第63楽章「少女殉血」
またポケモンが駄目になった。
その事実にアララギ博士のスクールでも年長の少年が囃し立てる。
彼の名前はアズマと言った。名前の由来となったアズマオウと呼ばれるポケモンを従え、顔を伏せるトウコへと、少年が嘲笑を浴びせる。
「ダッセー! トウコ、ポケモンに嫌われてやんの!」
トウコはすぐに怒り出しもせず、すっと罅割れたボールを手にしていた。
「アズマくん! トウコちゃんはまだポケモンを使うのに慣れていないから」
「でもよー、博士。そんなんで、本当のこのカノコから出られるのかよ? 一匹だって懐きもしないんだぜ?」
アララギ博士はアズマを叱責する。トレーナーを軽んじる発言はここでは相応しくない。
駆けていったアズマの背中を眺め、アララギ博士は嘆息をつく。
あの年頃の少年にありがちな、恋慕の裏返しであろう。
からかいたがりの少年期には何を言っても無駄なのだ。
「大丈夫よ、トウコちゃん。私が新しいポケモンを……」
そこまで言いかけて、アララギ博士は目を見開いた。
罅割れたボールを固く握り締めたトウコの掌から真っ赤な鮮血が滴っているのである。
まさかこれほどまでに彼女を追い詰めたとは思いもせず、博士はおろおろと怪我の手当てに当たった。
――トウコはまるで人形のよう。
――きっとお前の母ちゃんも人形だったんだ。
大人と子供がこの小さな田舎町では同じ言葉を発する。
それをいさめる大人もいない事に、カノコタウンに研究所を構える事に決めたアララギ博士は困惑していた。
イッシュ最南端。
最果ての町での研究職は決して生易しいものではない。
だが、あまりにもイッシュのトレーナーに対しての受け皿が低下していた事。さらに言えば、イッシュを旅立って晴れやかな旅路を彩るはずの彼ら、彼女らに付き纏う黒い影があった。
未発達な知識と浅い教育の果てに待っている貧困と格差。さらに言えば、少女達はその道筋を失い、夜毎に男を替える娼婦と化す。
男達は一夜限りの金を持って女達を道具のようにしか思わず扱う。
イッシュの中心地、ヒウンから先の南に広がっていたのはそのような地獄絵図であった。
博士はこのイッシュで育ち、研究職につけたが、親の七光りと言われても何らおかしくはない。
研究の権威、アララギ教授。
自分の父親は壮年になってから母と出会い、一人娘の自分をもうけた。
だからか、過保護に育った博士はどこか浮世離れしているといわれ続け、その研究の一つであるポケモンの夢の分野に関しても「ままごと」扱いされているのが近況であった。
「気持ちは分かるわ。私だって、女トレーナーなんて生意気だって言われていたから。でも、アズマくんを、許してあげてね。トウコちゃんは優しい子でしょう?」
怪我は幸いにして深くはなかった。掌に包帯を巻いてやりながら、博士は思う。
トウコは透き通った瞳をした人形のような子だ。
だからからかわれるのだとしても、それ以上に、彼女の生まれを責め立てる事など誰にも出来やしない。
「お母さんがもうすぐ来るって言っていたわ。だから、私がそれまではポケモンの勉強に付き合ってあげる」
席を離れようとした博士の白衣をぎゅっと握った力があった。
トウコがその無感情な瞳を潤ませていやいやをするように首を振っていた。
「いや……お母さんは、いや」
「でも、トウコちゃん。お母さんが仕事終わったらいつも迎えに来るでしょう?」
「あんなの、いや。お母さんじゃない」
その言葉を責める事は出来ない。叱ってしまうのは簡単だ。だが、そうした時、彼女は居場所を失う。
博士はトウコの目線に合わせて屈んでやり、その頬を撫でた。
「分かったわ。でも、きちんと家に帰らないと。心配するでしょう」
「しんぱい、しないよ。だって、しらない男の人が来るもん」
