AXYZ - 第一章 邪帝降臨
第二話 翻弄するスート

「キャプチャドローン投下完了! ターゲットを捕捉しました!」

 響き渡ったオペレーターの声にサングラスをかけた男は最奥に位置する司令席より声を絞っていた。

「……Z02のキャプチャを最優先。ロストした二人のレンジャーは後回しでいい」

「了解。キャプチャドローン、正常稼働。このまま広域捕縛モードに移行します。Z02、射程に入っています。キャプチャワイヤーを展開」

 遠隔操作される機動兵器が両手の袖口よりワイヤーを射出していた。これは先ほどのスタイラーによるキャプチャよりも前時代的ながら、射程を絞る事によって成功率を上げた武装である。

 捕縛は成功したかに思われたが、目標は即座に飛び退り、射程から逃れようとする。

「Z02、射程外へと!」

「逃がすな。疑似電磁波を使用。Z02は先ほどのスタイラーのジャックでいくつかセルを行使した。セルを使ったからには、そう遠くまでは逃げられない」

 その目論見通り、対象の速度範囲はレンジャー二人を相手取っていた時よりも遥かに劣っている。

 今ならば取れる、と確信していた。

 だからこそ、次の瞬間に訪れた、対象の背後に空いた大穴にオペレーター達が色めき立つ。

「ゾーン開放! 対象は空間跳躍に入ります!」

「ゾーンを閉ざせ! Z02の退路を断つんだ!」

 覚えず声を荒立てたサングラスの男の声にオペレーター達が対処する。

「Z02、位相空間へと移動。それまでにキャプチャが遂行される確率は……三十パーセント以下です!」

「Z02、物体宇宙より、概念宇宙へと移行開始! ゾーンのレベルが急速に増大していきます!」

 サングラスの男は舌打ちし、捕縛機械へと命令を実行させる。

「シークエンスを七つ飛ばせ! 強制キャプチャ実行!」

 モニターの向こうで描かれていたワイヤーの円弧が縮まっていく。それよりも早く、対象は空間に空いた孔へと自身を浮かび上がらせていた。

「ゾーン、閉じます!」

「キャプチャ機構、強制実行!」

 その言葉が弾けるのと、捕縛機械がキャプチャの輪を閉じたのは同時。

 固唾を呑んで見守る一同は、砂礫を上げて実行されたキャプチャの影響により、捲れ上がった大地と、そして――何も捉えなかった捕縛器に落胆の色を隠せなかった。

「……キャプチャ、失敗」

「Z02、ゾーンに入りました。こちらからの捕捉は不可能です」

 絶望的な宣告であったが、サングラスの男はそれを重く受け取っていた。司令席から立ち上がり、短く刈り上げた金髪をかき上げる。

「室長。やはり、Z02は……」

「皆まで言うな。まだ機会はある。今回の作戦、ご苦労であった。引き続き、ゾーン内の監視に移って欲しい」

「レンジャー二人を保護しますか?」

 完全に意識の外であった。室長と呼ばれた男は首肯する。

「……そうであったな。報酬金は払っておいてくれ。今回のミッションは他言無用だとは伝えてあるが、もしもの時は……」

「執行部が彼らの行き場は監視しています。逃れられませんよ」

 それも、分かり切った代物。男は襟元を整える。

「作戦失敗の是非は問われるだろう。私は報告に向かう」

「室長。今次作戦のレポート、仕上げておきました」

「……助かる」

 自分の端末に送付されたレポートには「Z02捕獲計画第14次報告書」と記されていた。

 そうか、もう「あれ」を追って十四回も失敗しているのか、と苦味を噛みしめる。

「しかし、ゾーンに入ったらお終いなんて……これではどれだけセルの痕跡を追っていても……」

「それ以上は言うな。無駄と分かっていても血税を注ぎたがる。それがこの地方の現状判断だ」

 答えて、男は司令室を後にしていた。廊下に出ると、先ほどまでの戦闘の苛烈さが嘘のように静まり返っている。

 機械に包まれた廊下を歩む途中で、男はジャケットを引っかけた若者と顔を合わせていた。若者の面もちには余裕が窺える。

 微笑んだ相手に男は苦虫を噛み潰したように目を背けていた。

「また失敗か? 室長殿」

「……生憎、舌戦のつもりはない」

「そう邪険にしなさんな。何もあんたを取って食おうってわけじゃない」

「何の用だ? 執行部は暇なのか?」

「今回のポケモンレンジャー二人、かなりの指折りを揃えたつもりだったが、お気に召さなかったかい?」

「……結果が全てだ」

