Ki-SS
♯12 ライズ・トゥ・イット

 ジョウトPMCからの報告を受け、警察上層部は再び会議室で押し問答を繰り返していた。

 仕留め損なった怪盗キッス。さらに言えば、こちら側には開示されていない、閲覧制限のある情報。

 面白味のない、と高官が口を開く。

「結託はしていたが、それはキッスを確実に追い詰めるためだ。キザキ警部のように逮捕にこだわっているわけではない。存在抹消さえ出来ればよかったというのに、これでは」

「まるで意味がないですな。PMCのほうが優位な情報を持っているとなると、これでは手綱を引かれているのはどっちなんだか」

「そもそもが、だね。傭兵集団くずれに任せたのが間違いではないのかね?」

 暴論が交わされる中、捜査本部長が、まぁまぁと割って入った。

「皆さん、アメをどうぞ。落ち着きますよ」

 アメを配って回る捜査本部長は自分の席につくなり、こう切り出した。

「では、キッス逮捕などという生易しい事を考えるまでもないのではないのですかね」

「どういう意味だね?」

「キッスの存在を消し去る事、それがこの議会の共通認識だとしても、今回のようなミナミ氏との協力による大規模なキッス抹殺計画などを練らなくとも、いずれは相手側から姿を現します。その時、狙撃でも何でもいい。取れる手は取っていけばいいのではないですか。何も今回だけがチャンスではない。霊界の羽衣の一件に関しては、こちらの捜査が不充分であった、というのも挙げられます。今回は見過ごせばいい、そうではないのですか?」

「事がそう簡単に済めば、会議など開いてはおらんよ」

「左様。怪盗キッスが目下のところ、厄介であるのは間違いないのだが、それがジョウトPMC側と我々の側では齟齬が生じている、という事実。情報面で上を行かれているのは好ましくない」

「ではこう致しましょう。キッスを殺すのは今回は諦める、という事で」

 その意見に高官が鼻を鳴らす。

「大枚をつぎ込み、傭兵などを使役した結果、諦める、だと? それでは意味がないではないか」

「いいえ、これから意味を作っていけばいいのです。ジョウトPMCとはこれっきりではなく、長期的な協力関係を築いていけば」

「つまり捜査本部長、君はこれから先も、継続してキッスを追っていく、というのか」

「八年はかかるぞ」

 揶揄した声音にも捜査本部長は取り乱しもしない。

「老いた獣を狩るのが、何も狩りの本流ではないでしょう。獣は活きがいいうちに狩るから、ハンティングは成立するのです。キッスが弱った隙を狙う、という基本方針を曲げずにキザキ警部がこの先も追っていくのは明白。しかし、我々は賢いハンターです。弱ったところで急所を狙えばいい」

「キザキ警部はせいぜい、キッスを弱らせてもらう、という事か」

「それにジョウトPMCを噛ませれば、何も不都合ばかりではございません。最終的な勝者になればいいのです」

 その論調に全員が押し黙った。最終的な勝者。最後の最後に、キッスをどうにかする権利を有すれば御の字。

「しかし、捜査本部長。君ならばそれをやれる、というような口ぶりだ」

「これでも事件番号1455号の捜査本部を取り仕切っていますのでね。継続捜査は大いに結構ではありませんか。短期決戦に持ち込むのはちょっとばかし早い」

「逸るな、と言っているように聞こえるな。獲物を追うのに、まだ我慢の時だと」

「我々は短期決戦でキッスを追い詰めようとしました。しかし、八年もの間、盗難行為を繰り返す重犯罪者です。それを付け焼刃で追うのは少しばかり迂闊とも思っております」

「キザキ君のように老兵となるか?」

「老兵になるのではなく、扱えばいいのですよ。ようは扱い方次第。キザキ警部は優秀です。その執念にはあやかりたいほどに」

 しかし、ここで議論されているのは全くの正反対。キザキを利用し、ジョウトPMCを利用してさっさと結果を出したい者ばかり。

「いい意見があるというのかね?」

「長期戦に持ち込むと被害額が跳ね上がる一方なのではないのか」

「面子、ですよ、皆様方が口にされているのは。面子など、もういいのです。ジョウトPMCに助力を仰ぎ、その情報網で抜きん出るものを追い求めている今の環境ならば、面子にこだわりさえしなければ機会は巡ってきます。それを座して待てるか。そうではないかの違いのみ」

