FERMATA








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五章 対立者たち
第69楽章「恋は芸術気質」

 ノアが驚いたのはチェレンの無事もあったが、それ以上に同行しているヴイツーに、であった。

「ヴイツー……どうして」

「ご挨拶だな。こうして慌てて来たって言うのによ」

 ヴイツーの胸に真っ先に飛び込んだのはバンジロウである。ヴイツーがその頭を撫でてやった。

「あんちゃん……! 無事だったのか?」

「当たり前だろ? 追いつくって言っただろうが」

「でも、あんちゃん……顔の片側が……」

 ノアもそれを先ほどから気にしていた。顔面の片側に引きつったような火傷の痕が刻まれている。

「ま、これは咎なんだと思う事にしたぜ。それに、他のヴァルキュリア連中と区別出来ていい」

 ヴァルキュリア。その名前にノアは道中、立ちはだかったヴァルキュリアワンの最期に関して話すべきか悩んだが、その前にチェレンが口にしていた。

「僕一人でもやれた」

「さっきからこの調子だよ。どういう経緯で、旅の人数が大所帯になったんだ?」

 話さなければならないだろう。この時間軸で巻き起こった悲劇を。

 しかし、今はそれよりも追いついてくれた感情が勝っていた。

「ヴイツー、ここまで来てくれただけで、ボクからはもう、言う事はない」

「そいつはつれないぜ、ノア。おれがいない間に、バンジロウやアデクの飯はどうにかなったのか? 質が悪くなっていたらぶっ飛ばすからな」

「安心しなよ。ノアもきっちりメシは作ってくれたからさ」

 バンジロウの声音にヴイツーは顎をしゃくる。

「そうかい。ただまぁ、一筋縄じゃいかない感じになったのだけは分かるぜ。まずはチェレンの治療を先にしてくれ。テッシードの麻痺毒が回っている」

「そりゃいかんな。ポケモンセンターへ」

 アデクの言葉にチェレンは素直にポケモンセンターに連れて行かれた。ベルの同行だけを許したがそれで充分だろう。

 アデクは、というとヴイツーを改めて見やった。

「すまんかったのう。彼奴が世話になった」

「いいって事よ、アデク。ただ、おれも思ったがあのガキ、歪んでやがるな」

「それをどうにかしたいと思っての放任じゃったんだが、お主が介入したという事は」

「ああ、負けそうだった」

 ヴイツーの語調にノアは言葉を差し挟んでいた。

「その、ヴイツー……チェレンは、あまりに強さへの執着が強いんだ。だから、今回はあえて、ボク達は見過ごした」

 自分の罪のような気がして口にするのは憚られたが事実なのだから仕方がない。

「いや、分かるぜ。よぉく分かる。あいつの眼を見た。とんでもねぇ、妄信とでもいうべき何かが宿ってやがる。怨霊みたいなそれを取り除くのに、荒療治が必要なのもな。ただ、おれは見過ごせなかった。それだけだ」

 ヴイツーの言葉はさばさばしていて気分がいい。自分達の行いが罰せられるものでなかったのだと認識させてくれる。

「しかし、これで余計にひねくれたら元も子もないのう」

 アデクの懸念にヴイツーは髪を掻いた。

「それも、仕方のない事なのかもしれないな。強さを求めるってのは一筋縄じゃねぇんだ」

「何でだ? オレは強いのが好きだぜ」

 バンジロウの語調が明るいのは慕っていたヴイツーの復帰からか。どこか無鉄砲なその言葉を責めるわけでもなく、ヴイツーは首肯していた。

「そうさな。強いのがいいのはどこの世界だって同じだ。問題なのは、追及の仕方一つだ。あいつの見ているものは苛烈だ。あまりに、そう、激し過ぎるんだよ。おれが戦っている最中に、まさか自分のポケモンを出しやがるとは思ってもみなかったぜ」

