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七章 影の黙示録
第90楽章「黒百合隠密カゲキダン」

 四天王の傘下にあるとなれば手を出しづらい、とダークトリニティは報告を纏めた。

 ゲーチスはそれを聞き届け、どうするべきか一考する。自分のための玉座には他の臣下は存在しない。ダークトリニティという最も信頼出来る三人のみが眼下で頭を垂れる。

「困りましたね……。アデク派に仕掛けるにしても四天王がいるとなればそれなりに厄介。しかし、ヴィオのやってのけたダークエコーズによる襲撃で連中はピリついているに違いないですから。なかなか絶好の好機、というものは与えられないでしょう」

「やはり一気呵成に仕掛けるべきでは?」

 強硬的な提案であったが、四天王が戦力を整える前の奇襲は有効でもある。アデクのみに標的を絞って攻撃すればその命くらいは取れるかもしれない。

 だが、とゲーチスはすぐには決定を下さなかった。

 それはアデクという王を決して軽んじているわけではないのもある。しかし、それ以上に驚異的であったのは、四天王という圧倒的な力の誇示。

 アデクが四天王と合流するなど誰が予想出来よう。戦時下でもないのに王者が四天王の同行を認めるなど、その帰結する先は一つであった。

「プラズマ団が……警戒されている、という事ですか……!」

 これはあまりいい流れとは言えない。もうろくしているアデクを抹殺するくらいはわけないのだが、アデクは今、プラズマ団側への攻撃姿勢に入ろうとしている。その最中、ダークトリニティを遣わせれば、それは相手に取ってくれと言っているようなもの。

「如何なさいます、ゲーチス様。このままアデクを放っておけば、戦力の増強に繋がるは必定。七賢人も当てになりません。我々による攻撃の許可を」

「なりませんよ、ダークトリニティ。あなた方はこちらにおける鬼札。Nよりも、ワタシは重視しているのですからね。戦闘においてはあなた方はNを上回る。あの化け物も、能力さえ封じればただの人なのですが、なにぶんポケモンの声を知る能力は非常に邪魔なもの」

 求心力も自分とは桁違いだ。Nの立ち振る舞いに王者と絶対者を見るのは難しくない。

 比して、自分はこうして手をこまねく事しか出来ない。Nが戴冠式を拒んでいる以上、あまりに強攻策に走ればぼろが出る。

 張子の虎とは言え、自分の真の目的を果たすまでは利用させてもらわなければならない。その絶対条件を満たさない限り、Nを捨てる算段にも至らないのだ。

「ですが、女神二柱は行方不明の上、N様本人も旅に出たとの事。これではプラズマ団が空中分解している、という見方も出来ます」

「どうにかして、Nの代役を立てようにもあれは代わりが利かないからこその英雄。困りましたね。ブラックストーンとホワイトストーン自体は手にあっても、呼び出すのにはワタシでは不可能……」