「座して待つ、か。エアコンの効いた会議室でいつまでも待てるか、という話かね?」

 皮肉に捜査本部長は口元を緩めた。

「駆けずり回るのはキザキ警部の本分です。こちらはせいぜい結果を待ち望めばいいでしょう。ジョウトPMCとて万能ではございません。一回の黒星でヒステリックにならない事です。それが、勝利の鍵となるでしょう」

「黒星、か。今回は敗北、と考えるほかないようだな」

「むしろ、ヨゴレを率先して引き受けるのです。ジョウトPMCには感謝してもし切れぬほど」

「発想の転換だな。しかし、今回、警察が無能と呼ばれるのは避けたい。どうするかね?」

「キザキ警部は極めて有能です。八年も追ってきた老兵と罵るのには、少しばかり勿体無いほどに。キザキ警部に全権を委譲した状態を継続。捜査本部を彼に任せましょう」

 つまるところはキザキに全ての責任をおっ被せる、という事。誰も反対さえしなかった。

 キザキは怪盗キッスの対抗策。一番に適しているだろう。

「キザキ警部をして、警察全てを語られるのは癪ではあるが」

「いいではありませんか。熱血警官、ドラマならば主役ですよ」

 捜査本部長の言葉に会議室で笑いが漏れた。

「よかろう。その方針で行くとして、ジョウトPMCが持っている情報を掻っ攫う当てはあるのかね?」

「それも、キザキ警部に、というと他力本願が過ぎますな。別働隊を走らせましょう。今回は敗走に近いものではありますが、次に勝てばいい」

 次への勝算を。全員がその了承を呑んだように沈黙が降り立った。

「次に勝つ、か。しかし、捜査本部長、言うは易し、とも思える。警察が最後にキッスを追い詰められるとも限るまい」

「キザキ警部の執念を見れば分かりますとも。人間、やる気ですよ、やる気」

 笑い話にした捜査本部長に、一人の高官が拍手を送った。

「滑稽な話だが、実現不可能というわけではあるまい。現実を見据えた場合、彼の提言は見過ごせるものでもない。静観、という形を取るのもまた戦術の一つ」

「静観と諦観は違いますからね。我々は決して諦めたわけではありません」

「ここは見過ごす。それが賢いと判断したまで。現場のキザキ警部に連絡を取り付けたまえ。ただし、会議の内容は」

「機密に、でございますね」

 席を立った捜査本部長はアメを口の中に放り込んだ。













「ジョウトPMCとの合同捜査、という形で上は合意したそうです」

 ヤマジの報告にキザキはふんと鼻を鳴らす。

「どういうつもりなのかは知らんが、お歴々は相当ご執心らしい。キッスをジョウトの傭兵連中に任せても平気だと思っておるのか」

「そこまでは何とも。ただ、キザキ警部に任せた権限はそのままに、との事ですが」

「張りぼての権限だ。どうせ、上役が持って行こうと思えば持っていける。ワシに責任を擦り付けようというのが丸分かりだ」

 ヤマジは立ち止まり、キザキの背に呼びかけた。

「では……ここは止まりますか」

 キザキは振り返らずにその言葉に応じる。

「冗談を言うな。キッスを捕まえる千載一遇のチャンスを、一つでも逃すものか。ジョウトPMCが先を行くというのなら、ワシらがさらに先を行けばいいだけの話」

 その言葉振りに、ヤマジは笑みを浮かべた。

「キザキ警部らしいお言葉です」

「……馬鹿にしとるのか」

「いえ、尊敬を」

 表面上の賛辞を受け取って、キザキは現場に足を踏み入れた。

 数台のパトカーと警官隊が既に展開済みだ。この情報源がジョウトPMCである事を除けば、上々の速さである。

