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深化篇
EPISODE87 偽善

「Eスーツがどれだけ頑張ったところで、タマゲタケを一掃出来るわけでもなし」

 マチエールは事務所のソファに寝転がってそうこぼしていた。ヨハネはアタッシュケースを見やる。いつもならば小言を言いつつ修復してくれていたユリーカと、ルイの影はそこにはない。

 代わりに黒色の髪をしたルイの似姿がEスーツをメンテナンスだけしている。

『何だよ、使えねぇな』

「それはこっちのセリフだよ。交渉材料として持ち込まれた割には、あのルイよりも使えない」

『オレが、ルイ・アストラルに劣っているって? そりゃあ、ねぇな。断言出来る。アストラルに関していえば、システムの詰めが甘いんだよ』

 マチエールが起き上がりルイに向き合おうとする。それをヨハネが遮って制した。

「今は、喧嘩している場合じゃ」

「……分かってる。情報集めに行ってくる。サンタちゃんとイイヅカのオジサンに聞いてくるから、ちょっと待っておいて」

 ハンサムハウスを後にするマチエールの背中を眺めながら、ヨハネはぽつりとこぼした。

「どこまで、演技なんだ?」

『何の事だか』

「使えない振りをしているんだろ。そう命じられたのか、あの、白衣の男に」

 ヨハネの声音にルイは口角を吊り上げて笑った。

『……面白いな。ヨハネ・シュラウド。データで見るよりよっぽどだ。やっぱりてめぇ、どうかしてるよ』

「言われたくないな、フレア団に」

 ヨハネは歩み寄ってEスーツの入っているアタッシュケースに触れる。以前までと変わらないように見えるが、何かが明らかに違っているように感じた。

「いくつか質問を」

『どうぞ』

「これはカウンターEスーツか?」

 その言葉にルイは喜悦を滲ませる。

『お前ってホント……読めない人間だよな。主人が興味を示すのも分かるぜ』

「答えろ。これは依然と同じEスーツなのか?」

『何で違うと思う?』

「僕はファイアユニゾンや他のユニゾンを全部見てきた。この眼で、だ。見ていれば違いくらいは分かる。出力が僅かながら上がっている」

『数値をはかったでもあるまいに』

 その通りかもしれない。だが、付き纏う違和感は何だ。

「ファイアユニゾン、今日見ただけでも何か違っている。それは、多分、マチエールさん自身も気づいている」

『気づいていて、言わないって?』

「変化が怖いのかもしれない。……何よりも、自然の摂理にもとって蘇った自分が信じられないのもあるのかも」

『おいおい、ヨハネ。仲間を疑うのかよ』

「疑う。というよりも僕も怖いんだと思う。マチエールさんは以前の彼女と同じなのか、別人なのか」

 ルイは肩を竦める。ヨハネは詰め寄った。

「蘇生措置は具体的に何を?」

『解毒だよ。当たり前だろうが』

「それだけじゃない。白のエスプリがEアームズを破壊する。最初の頃こそあり得たが、お前ら直々にその不始末をつけようとしたEアームズに白の状態で敵うとは到底思えない。どうして、エスプリを呼び戻した? 何の魂胆がある?」

『魂胆とは』

 ルイは涼しい様子でいなそうとするがヨハネはマチエールの居ない今こそが問い質すべきだと感じていた。

「……マチエールさんの前じゃ、この話は出来ない。だって生き返ったとは言え、何の負い目も感じてないとは言えないんだ。僕は彼女を傷つけたくない」

『勝手だな。傷つけたくない? そうやって、微妙な距離を置く事が一番に傷つけているんだってのは思わないのかよ』

 ルイの言葉は正論だ。だが、ヨハネはここで言い負けてはいけないと語調を強くする。

「お前達が、作った不始末だろうが!」

『Eアームズは主人の管轄じゃないし、オレだっていちいちEアームズの性能云々を言われたって分からねぇよ。オレばっかりに不始末の責任が行くのも納得いかないしな。大体、お前こそ勘違いしてんじゃねぇか?』