「ゲコガシラを……?」

「ああ、手が痺れているのに出しやがった。そいつにはおったまげたよ」

 肩を竦めるヴイツーに、ノアは逡巡していた。それほどまでの覚悟、誰が責め立てられようか。今、ベルに任せたのはある種、正解だったのかもしれない。

「何にせよ、復帰はめでたいのう、ヴイツー。今日は呑むか?」

 くいっと手をひねるアデクにヴイツーは同調した。

「おっ、いいねぇ。たまには羽目を外すか。ノアはどうだい?」

「いや、ボクはジム戦があるから」

 シッポウシティ博物館に所蔵されていた龍の頭蓋骨は返還された。結局、連中が何を狙っていたのかは謎のままである。

「ジム戦……それもわからねぇな。今さら何でジムなんだ? もう充分に強いだろ?」

「それは、その……長い話になるんだよ」

 まごついているノアに、ヴイツーは嘆息をついた。

「……いいぜ。おれがいない間に何があったのか、それをじっくり聞かせてもらおうか。それに、並々ならぬ事があったからこそ、旅の同行者が増えているんだろうからよ」

 理解が早くて助かる。ノアはポケモンセンターへの道中、ここまであった事を切り出し始めていた。















「本当に、毒が回っていたらどうするの?」

 ベルの説教は聞き飽きていた。チェレンは手を払い、それを制する。

「今はいいだろ」

「よくないよっ! ポケモンの毒って危ないのもあるんだから!」

 幼馴染の忠言を聞いているほど、自分は暇ではない。ポケモンセンターでの簡易処置が終わり、毒は二時間もすれば完全に除去出来るとの事であった。ただ、骨折だけは治せないとギプスを巻かれた。

