FERMATA








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四章 凱歌の子供達
第45楽章「桂花葬」

 その声にケロマツが甲高く鳴いた。しかしヴァルキュリアワンは歯牙にもかけず、こちらを見やってくる。

「余計な戦闘を挟むつもりはない。反逆者、ノア。それにヴァルキュリアツーはどうした?」

「ヴイツーならばここにはおらんぞ」

 その言葉にヴァルキュリアワンが狼狽する。

「いない……? どういう事だ、チャンピオン、アデク、それは……」

「余所見しているんじゃないぞ! ケロマツ、畳み掛ける! 泡攻撃!」

 ケロマツが躍り上がりダイケンキへと攻撃を見舞おうとする。

 ヴァルキュリアワンはそれこそ、一瞥も投げずにその攻撃に対応してみせた。

「ダイケンキ、どうやら力の差が分かっていない相手のようだ」

 ダイケンキがアシガタナの背で「あわ」を受け止め、返す刀でケロマツを封じ込める。

 その間、僅か一秒に満たない。

 ケロマツを完全に封殺され、チェレンは戸惑っていた。

「一撃……!」

「当たり前だろう? トレーナー初心者か? レベル差も分からずに特攻してくるとは、大した人間じゃないな」

 ダイケンキが剣を払い、ケロマツを吹き飛ばす。

 それだけでダメージがレッドゾーンに達したのがノアには見て取れた。しかし、チェレンの眼差しに諦めの色はない。

「まだだ……まだ僕は……」

「おい、反逆者ノア。それにアデクとその孫、こいつは何だ? 余計なものを連れてくる。こんな弱者に、用はないぞ」

 弱者。その言葉にチェレンの中のたがが外れたようであった。

「黙れェッ!」

 ケロマツが最後の力を振り絞り、ダイケンキへと肉迫する。だがそれが悪足掻きなのは誰の目にも明らかだ。

 ケロマツの渾身の一撃を、ダイケンキは足を踏み鳴らしただけで相殺する。

「邪魔な……諦めたいのならもっとマシな実力になってからにしろ」

 衝撃波だけで、ケロマツが及び腰になる。チェレンは声を張り上げていた。

「まだだ! ケロマツ、僕らはまだ!」

「まだ、なんだと言うんだ? 呆れて物も言えない、とはこの事だな。プラズマ団に歯向かうだけでも愚かだが、その上を行っている。分を弁えていない奴は消え失せろ」

 ダイケンキのアシガタナがケロマツへと真っ直ぐに向けられる。突き刺さるかに思われたその一撃を逸らしたのは炎を纏ったメラルバであった。

「フレアドライブだ!」 

 メラルバの躯体がすぐさま熱放射で赤く染まり、アシガタナの照準を逸らす。そのお陰で直撃は免れた形となったがケロマツの負ったダメージは深刻であった。

 片腕に深い切り傷が刻み込まれている。

 このままでは支障が出るのは誰が見ても明らかであった。

「チェレン、ボールに戻すんだ!」

 ノアの声にチェレンはようやく我に帰るが錯乱しているのかボールの動作の方法も思い出せないらしい。

 緊急射出ボタンを押そうとして首を横に振っている。

「違う……こんなはずじゃない……僕は、僕は勝って、その上で王に」

「馬鹿野朗!」

 バンジロウがその手からボールを引っ手繰り、ケロマツを戻す。これで傷が進行する事はないがそれでもチェレンの判断ミスは否めなかった。

「何だ? 弱い者同士で寄り集まって家族ごっこか? 貴様らのそういう面を見せ付けられると吐き気がする」

 その言葉にバンジロウは顎をしゃくった。

「こっちも、プラズマ団ってヤツには随分とムシャクシャしていてな。オレは、どうやら許せそうにない。昨日と言い今日と言い、お前らは何だ? 弱いヤツをぶっ倒して、それで楽しいのかよ」

 バンジロウの問いかけにヴァルキュリアワンはナンセンスだと言わんばかりに頭を振った。

「弱いから下手を打つだけの話だ。そんな明確な事が何故分からない? 弱いからこの世の地獄を見る事になる。その小僧、トレーナー初心者のようであったが、育ても足りなければ覚悟も足りていない。トレーナーになる時点で、分不相応だ」

