第十一話 決断
ようやく何が起こったのか、解した時には一人の見上げるばかりの大男がエイジを抱えていた。それを止めるだけの状況判断もない。
リッカは転がっていく状況にただただ翻弄されていた。
「……エイジ」
今、自分の首を絞めたのはエイジの意思なのだろうか。それとも、と思案していると不意に脳内に声が響き渡った。
(……ヘタこきやがって、あの野郎が。しかしオレが出て行っても今のあの大男には勝てねぇ。それは確かだ)
思わぬ声にリッカは周囲を見渡す。困惑の脳内に相手の声が残響する。
(ここだ、ここ。あの姿のままじゃ、気配が強いからな。咄嗟にコアとセルを分離して、テメェの身体に張り付いた)
リッカは自分の腕にゲル状の物体がしがみついているのを発見する。ひっと短い悲鳴を上げて引き剥がそうとするのを声が制していた。
(やめろって! ……ったく、助けたってのに熱烈な歓迎だな、オイ)
「助けた? あんたは何……?」
(細かい事を説明する時間はねぇ。だが、助かったのはテメェにセルが取り憑いているのを、あの大男は関知しなかった事だ。オレのスートのセルならエイジほどじゃねぇが、手助けは出来る)
「エイジ……。そう、エイジは……? 何であんな……」
首筋をさすると声が応じる。
(さっきのはオレの意思だ。エイジのじゃねぇ。安心しろ……って言うのもメンドくせぇな。ったく、人間ってのはつくづく非合理だ)
語りかけるこの対象にリッカは不信感を持っていた。
「……あんたは、何者なの?」
(追々分かるさ。オレのセルを持っているのならな。いずれにしたって、エイジは連れ去られた。それだけは確かだろ)
「エイジ……。そう、エイジは……!」
周囲を見渡すがあの大男は影も形もない。それどころか野次馬と警察が雪崩れ込んできていて個人の判別は困難であった。
(……逃がしちまったが、契約した相手の居場所くらいならば分かる。どうだ? メスガキ。エイジを助けたいんならオレに手を貸せ。そうすりゃ、ちっとはマシな事態になるだろうがよ)
「……エイジは何で連れ去られたの? セルとかコアとか……あんたは……」
(今は、シンプルに決めろ。エイジを助けたいのか、そうじゃねぇのか)
突きつけられた二択にリッカは逡巡を浮かべたのも一瞬、力強く頷いていた。
「……エイジは、あたしが助ける」
こちらの決意に相手は鼻を鳴らす。
(思い切りがいいのは嫌いじゃねぇぜ。メスガキ。こっちにも借りはある。エイジを助け出すぞ。オレ達だけでな)
それは酷く無謀なようで、それでいて眩く輝く希望のようでもあった。
「確保が完了したか。分かった。すぐに向かう」
サガラは報告を受け、司令室の拡大モニターを視界に入れていた。
森の中でシグナルが消失したポケモンレンジャーの末路がそこに映し出されている。
――頭部を砕かれ、完全に息絶えている。
これほどの残虐行為に及べるのが自分達の敵であった。しかし手に落ちたというのならばそれに越した事はない。
『執行部権限で持っている。上がすぐに通せって言うだろうが、一時的な跳ね退けが可能だ。どうする?』
「どうするもこうするもない。私が直々に会う」
それが最適解のはずだろう。オオナギもそれは分かっていたらしい。通信の向こうで相手は微笑んだようであった。
『真面目腐ってもいい事はないかもしれないが』
「真面目不真面目の話ではない。これは誠意だ」
その言葉の嘘くささに相手が嘲笑する。
『誠意、か。お前らしいよ。この少年……執行部の人間がこれから送る。まだコアの宿主なのかどうかの確認は取れていないそうだが、どうする?』
「確認はすぐに済む。分かるはずだ、私には」
サガラは手の甲に視線を落とす。
そこに火傷のように刻み込まれた意匠はスペードの文様であった。
第一章 了