博士は胸が締め付けられる思いになる。そのような言葉を、こんな幼い少女の口から言わせて欲しくなかった。
事情通の大人達と、子供が同じ口調で語る。
田舎町ならではの苦悩であった。
トウコはトレーナーの道に逃げるしかない。しかし、逃げた先も同じならば、結局それはどこに行けばいいのか。
「……チェレンくんとベルちゃんが待っているわ。お姉ちゃんでしょう? 一緒に遊んであげて」
眼鏡の少年とどこかおどおどした少女が部屋に入ってくる。トウコは彼らの前だけでもしっかりしていようとするのだ。
それが、俗に言う無茶な笑みだとしても。無理をしていると分かっていても、彼女にはそれを忘れるだけの時間を持たせてあげたい。
自分に出来るのは、彼女の居場所を探してあげる事だけ。
その保障までは出来ないのだ。
研究室に戻ると父親であるアララギ教授が声を振り向けた。
「大変そうだね。……また、あの子かい?」
「ええ、パパ。カノコに来れば、都会の喧騒を忘れられると思っていたけれど、私、甘かったのかな……」
偏頭痛を覚えつつ、椅子に腰かける。テーブルに差し出されたのは甘いクッキーとブラックコーヒーであった。
「お前はもう立派な大人だ。研究者としても。だから、わたしはあまり、うるさくは言わないつもりなんだけれどね。あの子達はしかし、まだ善悪の判断もついていない。正直なところ、驚いているのはわたしも同じなんだ。イッシュ最南端がこれほど荒れているなんて」
コーヒーで喉を潤し、博士はため息混じりに言いやった。
「子供のからかい程度ならば、まだいいわ。……問題なのは大人達よ」
大人達の囁かす噂話はこんな小さな町ではすぐに常識となる。
大人の世界の言葉は子供にとっては絶対の呪縛となるのだ。
教授は二本の指を立てて引く真似をした。博士は首肯する。
懐に入れていたシガレットケースから煙草を取り出し、教授は紫煙をたゆたわせた。
「……どうしようもない、のかもしれないね。貧困、荒れた国民性、トレーナーの受け皿の低下。子供達への教育の行き届かなさ。……少女売春、堕胎、か。わたしも時代は違えど、イッシュはそのような国であったか、と問い質したくなる」
きっと違うだろう。博士は疲れた頭で言葉を返していた。
「パパの時代は、スターがいたから」
「カミツレさんと、アデクさんかい? そうだね。確かにあの二人はスターだった。いや、今も燦然と輝いているのに、だった、は失礼かな」
カミツレには会った事がある。全身に輝きを帯びているかのような女性であった。一線を退いた今はファッションコーディネイターの仕事と大手のプロデューサー業を兼業しているという。
その実績をイッシュで知らない人間はいない。
アデクは別ベクトルの有名人であった。
トレーナーの頂点、ポケモンリーグの王。四十年ほど前の第一回ポケモンリーグにおいて、実績を示し、イッシュ先住民族の地位を高めたカリスマ。
太陽の鬣を持つ男の異名は伊達ではない。その戦歴は常勝と誉れに満ち溢れている。
博士の世代にはそのようなカリスマは少なかった。
ある意味では、伝説の領域である。
「私も、パパみたいにヒーローがいる世代だったらなぁ」
「泣き言かい? らしくないじゃないか」
世の中には父親に相談出来ない悩みを持つ同世代もいるのだ。そう考えると自分の境遇は決して低いものではない。
だが、弱音くらいは吐きたい時もある。
「トウコちゃん、ね……。笑わないの」
切り出した声音に教授は、そうかと頷く。
「感情表現が乏しいのかな?」
「それもあると思うけれど、あの子、この町が嫌いなんだわ。ここに住んでいる大人も子供も、きっと同罪。あの子の眼からしてみれば、同じにしか映らないんだと思う」