「野朗……言わせておけば!」

 バンジロウのメラルバが奔るかに思われた。

 だが、それを越して空間を奔ったのはメラルバの影ではない。

 四足の小型ポケモンであった。

 大きめの耳を垂らしており、身体は金色に近い。

 ケロマツと変わらぬほどの矮躯のポケモンが前に出るなり、ダイケンキのアシガタナへと炎を浴びせかかった。

「フォッコ!」

 その声の主に誰もが瞠目する。

 ベルが、涙ぐみながら手を払っていた。

「ベル……」

 呆然とするノアにベルが声を張り上げる。

「もう、やめたげてよぉ!」

 その声に同期し、フォッコが跳ね上がった。ダイケンキが斬り上げるかに思われたが、その切っ先にまるで木の葉のようにすっと四足が舞い降りる。

 何の力を加えたわけでもなければ、余分な能力でもない。

 フォッコを、ベルが完全に掌握している。

 それだけのただ歴然たる事実なのに、ノアは飲み込めなかった。

 ベルは、トウヤと共にいる事の多かったトレーナーだ。決して強かったと言う印象はない。むしろ、弱々しい少女であった。

 Nであった頃の自分にはそう映っていた。

 脅威判定に挙げるまでもないと。

 むしろチェレンのほうがトレーナーとしては向いているように映っていたのに……。目の前で展開された光景に息を呑む。

 フォッコが軽やかにダイケンキの懐に入る。

 ダイケンキが水流を逆巻かせ、フォッコへと「ハイドロポンプ」を叩き込もうとしたが、フォッコはそれらが形成される前に霧散させた。

 自らの操る炎と、もう一つの隠された属性で消し飛ばしたのだ。

 そのような芸当、世界広しといえども熟練したトレーナー以外可能なはずがないのに。

 ベルは熟練者ではない。

 トレーナーの初心者。まだ戸口にすら立っていない存在だ。

 そんな彼女が、まるで手足のようにフォッコを操っている。フォッコの焚いた炎がダイケンキの表皮を焼く。

 すかさず入った斬撃があらぬ方向を掻っ切った。

 フォッコの幻影がどうやらダイケンキには見えているらしい。

 混乱状態にあるダイケンキへとフォッコが炎を見舞う。

 だが、火力不足であった。

 どれほど強くとも埋めようのないのはレベルの差だ。フォッコの正確無比な攻撃はもしそのレベルが高ければ一方的に蹂躙していただろう。

 ただ、今はまだ弱々しい。

 ベルは糸が切れたかのようにその場に倒れ伏した。

 アデクが慌てて駆け寄り脈を取る。

「生きてはおる……じゃが、極度の集中……これは同調か」

 同調。まさかその域にベルが達しているなどこの場で誰が信じられようか。

 チェレンは耳を疑いベルを見据えた。

「ベルが……同調?」

「同調状態のトレーナー、か。妙なものを見繕ったな、チャンピオンに反逆者。だがそのようなもの、まだ痛くも痒くもない。ここで潰すのみ!」

 駆け抜けたダイケンキがアシガタナを振るい上げる。

 ノアがホルスターからモンスターボールを地面に落とした。

 瞬間、割れたボールから水の皮膜を迸らせたケルディオが顕現する。

「させるな! ケルディオ!」

 水流がぶつかり合い、干渉波を浮かび上がらせながらケルディオがダイケンキに肉迫しようとする。

 その格闘攻撃をダイケンキはアシガタナでいなした。

 結果的に両者とも、距離を取って後退する。

 その間に割って入ったのはメラルバの熱放射であった。瞬時にダイケンキの身体から水分が奪われていく。

「その腕もらった!」

 バンジロウの勝利宣言にヴァルキュリアワンが声にする。

「手は打ってある! 雨乞い!」

 ダイケンキが天高くアシガタナを振り上げた瞬間、雨が降り始めた。すぐさま豪雨となり、うねりとなってメラルバの熱放射を無力化していく。

「雨乞いで、熱放射を逃がしたか……!」

「二度も三度も、同じ手は食わん」

 さらに「あまごい」の追加効果を得たダイケンキの様相は先ほどまでと打って変わっている。

 全身に水流の血潮が迸り、全身これ武器とでも言うように刺々しく変化していた。

 水の針を全身に有している。

 その針から水分を奪い取り、さらに増強していった。

「特性か……」

 バンジロウの呻きにヴァルキュリアワンは言い放つ。

「この状態のダイケンキ、捉えられると思うな!」

