第十六話 殲滅戦線V
ジガルデコアはしかし、その程度ではうろたえないと決めたのか、拳を強く握りしめて払う。
「こんなところで! 終われねぇ! ルガルガン!」
前に出たルガルガンがプテラの懐に潜り込み、そのまま突き上げの一撃を見舞おうとする。それをプテラは飛翔の力を得ずに、翼の一振りで制していた。思わぬ一撃の応酬にルガルガンの勢いが削がれる。
「それでも!」
フローゼルが躍り上がり、水の砲弾を掌に貯めた。確約された一撃の重さに今度こそ、という思惟が伝わったのも束の間、プテラは口腔部にオレンジ色の光を充填する。
(破壊光線! 諸共ってわけ?)
「だったら! それを封殺する! フローゼル! ルガルガンにハイドロポンプで攻撃しろ!」
思わぬ指示にリッカは困惑を浮かべた。
(何言ってるの! 水タイプで岩のルガルガンにそんな一撃を与えたら……)
「沈むだろうな。だが、一手は次の一手のためにある。積み重ねが戦略になるって事を分からせてやるよ。フローゼル! 構うな! 撃てェッ!」
その言葉に迷いがないと判断したのか。フローゼルの放った全力の「ハイドロポンプ」はルガルガンの背中を打ち据えていた。
これで完全に戦闘不能に陥ってもおかしくない一撃。よろめいたルガルガンはしかし、倒れなかった。否、倒れる前に、それは巻き起こっていたのだ。
ルガルガンの眼窩が闘争心を露にしたかのように赤く煌めく。その眼差しが野生の本能を導き出していた。
その二の腕に巻かれていた赤いタスキが破れて溶け落ちている。思わぬ道具にリッカは息を呑んでいた。
(あれは……気合のタスキ?)
「きあいのタスキ」は一撃で瀕死、または致命傷を受けても絶対に持ち堪える特殊な道具だ。ルガルガンは牙を軋ませ、闘争心のままに拳を振り翳す。
周囲に散らばった岩石が寄り集まってルガルガンの腕に集中した。構築されたのは岩石の剣である。
取り回しを意識せず、完全なる一撃の重さに意識を置いた形状は荒々しく、そして力強い。暴力そのものの具現の如く、岩の刃をルガルガンは振るい落としていた。
その一閃にプテラが呼応する。
至近距離でチャージされた「はかいこうせん」の光芒が煌めき、今まさにルガルガンを打ちのめそうとしていた。
(危ない! こんな距離じゃ、ルガルガンのほうが……!)
「命中するよりも早く当てりゃいい! メスガキ、ボールを出すぞ!」
ジガルデコアがポーチより取り出したボールを指の間に挟む。拡張したボールがプテラの額へと投げられていた。
ルガルガンの岩の剣が融けるか融けないかの刹那。
全てを消し去る閃光の果てに、勝負は決する。
光をルガルガンは切り裂いていた。しかし岩の剣は亀裂が走り、直後には脆く砕け散る。
粉砕された岩がルガルガンの身体へと突き刺さるかに見えたその瞬間であった。
砕けた岩に紫色の思念が宿り、プテラの翼へと中空に舞った勢いをそのままに圧し掛かる。思わぬ地点からの重圧であったのだろう。
ルガルガンを貫くかに思われたプテラの光軸はその肩口を僅かに焼いたのみで逸れていた。
「皮膜だ。最初から狙いはそれだった」
ジガルデコアの言葉にプテラが呻く。
「飛翔するのが得意なのってのはな、一番弱いのはその長所たる翼なんだ。だからそのタイミングをはかっていた。至近距離で、絶対に避けられないタイミングで岩を砕いてくれるのをよ。技の名前は岩石封じ。これで、テメェは動けねぇ。そして、ダメージは相当のはずだ」
額に命中したボールに、プテラは吸い込まれた。破壊光線の光条がジェネラルである自分達にも及ぶか否かという距離だ。
熱量が感じられるほどの至近で、その高熱が急速に消滅していた。リッカは内側でへたり込む。
(……なんて、危ない綱渡りを……)
「危なかろうがここまでしないとこのプテラは手に入らねぇだろうってのは分かっていたからな。さて、そのプテラだが……」
ボールが左右に揺れる。抵抗するのならば、とジガルデコアは構えさせる。フローゼルがボールへと即座に攻撃出来るように姿勢を沈めていた。
しかし、それは杞憂であったようだ。
ボール内部でカチリと音がし、捕獲成功を伝える。ようやく緊張の糸を解きほぐしたリッカは内部で嘆息をつく。
(まったく……。あんたに身体を預けるなんて無謀な真似に出なきゃいけないなんてね)
「そいつはお互い様だ。女の身体に入るなんざ、こっちだって願い下げでね」
ジガルデコアがボールを拾い上げる。参照されたプテラのデータは異常値を示していた。
「メガシンカ……通常時からそれの状態なんて普通じゃねぇ」
(エイジはそれを分かっていて、治療は不可能だって?)
