FERMATA








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三章 N∽N
第26楽章「この國の向こうに」

 朝方に即席のバトルコートで飛び跳ねる影があった。

 地面を踏み締めた雄々しい巨躯が白い体毛の矮躯を押し込めようとする。

「エンブオー! 熱線で叩き込むぞ!」

 エンブオーが全身から灼熱を解き放ち、視界の先にいるメラルバへと熱線攻撃を放つ。

 しかし、メラルバは触手を僅かに揺らめかせただけでその熱気を吸い込んだ。

「メラルバに、半端な熱攻撃は通用しないぜ! 甘いんじゃねぇの? あんちゃん!」

 メラルバへとエンブオーが腕を撃ち込む。それだけで地面が捲り上がり、粉塵が舞い上がる。

 粉塵を引き裂いてメラルバがエンブオーの背後を取った。

「遅い!」

「遅い? そりゃ、こっちの台詞だ。既に布石は打ってあるぜ!」

 地面にめり込んだエンブオーの二の腕が急速に膨れ上がり、次の瞬間、地の底に響く振動を発生させた。

 エンブオーの腕を中心軸にして「じしん」の攻撃が生じる。メラルバはそのフィールドに愚かにも突っ込んだ形となった。

「メラルバ! 炎の触手で熱線を放射! 推進剤だ!」

 メラルバが前方に向けて熱線を幾重にも放つ。その結果としてメラルバは急速に後退する。

 地面を揺るがす波紋の外に出たメラルバに、ヴイツーは歯噛みした。

「やるじゃ、ねぇか」

「こっちも、戦闘を積み重ねてきただけじゃないんでね! オレの射程に入りたければ頭を使えよ、あんちゃん」

「言うねぇ。だがよ、おれだってこれまで隠密を伊達にやってきたわけじゃねぇぜ!」

 エンブオーが振るい上げた腕から土が跳ねる。ただの土くれだとメラルバは動じもしなかったが、次の瞬間、土が散弾の勢いを伴わせた。

 メラルバが僅かに怯む。

「ストーンエッジは何も岩のでかい刃を作れば成されるわけじゃねぇ。そんな小さな土だって充分な触媒だ」

「……やるな。でも、その頭をひねった攻撃、オレのほうが上みたいだぜ!」

 着地したメラルバの地面が融解し、赤く焼け爛れたかと思うと直後に爆発の連鎖が巻き起こった。

 地面から赤い灼熱の光が放射され、エンブオーへと突き進む。エンブオーは攻撃後のロスからその場を動けなかった。

 縫い止められた形のエンブオーへと赤い光が突き飛ばす。

「フレアドライブ……! いや、これはその炎のエネルギーじゃ、ねぇ」

「衝撃波って呼ばれる部分だな。フレアドライブにおける反動ダメージ。その反動ダメージを地面に蓄積させ、反動だけで攻撃した。今のは、だから純粋なフレアドライブの攻撃じゃない」

