10thkiss
「キザキ君が随分と……嗅ぎ回っている様子だったな。大丈夫なのかね? あれを泳がせておいても」
会議室に垂れ込めた空気をより一層重くする言葉に、重鎮達は苦々しい面持ちで口走る。
「そもそも……一刑事に権限を負わせ過ぎている。キッス逮捕は我々警察組織としても立ち行かなくなる。あれは理想的なビジネスモデルだ。お陰様でジョウトPMCにも顔が利くようになった」
「ジョウトPMCより、連絡は?」
秘書官が首を横に振った。
「いえ、まだ……」
「民間軍事会社くずれが、そうどれもこれもオープンソースにするとは思えんがね」
「だがキッスの身上としてみれば、ジョウトPMCと我々の協力体制にはプレッシャーを感じているはず。いや、そうでなくては何のための共闘か」
薄々勘付いていても誰も口にはしない。それは天下りのための順路だろう、とは。
「まぁまぁ、皆さん。アメでもどうです?」
アメを配って回る捜査本部長は一番呑気に映るかもしれないが、実のところ一番に警戒すべき相手であった。
上からしてみればその椅子を狙うハイエナ。下からしてみれば、キザキという御し辛い駒を使役するやり手。
どちらからしてみても敵に回して面白い相手のはずもなし。
「捜査本部長……、彼の手綱は握れておるだろうね?」
「そうでなくっては。君をその椅子に座らせているのは何も年功序列だけではないのだ」
「重々承知しておりますよ、っと。失礼。最近、腰が悪くなりまして。整体に通っておるのです。いやはや、寄る年波には敵いませんなぁ」
それは暗にここにいる老人達には未来がないと通告しているのか。読めない笑みを浮かべつつ、捜査本部長は切り出した。
「どうでしょう? 皆様方。ジョウトPMCからの連絡を、首を長くして待とうではありませんか」
「悠長だな、君は。その情報網が一つでも遅れれば、どこから不都合な事実が飛び出しても仕方ないのだぞ」
「左様。キッス逮捕ではなく、キッス抹殺にかける組織などとマスコミにでも騙られてみれば、ここにいる全員が失脚する」
最悪のシナリオを浮かべる中、捜査本部長は頬を掻いて白々しく口にする。
「はて……そのような台本、誰も書く事はありませんでしょう。書く人間がいるとすれば……余程に自分の首、要らんと見えますなぁ!」
呵呵大笑と笑い飛ばす捜査本部長にお歴々は目を光らせた。
「笑い事では済まんのだぞ! キッス逮捕にかける人間を飼っておきながら、裏でこそこそと殺しの相談をしていたなんぞ、言われてしまえば――!」
「しーっ。誰も言っていないではありませんか。そのような世迷言。だというのに、わざわざ言ってのける人間がどこにおるというのです。警察の面子……などという青臭い理想論を振り翳すというのですか? 大いに結構ですが、邪魔にならない場所でやっていただきたいものですなぁ。我々、警察の」
暗にそのような言葉を吐く人間は組織には要らないという警告に、高官は言葉を仕舞った。
「……だが、キッス逮捕ではなく、その存在の抹消……という風に動いているなど世論に知られればまずいのは明白。しかし衆愚はキッスをまるで……アイドルかなにかだと勘違いしているようだ。我々が監視するのではない、監視されていると思ったほうがいい」
「愚鈍なる民草は聡明なる賢者の眼、というわけですな。賢者がどれほどまでにうまく立ち振る舞っていても、その眼は常に曇っている。これでは真実など到底、見えはしません」
「……やはりジョウトPMCとの締結契約を強くするべきではないのか? あちらが勝手に動き回れるのに、我々が火消しではジリ貧だ」
「それは必要ないでしょう」
断言する捜査本部長にお歴々が目を丸くする。
「どうしてそう思う?」
「ジョウトPMCとキッス……秘匿資料を見ればこの両者は自然と潰し合うのが必定。ならば、漁夫の利を得るのは? それは我ら警察組織に他ならない」
「だが……! 警察の動きさえも牽制するのが、ジョウトPMCのやり口だ。メガヤンマほどのポケモンの使用……、禁じなければ事が起こってからでは」