 瞬間、掻き消えたとしか言いようのない速度でダイケンキがメラルバへと迫る。その一撃がメラルバの身体を切り裂いた。

 体表に張った熱放射のバリアーで辛うじて直撃は避けたが今までの攻撃の比ではないのは明らかだ。

「素早い……!」

「それだけではない。能力も桁違いに上がっている。……この状態ではウルガモスで瞬間的に水を奪うのも難儀じゃのう」

 歩み出たヴァルキュリアワンが手を払った。それだけでダイケンキがアシガタナを振るい、空間を鳴動させる。

「これが、真のダイケンキの姿だ! これでも貴様らは勝てると、そう抜かすか?」

 この状態に入ったダイケンキと戦うのはさしものチャンピオンと言えども難しいだろう。持久戦にもつれ込む覚悟をする必要がある。

「長丁場になるか……」

「いいえ。そんな事はさせません」

 ノアの言葉にアデクを含め全員が目を見開いた。ケルディオを引きつれ、ノアは言い放つ。

「ボクが勝つ」

「口ではどうとでも言える。反逆者、ちょうどいい、その強さを認めてヴァルキュリアツーは道を誤ったのであったな。ならば、ぼくにも示してみせろ! 強さって奴を!」

 瞬間移動したダイケンキがノアの首を刈ろうと駆け抜けた。その切っ先を制したのは他でもない。

 ケルディオの角である。

 その角に黒白の輝きが宿っていた。

 ヴァルキュリアワンが目を戦慄かせる。

「何だ、それは……」

 ――自分でも分からない。

 だが、何かが告げている。ここで、相手を許してはいけないと。絶対に倒さなければいけない敵であると。

 その心がケルディオを伝導し、角に一撃として結実する。

 黒と白の輝きを誇る角が瞬間的に瞬いた。

「食らえ!」

 その一撃に危うさを感じたのは両者同時である。

 ダイケンキはアシガタナで弾き返し、距離を取ろうとした。それだけではない。もう一方の手でアシガタナをこちらへと投擲する。

 ケルディオが一撃を放ち切る前に攻撃を中断し、ノアへと向かった射線に割って入った。

 アシガタナを叩き落したのと、その黒白の輝きが消えたのは同じ。

 走っていた戦闘本能が失せていく。

 脳細胞に発生しかけたそれが霧散し、ノアは軽くよろめいた。

「今の、は……」

 戦闘本能の昂揚が感じさせた幻か?

 否、とノアは頭を振る。今の瞬間、自分とケルディオが一つになった感覚があった。

 同調でもない。もっと別の何かだ。それが自分とケルディオの心を結びつかせた。

「今の攻撃……データになかったものだ。何をした、反逆者」
明確な答えを結ぶ前にメラルバが飛び掛った。その肉体から炎が発し、ダイケンキと鍔迫り合いを繰り広げる。

「ちょこざいな……メラルバなど、最早脅威にも挙がらん!」

 ダイケンキの針の装甲が一気に剥離した。直後に襲いかかったのは水流を全域へと撒き散らす範囲攻撃だ。

「波乗りか……メラルバじゃ押し切れない……!」

 かといって自分でも、とノアが拳を握り締めた直後であった。

 六枚の翅から炎の鱗粉を撒き散らす悪鬼がフィールドを煉獄へと叩き込んだ。

 まさか、と全員が振り返る。

「出し惜しみを、している場合ではないのう。ワシの本気、見せようか」

 ウルガモスがアデクの意志に応じ、体表から熱線を放射する。

 それだけで雨が霧散した。

 雨雲が跡形もなく消滅し、ダイケンキを覆っていた装甲も炎熱の彼方へと消え去る。

 チェレンがその攻撃に震え上がっていた。

「レベルが違う……」

「これが、チャンピオンの戦い……」

 ベルも目を戦慄かせている。

 操る炎の一閃だけで千の刃に値する。浴びせかかった火の粉でダイケンキのアシガタナが炭化した。

 真っ黒に染まったアシガタナを手に、ダイケンキとヴァルキュリアワンが戸惑う。

「まさか、ここまでなんて……」

「ここまで、じゃと? まだ本気の一割にも満たんわい。王を侮るなよ、雑兵が。ワシのウルガモスとその炎、とくと味わえ」

 炎がオーラとなって真っ直ぐにダイケンキへと浴びせかけられる。

 ダイケンキはアシガタナを払いそのオーラを斬り去ったつもりであったが、纏いついた炎がまるで執念の如くダイケンキの身体を嬲る。

「離れない、だと……この炎、ただの炎ではない」

「ウルガモス、教育してやろう。本当の王の闘争というものを」


オンドゥル大使 ( 2017/08/30(水) 22:24 )