 計画の要である英雄のポケモンの触媒自体は存在するのに、当のトレーナーの不在はその遅延を表す。

 自分が制御出来るものならばしてもよかったが、やはりというべきかトレーナーとしての格が足りていない。

「いずれかの方法で戦うにせよ、このままでは手が足りておりません」

 ダークトリニティにアデク一派追撃を任せたのは自分自身。しかし、内々が疎かになるのではあまりに無意味。

 熟考を浮かべるゲーチスへと不意に言葉が投げかけられた。

「簡単な事ではありませんか」

 その声の主にダークトリニティは色めき立つ。

「何奴!」

「ここがどのような場所か、知っての狼藉か!」

 一般団員の入室の許しは基本的に出ていない。それにもかかわらず。その団員は音もなくこの玉座へと足を進める。

「N様の不在。それに女神二人の行方はようとして知れず。ならば、こうすればいいのです。我々だけでシナリオを組む」

 余裕あるその言葉へと刺々しい戦闘本能の発言が飛び出す。

「……貴様、ここは神聖なるプラズマ団の玉座。そこに土足で踏み入った事、後悔させてやる」

 ボールを取り出しかけたダークトリニティに団員は指を鳴らした。

 途端、空間が反転する。磁場が走り、捻じ曲がった玉座とダークトリニティの中心軸に現れたのは見た事もないポケモンであった。

 ――否、それはポケモンであるのか。それさえも疑わしい。

 半透明の身体を持つ水棲ポケモンを思わせる威容であった。触手を揺らめかせており、予測不可能な井出達にダークトリニティが絶句する。

「これは……」

「あなた方は見た事もないし、これから先に見る事もない。ですが、教えるとするのならば、この世界だけにしかポケモンがいるわけではない」

「どういう意味だ! 貴様、このポケモンをどこから……!」

「言っている場合ですか? 来ますよ」

 半透明のポケモンがダークトリニティの一人へと襲いかかる。繰り出したテラキオンが足を踏み鳴らし、岩の散弾を射出した。

 しかし、相手にはその攻撃がまるで通用していないようであった。突き刺さった接触面がたわんで攻撃を受け流す。

 まさか、と目を見開いたダークトリニティはテラキオンへと封印していた攻撃を命じる。

「テラキオン! 予測不能な奴だ、こちらも奥の手を出す! 聖なる――」

 テラキオンの一対の角へと黒白の光が宿っていく。世界を反転させる輝きが放射された直後、地形を変える物理攻撃が突き出された。

「剣!」

 聖剣を受けたポケモンは今までのデータ試算上、まともな状態で生き延びた事がない。それこそダークトリニティの奥の手。これを出すという事は相手を殺すという事に等しい。

 それでも、半透明のポケモンを受け流しきれなかった。

 放出された大規模なエネルギー波に触手を揺らめかせつつ、相手ポケモンは吸収する。

 まるで最初から、その攻撃エネルギーが存在しなかったように、静謐が包み込んだ。

 ダークトリニティは目を戦慄かせる。

「あり得ん……。テラキオンの一撃だぞ……」

「どうやらあなた方でも無知には違いない様子。話を続けさせてもよろしいでしょうか?」

「待て! 次はこちらが――!」

「やめよ。ダークトリニティ」

 三銃士のポケモンを繰り出しかけた残り二人をゲーチスは制する。三人は信じられないものを見るようにこちらを仰いだ。

「しかしゲーチス様! みすみす!」

「今は、知るほうが重要です。その、見た事もないポケモン……大変に興味深い」

 傅いた団員はその言葉を受け止める。

「ありがたきお言葉」

「制御系等がどうなっているのか。そもそも、制御しているのかさえも謎。……気になりますね、あなた、何者なのです」

「何者でもございません。わたしは臣であり、民であり、そして名もなき構成員」

「言葉繰りはよせ! 名乗れと言っている!」

 声を荒らげたダークトリニティに団員は冷笑を浴びせる。

「怖いんですか? わたしのポケモンが」

 息を呑んだダークトリニティの猛反発をゲーチスは片腕を上げて止めた。今は言い争いさえも惜しい。

「ポケモン、なのですか、それは。やはり、別地方の代物で?」

「いえ、ゲーチス様。この世には、地方の括りでは決して語れない、闇の領域が存在するのです。それは別次元と呼ばれるものであったり、あるいはこう言ってもいいでしょう。違う世界線、違う時間線の話だと。例えば、ポケモンの存在しない次元。あるいは植物、木々のそれでさえもポケモンに置き換えられた次元。わたしはその次元の中の一つを見知っているだけに過ぎません」

 触手を揺らめかせる半透明のポケモンにゲーチスは鼻を鳴らす。表情も存在しないため、全く読めない。だがそれは団員となれば別。ポケモンが読めなくとも、扱う人間を読めばいい。ここは慎重に交渉するべきだ、とゲーチスは考えていた。この力、手離すのには惜しい。今は相手の手札を一つでも掴んでおくべきだ。