「勘違い? 僕の、何が」

『オレは、交換条件でここにいるんだ。主人がそうしろって言ったからだぜ? そして、こうも言える。Eスーツ、今の状態が以前と同じであろうとなかろうと、オレにしかメンテナンスは出来ない。その環境がどういう事なのか、てめぇなら分かるだろ?』

 今のエスプリを支えているのはルイなのだ。自分は所詮、助手の立場でしかない。ルイが少しでも気を悪くすれば、Eスーツは元よりエスプリの存在自身に不調を来たす。

「……卑怯者め」

『どっちがだよ。マチエールの前で言ってやりゃいいじゃんか。それをオレとタイマンで言っているつもりなんだろうが、逃げているのはてめぇも同じだよ。マチエールを、信用し切っていないんだろ? 当然だよな。生き返ったって言っても一度死んだ。それを容易く、はいそうですか、とはいかない。そのくらいの機微は分かるぜ』

「……だったら、教えろよ。今のエスプリは何だ? あまりに違う、というわけじゃない。ただ僅差の違いだからこそ、僕はこうして問い質している。微妙に違う。それが気になるんだ」

『慣れない性分だな、おい』

 その僅差を無視してしまえるのは事実。しかし、それを見過ごせばこの先、引き返せないのもまた事実。

 今しかない。ルイから全てを聞き出せれば。

 そのような淡い期待はルイの次の一言で砕かれた。

『てめぇ、それで正義気取っているつもりか?』

 目を見開く。ルイはヨハネの顔を覗き込んだ。立体映像とは言え、少女の容貌が近づく。うろたえたヨハネが後退すると、ルイは笑った。

『正義のつもりか、って聞いてんだよ、この偽善者。マチエールを救った、街を守る、ご立派だ、言いたければいくらでも言え。――ただし、てめぇの正義じゃねぇよな、それ。便乗しているだけじゃねぇか。エスプリっていう街の守り手に、てめぇは付き従っている相棒気取りだろうが、オレの立場から言わせてもらえば、てめぇの立ち位置が一番に不愉快だぜ。いつでも元の生活に戻れるよな、てめぇだけ。マチエールも、エスプリも知らない生活に戻れる保険をかけてるのは事実だろ』

 二の句が継げなかった。それは見ないようにしていた部分でもあったからだ。自分の戦いは所詮、彼女らの戦いの安全性の上にある。

 現場で本当に命を削り、傷つくのはマチエールとユリーカだ。

 この二人を遠巻きに眺めて、さも自分も当事者のように振る舞っている。

 この立場を臆病だと、思わないわけがない。だが、言い出せなかった。誰も追及してこないから、今まではなぁなぁで過ごせた。

 しかし、このルイは違う。

 ヨハネにとって不利益な事をズバッと言ってくる。

「僕は、そんなつもりは……」

『嘘こけ。てめぇは正義気取りたいだけだろ。主人の言っていた事、何となくだがてめぇと喋っていると理解出来るぜ。要するによ、お前はいい子ちゃんの周囲で育てばいい子ちゃんになったつもりになっていて、悪人の巣で育てば悪人の考えが染み付いちまう、そういう軽薄な人間だって言っているんだよ。いつでも悪に転がる、というよりも、これじゃまるで、自分のない、空っぽの人間だよなぁ!』

 空っぽ。 

 それを言い当てられた瞬間、ヨハネの何かが弾けた。

 次の瞬間にはルイの首筋に手を這わせていた。

 当然、立体映像のルイの首は絞められない。

 手がすり抜けた途端、ハッとした。自分は何をしようとしたのだ、と。

『ほぉら、お前自身、何となく思っている部分はあるんだろ?』

「違う! 今のは、突発的に……」

『突発的に人殺しに走るってか? そりゃあ、正義の味方に相応しくねぇな』

 ヨハネは自分の掌に視線を落とす。今、この手が人を殺そうとした。

 自分勝手な理由で、ルイがもし人間だったらどうなっていた事か。

 苦々しい思いを噛み締めたヨハネはルイに抗弁を発していた。

「お前が、挑発するから……!」

『挑発だって? そいつは間違いだな、ヨハネ。元々、そういう人間なんだよ、お前は。自分を悪だと気づいていないだけの、そういう悪人さ。善人の振りしたいのは分かるが、お前、他人を見る前に自分を鏡で見ろよ。そこに映っているのは醜悪な誰かさんに違いねぇんだからな』