 今は痛みがないが、麻痺毒のためこれも毒が消えた二時間後ほどに痛み出すとの事である。

「危ない、か。そんな事気にして、旅に出たって言うのか?」

 それは、とベルは口ごもる。チェレンは包帯の巻かれた腕に視線を落とし、ヴイツーの戦いぶりを反芻していた。

 ――強かった。

 文句なしの強者だ。しかも、それがかつてのノア達の旅の同行者なのだと知って、チェレンは歯噛みする。

 自分はまた、助けられた。

 そればかりか、相手はプラズマ団の離反者なのだ。裏切り者に助けられるなど、矜持が許さなかったが、その強さの前には敬服するしかない。

「……何で、あんなに強いのに、プラズマ団を離反したんだ」

「何? どうしたの?」

 幼馴染の似つかわしくない声音にチェレンは飽き飽きしたように手を払う。

「いい、何でもない」

「もうっ、チェレン君ってば、そういう風にいつもあたしを馬鹿にして……」

「実際に馬鹿なんだからしょうがないだろ。……でも、今回ばかりは僕も馬鹿だった。反省している」

 何も考えずに敵に突っ込んだ。全て奪われていてもおかしくはなかったのだ。

 ベルはそれ以上追及しようがなかったのか、開きかけた言葉を喉に収めた。

「……本当に、心配したんだから」

「分かっている。アデクさん達にも、謝らないと」

 思ったよりも殊勝に映ったのだろう。ベルはチェレンの額に手で触れてきた。それを片手で振り払う。

「何だよ」

「熱でもあるのかなぁ、って」

「……ジョーダンは嫌いだよ」

 ふんと鼻を鳴らしたチェレンにベルはぽろぽろと涙を流していた。うろたえたのはこちらのほうである。

「……何で、ベルが泣いているんだよ」

「だって、もしチェレン君がどうにかなっちゃったらって思うと、怖かったから……。でもよかった。まだ、あたしの知っているチェレン君だ」

 泣きながら笑うベルの気持ちがチェレンには分からなかった。どうして、こうも感情表現をむき出しに出来るのだろう。

「僕は負けやしなかった。そうだろう?」

「うん、そうだね。本当にそうだ」

 繰り返される言葉も何だかコケにされているようでチェレンは気分がよくなかった。ベルは自分が強くなるのを面白く思っていないのか。

「ジム戦は、明日、予約出来るって。でもチェレン君はまだ療養したほうがいいよね」

「何を言っているんだ。僕は出る」

 その言葉が意外だったのか、ベルがあたふたする。

「えっ、でもだって、怪我が……」

「痛みだけだ、どうとでもなる。それに、ゲコガシラにダメージはない。僕が通常通りの命令を出せば、ゲコガシラはきっと応えてくれるはずさ」

「でも……無茶をしたって、いい結果は出ないよ」

「無茶しなきゃ、いい結果は掴み取れないだろう」

 考え方の相違だ、とチェレンは切り捨てる。今度こそ、自分を見捨てるか、とベルを窺ったが、彼女が次に口にしたのは意外な言葉であった。

「じゃあ、あたしも。あたしも明日、戦う」

 正気を疑ったが、ベルの語調は本気であった。本気でジム戦を挑むと言っている。

「……言っておくが、最初のジムほどうまくいくわけがない」

「うん、でもあたしだって、トウコお姉ちゃんを追いかけたいから」

「僕はあの人の後追いをしているつもりはない」

 言葉上での繰り言も、ベルには通じないのか、彼女は首肯するだけであった。

 トウコの背中に追いすがるためだけではないとはいえ、それが行動原理なのはもう、自分でも認めざるを得ない。ただ、それだけのつもりで強くなるつもりはない。

 それこそ、追い越す気でいなければ。

 この地の王になる。その気概がなくって、どうやってトウコの苛烈さに追いつけるというのか。

 チェレンは傍らに置かれているゲコガシラのボールを見やる。ゲコガシラはボールの中で眠りこけていた。疲れが出たのだろう。自分も憔悴の中であったが、まだ眠るわけにはいかない。

 ジム戦を戦い抜き、己の強さを示す。

 それを遂げなければ、結局、トウコには辿り着けないのだ。

 それまで、安息は必要なかった。

「チェレン君……、でも、無理はしないでね。あたしも、一緒に戦うから」

「一緒に、か。でもベル……」

 そこから先を言いかけて、チェレンは口を噤む。ベルが小首を傾げた。

「何?」

「いや、何でもない」

 ――玉座には一緒には登れないんだぞ。

 その言葉がついて出そうになって、チェレンはぐっと堪えた。













「そう、か。ヴァルキュリアワンが死んだか」

 話を聞き終えたヴイツーは火傷の痕をさする。ノアからしてみても話すのが辛かった。自分が原因を作ったようなものだ。

「すまなかった。もっと、安全な方法があったかもしれないのに」

「いや、ノア、これが多分、ベストだったんだろう。お前のいた時間軸では、おれ達は表立っていなかった。つまり、いずれ闇に葬られる運命だったんだ。それなら、誰かの記憶の中に留まっただけ、こっちのほうがマシかもしれない」

 だが、命は命だ。ノアは後悔の胸中を持て余す。命を奪うという事は、二度と戻ってこない過ちなのだ。

「ヴァルキュリアスリーだけが生き残りか。あいつは……多分、一番冷静だろうな」

「とどめを差したのはそいつだとは言え、ワシらに責任がなかったとは言えん。お主からしてみれば仲間だったのじゃろう。ワシの頭一つでどうにかなるとは思えんが……」

 頭を下げようとするアデクをヴイツーが制した。

「やめてくれ、アデク。多分、あいつも望んじゃいねぇし、それに、戦って散れただけマシかもしれない。もっと残酷な運命が待っていたのかもな」

 それを知っているのは、プラズマ団の瓦解を知る自分だけ。ノアはダークエコーズ達に待っていたであろう「残酷な未来」からやって来たのだ。

「でも、ボクらがいながら、こんな事になってしまうなんて」

「わからねぇよ。誰にも、わからねぇのかもしれない。誰がどうなっちまうかなんて。てめぇの言う、トウヤってのがいないからと言って、希望が潰えたわけじゃないんだろ?」

「それは……」

 トウコなる少女の存在。英雄は消えていないのか。

 そもそも、こちらの時間軸での己の存在が不明である。どう動くのかまるで読めない。

「いいじゃねぇか。元の時間とは違うって言うんなら。それはそれでアリだろうよ。もしかしたら、救えている命もあるのかもしれない」

「救えている命……」

 ノアは自ずとケルディオのボールを手にしていた。ケルディオは、元の時間軸なら成金に売り飛ばされていたかもしれないポケモンである。

 それが今、この手にあるのも何かの運命の導きだろうか。

「おれは辛気臭ぇ話が嫌いだ。ここいらで打ち切っていいか?」

「いや、ヴイツー。もっと言わなくてはいけない事がある。ボク達はジムバッジを手にして、正当な方法で、ポケモンリーグを目指す事にした」

「それはさっき聞いたが……随分と遠回りな気もするがな」

 今さらの話かもしれない。だが、ノアは言っておかなければ、とヴイツーの眼を直視する。

「この時間軸のボクを止めようとしても、恐らくは抑止力に阻まれるか、あるいはこの時間にボクを飛ばしてきた黒幕が止めにかかるか、どちらかだろう。その場合、ボクは勝たなければいけない。強くなければいけないんだ。その証明のため、と言えばいいのかな。ボクは、己が強い証明が欲しい」