「ポケモン、ならば学名か、あるいはその名称があるはず。まさか、その強大さに比して名乗る事も惜しいと?」

 挑発してやれば、と考えた己の先読みが浅かった事を、ゲーチスは直後、口角を吊り上げた団員の前に思い知る。

「……ゲーチス様。これの事を知ろうとお思いなのはよく分かります。知らぬ存在は、怖いですものね。例えば、それはポケモンの声を聞く才能を持つ、人間ですか。例えば、それはこの世のものとは思えぬ美しさを持つ、少女達ですか」

 見透かされている。固唾を呑んだゲーチスに代わり、ダークトリニティが反抗の声を上げた。

「貴様! 忠義を尽くすべき相手を前にその愚行……! 命がよほど要らぬと見える!」

 テラキオンを掲げるダークトリニティは無双の強さのはず。それに並ぶとすれば
Nか、あるいは上級構成員の中でも指折り。

 さらに言えば、テラキオンの放つ圧倒的存在感はそれだけで竦み上がらせるほどのものがある。眼前にして、まして敵として屹立する相手に、恐怖を覚えないはずがないのだ。 

 ――だというのに、この者は。

 震撼する。この団員には恐れさえも、まして畏敬の念さえもなく、ただただ身に纏った強さを振るうのみ。得体の知れぬ強さはそれだけでテラキオンを持つダークトリニティを封殺させた。

 彼とて分からぬ相手に無謀に仕掛けるほど愚か者ではない。

「結果が欲しければかかってくればどうです? 今に、結果は現れるでしょう」

 構成員にどこにも言葉で弄した様子はない。この青年は本当に、心底考えている。半透明のポケモンが三人が束になっても敵わないだけの強さを備えているという事を。

「……その自信の在り処、拝聴願いたいものですね」

「ゲーチス様? しかし彼奴は無礼を……」

「礼節のなさを補えるほどの力の持ち主、という事実ですよ。そのような存在はごまんといますが、こうまで突きつけられれば信じもします。いいでしょう。そちらの交渉材料を聞きましょう」

「ですが……ただの一構成員程度」

「その一構成員と、今袂を分かつのは間違いだ、と言っているのです。どうせプラズマ団ならば、もっと賢い道があるはず」

 ここで無用に血を流す必要はあるまい。その理解に相手は肩を竦めた。

「王ではないにしても、それなりの胆力は持ち合わせている様子」

「貴様……! 口が過ぎればどうなるか……」

「よい。ここまでワタシに減らず口を利ける事、それそのものが評価のレートに値します。命知らずにしては、向こう見ずではない、そうなのでしょう?」

 団員はフッと冷笑を浮かべ、半透明のポケモンへと手を掲げた。その手へと触手が巻きつく。刹那、鮮血が迸っていた。団員の腕から血を啜り、半透明のポケモンはその全身に血の赤を宿す。

