ANNIHILATOR













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深化篇
EPISODE92 氷剣

 起き掛けに、ヨハネは声を聞いた気がした。

 しかしそんなはずはないだろう、とまたも眠りに没しようとすると、今度は大声が弾けた。

『おい! ヨハネ! てめぇ、起きろ!』

 聞き覚えのある声だが、ここまで乱暴な物言いはない。ヨハネは寝ぼけまなこを擦って目の前にいる黒髪の少女を見据えた。

 覚えず仰け反ってしまう。

 ルイがこちらの顔を覗き込んでいた。

『ひでぇ顔してんな、おい。寝不足なのか?』

「……僕を起こさないって言ったろ」

『必要な事が出来たんでね。起こさせてもらった。モーニングコールはお呼びでないか?』

「僕は自分で起きるよ。で? 必要な事って?」

『ああ。それはマチエールから聞け』

 どうしてマチエールから、という疑問も飲み込んでヨハネは扉を開けた。佇んでいるマチエールは少しばかり張り詰めた面持ちであった。

「その、おはよう……」

「ヨハネ君……。おはよう」

 少しばかり憔悴しているように映ったのは気のせいか。マチエールはアタッシュケースを片手に〈もこお〉を引き連れている。

「起き掛けで悪いけれど、出かける」

 だからか、マチエールの発言にヨハネは面食らった。

「出かける? どこに?」

「タマゲタケを倒し切る」

 確かにまだタマゲタケがモロバレルに進化する脅威は去っていない。しかし焦る事でもないはずだ。

「いや、その、昼からでも……」

「ルイに進化前のタマゲタケが集まっているって情報をもらった。あたしは行く」

 いつになく強情な声にヨハネは戸惑ってしまう。

「ルイからの……? また、複合進化が起きるってのか?」

「それはまだ。でも、静観していられない。あたしは行く。ヨハネ君も来て欲しい」

 懇願、というよりもマチエールにしては珍しく自分を頼ってくれているようだった。

 少しだけ誇らしく、ヨハネは首肯する。

「分かった。行こう」

 支度をしてヨハネが出ようとするとルイが声をかけてきた。

『気をつけろよ』

 ルイにしては珍しい。自分達を慮っているのか。

「言われるまでもないよ」

『そういう意味じゃねぇんだけれど、まぁいいや』

 引っかかったが追及しないでおく。

 マチエールは駆け出すなり、情報を口にした。

「タマゲタケの位置、今度は北方だ。ゲートの前に集合しつつある」

「何だって今?」

「大分数が減ったらしい。どこかで誰かがあたし達の代わりに狩ってくれているのかも」

 脳裏にコルニが浮かんだが、それにしては自分達に会いに来ないのもおかしい。

「じゃあ、今のタマゲタケは最終的な残りってわけか」

「そういう事。叩くなら今しかない」

 マチエールの肩に乗っかった〈もこお〉は読めない瞳をさまよわせている。〈もこお〉はこの事態をどう見ているのだろう。

 主人が死に、蘇ったと思えば今までの日常は崩れ去った。

 何も考えていないのかもしれないな、とヨハネは結論付ける。

「あれだ」

 立ち止まった二人の視線の先にあったのは肉腫のように寄り集まっているタマゲタケの姿であった。今にも複合進化を遂げそうである。

「このままじゃ、前回の二の舞だ」

 警戒するヨハネにマチエールが歩み出る。

「ここはあたしが。ルイ、システムバックアップ、出来ているね?」

『分かっているとも』

 どうしてだかマチエールの変身補助にルイが用いられていた。それを言及する前に、彼女はバックルを装備する。ベルトが伸長し、待機音声が流れた。

「Eフレーム、コネクト!」

 アタッシュケースから黒い鎧が放出され、マチエールの身体に吸着していく。手足に纏い、その装甲に白いラインが宿った。最後にヘルメットが被せられ、デュアルアイセンサーを擁する仮面が構築される。バイザーが降り、オレンジ色の表面に「E」の文字が浮かび上がった。