「嘗めてくれるな。衝撃波だけで、エンブオーを下したつもりかよ……!」

 持ち直したエンブオーの眼前へと、メラルバが降り立つ。その小さな身体に似合わず、エンブオーと一進一退の攻防を繰り広げる。

 エンブオーの拳を受け止め、掌底をいなし、その射線に潜り込んだ。

「今度は本懐だ! フレアドライブ!」

 エンブオーの直下で「フレアドライブ」の高熱エネルギーが発生し、あろう事かその巨大な肉体を吹き飛ばした。

 しかし浮き上がったエンブオーはただで吹き飛ばされる気はないらしい。

 両腕を背面に据え、一声吼えると共に、空中でその姿勢を制御した。

 両腕をロケットの推進剤のように用いて回転し、攻撃の勢いを殺す。

「まだ、終わってねぇぜ!」

 落下するエンブオーの蹄から火炎が生じた。「ヒートスタンプ」である。

「こっちもだ!」

 対してメラルバの肉体から赤い光が広がる。「フレアドライブ」を内包したメラルバがそのまま、隕石の如く落下するエンブオーと直撃した。

 周囲に広がるのは激突の衝撃波。

 土くれが舞い上がり、直後に吹き飛ばされていく。

 地面に描いたはずのバトルフィールドはいつの間にか消し飛んでおり、今の戦いはまさしく場外乱闘であった。

 メラルバがエネルギーの拡張波から這い出て攻撃の準備を行おうとする。その身体へとエンブオーの拳が飛んできた。

 メラルバは触手を前方に配し、拳の勢いを殺そうとする。

 直後、エンブオーがもう一方の手でメラルバの背後を固めた。

 これでメラルバは衝撃を逃がす事が出来ない。

「もらったァッ!」

「そいつは、こっちのセリフ!」

 メラルバの体表が薄く発光する。ハッとしたエンブオーとヴイツーが判断を下そうとした時には、メラルバが至近距離で爆発していた。

 自身を巻き込んでの灼熱爆雷。

 エンブオーがよろめき、その場に膝を落とす。

 メラルバが華麗に降り立った。その肉体にはほとんどダメージはない。

「そこまで」

 アデクが審判する。軍配が上がったのはバンジロウのほうであった。

「やりぃ! あんちゃん、隙が多過ぎるんだよなー」

 ヴイツーは後頭部を掻いてボールにエンブオーを戻す。

「勝てると思ったんだがなぁ。甘くはねぇな」

「当たり前だろ? だってオレ、チャンピオンの孫だぜ?」

 ノアは、というと朝方からのスパーリングに圧倒されていた。

 二人とも起きがけとは思えないほどに戦闘本能が研ぎ澄まされている。

 自分には出来ないな、とノアは拍手をしていた。

「……こんな高密度な戦い」

「高密度? 兄ちゃん、オレ、本気は出してねぇよ?」

「おれもだ。ノアよぉ、もうちょっとマジに戦いを見る審美眼を鍛えろよ」

 二人に言われてノアは言葉を失うしかない。根っからの戦闘狂にとってしてみれば今の動きでさえも朝の体操のようなものなのだろう。

「二人ともよくやった。傷薬を使ってやれ」

 アデクが傷薬を放り投げる。二人ともポケモンに使ってから、朝食の準備を始めた。

「今日はスパゲッティのつもりだったんだが、のびちまったかな?」

 茹で上がったスパゲッティをヴイツーが味見する。すっかり料理番が板についたヴイツーに全員が任せ切りであった。

「しかし、バンジロウ。あの判断は甘いぞ」

 岩に腰かけたアデクの言葉にバンジロウは頬を掻く。

「あ、やっぱりか」

「やっぱり、ではない。あれは捨て身じゃ。あんな戦いを実戦でするでないぞ」

「捨て身、ですか……」

「実際、結構焦ったんだよなぁ。退路を防がれて、衝撃波の逃げ場もなくなっていたし。こりゃ仕方ないと思っての行動だったんだけれど、じィちゃんには見抜かれちまうな」

「自身を巻き込んでの灼熱爆雷などあまり使うでない。メラルバにも負荷がかかる」

 指導している間にヴイツーが全員を呼んだ。

「出来たぞー。飯だ、飯」

 バンジロウが喜び勇んで駆け寄った。

「今日の飯は? オレもう腹ペコ」

「だからスパゲッティだっての。カロス風にしておいたから、口に合うかは分からないけれどな」

「食えるんなら何だって食うぜ!」

 バンジロウは早速、取り分けられた皿を掻っ攫い、ぱくついている。

「上品に食えよ」

 ヴイツーは栄養バランスも考えているらしい。しっかりとスープも作られていた。

「すまない。ボクも料理が出来れば……」

「ああ、いいって事よ。おれが好きでやっている事だからな。あの三人の時も、おれが料理番だったし。……今は、どうしてんのか分からねぇけれどな」

 ヴイツーもダークエコーズの仲間達に関しては思うところがあるのだろう。

 余計な事を言ってしまった、とノアは少しだけ後悔する。

「冷めんうちに食べよ」

 アデクの言葉にノアは頭を切り替えて取り皿を手にしていた。

 めいめいに食事をする中、ヴイツーが切り出す。

「これからどうするんだ? どこへ向かうとか、チャンピオンとバンジロウは当てもなく旅をしてるんだろ? それだといつ襲撃があってもおかしくねぇぜ。何か指針を決めておかねぇと」

