FERMATA








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七章 影の黙示録
第96楽章「アンジェノワールの祭戯」

 ニーアという名を自称した相手にノアは詰問する。

「何のつもりだ。こんなところまで追ってきて、何がしたい?」

「何が? つまらない事を聞くじゃないか。それとも、聞かされていないのか? この時間軸を崩壊させるために送られてきたその宿命を」

 相手は思考実験とやらに付き合っているというのか。ノアはモンスターボールを握り締める。

「……ギーマさん。それに四天王の皆さん。これはどうやら、ボクの因縁のようです」

「そのようだな。どうして同じ顔の人間がいるのかまでは問わんが、ここでこいつの足止めをしても旨みがないのは事実。我々は早々に撤退させてもらう」

 ヴイツーがギーマの判断に異議を差し挟む。

「何言ってんだ! 助けねぇのかよ!」

「助ける? そんな事をして何になる? 相手はプラズマ団の一般構成員。比して、我々の目的は組織の瓦解。一人にこだわっている場合でもない。ここは退き、相手の戦力を分析してから、仕掛けるのが賢明」

「そりゃ、そうかもしれねぇけれどよ……。ああ、クソッ!」

 ヴイツーが並び立つ。ホルスターよりモンスターボールを引き抜いた。

「ヴイツー、これはボクの……」

「分かってんよ。ただ、寝覚めが悪いのは勘弁願いたいだけだ! 行け! エンブオー!」

 繰り出したエンブオーがすぐさま炎熱の蹄を立てて炎の皮膜を身に纏う。

 瞬間的に発せられた灼熱に相手は気負うわけでもない。

「エンブオー……そうか。何人で来ても同じ事だが、まぁ、悪くはない判断だ」

「言ってろ。今すぐにその減らず口、利けねぇようにしてやる!」

 刹那、放射された熱線が半透明の相手に突き刺さった。ヴイツーとノアが同時に振り返る。

 メラルバを繰り出していたバンジロウが面を伏せていた。

「……オレも、分からない。分からないけれど、倒すんだろ。それが分かっているだけで、オレはやる。やってやる!」

 どうやら二人は味方についてくれるらしい。ノアは心強さを感じつつ己のポケモンを放った。

「ケルディオ! ここで相手を倒す!」

 出現したケルディオが蹄を鳴らし、角先にエネルギーを凝縮させる。直後に黒白の輝きが刃となって放出された。

「聖なる剣か。だがそのようなもの。ウルトラビーストには届かない!」

 ニーアが手を払い、浮遊していた岩石を一点に固める。壁となった岩石を「せいなるつるぎ」のエネルギーが打ち砕くが、その時には相手は射線から離れていた。

「ウルトラビースト……ってのがそのポケモンの名前か」

「違うな。ウルトラビーストは分類名。この存在の個体名はウツロイドという。UB01、ウツロイドだ」

 ウツロイドと呼ばれた相手ポケモンは甲高い鳴き声を上げる。それだけでタワーオブへヴンの頂上が震えた。正体不明の相手に大気が恐れを成す。

「……妙なポケモンを使って幻惑しようったってそうはいかないぜ。おれとバンジロウの強さに、ノアのケルディオが合わされば負けるわけがねぇ」

「その自信、打ち砕くと、宣言しよう。……さて、目的は実のところ、チャンピオンアデクと反逆者ノアの抹殺であったのだが、四天王が集っているとなれば易々とは突破させてくれないか」

「そっちの目的が王の抹殺だというのならば、俺達は退かせてもらう。ここで本気を出したところで、逃げられでもすれば四天王の手が割れるのでね」

 ギーマは口笛を吹いてバルジーナ数体を呼び出す。四天王とチェレンがバルジーナに掴まり、この場を離脱しようとしていた。

「逃げる、か」

「挑発には乗らんさ。そちらのウルトラビーストだか知らないポケモンの正体も分からない以上、無用な戦闘は避けさせてもらう」

 四天王とアデク、チェレンが浮き上がる中、チェレンが手を伸ばした。

「ベル。君はこっちに来い。そいつらと一緒に戦う事はないだろう」

 持て余したベルは判断を保留にしていた。その隙を逃す相手ではないのだろう。毒色に染まった岩石がベルへと包囲陣を敷いて射出される。

「やらせるかよ! バンジロウ!」

「おうよ! メラルバ、熱線攻撃!」

 エンブオーとメラルバの放出した多重熱線が岩石を撃ち落としていく。ノアは手を払い、ケルディオを前進させた。

 肉薄したケルディオがウツロイドへと角を打ち下ろす。その一撃に対し、ウツロイドは触手で軽く受け流した。

 思っていたよりも堅い。一撃を凌いだ形のウツロイドに、ノアはケルディオへ指示を飛ばす。

「一ところに留まるな! 翻弄するように動け!」

 返す刀の相手の攻撃にケルディオは姿勢を沈ませ、直後にステップを踏んで回り込んだ。ニーアが笑みを浮かべる。

「さすがはボク、か。腐っても戦略家だ」

「謝辞は要らない。キミは、何のためにここに来た!」

 蹄から生み出された水流がウツロイドの表皮を削ろうとする。相手は岩の防御壁を張りつつ、言葉を継いだ。

「意味、か。そうさな。これまでお前を追ってきた刺客とは少しばかり状況が違ってね。ボクは、お前よりも先の未来から送られてきた、別の時間線のNだ」

「ボクよりも、先……?」

 言葉の意味を解せないでいると鞭のように触手の攻撃が飛んでくる。それを遮ったのはメラルバの熱線である。

「兄ちゃん! 相手の戯れ言を聞いている場合じゃない!」

「ああ、バンジロウの言う通りだ。こいつ、強いぜ」

 二人のポケモンが跳ね上がり、ウツロイドへと攻撃を叩き込んだ。完全に命中したかに思われた一撃は空を穿っていた。

 ウツロイドの姿そのものが揺らめき、幾つもの残像を引く。

「何だ、こいつ……。本当にポケモンなのかよ……」

「ああ、正真正銘、ポケモンだとも。ただし、この次元に存在するものだけをポケモンと定義するのならば、これは全く異なる存在ではあるがね」

 エンブオーとメラルバが後退する。中空より二体へと突き刺さりかけた岩石の刃がふわりと浮き上がった。

「……二人とも、これは、こんな敵なんて」

「信じられないかい? でも、無理からぬ事かもしれない。未来の自分からの忠告が、まさかこんな形で現れるなんて思わないだろうからね」

「忠告……? キミは、ボクの命を狙ってきたんじゃ……」

 その言葉にニーアが哄笑を上げる。呼応したウツロイドから笑い声が残響した。

「そうか、キミは知らないんだったな。この世界の行く末を。だったら、知らないまま死んだほうがいいのかもしれない。知って絶望した上でこの過去に飛ばされてくるよりかは、ずっとマシだ」

「何を……世迷言をっ!」

 ケルディオの角がウツロイドを突き破ろうとする。ウツロイドは岩石を雨嵐のように降らせ、ケルディオを接近させない。

 地面に突き刺さった岩石が白亜の床を融かしていく。どうやらただの岩石攻撃ではないようだ。

「何なんだ、キミは一体……」

「分からないかな。今のお前では絶対に。一生。なに、ここで敗北するのが幸福なのだと、それさえも知らぬまま死んでいくがいいさ」

 こちらを見据えたニーアにノアは徹底抗戦の眼差しを向けた。


オンドゥル大使 ( 2017/12/12(火) 15:45 )