AXYZ





小説トップ
第一章 邪帝降臨
第四話 停滞の途上

「この地方……ランセ地方の歴史はとても古くまで遡れます。ブショーと呼ばれるポケモンの大地主が存在し、彼らは覇権を争いました。この地方の一国一城の主を決めるべく、長い間、闘争の歴史にあったのです。……しかし、ここ五十年で状況は一変しました。カント―の権威、オーキド博士のもたらした論文と、彼の功績が輸入され、多くの地方との国交の回復を行った結果、私達のランセ地方は今は治世も落ち着き、ブショーという身分はポケモンジェネラル――他地方で言うところのポケモントレーナーになり、我々の暮らしも豊かに、文化的になったと言えるでしょう」

 教鞭を振るう女性教師は朗らかな笑みを浮かべて、黒板にリアルタイムで更新される教材を指す。その中にはランセ地方中世の暮らしと営みが映し出されており、つい数年前まで本当にこの地方には平和が縁遠かった事を思い起こさせていた。

 エイジは教室の窓からそれを窺う。リッカも隣で機会を待ち構えていた。

「……いい? 先生がここテストに出ますよ、と言ったら入るのよ。それで何もなかった風を装うの。ちょっとトイレに、って言う具合にね」

「……でもさ、僕だけなら変じゃないけれど、リッカはどうするのさ。僕を追ってトイレに行ったなんて変だろ?」

「あたしはいいのよ。クラス委員だもん。いくらでも言い訳は出来るわ。それに、ジェネラルランクは4だし」

「……またジェネラルランクの話する……」

 教師が身を翻し、黒板の隅を叩いた。今だ、とリッカが手招く。エイジは頷いて教室に忍び足で入っていた。

「ここテストに出ますよー。……はい。エイジ君に、リッカちゃん。また抜け出していたんですねぇ」

 ぎくり、とリッカの動きが硬直する。エイジは素直に立ち上がっていた。

「だから言ったのに。不自然だって」

「あんたが勝手に出歩くからでしょ! 先生、あたしは悪くないです」

「二人とも、ですよ。授業中にどこかに行かない事。……でも、エイジ君、泥だらけじゃない。また森に行ったのですね」

 指摘にエイジは黙りこくる。先生はため息をついていた。

「……心配なのは分かります。でもね、森は危険なの。あなたのジェネラルレベルでは出歩くのも危ないのですよ? だから森には行っちゃ駄目。分かりましたか?」

「でも、先生、怪我をしたゴーゴートがいたんです。あのまま放っておいたら天敵のポケモンにやられてしまっていたかも……」

「聞こえなかったの? 駄目なものは、駄目なのです」

 そこまで言われてしまえば意見を仕舞うしかない。エイジは席につき、リッカも不承ながらに着席していた。

 授業が再開される。

「さて、話したのはこのランセの歴史についてでしたが、ポケモンの種類も多種多様。ランセ地方では元々、モンスターボールが普及していなかった事もあり一般の市民はトレーナー権どころか、ポケモンの能力を借りる事さえもつい五十年前までは考えられない事でした。だからなのかは分かりませんが乱獲の危険性もなかったため、独自の生態系が築かれており、カロス、アローラ、ホウエンなどなど、同一の地方にいるはずのないポケモンも多く生息しています。この生息域に関しては七十三ページのオーキド博士の論文を確認していただいて……」

 その時、後頭部に何かがぶつかってきた。手に取ると、それは丸められた紙だ。

 またか、とエイジは嘆息をつく。

 ここでの自分の立場を再確認させられる。

 開くとそこには「放課後、裏庭に来い」と書かれていた。これもいつもの事だ。だから、気にする事はないしいちいち気に病む事もない。

 エイジはペンを指で弄びつつ、残りの授業を過ごしていた。

 安穏とした日々。何も変わらない現実。

 何かを変えようとも思わない。変わったところで、それが幸運に繋がるわけでもないからだ。

 変化は、正直言って怖い。

 だから大人になるのも、ましてやこの町から出るのも、自分からしてみればあり得ない判断だった。

 ハジメタウンから旅に出て、ポケモンジェネラルとして一地位を築く事は、今の時代には難しくはない。

 だが、それも結局は自己責任。

 旅の途中で行き倒れても、ポケモンを失い、全てを失ったとしても、それでも故郷は優しいかと言えばそうでもない。

 遠く離れたカントーや、イッシュなどではその辺りの法整備がようやく敷かれ始めたと聞く。

 先進地方ですら、トレーナーの受け皿はないと言われているのに、このランセ地方に何かがあるものか。

 五十年前にはまだブショー達が鎬を削っていた後進地方。何周も遅れて他の地方の真似事をしている。

 それも今さらなら、こうしてトレーナーズスクールが開校され、子供達がポケモンジェネラルを志して勉学に励めるようになったのもここ数年。

 それまでは独学で戦い抜くしかなかったと聞く。

 恵まれているかと言えば、その通りであろうが、それでもエイジにはどこかこの変化を素直に喜べなかった。

 いっその事、戦いなんて縁遠い、ただの一小市民に成り下がっていればよかったのに。今の時代、ジェネラルにならない子供のほうがおかしいのだ。

「はい、ここテストに出ますよー」

 先生は確かアローラの出であったか。彼女だってランセ地方の事はよく分かっていないはず。それでも、こうして教鞭を振るう資格があるというのはどこか遊離しているように思えた。

 継ぎ接ぎだらけの町、継ぎ接ぎだらけの日々――。

 こんな場所から何かが生まれるはずがない。エイジはそう感じて、窓の外の景色を見やる。

 鳥ポケモンが大空に羽ばたき、その翼を広げて飛翔していった。



オンドゥル大使 ( 2019/04/30(火) 21:03 )