「面妖な……」

「その感想も無理からぬ事でしょう。我がポケモンはヒトとポケモン、両方の血を糧とするのです。即ち、その在り方は邪道」

「邪道だと、自ら分かっての狼藉か」

「失礼を承知でも、ここで分からせなくてはあなた方ほどの実力者は承服しますまい。それが埋めがたい隔絶であったとしても」

 テラキオンを操っていたダークトリニティがボールに仕舞い込む。どうにも旗色がいいとは言えなかった。ここで手を晒し続けることのほうがよっぽど不利に転がるであろう。

「話を聞きましょう」

 団員は指を鳴らし、赤く滾ったような半透明のポケモンに命じた。

 何を命じたのかは定かではない。しかし、直後、振るわれた手の軌道にある床が捲れ上がった事を鑑みれば、それは攻撃であったのだろう。

 誰も関知出来なかった。否、実力者であればあるほどに予期出来ない攻撃手段――。

 ゲーチスもポケモンを操る心得くらいは嗜んでいる身。その強さが常人の域ではない事くらいは察知出来る。

「そのポケモン、何かを操るのですね」

「第一試験、クリアですよ、ゲーチス様。何か、を明言出来れば百点満点ですが」

「馬鹿にするのも大概に――」

 前に出かけたダークトリニティを二人が制する。今は調子づいている団員から少しでも情報を絞り取るのが先決。

「では、第二試練に進ませてもらえるのでしょうかね」

「いいでしょう。我がUB01の能力、しかとご覧あれ」

 UB01。ここに至って紡がれた名前にダークトリニティは頭を振った。知らぬ名前、というよりもそれはポケモンの名前にしてはあまりに無機質であった。

 関知出来ない範囲の存在を自分の側に引き寄せる時に使う、暗号のような。

 UB01はたゆたい、その触手を揺らめかせて妖しく輝きを放つ。烈風が巻き起こり、UB01を包囲した。これは、とダークトリニティが浮き立ちかけて団員が哄笑を上げる。

「これが、ウルトラビーストの力ァッ!」

 その言葉が消えるか消えないかのその時には、UB01と呼ばれたポケモンとその使い手は目の前から消失していた。

 すっと、肩に手が触れられる。

 まさか、と振り返る間際、首裏に汗を掻いていた。

「ゲーチス様、これでも信用出来ぬと?」

 耳元で発せられた声にやはり、と確信を新たにする。今の、ほんの一秒にも満たない時間で団員は回り込んでいた。

 ――違う。回り込んでいる、という次元ではない。

 己の中に残った戦闘神経がそう告げている。そのような生易しい領域では断じてない。これは「跳躍」したのだ。

 何を、と主語を欠いたままその人間にしてはあまりに冷たい指先が首筋を伝う。

「どうでしょう? 反逆者の追撃、預けてみる気はありませんか?」

 思いも寄らぬ提案であった。同時に、それはここに集った三人の影を侮辱する言葉だ。

 遅れて反応したダークトリニティ三人衆へと、動くな、と冷たい声音が差し挟まれる。

「動けば、即座に首をはねる」

 造作もないだろう。自分でも抵抗の手段が思い浮かばない。脳裏を掠めるのは、ここで覇権を握れずして、何がプラズマ団の支配者か、という自分自身への失望であった。

「……交渉条件はあるのですね?」

「ゲーチス様? しかし、あまりに不遜。ここで禍根は絶つべきかと」

「いいえ、彼もまたプラズマ団なのです。ならば、仲間同士で殺し合っても意味はありません」

「さすがはゲーチス様、よく分かっていらっしゃる」

 歯噛みした様子のダークトリニティを他所に、団員は言葉を継ぐ。

「任せる、の一言でよろしいのですよ?」

「それだけ言わせて、首を取られないとも限るまい。一つ言っておくとすれば――嘗めないほうがいい、という事ですね。ワタシの直属の部下達。それに、ワタシ自身でさえも」

 刹那、空間を引き裂いて現れたのは三つ首の邪龍であった。禍々しいオーラを身に纏ったゲーチスの鬼札が青白い炎を相手へと放射する。

 一転して狩られる側から狩る側となったゲーチスがその赤紫の翼に抱かれて飛翔する。俯瞰した団員は薄く嗤っていた。

「サザンドラ……なるほど、予め、出していた、という事ですか。ドラゴンダイブによって空間を捩じ切り、その隙間に己を収縮。こちらの攻撃に際しての反撃。全てをもって、一級と判断せざるを得ませんね」

 張子の虎ではない、と言外に付け加えられている気分であった。しかし、とゲーチスは今にも爆発しそうな鼓動を顧みる。

 ――久方振りの本気が、これか。

 視神経を血が圧迫し、眩暈と共に意識を失いそうであった。その手綱を決死の覚悟で引き留めている。少しでも緩めれば、あちら側に持っていかれてもおかしくはない。

「認めてもらって光栄、と思うべきでしょうかね。ですが、その余裕も含めて、嘗めないほうがいい、と」

 すっと指を突き出すとダークトリニティは今の一瞬の間にポケモンの展開を終えていた。

 岩石の如く堅牢に、吼え立てる巨獣、テラキオン。静かなる森の如く、その場に佇む新緑、ビリジオン。そして、遥かなる蒼穹の如く果てない力を秘めたその躯体を持ち上げし、聖騎士――コバルオン。