「別にいいじゃありませんか。メガヤンマにせよ、ガブリアスにせよ、使わせておけば。どうせ、資金を出すのは向こうです。我々ではない」
「しかし……、このままでは警察は、ジョウトPMCに食い潰されないか?」
「企業が警察組織を食う、ですか。それもある種、あり得ない話ではないですが、だからと言って、では企業を先回りして淘汰するのは賢いとは思えません。連中には搾れるだけ戦力を搾ってもらう。その後、疲弊したキッスを捕まえれば、それで結果オーライでしょう」
そううまくいくものか、という諦観の空気に、捜査本部長はアメを配って回る。
「まぁまぁ。甘いものが不足すると考えが詰まるものです。アメをどうぞ」
「……キッスの駆逐作戦。キザキ警部が知ればどう思うか」
「知れば? 知りませんよ、彼は」
「だから、もしもの話を……!」
「知りません。彼は、知る事などないのです。それこそ一生かかっても」
捜査本部長の自信に全員が当惑する。
「……何故、言い切れる」
「彼は義憤の徒です。正義感に駆られる熱血刑事。キッスという敵を追ってもう八年。八年ですよ、皆さん! それだけの執念の持ち主です。だからこそ、彼は最短距離を選ぼうなどとは思わない。我々と違って近道を行くのが反則だと思っている」
自分達は真実の近道に足る情報を持っている。比してキザキは暗中模索。どこまでも先の見えない闇の中で戦っているのみ。
その差、言葉にするまでもなし。
「なるほど……。理解は出来る。だが、キザキ警部が、それこそ身も世もなく、ただ単に真実のみを追い求めるとすれば? その時、彼は敵となるのではないのか?」
「そっちのほうが随分と容易い話ですよ、皆さん。敵は、撃てばいいのですから」
敵に回るのならば撃てばいい。その帰結に数人が肩を震わせた。
単純な理論はそのままこちらに跳ね返ってくる。
「……操作本部長。これまで通り、キザキ警部の手綱を。それとジョウトPMCに厳重注意を促してもらえると助かる。火消しも、楽ではない、と」
「承知しております。なに、ジョウトPMCも馬鹿じゃありません。心得ているはずですよ」
何を、という主語を欠いたまま、捜査本部長は好々爺めいた笑みを浮かべた。
色褪せた記憶の渦の中、彼は最初期の彼女との思い出に浸っていた。
最初は言葉さえも通用しなかった。彼女は言語通訳ソフトを用いてこちらの意思を一つずつ咀嚼する。
「これは太陽。これは月」
子供の読み聞かせのように一つずつ、この世界を解きほぐされていった。
「タイヨウ……、ツキ……」
ニンゲンの言葉を用いるのに抵抗はあった。それは種が元々持ち得ているものだろう。だが、その壁を超えようとして来たのは彼女のほうだ。
微笑んで、次のテキストを促す。
彼女から聞かされて理解出来たこの世界はまるで極色彩。次々に色を持っていく世界を、彼女と共に進んでいった。
闇が少しずつ融けていく。
世界に馴染んでいく度、己が拡張されていくようであった。
「ゾロアーク。無機物には変身出来る?」
その問いに自分は頭を振る。
もう随分と彼女からこの世界の理を聞かされてきたが、今度は自分が応えようとしてもなかなか応えられなかった。
彼女が残念そうな顔をするのを見たくない。だから、幻影も惜しみなく使った。
どれほどまでに種としての矜持が失われても構わない。彼女の笑顔に応じたいだけだ。
――たとえ黒いガラスの向こう側で何人もの白衣の人々が観察していると分かっていても。
自分の感情の一つでさえも自由ではない真実に気づいていても。
それでも彼女には笑って欲しい。
笑顔で居て欲しかった。
「ゾロアーク。よく出来ました」
――ああ、何と取りとめもない、今から考えれば嘘臭い言葉。
自分は所詮、「ポケモン」であった。「ニンゲン」ではない。異なるのだ。
だから、彼女の笑顔に本当の意味で応える事は出来ない。
一生かかっても、彼女の本心を聞けない。
だから、努力だけは惜しまなかった。