「探偵、戦士! エスプリ、見参!」

 そこまでは以前と同じだ。エスプリはそのまま白い姿を維持しつつ、タマゲタケの群れに特攻する。

 すると、瞬時に固まったタマゲタケが一部分を進化させた。盾のように構築した腕がエスプリの拳を防御する。

 舌打ち混じりに、次の攻撃が咲いた。蹴り技にタマゲタケがたわんだが、その直後には進化していた。

 モロバレルに進化した個体の放つ毒素がエスプリを絡め取ろうとする。跳躍して後退したエスプリは肩で息をしつつ、手を差し出した。

「ヨハネ君、クリムガンを」

「あ、ああ」

 ドラゴンユニゾンで一気に決めるのだろう。クリムガンの入ったボールを投げると、エスプリは息を詰めた。

「これから行う事は、少しばかり賭けだ。でも、黙って見ていて欲しい」

 どういう事なのか、問い質す前にルイが浮かび上がる。

『いいぜ。マチエール。こっちのバックアップは万全だ』

 マチエールはバックルにボールを埋め込み、叫んだ。

「Eフレーム、フルコネクト!」

 その言葉が紡がれた瞬間、バックルの黄金の意匠が輝き、白いラインを染めていく。

 紫色に変わり、これまでのように茨を生じさせた装甲に上塗りするが如く、金色の電磁が瞬いた。

 ハッとした瞬間には、その姿はこれまでのドラゴンユニゾンではなかった。

 紫色のラインを顕現させているのは同じだ。だが、身体の大部分を占めているのは黄金のラインである。発生した茨の鎧から別の属性が漏れ出ていた。

 その属性の判別もつかないまま、ヨハネは口にしていた。

「変わった……」

『デルタユニゾンシステム、予定通り稼働中。今のところは問題ないぜ』

 デルタユニゾン、という言葉にヨハネが問いかける前に、エスプリは両腕から茨の鞭をしならせた。

 毒の霧を薙ぎ払い、その攻撃がモロバレルを打ち据える。

 モロバレルがよろめいた途端に、もう一方の鞭がその身体を縛り付けた。

 ぐっと力を込めると鞭から放たれたのは冷気であった。

 その攻撃にヨハネは目を瞠る。

「ドラゴンだけじゃない……。ツインユニゾンシステムなのか……?」

『厳密には、二つの属性を使っているんじゃねぇ。一つの属性の別の側面を権限させているんだ。今で言うと、クリムガンの別の部分を垣間見させている』

「どういう事だ?」

『見たほうが早いぜ。ほれ』

 エスプリは鞭から冷気を放ち、モロバレルの身体を侵食する。モロバレルがこれ以上のダメージはまずいと判じたのか、その部分を切り離した。

 タマゲタケが分散し、エスプリへと突撃する。その身体が弾け飛び、毒をばら撒いた。

「エスプリ!」

 ヨハネが叫んだが、エスプリは健在であった。茨の鎧が、堅牢さを伴わせて守っている。

 今までの紫の姿と同じく、防御力は高いままなのか。

 では、デルタユニゾンと何だ?

『さて、終局かな』

 ルイの声音を裏付けるようにエスプリがハンドルを引いた。

『エレメントトラッシュ』の音声と共に片腕の鞭が一直線に固定され、剣となる。エスプリがゆっくりと歩み寄る中、モロバレルがタマゲタケを分散させてその道を阻もうとした。

 しかし、エスプリが剣を払うだけで、タマゲタケは凍り付き、その捨て身の攻撃は無力化される。

「氷の剣……、でも今までのようにドラゴンの属性もあるってのか」

 肉迫したエスプリにモロバレルが毒を吐きつけようとした。その口腔へとエスプリの剣が突き刺さる。

 瞬時に凍て付き、モロバレルが四散した。

 無数のタマゲタケに成り果てたものの、全てのタマゲタケは凍り付いて行動不能になっていた。

 エスプリが振り返る。

 バイザーの奥のデュアルアイセンサーが水色に輝いている。紫に染まったバイザーも金色に縁取られていた。

「一体何が……、どうなったんだ」

 ヨハネの疑問にルイが応じる。

『まずは、タマゲタケ迎撃を祝えよ、ヨハネ。これで枕を高くして眠れるだろ』

 しかし、納得できない事が多い。ヨハネの疑問を感じ取ったかのように、エスプリはヘルメットを脱いだ。

「……ゆっくり話す必要があるのかもしれない」



オンドゥル大使 ( 2017/02/07(火) 22:31 )