「証明、ねぇ。てめぇで強いって思っているだけじゃ足りねぇってんならおれは応援するが、その場合、N様が英雄のポケモンを手に入れるのに間に合うのかどうかって話だ。てめぇの目的は変わってないんだろ? ノア」

 その問いかけにノアは首肯する。

「ああ、ボクを止める。それしか、ここに来た意味はない」

 強い意志を携えた声音にヴイツーはふんと鼻を鳴らした。

「分かってんなら、止めねぇよ。それがぶれたって言う時に、おれを頼りな。いつだっててめぇの頬をぶつくらい、わけないぜ」

 こうして対等に話してくれているだけでも随分とありがたい。この時間軸では「N」ではなく「ノア」としていられる。

「世話をかける……」

「いいって事よ。おれは変わりなく、てめぇらの飯番、それでいいんだろ?」

 ヴイツーが話しながら調理していた鍋が煮えてきた。バンジロウが箸を持って急かす。

「オレが最初に食う!」

「待てって。ったく、変わってねぇな、てめぇらは。バンジロウ、もうちょっと我慢を知れ」

「浮かれておるのじゃよ。お主ともう一度、旅が出来る事にな」

 アデクの声音にノアは安息出来る場所があるとすればここなのだと感じていた。

 ヴイツーがいる。バンジロウがいる。アデクも無事だ。

 ――これ以上、何を望めばいい?

 この安息の時間の終わりを、だが自分は知っている。瓦解する瞬間はそう遠くないのだ。

 だからこそ、一分一秒を大事にしたい。

「よし、大いに食えよ。寄せ鍋だ」

 鍋奉行のヴイツーの言葉で鍋蓋が開かれ、早速バンジロウがせっついた。

「やっぱり、あんちゃんのメシが最高だな!」

「あんがとよ、バンジロウ。ノアも、食える時に食っておけ。明日はジム戦だろ?」

 その言葉に、ノアはありがたく鍋に箸を伸ばした。













 シッポウシティ博物館の最奥に、バトルフィールドが敷かれている。

 平時ならばそれは可変式の床によって見られないのだが、挑戦者を四人出迎えた今朝から鈍い光沢を放つ灰色の平原が現れていた。

「私はあんたらに、とても感謝している。博物館の代物を奪っていった罰当たり共をきっちり制裁してくれたみたいだし、何よりも取り戻してくれた。ジムバッジくらいは、明け渡したいところだよ」

 アロエのさばさばとした性格ならば一度の恩でジムバッジくらいは差し出すだろう。しかし、今回は事が事であった。

 一度に四人の挑戦者。それも全員がジムリーダーとの戦いを望んでいる。

 その中の一人であるノアは緊張に汗が滲んでいた。

 アロエは四人の挑戦者を前に、及び腰になるわけでもない。それどころか、眼には闘志が宿っている。

「私はねぇ、これでも鳴らしたクチさ。ノーマルタイプ使いってのは他のジムリーダーに比べて軽く見られがちだ。だが、ノーマルってのは逆に言えば掴みどころのない、それこそ水よりも柔らかく炎よりも激しい代物だ。そいつを制するってのがどういう事なのか、分からないわけではあるまい?」