後から自分の下についたゾロアーク二体に自ら教育すると進言した時、彼女は僅かに困惑した。
「でも、ゾロアーク。あなた、自分の勉強は……」
テキストはある程度判読出来る。それに、彼女には教えていなかったが、ニンゲンの使う機械も分かるようになってきていた。
「あなたはとても賢いのね」
それでも、彼女と自分は永遠に埋められない距離間にある。
ニンゲンとポケモンは同じ足場には立てないのだ。どれだけ平等を謳ったところで、あるいはどれほどまでに成果を挙げたところで、彼女には彼女の、自分には自分の世界がある。
機械が使えるからと言って何だ。ニンゲンの言葉がほとんど分かるからと言って何だ。
お前は所詮、ポケモン。どれだけ足掻いたところで、どれだけ手を伸ばしたところで、届かないもの。手に入らないものがある。
彼女と親密な関係の男はそう口走った。
口汚くポケモンを罵った。
その言葉を理解出来ていても、反論出来るほどの頭脳があっても、自分はポケモン。彼はヒト。
違いはたった一つ。
――「此方」と「其方」は別。
自分と相手は違う。
だから分かり合えない。だから、感情制御もうまくいかない。
部下のゾロアーク二体にはわざと嘘を教えていた。
自分は彼女と親密な関係にある、と。ニンゲンの叡智などもうとっくに追い越している、と。
ある日、複数の白衣の男達が研究所に押し入り、資料や研究成果を奪っていった。
立ちはだかる彼女を殴り飛ばし、忌々しげに言い放つ。
「悪魔の研究だ! この冒涜者め!」
自分は悪魔の研究の礎だったのか。彼女が悪魔だというのならば、では自分は? ここにいる無知なゾロアーク二体は?
ポケモンとは? ヒトにはなれないのか?
「――ゴメンね」
腫れ上がった頬でそう涙した彼女の横顔を今でも覚えている。
――そうだ。だから脱走した。
自由を得るために。全てを克服し、ニンゲンになるために。
だが、そんな事は不可能だった。
ニンゲンの物真似がどれほどに上手くとも、幻影がどれほどに精巧で、人間離れしていても。
お前は、ポケモンなのだ。
そう言われてしまえば、自分は諦めるしかない。
ここにいるたった一匹の、小さな、自分の世界を取り違えた獣。
ああ、どうして自分には人間の手がないのだろう。どうして人間の足がないのだろう。どうして……人間の顔じゃないのだろう。
なりたい自分に成ればいいではないか。
在りたい存在に成ればいいではないか。そう願えば。そう立ち振る舞えば。
幻影でも、脆く崩れていく虚飾でも。
自分は本物以上の偽物のはずだ。
――だから、彼女と親密な関係にある男になったのだ。
この顔に、この手足に、この服装になった。
不思議な事に、彼女は全く気づかなかった。研究所から脱走して一夜を共にした、哀れな人間モドキ。
そうだと知って、彼女は嘆いただろうか。苦しんだだろうか。後悔、しただろうか。
させたかもしれない。
この胸にあるのは偽りの感情。だが、言葉にしてもし切れないこの誇りだけは。彼女を思うと胸が痛くなるのだけは――真実だ。
全てが偽りでもいい。
自分が劣っていても構わない。
研究が続けられなくっても、彼女との夜が嘘でも、あの横顔が間違いでも、あの体温が誰かに向けられたものだとしても。
あの愛が、自分には決して得られないものだと分かっていても――。
それでも願ってはいけないのか。感じてはいけないのか。
祈っても、縋っても、全てを犠牲にしても。
彼女だけを、手に入れたいと思うのは、やはり傲慢なのだろうか。
答えは出ない。だから、答えを探しに出た。
ジョウトなら、誰も自分達の事を知らない異国なら、リセット出来る。どれほどでもやり直せる。
そう思った。だが、願い憧れ、実際になってみた人間というものは、どこまでしがらみに満ちた存在だろうか。
こんなものになりたくって、自分は何もかもを捨てたのか。
こんなものに罵倒され、蔑まれ、妬まれ、汚されてまで、自分は描いたのか。
理想の未来を。彼女との穏やかな日々を。
愚かしい、と自嘲する。
