序『Ki―SS OF LIFE』
3rdkiss

 怪盗1455の事件資料の開示、はすぐさま執り行われたものの、やはりというべきか、捜査関係者には覇気というものが欠けていた。

 それもこれも、捜査本部長の隣にいる長身の外国人のせいであろう。

 名をジョークマン。ジョウトPMCトラストを動かす影の執行者。その実力と実行性の高さは折り紙つきである。自分でもそれが分かっていながら、今回のように介入されたのを快く思わない警察関係者とまるで対峙の形で机を挟んでいた。

「怪盗キッスは今回も取り逃し、ですか」

 ジョークマンの切り出した声に捜査本部長が取り成す。

「いやいや、あと一歩でしたなぁ」

 何があと一歩なものか。あと一歩で殺していた、の間違いであろう。

 警察組織という関係上、縦割り社会であまり声を張り上げるのは嫌われる。それは痛いほどに分かっていても、この時キザキは立ち上がっていた。

「キザキ君、座りたまえ」

「納得いかんのです」

「何がかね? もうジョウトPMCとの合同捜査に入って一ヵ月半も経とうとしている。そろそろお互いの腹の内も読めてきた頃合では?」

「読めてきておるからこそ、ですよ。彼奴らはキッスを殺そうとしている」

「何か問題がありますか? どうせ極刑でしょう」

「極論だと言っておるのです。死罪にある人間だからと言って、ではその場で銃殺刑では法治国家の名折れでしょう」

「まぁまあ、キザキ君。そう苛立たないで。アメでもどうかね? 自慢のアメだよ?」

 アメをちらつかせる捜査本部長にキザキは反抗をぶつけかけて隣に座っていた部下が取り成した。

「まぁまぁ。それにしたって今回もやられたってのはマジなんですから。ここは喧嘩なんてよしましょ? ね?」

 ヤマギの友好的な笑みにジョークマンが鼻を鳴らす。

「分かっているのは部下のほうですな」

「そのようだ。権力にこびへつらう、という点においては」

「警部! 失言ですよ!」

 ジョークマンが片手を上げてそれを制する。

「いい、ミスターキザキ。あなたがそういうタイプなのはここ一ヶ月の手腕を見ていてよく分かった事の一つです。我々も学ばなければならない。死の商人、などとあだ名されていては警察として動きづらくなりますからね」

 暗にそれくらいの汚名は被ってみせる、という魂胆か。キザキは胸中に毒づきつつ席についた。

 捜査本部長が咳払いする。

「まぁま。君らも仲良く仲良くしてくれれば、それに越した事はない。大体、キッスという犯罪者を逮捕するのに、時間はかかるものだ。わたしも首を長くして待っていたいからね」

「そうですな。自分も随分と待ったクチです。ただ、待てない人間がいるのは必定とは思いますが」

 牽制の言葉にもジョークマンは動じない。

「時間こそが美徳ですよ。時は流通する金銭よりも惜しい」

 かみ合っていない会話にも捜査本部長は好々爺めいた笑みを浮かべて、取り仕切る人間に先を促す。

「で? 今回奪われた代物は?」

 立ち上がった報告班が書類を読み上げた。

「ホウエンの雪花少女の肖像。これは今より七十年前に、シンオウの名のある画家が描いたものとされていますが、作者不明、保管されていたのは地下牢であった事実から鑑みて罪人の描いたものである、という憶測も出回っています。いずれにせよ、国宝クラスの財宝。価格にして、約三億円」

「高級住宅が建つねぇ」

 アメを頬張った捜査本部長が感嘆したように呟く。キザキはプロジェクターに映し出された財宝の写真を睨んでいた。

 雪花少女の名の通り、外套を纏った少女が雪のように白く透き通った肌を覗かせている。しかし、この財宝の価値を上げているのは、作者がシンオウであるのは特定出来ているのに、明らかにホウエンの土地柄の背景が描かれている事だ。

 捜査資料を読んだ限りでは、想像力の発露、という点においても貴重とされている。

 七十年前にはほとんど国交のなかったシンオウとホウエンを結んだ外交的価値のある絵画とも。

「これに関しては、他には?」

「不明瞭な点の多い財宝です。誰が、何のために、しかもどのような方法で描いたのか、全てが不明。明らかなのは、見ての通り、ホウエンの土地の象徴である赤茶けた岩石の壁が背景にある事です。シンオウの人々は湿原と高温のホウエンなど想像する事しか出来なかったというのに、この完成度。人間の想像力が国土を飛び越えた証、だとも」

「スゴイねぇ。昔の人はよく考えたもんだ」

 素直に感心している捜査本部長の隣でジョークマンが退屈そうに視線を逸らしている。

 ジョウトPMCにはさらに高次権限が与えられていると見て間違いない。だが、それをどう炙り出すか。

 自分の中で出せる手札は限られている。どうやってもジョークマンの鼻を明かすのには至らない。

「……以上が、現状分かっている財宝の情報です」

「あんまり分かっている事は少ないんだねぇ。やっぱりあれかな。糖分不足かな?」

 捜査本部長の冗談を無視してキザキは立ち上がって踵を返す。その背中にヤマジが続いた。

「ちょ、ちょっと! 警部! スイマセン、またご迷惑を」

「いいんだって。キザキ君は一年中元気で羨ましいほどだよ」

 皮肉を背に受け取ってキザキは偽りに糊塗された捜査本部を後にした。喫煙所に寄った際、ヤマジが缶コーヒーを片手に追いついてくる。

「……何をやっているんですか。印象悪いですよ」

「上からの印象なんて気にしておらん。それよりもヤマジ。実地投入されたアローラナッシーの出所」

「……ここに」

 白いタキシードから彼は情報端末を取り出す。ジョウトPMCが絡んだ事件となれば、やはり一筋縄ではいかないだろう。

 情報端末にアクセスし、キザキはアローラナッシーの「おや」を目にしていた。

「巨大過剰発達進化ポケモンの祖……、カシワギ博士」

 写真にあったのはまだ歳若い女性研究者だ。アローラ、という国土においてポケモンの異常な進化と発達、さらに言えば群生学にまで研究分野の及んだ画期的な研究者なのだと記されている。