 そう断じるしかない。結果が全て。過程などどれほどにも言葉を弄せる。問題は、導き出された結果そのものだろう。今回の場合は、完全な失敗。それが何より雄弁だ。

「お歴々はいい顔をしないだろうな。それが心配なのか?」

 若者は煙草のパッケージの底を叩く。

「ここは禁煙だが」

「っと、失敬。だがな、どうにも解せんだろ。無駄と分かっていても何回も挑戦するなんて」

「それだけ上は重く見ている。Z02……奴には今のところ、宿主がいない。叩くのなら今だという言説は分かるはずだ」

「世界に四体だけのポケモン……根深いねぇ、上の信奉は。それだけ躍起になっているって事か」

「……もういいだろう。私は上に報告する」

「わざわざ叩かれに行くのか?」

 嘲笑した相手に男は頭を振っていた。

「仕事上だ」

「お堅いな。どうだい? 今夜辺り一杯」

 くいっと手首を返した相手に男は笑み一つ浮かべずに応じる。

「分かっているだろう、それも」

「ああ、下戸だったな」

 ため息一つで打ち消し、男は相手の肩を叩いていた。

「こんなところで油を売っているとお前もなじられる。せいぜい、仕事をしていると装うんだな」

「肝に銘じておきますよ。サガラ室長」

 名前を呼ばれ、男――サガラは顔を拭っていた。思っていたよりも緊張で張りつめていたのか、掌にじっとりと汗を掻いている。

「やっていられないな」

 ぼやいて、サガラは上層へと向かうエレベーターに乗り込んでいた。僅かな振動と共にこの広大な地下施設の上へとこの身を運ばせる。

 叩かれに行く、という彼の評は半分ほど当たっていて、これから先会うであろう連中へとサガラは思いを馳せる。

 すぐにエレベーターが開き、サガラを迎えたのは巨大な円筒物質が支配する機械空間であった。

 そこいらに監視カメラが設置されており、一区画ごとに外敵を排除するためのセンサーが配されている。

 この排他的な空間の中枢にはプールが設置されていた。

 揺らめくその水面を眺めていると、不意に声が発せられた。

『失態だな、サガラ室長』

「逃がしたとはいえ、追い込みました。レポートは」

『拝読したよ。どうにも手ぬるいな。何故、モンスターボールを使わない?』

「……それは第十次報告書に書きました通りです。モンスターボールでの捕獲は既に……」

『失敗、であったな』

 分かっていて聞いているのだから性質が悪い。サガラは咳払い一つでその話題を打ち切った。

「相手は出来るだけ自然の形で確保するのが望ましいでしょう。そうしなければ、サ
ンプルナンバー05のように」

『浸食、かね。だがサンプルが少な過ぎる。我々はゾーンへと接続するために常に策を巡らせている。だというのに、今のところゾーンへの接触は契約の宿主のみ、か。これでは何年経ったところで成果は見られんな』

「……先にも言いました通り、新しい可能性としての今次作戦です。追い込んではいます。相手がゾーンに逃げたのがその証拠」

『しかしゾーンに逃げられれば、次の捕捉までは確実に六時間はロストする。その間の作戦は練っているのだろうね?』

「ご安心を。執行部に委託しました。それに、今回の作戦も無駄ではありません。セルを相手はいくらか使いました」

『存じている。現状の盤面を映そう』

 プール上に投射されたのは区分けされた盤面である。何度もそらんじたため、盤面の合計が100なのは脳裏に叩き込まれていた。

 その100の盤面のうち、埋まっているのがいくつか。

 四隅にはそれぞれ一つずつ、キングの駒が居座っている。

『ダイヤのコアの宿主は依然として不明。我が方にあるのはクラブのみか』

 朱色に塗られた区画と、緑色に塗られた区画が存在し、それらは常に情報が更新されている。殊に緑色の区画はこちらの切り札だ。

 着実に盤面を埋めているものの、やはりというべきか、他の陣営に比べれば少ない。

『スペードを逃がし続けている。サガラ室長。あまり悠長だと君の首が飛ぶ』

「ご心配なく。キャプチャから逃れた、という事は有効だという証左になります。確実に次こそは」

『君の次こそは、は何度聞いたか分からんよ』

『着実に追い詰めたまえ。そうでなければ読み負ける』

「……承知しました。全ては我らザイレムの理想のために」

『頼りにしているとも。Z02……ジガルデ捕獲作戦の要なのだからね、君は』

 虚飾に塗れたその言葉を聞きつつ、サガラはこの錆くさい空間から、一刻も早く立ち去りたいと願っていた。



オンドゥル大使 ( 2019/04/30(火) 21:03 )