こんなものになって何になる? こんなもの、ただの幻影だ。
過ぎ去っていくだけの刹那の幻だ。
影を落とす自分のかつての姿に手を伸ばす。
叶うのならば、戻りたい。何も知らず、ただ純粋に彼女に焦がれただけの、ただの獣に。
だから――。
ハッと目を覚ました時、面を上げると飛び込んできたのは滅菌された白の部屋であった。
四方八方にはカメラがあり、自分は椅子に拘束されている。
身をよじっていると、一つしかない黒い扉から男が歩み寄ってきた。
仕立てのいいスーツと、カントージョウト出身者とは思えない、目鼻の彫りの深さ。
その男の名前を自分は知っている。
「……ジョークマン」
「目が醒めましたか? A個体のゾロアーク」
種族名で呼ばれた事に彼は憤慨しようとするが、両腕に杭のようなものが埋め込まれているのを関知した。
「動かないほうがいい。その杭は我々が伝説級ポケモンを解析した際に発見した、ポケモンの能力をことごとく封印するもの。足掻けば足掻くほどに深く食い込む」
「……何のつもりだ。我々は協力関係にあったはず」
ジョークマンはこちらに目線を合わせて頷く。
「ああ、そうだとも。しかし、これは妙だとは思わないかね? ポケモン三匹と人間の興した企業体が、対等だとでも?」
身をひねったこちらにジョークマンは指を振る。
「ノン、それは誓ってノンのはず。ポケモンと人間が手を取り合って戦う? 共闘? ナンセンス! ……しかし、在り得ないわけでもない。あなた達はとても聡明ではあった。あのKI五十五号を、あそこまで追い込んだ。その素質は買うべきだろう」
「殺すのか……?」
「殺す? そのような勿体ない事はしない。人間ならばいざ知らず、ポケモンの一回程度のミスで殺してどうする。我々は寛容だよ。とても、ね。だがそれ故に、罰はきっちりと受けてもらわなければならない。ポケモンを調教するのに、アメとムチは必要である」
「調教だと……。貴様っ、ジョークマン! わたしとの協定関係は……!」
「いい事を教えてやろう。協定とは一と一で成立するもの。君達と我々では、一にも満たない。等価ですらないものは交換材料に値しない」
身をよじり、拘束を解こうとする。
「外せ! これを、外せっ!」
「無闇に暴れるものでもない。杭は君達が自然に放出している幻影を構築する粒子に差し障る。つまり、暴れれば暴れるほど我らの傀儡へと、堕ちる事になるのだ」
顔面の変身を解除する。半面の幻影が解け、牙を軋らせた。
「おお、恐ろしい。獣の姿だ。だが、それが君達の本来の姿。闇雲に噛みつくしか出来ない獣こそ、君らの隠し持っている性だ。それを我々は理解している。理解しているからこそ、その本質を突く事が出来る」
「……部下が黙っていない」
その抗弁にジョークマンは高笑いした。
「し、失敬! しかし、部下が、とは……! なかなかに笑えるジョークを持っていらっしゃる! センスだけは買おう!」
その余裕にまさか、と血の気が引く。
「死んでしまったのか……」
「A個体のゾロアーク。君を助けに来ない、という事が何よりの証明だと思うが?」
何という事だ。自分はジョウトPMCを妄信したせいで、部下二人を失ったと言うのか。
項垂れるこちらにジョークマンは囁きかける。
「そう、気を落とすものでもない。なに、代えは利くものだ」
牙を軋らせて噛み付こうとするのをジョークマンは大仰な動作で後ずさった。
「おおっと。恐ろしい。ポケモンというのは何て恐ろしいんだ。人に紛れ、人心を欺き、相手を掌握する。そのような恐ろしい生物には仕置きが必要」
ジョークマンが手にしたリモコンのボタンが押され、杭がより深く両腕に沈んでいく。
身を裂く激痛に絶叫した。
「……やれやれ。ポケモンというのはどうしてこう、自らの力を見誤るのか。上級個体を調教するのには骨が折れる。そういえば、聞きたくはないかね? 君の使ったあのガブリアス。どのようにして調教し、あれほどの従順さに落とし込んだのか」
肩で息をするこちらへとジョークマンは余裕を浮かばせて語りかけた。
