ。君は、あれと契約し、そしてスペードのスートのコアを引き継いだ。君とZ02の間には既にリンクが張られている。だが……不思議な事にそのリンクをこちらからは逆探知出来ない。だから君に協力を頼んでいる」

 つまりは自分の身体を解析したが何も出なかった。だからエイジ自身からダムドを呼べ、という事だろう。

 どこまでも狡猾な、大人のやり方だ。

「……僕を信じさせたいのなら、信じるに足る要素を喋ってください。さっきから都合のいい事ばっかり言っているのは、子供である僕でも分かる」

「耳触りのいい言葉は嫌いかね? それとも、大人が、かな?」

「……正直どちらも」

 応じた声に男は嘆息を漏らす。

「しかし、正直なところ分からない事が多い。どうして、君なのか。これまでこちらの物理干渉や他の接触を頑なに拒んできたZ02がどうして君を選んだのか。……心当たりはあるかね?」

「知りません」

 断じた声音に相手はほうと感嘆したようだ。

「度胸はある。肝も据わっているな。しかし、君とて知りたいはずだ。何故、自分なのか、を」

 そんなもの、ダムドが生き永らえるために他の手段を選ばなかったからではないのか。それ以外が見当たらず、エイジは沈黙していた。

 相手は映像の一部を手元に持ってくる。

「Z02に対して、これまで精神干渉……つまるところは物理宇宙でははかれないスケールの接触をした事もあった。だがそれでも、だ。彼らの操る特殊なエネルギー空間――ゾーンには触れられない。我々は掠る事さも出来ないんだ。それがこちらとしては歯がゆくてね」

「……ジガルデに関して、僕の知っている事はほとんどない」

「昨日今日あれに接触したんだ。確かに我々のほうがよく知っているだろう。だがね、私達は実感を大事にしたい。契約した、君の実感だ」

 男の繰り言にエイジは睨む目を寄越す。

「……僕は何も知らない」

「結構。そのスタンスは正直なところ驚嘆する。わけの分からない組織に拉致され、そして取り調べを受けている。かなりのストレスのはずだ。それでも君は取り乱しもしない。ジェネラルレベル2とは思えない」

 またここでもジェネラルレベルが持ち出される。エイジはうんざりした様子で声にしていた。

「……あなた達の知っている事実だけで、ジガルデを捕まえればいい」

「我々の知る事実だけ、か。しかし、少年。私達もほとんど何も知らないようなものだ。闇雲に捕まえにかかって、それで後れを取っている」

「それはそっちのせいだ」

「言われずとも。しかし、Z02は我々の干渉を拒み続けた。何故か。そう、全ては何故か、という疑念に集約される」

 馬鹿馬鹿しい、とエイジは切り捨てていた。何故か、どうしてか、なんて考えるだけ無駄なのに。

「……結果論でしょう」

「しかし、私達は似た者同士だろう? ジガルデに運命を翻弄され、そして今もまだ捕えられ続けている。こんな偏狭な運命に」

「……あなた達は何故、ジガルデを追うんです」

「ゾーンに関して、君の知見を知りたい」

「聞いているのは僕だ」

「強硬だな。もし、君が真実を話さなければ電撃を流すと脅しても?」

「そんな事をすれば僕が死ぬだけの事」

 落ち着き払っていたためだろう。それか、死んでも構わないのだと、どこかで割り切っていたせいもあるのかもしれない。相手は一拍の沈黙の後、なるほどと呟いていた。

「伊達や酔狂ではなさそうだ。虚栄心でもない。なかなかに落ち着きもある。……しかし、君の周囲は協力的であったが? 教師や旧友も」

 信じていたものは全て張りぼてであったか。しかし今さらそれを明かされたところで自分の立ち位置は変わらない。

 いくら……先生や、クラスメイトに期待したところで、それは自分にとっての指標だ。他人からしてみれば少し売れるくらいの振れ幅なのだろう。

「……落胆もしないのだね」

「慣れていますから」

 その言葉をどう受け取ったのかは分からない。しかし、そこで男の姿勢が変わったのは事実だ。

「……少しだけ、我々の話をしようか。ジガルデ……あのポケモンを追い始めたのは七十年も前になる。このランセ地方はまだ統制されてもいない頃合いだ。そもそもジガルデはどこにいたのか。歴史は古く、カロスの地に眠る神話まで遡れる。生命の象徴であるゼルネアス。死の象徴たるイベルタル。その二つの持つ強大なオーラを打ち消し、秩序をこの世にもたらすとされている眠れる大地のポケモン――それがジガルデだ」

 まさかカロスの伝説に出てくるポケモンだとは思いも寄らない。エイジはその言葉に目を見開いていた。

「伝説級……」

「興味が湧いたかい?」

 これもこちらから情報を出させるための罠かもしれない。エイジは慎重に言葉を繰っていた。

「……遠い地方の出来事です」

「そう、遠い地方の、それもほとんど廃れた話かに、思われていた。否、誰もが判断していたんだ。しかし、七十年前に、我が組織の前身がジガルデをカロスで発見した。その時の最初のジガルデ……通称Z01は別の形態であったと聞く。君が出会った獣型ではなかったらしい。これを」

 男が映像資料を手で空間から運び出す。そこに映し出されていたのは、まるで蛇のようにのたうつ巨大な無機質めいたポケモンであった。自分の知っているジガルデコアとはまるで違う。

「……これもジガルデだと……」

「見解は少し違っていてね。これがジガルデだと言われている」

 こちらが真実の姿だと言うのか。しかし、その生命感のない形状と威容にエイジは言葉を失っていた。

 ――ここからどうやってダムドが生まれたのだ?


オンドゥル大使 ( 2019/05/29(水) 21:18 )