 見渡した四人の挑戦者は全員がその覚悟を胸に抱いている。

 チェレンが一番に言葉を切り出した。

「能書きはいい。さっさと始めようじゃないか」

 一分一秒も惜しいのだろう。その気持ちは痛いほどに分かる。アロエは、というと快活に笑い飛ばした。

「いいねぇ、その感じ。この間、うちに来たあの少女トレーナーを思い出すよ。チラーミィ一匹で完封して見せた、あの実力者をね」

 チラーミィ一匹。それがトウコなのだろう。チェレンの身に纏う空気が目に見えて変わった。

「だったら、余計に。言葉なんて不要だ。僕はあの人より強い」

「大層な自信じゃないか。しかし、私もね。四人全員と張り合えるだけのポケモンを、なんて都合よく四体もいないんだ。そこで、どうだろうかねぇ」 

 アロエがモンスターボールを投擲する。

 繰り出されたのは背の高いポケモンであった。茶色の毛並みに、赭と黄色のけばけばしい瞳をしている。

 図鑑説明を見るまでもない。イッシュでは全国的に見られる珍しくもないポケモンだ。

「ミルホッグ……、そんなもので、僕が止められるとでも……」

 チェレンの声音にアロエはチッチッと指を振った。

「あんた一人を止めるのに、使うんじゃない。――四人、一気に来な。ミルホッグ一体を倒せれば、全員にジムバッジを進呈するよ」

 その言葉は挑発に聞こえた。ミルホッグ一体と自分達四人のポケモン。秤にかけるまでもない戦力差だ。

「おばちゃん、ちょっとばかし馬鹿にし過ぎじゃねーの? オレ、一応は実力者のつもりなんだけれど」

 バンジロウの不服そうな声に、アロエは言いやる。

「いくら常勝の王者、アデクの孫とは言え、その血筋がそのまま、ってわけじゃないだろ? 不満なら試して来な。結果は自ずと出るよ」

 ベルがおどおどとポケモンを繰り出せずにいる。ノアも何か裏があるのでは、と勘繰っていたが、一番に我慢出来なかったのはチェレンであった。

 片腕の痛みを押してここに来ているというのに、侮辱されて堪るか、という意思があったのだろう。

 その手がモンスターボールを掴み取る。

「……後悔する。行け、ゲコガシラ!」

 出現したゲコガシラが瞬時に跳ね上がりミルホッグの上を取った。それとほぼ同時展開で放たれたのはメラルバである。

「オレも、こいつと同感ってのはアレだけれど、四対一ってのはあり得ねーよ。メラルバ、放射熱を使い、ミルホッグを倒す!」

 炎と水の包囲が確実にミルホッグを叩きのめすかに思われた。

 だが、その直後、アロエが口元を綻ばせる。

「そう、うまくいくかねぇ……」

 ミルホッグへと水の波導が叩き込まれかけて、その波導が瞬間的に襲ったのはメラルバであった。

 メラルバの放射熱も照準を見誤ったかのようにゲコガシラを狙い澄ます。

 両者の攻撃が弾け、お互いにダメージを負った。攻撃が交差し、ゲコガシラが大きく後退する。メラルバもその身に水を浴びていた。

 何が起こったのか、一瞬わけが分からなかったほどだ。

 ミルホッグ一体を狙い澄ましたはずの二体が、同士討ちをした。

 そう結論付けざるを得なかったが、その帰結だけで済ませるにしてはあまりにも不気味な展開である。

「同士討ち……、でもそんな……片一方はだってバンジロウのメラルバだぞ」

 うろたえたノアに対して二人のトレーナーの困惑はさらに上回るものであったらしい。

 バンジロウは硬直し、チェレンは目を疑っていた。

「何が……」

「起こった?」

 二人とも理解していないのか。それとも、理解していながら、その真実が分からないのか。

 顔を見合わせた二人に対して、二体のポケモンがミルホッグを再び狙う。

「こけおどしなんて!」

「通用するかよ!」

 放射熱と水攻撃。確実に取ったかに思われた挟撃であったが、その二つの攻撃の帰結はまたしても、お互いのポケモンへの誤射であった。

 ダメージを負った二体が弾かれ合ったかのように後ずさった。

「何だ……ミルホッグは、何をしたんだ?」

 ノアとベルはポケモンを出せずにいた。その状態でも何ら問題はないかのようにアロエは笑みを浮かべる。

「さぁ、来なよ、チャレンジャー。私は逃げも隠れもしない。当然、ミルホッグもね。ただ、あんたら勘違いしているとすれば、それはジムリーダーの実力だ。ジムトレーナーなしで一回の戦闘で四人にジムバッジをくれてやるって言ってるんだ。それなりに強いと思ってもらわないと、張り合いがないねぇ」

 ノアはこの場を制圧しているジムリーダー、アロエに目線を振り向ける。

 強者の眼差しがこの不穏なバトルフィールドを見据えていた。






第五章 了


オンドゥル大使 ( 2017/10/16(月) 20:40 )