「色眼鏡をかけた大人達に、その言葉を鵜呑みにする子供達、か。皮肉な事に、最果ての町で手に入ったのは安息じゃなかった、という事かな」
「笑いごとじゃないわ、パパ。あの子、ずっと、どこか遠くを見ているのよ」
「どこか……」
博士は時折、トウコの見せる眼差しに硬直する事があった。
この少女は何を目にしている? 何を見つめて、今を生きているのか。
「私は、あの子の境遇を含めて、何とかするべきだと思っている」
「だが、教職免許は持っていないだろう?」
「変なところで茶化さないで。それも含めて、ポケモン博士だって言っているのよ」
「立派な心がけだ。だが、分不相応な望みはお互いを滅ぼす。肝に銘じたほうがいい」
「……それって、ママを逃したパパの教訓?」
痛いところを突かれた、と感じたのか、教授はそそくさと退散した。
「わたしは奥の間で研究しておくよ。なに、いつの時代だって、子供達の立派な見本になるのが、大人の役割だ」
「……それが出来れば、苦労しないわよ」
博士はコーヒーを呷り、自室に入った。ようやく息をついた博士はセットした髪を解き、まだ馴染んでいない白衣を脱ぎ捨てた。
教授はポケモンの権威だが、自分はまだ駆け出し。
結果を示さなければ教鞭にも立てなくなる。
何よりも、自分はポケモンのアドバイスは出来ても人間関係のアドバイスまでは出来ないのだ。
時計を見やり、五時過ぎなのを確認して、博士は電話をかけた。通話先の相手は思ったよりも速く通話口に立つ。
『もしもし? どうしたの?』
「ああ、マコモ? 私、アララギ」
『まだ仕事じゃないの?』
「マコモほど忙しくないよ。ドリームワールドの論文、読んだ。忙しそうだね」
『アタシも、あんたみたいに一端の研究者になれたらねぇ。それなりに暇を持て余せるんだけれど。妹と一緒にドリームワールドのシステムチェックに連日。妹は休みを出せってバカンスに出たっきり。今は、アタシ一人』
マコモは大学時代の友人であった。数少ない、自分の仕事の愚痴をこぼせる人間の一人だ。
「……今、大丈夫?」
『あんたこそ、随分と疲れた声じゃない。何か嫌な事でもあった?』
「嫌って言うか、何て言うかだけれど」
守秘義務で子供達の事は教えられない。博士は表面だけ伝える事にした。
「……あのさ、私達、自分の国がこんなのだって、大学に入るまで知らなかった気がする」
『あんたはそうかもね。だって結構温室だし』
「私は……そう、温室だったのかもね。イッシュって建国神話も血で汚れているし、どこへ行っても何かしらあるのよ。穢れた部分が」
『らしくないじゃない。弱音?』
「たまには言いたくもなるわよ。……カノコに越してきた、って言ったじゃない」
『うん。仕事先も近いしたまには飲みにいこうって言ったけれど』
その約束もすっかりご無沙汰だ。博士は額に手をやってマコモに詫びる。
「……ゴメン。私、約束守れていないね」
『忙しいのならしょうがないじゃないの? アタシだって時間取れないし』
「本当に、次に時間と休みが取れたら行こう。サンヨウシティでよければ、だけれど」
『近場じゃん。ヒウンまで行こうよ』
「時間ないって……。ああゴメン、愚痴だった」
『いいよ。この回線も愚痴回線でしょ?』
親友の皮肉に博士は束の間、自身の役割を忘れる事が出来た。社会に出て荒波を掻き分けている感覚から逃れ、歳若い女子の声音で笑える。
「……アリガト。マコモくらいだよ。私が愚痴吐くの」
『光栄に思うべきなのかねぇ。あんたはポケモン、アタシはトレーナーの研究分野に分かれたわけだけれど』
「分かれたって言っても根っこは同じじゃん。繋がっている感じはするよ」
マコモくらいなのだ。自分が「アララギ博士」ではなく一個人として接する事が出来るのは。
