Ki-SS
♯9 サイコ・サーカス

「ジョウトPMCに先んじて権限を与えた? 何を考えている!」

 現場が既にジョウトPMCに委譲されている、という報告を受け、キザキは怒声を上げた。

 張り込んでいるのは黒服姿のSP達である。ミナミの下にいた者達よりも先鋭化された部隊の気配をはらんでいる。

 そのうち一人がこちらに会釈した。

 背の高い御仁にキザキは見上げる形となる。

「失礼ながら、貴公がジョウトPMCの?」

「現場責任者です。今回の霊界の羽衣の盗難を担当する事になっております」

 名刺が手渡された。「ジョークマン」とある。どうせ偽名であろう。

「ではミスタージョークマン。この現場はどういう事ですかな」

「お察しの通り、先走った者がおりましてね。我が方の落ち度です。彼に情報を与えてしまったのが」

 担架で運ばれているのは大柄な男性であった。既に事切れており、白い布が被せられている。

 ポケモンの担当班が破壊現場に残されていたメガヤンマを回収していた。

 廃材を巻き込んでおり、その処理に時間がかかっている様子だ。

「メガヤンマ……攻撃性能の高いポケモンですな」

「我々としても出来るだけ少数で事に望みたかったのですが……。怪盗キッスに関する情報を掴ませた相手が悪かったようです」

「そちらの持っている切り札を、こちらにも開示していただく事は?」

「やぶさかではございません。しかし、情報の価値、というものが存在します」

 ただではくれてやるものか、という事実。キザキはフッと自嘲する。

「お互いに、怪盗キッスについて知っている事があるようですな。ミナミ氏との繋がりに関しては」

「顧客の情報は売れませんよ。企業ならば当たり前です」

 企業、か。胸中に毒する。

 ――貴様らは、人の命を奪う事に長けた、死の商人であろうに。

 だが、その死の商人こそが今回の霊界の羽衣盗難事件に深く関わっているのは間違いない。

 キザキは慎重に事を運ぶ必要に駆られていた。

「一つ、よろしいですかな」

「どうぞ。我々に答えられる範囲で、ならば」

「怪盗キッスをどうなさるおつもりです? PMCなんて名乗っているからには、軍事的措置を取られるのでしょう? それは過剰防衛、となるのでは?」

 ジョークマンは牽制の声音に首を軽く振る。

「ジョウトの法律に従って行動するまでですよ。その点で言えばあなた方警察と何ら変わりない。法の範囲で、対象に接触する」

「接触というのが、抹殺とは言い切れない、という事ですかな?」

「数多くの傭兵を抱えておりますゆえ。彼らを食わせる以上、様々な措置を取る可能性がある、という事しか明言は出来ません」

「その措置の延長線上に、怪盗キッスの排除命令があると思っても?」

 責め立てる語調にもジョークマンは動じない。

「ご自由に」

「……では自由に想像させていただきます。しかしながら、解せんのはこの有り様ですな。怪盗キッスが現れた、それは分かります。しかし、最初から相手を殺すのを目的としたようなやり口だ」

 メガヤンマという最大規模の攻撃を誇るポケモンの投入。それそのものが抹殺指令の証拠となり得る。

「怪盗キッスの情報の齟齬ですよ。警察の持っているキッスの情報と、我々の持つキッスの情報は違う、という話です」

「共有は前向きに考える、との事でしたが」

「無論、そちらの開示情報次第ですがね」

 食わせ者め。この場合情報を先に出した側の負けか。

 キザキはこの答弁すらある種の駆け引きだと考え始めていた。

「自分達はキッスを逮捕したいのですよ。殺したいわけではない」

「ですが、前回、発砲命令が下りていたそうではありませんか」

 人の口に戸は立てられぬ、か。あれほど派手にやってのけたのだ。民間に知れ渡っていてもおかしくはない。

「本意ではありません。あれは上の逸ってやった事……と言えば、信じてもらえますかな?」

「少なくとも、あなたの直接命令ではなかった事くらいは、ね。ミスターキザキ」

 まだ名乗ってもいないのにこちらの身分を理解している。その分だけ相手に優位なのだ、とキザキは構えた。

「自分はそれほどまでに有名ですかな?」

「あなたが思うよりかは。怪盗キッスへの対抗策、生き字引、執念の鬼……色々と二つ名に事欠かない人物だとは」

 その呼び名にキザキは苦笑を漏らす。

「それは照れくさい。自分も知っておりますよ。ジョウトPMC、ここ最近急成長した企業だと。民間軍事会社を抱き込むに当たってカントーでのプラズマ団の蜂起を条件にしたとも。あのプラズマ団の残党と、繋がっていたのではありませんか?」