「黙れって!」

 ヨハネが手を払うと、ルイがひょいと身体をかわして浮かび上がった。

『あのよぉ、オレは立体映像だからどうにも出来ねぇくらい分かれよ、馬鹿だな。それともシステムの電源を落とすか? 簡単だぜ。でも、そうしたらユリーカが帰ってくる可能性はゼロになるし、マチエールだって死ぬかもなぁ』

「お前だけは……許しておけない……」

 憎悪の声音にもルイは軽々しく返す。

『オレなんかみたいなシステムに腹を立ててんじゃねぇよ。物に当たるなって教わらなかったのか?』

 ヨハネは今すぐにルイをこの事務所から追い出したくなった。だが、これがいなくなれば一番に困るのは自分達だ。

 それほどまでにユリーカとルイ・アストラルに依存していた。

 跳ね返ってくるのはいつだって、そのような遅い後悔だけである。

 ヨハネは深呼吸する。冷静になれ。今は、ルイの繰り言に腹を立てている場合ではない。

 聞くべき事を見間違うな。

 瞑目し、いくつか呼吸すると怒りを薄める事が出来た。

「……結局、僕の聞きたい事に答えてもらっていないぞ、ルイ。そのEスーツは本物か?」

『疑いたければ好きにな。だがよ、そのニャスパーの〈もこお〉だったか? そいつが運んでいるって事は完全な偽物ってのはないんじゃないか?』

 アタッシュケースの持ち運びは今まで通り、〈もこお〉任せである。

〈もこお〉が特別思念で訴えかけてくる事はない。つまり偽物の線は薄いと考えてもいいだろう。

 だが、偽物ではないとしても今まで通りのEスーツかと言えば疑問が残る。

「Eスーツのすり替えが出来たのは、お前らしかいないんだ。何も知らないわけじゃないだろ」

『エスプリの性能にどこまで疑問があるんだよ、お前。いいじゃねぇか。マチエールも納得してんだろ?』

「あれは納得じゃない。そういう風にしか考えられていないんだ。自分の身体が違うのは、マチエールさん本人が一番よく分かっている。でも考え始めれば、それは論理の破綻だ。生き死にでさえも考え出さなければならない。マチエールさんにはそこまで負担を強いるつもりはない」

『どうだかな。案外、てめぇの魂胆も見え透いているのかもしれねぇし』

 それは分からない。ただ、マチエールには今まで通りに過ごして欲しいとは考えていた。

「僕の薄っぺらな自尊心は、どうだっていい。問題なのは、だ。いざという時、後ろから撃たれるような真似をされかねないという事」

 ルイを無条件に信じれば、それだけリスクも高まる。懸念している事柄に、ルイは嘆息をついた。

『どうしてこう、人間ってのは不便なのかねぇ。合理的に考えろよ。オレが何かしているからって、じゃあ一息にマチエールを殺せるかって? そんなの、やる意味あんのか?』

「お前がまだ、あの男のしもべなら、分からない」

『しもべ、ね。嫌な言葉を使うな、てめぇは。確かに、オレは造物主には逆らえねぇ。主人がこうと定めた通りにしか動けないシステムだ。どこかで裏切りの伏線があるとすれば、その通りになるだろう。だが、ならば余計に、オレをこっちに寄越した理由を考えろよ、ヨハネ。交換なんだぜ? あくまでも』