「ホウエンの、群生学の権威、ヒグチ博士の助手もやっていたそうです。それなりに実地研究を積んで、三年前にアローラに単身研究所を置いて……。その後の足取りが今一つ掴めませんね」

「誘拐……」

 口にした言葉にヤマジは頭を振る。

「あり得ませんよ。要人誘拐なんて」

「ジョウトPMCは軍事会社だ。好条件を差し出して確保、軟禁状態のまま研究を進めさせられた可能性もある」

「全部警部の想像でしょう? あんまり憶測で物を言うと嫌われますよ」

「今さら好感度なんて気にしちゃおらんわ。馬鹿者め」

「……娘さんも、ですか?」

 痛いところを突かれてキザキは言葉に詰まる。

「……ミサの事は言ってくれるな。年明けでもうすぐ受験だというのに何もしてやれん」

「お金は送っているんでしょう?」

「……金で親子関係が築けるんなら、もっと世の中簡単になっとるわ」

 キザキは煙草をくわえたまま、ベンチに座り込む。どうにもこのカシワギ博士に当たるのが一番の近道ではありそうだ。

「身柄は?」

「だから、分かんないから手をこまねいているんでしょう」

「……金の力で何とかせんのか。財閥の跡継ぎだろうに」

「あれ? 警部さっき言いましたよね。お金の力でどうにかなるんなら世の中簡単だって」

 ケッとキザキは毒づく。

「減らず口を叩くのはもう少し刑事としてまともになってからにしろ。カシワギ博士……、接触出来れば大きな躍進だ。出来る限りジョークマンに勘付かれないようにアポを取りたい」

「難しい事をさも簡単なように言ってのけますね」

 警察でも身元が探れない人物となれば、それこそ重要人物の確保という事実をジョウトPMCに突きつけられる。うまく事が運べば、目の上のたんこぶであるジョークマンを排除出来るか。

 しかし、現場に出ている自分が排除されるほうが早そうだ。アローラナッシーの「事故」という形にすればいくらでも殺しに説明がつく。

 畢竟、連中は死の商人。その前提条件を自分はやはり曲げられなかった。

「……大丈夫ですか? 嫌な事を考えているでしょう」

「分かるか」

「おいしい煙草をまずそうにくわえてますからね」

 キザキはコートのポケットに包んで入れておいた新聞をヤマジに差し出す。彼は、汚いなぁ、と小言を漏らしつつ新聞を広げた。

「政財界の闇、芸能人のスキャンダル……事欠きませんねぇ、マスコミは」

「三面記事の下のほう、見てみろ」

「……死体請負人? 何です、この下らなさそうなの」

「ワシも三下の記事だと最初は思ったんだがな。内容を読んでいるとどうにも……」

「カントーの新たな犯罪組織が検挙された、と。その組織は死者が今もさも生きているかのように偽装し、あらゆる犯罪に加担してきた、とありますね。死人を動かすなんてカントーの犯罪の中心地であるヤマブキなら珍しくなさそうですけれど」

「記事の最後のほう、犯罪に使っていたポケモンが三体、逃走とある」

「まさか! ジョウトに身投げしたって?」

「可能性の話だが、そいつらに接触してくるとすれば? 例えば、そう、ポケモンを操って殺しを請け負わせる死の商人が」

 導かれる答えにヤマジが眉をひそめる。

「警部、もしかしてこの三体をどうにかして押さえられないかって考えてます?」

「方法はある。好条件を示して受け入れればいい」

「警察が犯罪組織のポケモンを保護するって言うんですか? 連中、知恵がついていますよ。そんなの絶対に呑むわけ――」

「だから、呑ませるためにジョウトPMCの動きを牽制したい」

 キザキの言葉振りにヤマジがため息をついた。

「……三つ四つも案件抱えるなんて正気じゃないでしょう。どれも一級犯罪ですし」

「カシワギ博士はワシが探る。お前はその三匹を追え」

「信用なります? もう高飛びしているかも」

「だとすれば、ジョウトPMCの手にはかからん。それはそれでよし。ワシは、そいつらがジョウトPMCに自分達を売り込む事が一番の問題ではないかと考えている」

「ポケモンにそんな考え……」

「どうかな。近年の研究ではポケモンの一部には人間を凌駕する知能を持つものもいるとされている。それにさっきお前が言っただろうに。連中、知恵があると」

「……うまく転ぶとは思えません」

「それでも、だ。やるんだよ」

 喫煙所にヤマジを残してキザキは歩み出ていた。ヤマジがその背中に声を飛ばす。

「知りませんよ! 警部」

 その声を前向きな了承と考えて、キザキは片手を上げていた。



オンドゥル大使 ( 2017/12/24(日) 11:32 )