第13楽章「異種革命」
「妙な感じを受けた」
そう切り出したのはポケモンの回復を一足早く終えたヴァルキュリアツーであった。それに対してヴァルキュリアワンが小首を傾げる。
「妙、ってのは?」
「あいつ……あのモヤシ野朗が、変なポケモンを繰り出してきた時だよ。なんつーか、魂の部分でおれは怖がっていた。そんな気がする」
彼らしくない言説である。いつでも戦闘において、相手を潰す事しか考えていない筋肉馬鹿だと思い込んでいたが。
「モヤシ野朗って言うのは、地下鉄の反逆者の事か」
「ああ、いけ好かねぇ感じだった。それ以上に、妙だったんだ。この人と、戦っていいのかっていう……」
煮え切らない言葉である。ヴァルキュリアワンはダイケンキが回復機からまだ戻ってこないので世間話程度に付き合う事にした。
「この人? まるでやんごとなき人と戦うような言い草だ」
「ああ、おれも変だと思う。なぁ、そう感じなかったか?」
と言われても、ヴァルキュリアワンにはそのような違和感の覚えはない。あるとすれば、とこの一室で缶コーヒー片手の分身に問い質す。
「ヴァルキュリアスリー。そちらは?」
ヴァルキュリアスリーは眉根を寄せて言い放つ。
「迷っているのか? ヴァルキュリアツー。我々の目的は反逆者を狩る事。それに特化した部隊だ。何を迷う? 殺せばいいだけの話だ」
「ああ、いつもならそうなんだよ。でも、引っかかるんだ、クソッ!」
待合の椅子を蹴り上げたヴァルキュリアツーに対してジャローダの回復待ちのヴァルキュリアスリーはもう一個、缶コーヒーを買い付けた。
「苛立っているな。お前らしくもない」
「おれらしいって何だよ? もうてめぇでもよく分からねぇんだ。何で、あんな……ただの反逆者に、何かを感じ取っているのかよ」
何か、と明言化出来ないそれに苛立ちの矛先は向いているようである。
ヴァルキュリアスリーは缶コーヒーの他に、ヴァルキュリアツーの好物であるサイコソーダを差し出した。
「飲め。気が落ち着く」
同時に差し出されたのは錠剤であった。二粒のオレンジ色の錠剤を、ヴァルキュリアツーはサイコソーダで喉に流す。
自分達に定期的な摂取が進められている精神安定剤であった。
ただでさえ、似たような顔立ちの三人が揃い踏みでは、お互いの感情の昂りを抑えきれない時がある。
それを見越して幹部のヴィオがヴァルキュリアスリーに権限を与えて持たせているのである。
「どうだ? 落ち着いたか?」
「ああ……ちょっとはな。ただ、まだ胸のしこりが残っている感じだ」
「何をそこまで考え込む。敵は敵だ。倒せばいい」
その言葉は適切であったが、どうにも彼は割り切れないようである。エンブオーの入ったボールを透かし見た。
「こいつも……何か分からねぇ感情に苛立っている。おれと同じように」
「ポケモンはポケモンだ。まさかN様の真似か?」
プラズマ団においてポケモンへの扱いは非情にドライである。ポケモンはポケモン。感情移入する相手ではない。
しかし、ヴァルキュリアツーは熱くなりやすい。その感情がエンブオーとの結びつきを強くするので一概に害とも言えないが、ポケモンに気持ちを入れれば入れるほど、いざという時の判断が鈍る。
それはダイケンキを操る自分も同じ事。
「だから、わけわかんねーんだっておれも言ってるだろうが」
「簡単な帰結をアドバイスしよう。プラズマ団に楯突いた時点で、そいつにどんな経歴があろうとワタシ達は倒さなければならない。そうだろう? ヴァルキュリアワン」
話を振られてヴァルキュリアワンは困惑したが、自分の中で答えは出ていた。
「倒すべき相手ならば倒す。それだけだろう?」
「分かっていないのは、お前だけのようだな。ヴァルキュリアツー」
「……あー、はいはい! 分かったよ! おれが納得すればいい話だろうが!」
「苛立つな。感情抑制剤がワタシ達にまで必要になる」
冷静なヴァルキュリアスリーに比して、彼の苛立ちは今まで見た事のないものであった。
ダークエコーズというチームを組むにあたって、感情は最小限に抑えられているはずである。
それなのに、こうまでバラつきが出ているのは何故なのか。
――なにせ、自分達は全くの別人というわけでもないのに。
考えていたヴァルキュリアワンに差し込まれた声があった。
「なぁ、そろそろ修練の時間だろ? ダイケンキ、回復したみたいだぜ」
その声に回復終了のブザーが鳴っている事にようやく気づいた。
モンスターボールを手に取る際、ヴァルキュリアスリーが声を差し挟む。
「まさか、お前まで迷っているわけじゃないだろうな?」
問われて、ヴァルキュリアワンは言い返す。
「そんなわけがない。我らは反響音。エコーズだ。だというのに、その音程が乱れれば戦いに支障を来たす」
「分かっているのならばいい。くれぐれも、連携に雑念が入らないようにな」
立ち去っていくヴァルキュリアスリーの背中を眺めつつ、ヴァルキュリアツーが手招いた。
「行くぞ」
訓練室に向かう中、彼は不意に口火を切った。
「……あいつ、冷た過ぎるんじゃねぇか?」
あいつ、というのはヴァルキュリアスリーの事だろう。
「いつもの様子じゃないか」
「でもよ、気になっているはずなんだよ」
「お前がそこまで気にするのは何なんだ? それほどまでに強敵であったわけでもないのに」
確かにケルディオというポケモンは初めて見たタイプであったが、それ以外は殊更取り上げるべきでもない。普通のトレーナーであった。
強いて挙げるならば実力不足、と言った具合だろうか。
「あの程度でプラズマ団に楯突いてきた事もそうだけれどよー。なーんか、納得出来ないんだよ」
「納得? それはぼくらとはまるで縁遠い代物だ」
ダークエコーズに納得は必要ない。全て、ヴィオの命令の赴くままにやるだけだ。
無論、ヴァルキュリアツーも分かっているはずなのだが、今日の彼は少しばかり冷静さを欠いている。
「それもそうだが……何だ、この胸のむしゃくしゃは」
「戦えば晴れるだろう。ぼくのダイケンキはいつでもやれる」
「のさばってんじゃねぇ。おれのエンブオーだって同じだ。……ただ」
「ただ?」
ヴァルキュリアツーは口元を覆い隠す黒い布を持ち上げて首をひねる。
「誰かに、似ていたがするんだ。それこそ絶対に逆らってはいけない、誰かに」
あの反逆者が誰かに似ている? ヴァルキュリアワンは咄嗟には思い浮かばなかった。
「我々の知る人間に、あんな奴はいない」
「そのはずなんだが……。どうしてだか、むしゃくしゃすんだよ」
「そろそろ精神安定剤が効き始める頃合だ。そのむしゃくしゃも取れるだろう」
「そうだといいんだがねぇ……」