「ゴシップですよ。証拠も何もない」

 だが、カントーでプラズマ団が大事を起こさなければ、ジョウトは危機感も持たなかった事だろう。

 隣国の危機に際して、ようやく重い腰を上げた結果が、PMCの擁立なのだ。

 それらの前後関係を洗い出したところで、この場では水掛け論。

 どちらが先とも言い切れない。

「怪盗キッスは犯罪者です。自分は逮捕こそが望ましいと思っております」

「それは平和的解決という点では同意ですね。ただ、手段が違う」

 武力行使に出る事こそが自分達の持てる手段、とでも言いたげだ。事実、ジョウトPMCは裏で動いているのだろう。

 警察では関知出来ない動きかもしれない。

「平和的、と謳うにしては、あまりに非常識が過ぎる。無人でなければ被害が出ていた」

「メガヤンマの運用と作戦は殉職した社員の一人の独断です。社員と言っても傭兵くずれ。最後までおんぶに抱っこ、というわけでもございません」

 自分の命の不始末は自分でつけろ、という事か。傭兵として使われているのならば、その理念が合っている。

 キザキはメガヤンマが破壊した廃材へと歩み寄った。ジョークマンがつかず離れずの距離で位置している。

 余計な事は出来ないか、とキザキは周囲を見渡した。

「警察の人間を呼び込む事も出来やしないのですかな?」

「上層部より権限の委譲を承っております。そのため、我々が先に現場検証を」

 重要物件は既に持ち去られた後で、警察は無能を演じなければならないわけだ。

 せめて自分一人でも、とキザキが現場を漁ろうとしたところで、一人のSPがその手を掴み上げた。

 護身術くらいは心得ていたが、あまりに違うのはその速度と精密性。

 瞬時に手首をひねられ、拘束された。

「あまり面倒をかけないでください。ミスターキザキ」

「ジョウトの法律に則って動くのではなかったのか?」

「公務執行妨害ですか? しかし、上は我々の方を買ってくれている」

「ここで自分が抵抗したほうが、よっぽど公務執行妨害というわけですか」

 ジョークマンは指を鳴らす。拘束が解かれ、キザキは息をついた。

「理解の早いお方は助かります」

 相手は軍人も同じ。自分のような一刑事が動いてどうにかなる対象ではない。

「……分かりました。ここは立ち去りましょう」

「ご理解ありがとうございます」

 ジョークマンの脇を通り抜け、キザキが封鎖線を潜った。

 ヤマジがその向こう側でおっかなびっくりに尋ねてくる。

「どうでした?」

「やはり駄目だ。奴ら、ワシらに触れさせる事すらさせてくれん。しかも、現場検証は後にしろとの事だ。その頃には証拠も何もかもなくなっているだろう」

「やはり……。警部、今回ばかりは相手が悪いですよ。大人しく引き下がりましょう」

「そうだな。ただまぁ、成果がないわけじゃない」

 キザキが懐から取り出したのは銀色の櫛のような形状のものであった。ヤマジが目を瞠る。

「いつの間に……?」

「これくらいしか見つからんかったが、重要な物件証拠だろう。こいつを鑑識に回せ」

「探られれば……!」

「痛いだろうな。だがワシらは出来る事を最大限にやるまでだ。ヤマジ、奴らの後手に回るのは御免だぞ。ジョウトPMCを出し抜く気持ちでやれ」

 その言葉にヤマジは挙手敬礼を捧げた。キザキはフッと笑みを浮かべる。

「……似合わん真似をするな。結果が分かったらワシに報告」

「それまで警部は何を?」

「そうさな……。怪盗キッスの正体、どちらが先に掴めるかの競争と行こうか」



オンドゥル大使 ( 2016/12/23(金) 19:32 )