「現状の君と同じだ。まずは精神的に追い込んでいく。杭は、痛みと共に君らを屈服させる。それは精神の面においても、だ。ポケモンが人間に絶対に敵わないのだと教えるのに最も適しているのは、檻越しに調教してくれるのではない。こうして、目に見える形で実力を浮き彫りにする。そうする事で、君らは嫌でも思い知るのだ。人間には絶対に反抗出来ない。自分達は獣以下の畜生だと。……存外、これはマニュアル化されていてね。他の地方でも珍しい事例ではないんだ。ポケモンに自分の分不相応であるのを理解させる、それがまずは理解に繋がる」
理解など。吐き捨てる代物としか思っていないだろう。
吼え立てようとして身体を電撃的な激痛が走る。
「赤い鎖ほどではないが、その百分の一ほどの能力にはなっている、その赤い杭は。それを両腕に打ち付けられてるんだ。それなりにポケモンの力は使えないと思ったほうがいい。さて、ここで条件を交渉しようか」
交渉だと? 冗談にも等しい。
このような一方的なものは交渉とは言わない。
「何か、言いたげだが、言いたかったらはっきりと言葉で言えばいい。しかし、もう既に人間としての思考回路は失われつつあるだろう? 先ほどから実力行使に出ようとしているのがその証だ。君は、もう物言わぬポケモンに成り果てようとしている。ただのケダモノだ」
そのようなはず、と口にしかけて、発せられたのはただの呻り声であった。
あまりの変化に困惑する。
「なに、そこまで驚くべきものでもないよ。赤い杭が君の中から人間らしさ……経験則で補ってきたものを奪い取っている。徐々に徐々に、だがね。いい塩梅に交換条件に挙がってきただろう? こうしてポケモンから、まずは戦意を凪ぐ。これが第一歩だ」
このような相手を対等とも思っていない第一歩など、と反抗しようにも、声が出てこない。
人間であったはずの言葉が一つも漏れなかった。
「存外に変化は早いだろう? それも我が社の魅力的な商品の一つになろうとしている。反抗的なポケモンから、その対抗心を欠片ほども失くす、最高の商品だとね」
罵倒しようとして、全ての言葉が鳴き声に変換された。
戸惑うよりもジョークマンの論調が早い。
「安心するといい。我が社の安全に誓って、その商品は領分以上の力はない。つまり、ポケモンには害はあるが、人間には、ほらこの通り」
同じ赤い杭をジョークマンが自分の腕に刺そうとするが、そもそも刺さる事がなく、するっと抜けていく。
「これはポケモンのみが発する固有振動数、固有粒子に依拠する発明でね。どこからともなく炎を生じさせるポケモンや、どこからともなく海水を持ってくるポケモンの、そのエネルギー特性を突いてやった目玉商品だ。これから先、飛ぶように売れるだろう」
胸を反らせてはっきりと口にするジョークマンに比して、自分は冷静でいられなくなっていた。
呻り声を混じらせ、相手へと吼えかかる。
ジョークマンが大仰に肩を竦めた。
「恐ろしい。恐ろしいな、人間とは違う、ポケモンというケダモノは。だから我々は制御する。それを人間の側に引き寄せるのだ。見るといい。これこそが、人間の用いた発明と言う名の力である」
天井からヘッドギアタイプの装置がゆっくりと降下してくる。首を振るって逃れようとしたが、ヘッドギアはしっかりと食い込んだ。
「これより、ゾロアークA個体。君を調教する。我々に相応しい、獣のゾロアークへと」
「……ふざ……、け、る……なぁ……」
切れ切れの言葉にジョークマンは瞠目した。
「まだ意識があるとはね。しかし、その内在する人格は邪魔なだけだ。赤い杭をさらに深く! 食い込ませる!」
両腕から迸る激痛が自分という今まで培ってきた人格を根こそぎ奪い去っていく。
何もかもが消えゆく中、彼女との思い出まで薄れていく。
やめろ、それだけは――。
記憶の領域に手を伸ばすが、伸ばした手さえも爪に変わった。
ケダモノの爪。相手を葬るしか能のない、野蛮な代物。
意識は闇に没し、消失点の彼方で人格は塵芥に消え去った。