「キザキ警部。まだ奴は現れておりません」

 現場主任と敬礼を交し合い、キザキは報告にあった場所を仰いだ。

 コガネシティは景観条例が敷かれており、都市部において完全な建築物の高さの基準点が設けられている。

 ジョウト全体に言える事だが、高層ビルなど数えるほどしかない。

 コガネシティにおいて最後の最後まで粘られた末に、呑む事になった建築物が眼前にあった。

 蝋燭を想起させるタワーである。

 コガネタワー、と呼称される建築物の中には高級レストランにコガネの物販と様々なものが導入されているが、一番に人気なのは展望台からの見晴らしであろう。

 コガネタワーから街を一望出来る造りになっている。

 その塔の頂上は赤く滲んでおり、絶妙な色合いのLEDが使用されていた。無論、ジョウト産だ。

「ヤツはここに現れると?」

「挑戦状が」

 ヤマジの声にコピーした挑戦状を見やる。

暁の塔にて、霊界の羽衣をお届けに参る。警察の方々、よしなに=B

「ふざけておる。怪盗キッスは盗品を警察の真ん前で横流しをするというのか」

「そう読めますが、しかしキッスが盗品を横流しするなど前代未聞。違う思惑があるとも考えられます」

「これそのものが話題作りか、あるいは注目を集めるための布石」

 その隙にキッスは何を企んでいるのだろう。どれほどまでにキッスの対抗策として持ち上げられた自分でも、さすがに今回は読めない。

「警部、霊界の羽衣に関して、ミナミ氏が口を割りました。呪いだとか、擬似人格だとか胡乱な言葉が並んでおりますが」

 部下の報告にキザキは続けろと促した。

「は。では……、霊界の羽衣は膨大な財をもたらす代わりに所有者を呪う諸刃の剣であり、ゴーストタイプの残留思念の宿る曰くつきの財宝だと。ミナミ氏のセキュリティが甘かったのは一面では霊界の羽衣を盗んで欲しかった、とこぼしております」

「盗んで欲しかっただぁ?」

 荒らげた声音に部下が萎縮する。キザキは深呼吸して、落ち着こうとした。

「……続けろ」

「み、ミナミ氏は霊界の羽衣の持つプラスの側面のみに興じており、それで財を築き上げました。ですがマイナスの側面は必ず発生するもの。それを恐れ、ミナミ氏が封印を提言したところ、ならばキッスに盗ませればいいと裏のブローカーが進言したと」

 何ともまぁ、噂に踊らされた人物である。キザキは呆れ返るよりも、そこまで分かっていながら警察に手間をかけさせたミナミという富豪に憤慨する。

「警察だって暇じゃないんだぞ。富豪のうわ言に付き合っとる時間はない。キッスがその事実を知っていたとしても、奴が犯罪者なのは変わらん。ワシらが捕まえるべき怨敵なのはな」

 キザキの論調にヤマジは不安を浮かべる。

「しかし、ミナミ氏の罪状はどう致します? 分かっていて、キッスを利用した、となると」

「知らんな」

 予想に反してであったのか、ヤマジが面食らう。

「知らないって……」

「道を踏み外した大人の世話は、似たような大人に任してやればいい。ワシが追うのはキッスだけだ。他の犯罪者が巻き込まれても、優先順位は変わらん」

 キザキの誇りにヤマジはフッと笑みを浮かべる。

「……だからか」

「何じゃと?」

「いえ、何でも。キザキ警部、お供させてもらいます」

 ふんと鼻を鳴らし、キザキはキッスの出現予測地点を見据えた。

「今に見ていろよ、キッス。ワシが必ず捕まえてやる」



オンドゥル大使 ( 2016/12/26(月) 15:48 )