『そいつはどうも。で? 相談事なんでしょ?』
「分かる?」
『電話かけてくるくらいだからね。相当参ってる』
「分かっちゃうのか……」
『何年友達やってると思ってるの? で? どういう相談?』
「……故あってこれを言っている事そのものを知られたくないんだけれど」
『いいよ。アタシもマコモっていう公人ではなくって女子として聞くだけだから』
「……トレーナーとして、自分に才能がなかったら、マコモはどうする?」
『そんなの、後からついてくるもんじゃないの。まずは努力だって、あんたの口癖だったじゃん』
「そうだった。そうだったんだけれど……いざ、現実見ちゃうとね。何でなんだろ、って思っちゃって」
『才能の有無なんて結果論だよ。アタシはそういうんじゃないと思うけれど』
外に出たのか、ポッポの鳴く声が漏れ聞こえてくる。
「私も、そういうのはないと思ってた。才能とかセンスとか、そういうのはどうせ、後付けだって。でもさ、まったく世界に愛されていない子がいるとすれば? その子の見ているものってどういう風に映っているのかな……?」
『ん……なかなかに分かんない謎かけだけれど、アタシが言うとすれば、ポケモンに愛されなくっても人に愛されれば、と思うけれど』
ポケモンではなく人に愛されれば。だが人にさえも、彼女は愛されていないのだ。
この世界そのものに、トウコは愛を拒絶されている。
「難しく考えすぎなのかもしれないけれど、私、その子が時々、怖いくらいなの」
『怖いくらいって?』
博士はベッドに寝そべり、照明に自分の手を翳した。
「ここまで愛を知らない子は、どう育っちゃうんだろうって。時々、とても怖くなる。愛されていない子は、愛なんて何もかも虚像だって言い張っちゃいそうで」
その時、教えてきた何もかもを否定される気がして。
通話口でマコモが、なるほどねぇ、と息をついた。
『あんたなりに大変なわけだ』
「イッシュにおける貧富の差、それに教育機関の有無ってのが大きい。知ってる? イッシュ地方って他の地方よりも人飼いが多いのよ。学歴の低い人間を、ただの数合わせ程度にしか思っていない。彼らに食べさせるだけのパンと水も足りていないって」
『アタシ、経済論に口出すつもりはないけれど。一女子として、あんたの悩みを聞くだけだし』
「そうだったね。マコモはこういうの嫌いだった」
『分かっててやってんだとしたら、あんたも結構ハラグロだよ』
ちょっとだけ笑えて来た。マコモと話すと素の自分に戻れるから博士は癒されている。
「ホントだ。私、ハラグロかも」
『ポケモンの先生やってんでしょ? だったらもっとうまくやる術とか、同業者に尋ねれば?』
「駄目だって。私みたいな小娘の繰り言に付き合ってくれる若い男はいないの」
『まぁね。ポケモンの権威で若い男なんてみんな、出世しちゃうかそれかいい子見つけちゃうもんね』
マコモも自分も、彼氏が出来たためしがない。
「どうする? マコモ。このままずーっと独り身」
『それは嫌だよ』
お互いに笑い合う。少しだけ胸の内がすっとした気がした。
『落ち着いた?』
そう尋ねられて初めて、自分が取り乱していたのだと気づけた。
「うん……ゴメン、マコモ。こんな事ばっかしに付き合わせちゃって」
『人生、毒抜きも必要でしょ。あんたは毒を溜め込むからね』
「本当に、そうかも」
通話口でジッポの音がする。マコモも煙草は吸うのだった。父親とまではいかないがヘビースモーカーだ。普段はそれを隠して計算高い女子でいるのが彼女のスタンスである。
『で、その子、だっけ。そんなに不安?』
「不安って言うか、今にも押し潰されてしまいそうで、私は怖い」
『でも、子供の世界に大人が口出ししてよかった事なんてためしはない、でしょ?』