「多分な。メガシンカが恒常って事は、遺伝子系の病気なんだろうな。だから専門知識のない自分じゃ治せない、か。あいつも食わせ者だ。こんなの、森の洞窟に囲っていいレベルじゃねぇだろ」
笑い話にしたジガルデコアにリッカも同意する。
(本当に……。でもこれで必要な駒はそろったんじゃないの?)
「ああ、絶対的な一が手に入った。それだけじゃねぇ。こっちが敵の位置を捕捉していてもどうやって仕掛けるかって話だったが、こいつはハッキリしていていい。飛んで強襲出来るってのはデカいはずだ」
(……何だかんだであんたもエイジの事は心配なわけ?)
「当たり前だろうが。宿主が死んだら全てがおじゃんだ。まぁ、連中、そんな軽率な真似には出ないだろうが、それも時間の問題ってのがあってな。ルガルガンとフローゼルを回復させて、プテラを……いや、こいつはメガプテラか。メガプテラを使えるようになったら作戦を練る。いいか? 後悔すんなよ。ちぃとばかしデカい戦闘になる。覚悟は……」
そこでリッカは己へと身体感覚が戻ったのを感じ取っていた。手足が自分のものへと戻り、麻痺した身体が僅かに痺れるものの、それでも人格は消えずこうして戻ってこられた。
傍らには獣形態へと順応したジガルデコアがいる。
「……身体、戻ったんだ……」
(賭けに等しい真似だったがな。テメェの肉体は思ったよりも頑丈らしい)
「……それ、誇れるの?」
腰に手を当てて憮然とするとジガルデコアはせせら笑う。
(安心しろ。いざとなりゃ使える作戦が増えたって事だ。喜べよ)
「何だかなぁ……。まぁ、いいわ。ねぇ、あんた……名前は? ほら、ジガルデコアじゃ呼びにくいし。あるんでしょ?」
その問いかけに相手は不服そうに聞き返す。
(……聞いてどうする? オレの宿主はエイジだ)
「だからって、いつまでも名無し気取るつもり? あたしはリッカ」
こちらが名乗ると、相手も不承ながらに応じていた。
(スペードのスートのジガルデコア……ダムドだ。まぁ、呼びたい名前で呼びな)
「じゃあダムド。早速、作戦に入るわよ。一刻も早く、エイジを取り戻す」
歩み始めたリッカにダムドは鼻を鳴らす。
(誰のお蔭で生きてんだか、分かってるんだろうな?)
「そっちこそ。あたしがいないと死んでたのは同じでしょ?」
ケッとダムドは毒づいた。
(口の減らないメスガキだ)
「リッカって呼びなさいよ」
(呼んで欲しけりゃ戦果を上げろ。オレは実力のあるヤツは素直に信じるし、従うぜ)
「じゃあ、あんたを屈服させるのに実力さえあればいいのね」
リッカは拳を叩く。
「上等じゃない。ある種では分かりやすくっていいわ」
(……何でエイジはこんなヤツを助けようとしたんだ? 勝手に生き残るタイプだろうが)
その疑問を他所に、二人は歩き始めていた。