 スパゲッティを息で冷ましつつ、バンジロウは手を掲げた。

「はい! オレ、強いヤツのいるところがいい! もっと北方に行こうぜ、じィちゃん! そっちのほうがレベル高いんだろ?」

 アデクは顎に手を添えて考え込む。

「うぅむ。しかし、あまり北方に行き過ぎれば、戻るのも厄介じゃぞ?」

「ウルガモスで飛べるじゃん。楽勝、楽勝」

 バンジロウの意見にアデクはノアへと視線を移す。

「ノアタローは、どこかへ行きたい、という意見はあるかの?」

 行き先、とノアは己に問い質す。

 この先、恐らくはプラズマ団との戦いは激化する。だとすれば、自分が目的とすべき場所は――。

「……南方に行きましょう」

 その言葉にバンジロウが目を見開いた。

「南ぃ? そっちは弱いだろ?」

「理由は?」

 すかさず問い返したヴイツーへとノアは言いやる。

「これから先、プラズマ団と対峙する人々が旅に出ます。彼らの出身地は揃って南方の田舎町。彼らに会い、ボクは全てを教えるつもりです」

 未来を変えるにはそれしかないように思われた。プラズマ団壊滅に乗り出す人々に助力する。

 自分の力は微々たるものだが、実際に未来を変える人々の力添えがあれば、もしかしたらもっと早くに未来は変革するかもしれない。

 アデクは考え込み、ふと口にする。

「南、か。最初の町に行くのがいいのじゃろうな」

「最初の町って、マジに田舎じゃんかよ。アララギ博士ってのがいるだっけか」

 ノアも聞き及んでいる。未来を変える三人の師に当たる存在。アララギという若い女性科学者の事を。

 彼らに会えれば、全てが変わる気がしていた。それこそ、自分の運命でさえも。

「ノアタローの言う事には一理ある。プラズマ団壊滅を目指すのならば、それを成せる人材を探すべきじゃ」

「オレ達でやりゃ、いいじゃんか」

 バンジロウの強さは折り紙つきだ。ともすれば彼だけでも、と思われたがまだ彼は年少である。プラズマ団という組織を壊滅させるのにはあまりにも幼い。

 必ず、どこかで躓くはずであった。アデクほどの強さでも自分に敗北したのだ。この余人では何も成せないと思ったほうがいい。

「でもよ、そう簡単に事は進むのか? だって、そいつら、まだ何も知らないんだろ? おれはある程度受け止めたけれどよ。そいつらってまだトレーナーですらない可能性が高いんじゃ?」

 それは、ノアも考えていた。自分達の干渉が余計な方向に転がるのではないか、と。そうなった場合、過去への干渉は度が過ぎればよくないのは身に沁みて知っている。

「あまりにも、ボクが頼り過ぎてもよくない。でも、彼らしかいないんです。プラズマ団を真の意味で、止められるのは」

 自分だけでも止められると自惚れていたが、その感覚はこの三人と出会った事で霧散した。

 今はもう、一つでも多くの助力を得る事に躊躇いはない。

 ――何よりも、未来を変えるためならば。

 それこそ自分が、この時間軸に飛ばされてきた意義だと信じていた。

「真の意味で止める、か。皮肉なものじゃな。チャンピオンであるワシの前で、そうも容易く口にされてしまうとは」

 その段になってノアは今の発言があまりに失礼であった事を思い知った。

「あっ、すいません、アデクさん。ボクはでも……」

「分かっておる。未来を見てきた。その人間が言う事は重みがある。ワシのような一介の兵程度が口を出す事ではあるまいて。しかしのう、ノアタロー。その、彼ら、というのがまだトレーナーになってすらいないとなると、助力は厳しいぞ」

 この時間軸において彼らがどのような未来を辿っているのか、まだ自分には分かっていない。

 自分はただ、旅の中で彼らと出会い、真の強さと優しさを問い続けてきただけだ。

 その問いの中にこそ、この旅の意味があると信じて。

 だが、その果てに待っていたのは虚栄。自分達の目指した強さなど、全ては野望のために道具でしかなかった。

 それを止めたのが、他ならぬ彼。

 彼がいなければ、自分は過ちにすら気づけず、それこそ張りぼての王を演じていたであろう。

 その道化を、真っ向から否定してくれたのが彼なのだ。

「会わなければならない。会って、少しでも力添えしなければ、ボクは後悔する」

 この時間軸に飛ばされたのが彼らの導きならば、自分は喜んで買って出よう。

 その覚悟が伝わったのか、バンジロウがノアの背中を叩く。

「オレは兄ちゃんに賛成。それだけ言うんならきっと、その連中ってのは強いに違いないからな。楽しみだ」

 バンジロウはただただ強い人間と戦える事を欲しているようであった。ヴイツーが中空を見つめた後、不意に口にする。

「おれも、その方向性で賛成だ。チャンピオンご一行が行くにしては、いささか辺ぴが過ぎるが、必要なら仕方ねぇ」

 アデクが全員の意見を聞き届け、うむと頷く。

「行こうではないか。ノアタローの言う、彼らの下へ」

 全員の方針が決まった。これから自分達は、プラズマ団を壊滅するであろう、彼らと接触する。

 それが間違っていない保障はないが、戦うと一度決めたのならば、とことんやるべきだ。

「そうと決まれば旅支度だな。片づけるぜ。さっさと食いな」

 ヴイツーが膝を叩いて立ち上がる。

 アデクとバンジロウがテントを仕舞いにかかった。

「しかし、南方、始まりの町か……。ワシが行く事になるとは思いもせんかったのう……」

 アデクのその呟きに、今は誰も聞きとめるものはいなかった。



オンドゥル大使 ( 2017/07/25(火) 23:27 )