「本当にその通りなんだけれど、でも私、何とかしてあげたいの」
必死の訴えに聞こえたのだろう。マコモは嘆息をついた。
『……変わってないね。大学の頃から。一つの事に付きっ切り』
「そうかな……?」
『そうだよ。まぁ、だからあんたは研究者。アタシはあるのかないのかも分からない物質を求めるただのしがないエンジニア』
「ドリームシンクはあるってこの間学会で吼えたって聞いたよ」
有名な話であった。ネットニュースにも上がったほどだ。マコモはその話題を引き合いに出すと憔悴したような声を出す。
『あれ、か……やめてよ、あれ。二日酔いで学会に出るもんじゃない』
「二日酔いで出たの?」
『学会にはお偉いさんが来るでしょ? その人達に負けないように、景気づけに飲んでたら約束の時間の一時間前。レポートは出来ていない。そりゃ、もう吼えるしかないわよ』
「あらら……それはまた」
災難な事で、と続けるとマコモは大きなため息をついた。
『まぁその事は忘れて、さ。あんたも一回、リフレッシュしたら? 子供達の面倒を連日見続けるのも大変でしょ』
「でも私は、やりたくってこの仕事に就いたわけだし」
やり甲斐も感じている。しかし、トウコの前だとその張りぼてが突き崩されるような気がするのだ。
彼女の持つ絶対的な現実の壁の前では、理想に生きる自分は何と脆い張りぼてか。
『……アタシはしがないエンジニア女子。無論、口も堅い』
「助かる。今預かっている子の中にね、どうしてもポケモンが持てない子がいるの」
『理由は?』
「探ったけれど全部不明。システムがエラーを起こしたり、ポケモンが逃げ出したり。どういうわけだかその子の周りだけ。他の子は何ともないの」
その説明にマコモは胡乱そうにした。
『作り話とかじゃ……』
「違うって。れっきとした事実」
『だとしたらその子、救われないね。世の中にはポケモンセラピーとかもあるけれど、そういうのは』
「試したわよ、真っ先に。そのセラピー用のポケモンも逃げた。これでどう?」
全ての手が割れたマジシャンのように博士は言いやった。半ば投げやりの声にマコモが、なるほどと得心する。
『どれだけ手を尽くしても駄目だから、大学時代の友人に助け舟ってわけ』
「理解も早くって助かる」
『でもさ、結局はその子の問題じゃん? アタシ達大人が偉そうに言いやっても多分、解決しないよ。その子の環境から埋めていかないと』
「そうなんだけれど……」
ここから先はさすがに研究者として以上に、教育者としての自分がブレーキをかけた。
これ以上はマコモにも言えない。
それを察したのか、マコモが通話口で言葉を継ぐ。
『あんたの言いたい時に、それくらいの気軽さでいいよ。アタシはいつでも待ってる』
「本当にゴメン。こんな事でしか、頼れなくって」
大学時代の親友なのに。マコモはしかし、快活に笑った。
『いいって。まだ繋がりが切れていない事だけはアタシも大助かり。アララギ博士の友人って言えば、それなりに人脈築けるし』
「……マコモ?」
『ジョーダンに決まってるじゃん』
「もう……冗談に聞こえないんだから」
しかし肩の荷は軽くなった。マコモには感謝してもし切れない。
『でもさ、本当にまずい時には連絡してよ。潰れてからじゃ遅いんだから』
「分かってるわ。その子の事も、色々あるみたいだし」
『そろそろ切らなきゃ。じゃあね、いつでもかけてきていいから』
「サンキュ、マコモ。またね」
通話を切って博士はベッドにうずもれた。マコモに全部話してしまったほうがよかったのかもしれない。
だが、これは研究者としての最初の関門だ。
前途ある若者の道を閉ざしてはならないという。
「……私に、何が出来るんだろ」
改めて仰ぎ見た掌は思ったよりもずっと小さかった。