 三騎を相手取っても勝てるとまでは思っていなかったのだろう。団員は瞠目し、彼らの戦闘領域に入る寸前でまたしても、その腕から血飛沫を撒き散らした。

 吸収したウルトラビーストなるポケモンが赤く滾る。その一刹那をテラキオンの操り手は見逃さない。

「もらった! 食らえ、聖なる剣の、その鉄槌を!」

 テラキオンの一対の角が照り輝き、放射熱を纏わせて肉迫しようとする。だが、その刃は何もない空を掻いた。

「……見誤れば、危なかった、というべきですか」

 いつの間に、とテラキオンのトレーナーは絶句する。またしても時間と空間を無視したかのような動きで団員とそのポケモンが回り込んでいた。

 観察してもやはりというべきか、その弱点は垣間見えない。

 しかし、次は逃がすまい、とゲーチスは杖を激しく突いた。己の麻痺した半身への鼓舞のように。

 その覚悟を相手も分からないほどの弱者ではないのだろう。取ると決めたこの四人を相手に無傷とはいかないことくらいは理解したらしい。

「座興はここまでと致しましょう。このままやれば、どちらも掠り傷では済みますまい」

「逃げられると思っているのか」

 戦闘本能を剥き出しにしたテラキオンの使い手に団員はせせら笑う。

「いえ、逃げるつもりは毛頭。ゲーチス様、先に申した通り、交渉に来たのですよ。これからのプラズマ団の大事に関わる交渉です」

「反逆者の追撃をあなたに一任すると?」

「いけませんか? 三銃士のポケモンはそうでなくとも目立つ。戦いとなれば、我がウルトラビーストが敵兵を抹殺するでしょう」

「そのような世迷言、信じるとでも……」

 しかし、とゲーチスは考え直す。ここで目的の見えない相手同士、潰し合わせればその隙にこそ僥倖が生まれるというもの。

「……いいでしょう。作戦行動の指揮権をあなたに委譲します」

 その言葉に三人ともが振り返った。

「しかし、ゲーチス様! みすみす……!」

 団員は頭を垂れ、その指示を受け取った様子であった。

「では、然る後に……」

 言葉が先か、その存在が先か。団員とそのポケモンが消え失せた後、ようやくダークトリニティは元の調子を取り戻したようであった。

「ゲーチス様。奴は反乱分子です。すぐにでも潰したほうが」

 そう進言するダークトリニティにゲーチスは首を横に振っていた。

「いえ、そう急くものでもありませんよ。それに、彼奴とてあれは鬼札のはず。晒して易い手とは思えません。ゆえに、我々は奴が動いた後を突くのです」

 その言葉に宿る意味を解したのか、三人ともがポケモンを仕舞い、こちらへと傅く。

「御意に。ですが、どうしておきましょう。見張り役が一人、要ります」

「そうですね。あなた」

 指し示されたのはテラキオン使いのダークトリニティだ。彼はその命令を受けてさらに深く頭を垂れる。

「追撃を。やれますね?」

「ご確認されるまでもありますまい。我らは影。三つにして全。三位一体のこの力はあなのために。ゲーチス様」

 影の中へとダークトリニティは消え行く。それを眺めながらゲーチスは先ほど、団員が触れた箇所をさする。

 こべりついていたのは鮮血であった。しかし、それだけではない。

「……これは、塵?」

 指先から発したものであろうか。細やかな黒い粒が手に絡みつく。

「分からぬものが、まだこの世にあったとは。それも含めて、高鳴りますよ。このイッシュを支配するのには充分に、ね」

 ゲーチスは拳を握り締めて笑みを刻んだ。



オンドゥル大使 ( 2017/12/01(金) 22:24 )