 それはヨハネも引っかかっていた。どうして連中はマチエールを蘇らせる条件に、ユリーカとルイ・アストラルだけで納得したのか。

 フレア団の情報統制のために。

 ――否、今さら情報統制など生ぬるい。相手の考えはこちらの二手、三手上を行っていると見るべきだ。

 こちらのルイに出来て、あちらのルイに出来ない事のほうが多いはず。どうしてルイ・アストラルにこだわったのか。

 そもそもユリーカの身柄は彼女本人の口から言わせれば死んだものも同義のはず。今さら蒸し返す理由が分からない。

「ルイ、お前も調べものは出来るんだよな?」

『何だよ。言っておくが組織内部の事を言えとか言われてもそれは無理な相談だぜ?』

「過去の記録ならばどうだ? ホロンの研究棟」

 ヨハネの導き出した答えにルイは口角を吊り上げた。

『……案外、直上型の馬鹿ってわけじゃなさそうだな』

「ホロンの記録にアクセスしろ。その時、誰がいたんだ? だって話の通りならば、あの場所で行われていたのはEアームズの試験。それと、裏切り者の排除だ。誰が、おやっさんを殺したんだ?」

 その命題はマチエールにとっても、ユリーカにとっても最大のものであろう。ルイはしかし、結論を焦らす。

『おいおい、そう容易く教えるかっての。だってこれは極秘事項だぜ?』

「Eスーツに関して喋れないのなら、これくらいは聞き出させてもらう。そうじゃないと釣り合いが取れない」

『釣り合い、ねぇ。まぁ、ホロンに関して言えば、管理者権限も解かれている。言っても問題はない、が、この話の如何を、お前、マチエールに言うつもりか?』

 それは、と口ごもってしまう。

 マチエールはきっと、そのような事は望んでいない。いや、心の奥底では望んでいても、この街を守るという理念で動いているはずだ。

 そんな彼女に、少しでも復讐心を芽生えさせるような事は、あってはならない。

 ルイは手を払って続ける。

『話すのは容易いぜ。あの時、誰がいて誰が殺されかけたのか。ホロンのデータは入っている。ただし、使い方を誤れば、これは毒になる。それくらい、覚悟の上なんだよな? ヨハネ・シュラウド』

 問い質されたのはこちらのほうだ。

 ヨハネは唾を飲み下す。自分の一言で真実が明らかになる。しかし、それは開いてもいいものなのか。

 本当に、至ってもいい答えだというのか。

 逡巡の据えに、ヨハネは頭を振った。

「今は……聞いて冷静になれる自信がない」

『賢明だな。自分の事だって冷静になれないのに人の事になっててめぇが冷静とは思えない』

 悔しいが言う通りだ。ルイ一人に熱くなっている自分が、マチエールやユリーカの真実を聞いて何も行動しないはずがない。

「その答えは、まだ保留にしておいてくれ」

『聞きたきゃいつでも言ってやるが、まずはてめぇのやる事がある』

「僕の……」

『タマゲタケの出現位置を絞り込んだ。こいつら、前回みたいな複合進化はやらないつもりだ。一体ずつに仕込まれたEアームズを使って一個体のみを進化させる』

 ヨハネは立ち上がっていた。戦慄く視界の中で、その事実を咀嚼する。

「何だって……。Eアームズなんてないはずだ」

『あるんだよ、頭の中に、な。学習装置だ。全員が同期している。百体前後のポケモンの一斉同期だ。簡単に進化レベルまで引き上げられる』

 もしモロバレルに進化すれば、自分は前回のように止められるだろうか。

 恐らく、無理が生ずる。

 早期に手を打たなければ、破綻するであろう。

 ヨハネは身を翻し、ルイに尋ねていた。

「どこにいるんだ! その、進化するタマゲタケは」

『ミアレ南東。もうすぐ進化するだろうな。その時、エスプリの助けがないと何にも出来ないはずだろ』

 ヨハネは〈もこお〉を呼びつける。〈もこお〉が肩に乗っかった。アタッシュケースの重みはサイコパワーで消してくれている。

「僕は出る! ルイ、お前は……」

『あいよ。留守番してりゃいいんだろ。心配すんなって。ホロキャスターで必要ならいつでも呼べ』

 減らず口を叩くルイを黙らせる前に、今は――。

 ヨハネはハンサムハウスを飛び出していた。

「ミアレ南東……。モロバレルになれば……」

 前回の毒の霧を展開したモロバレルを思い出す。

 あの能力に相当する存在になれば脅威である。ヨハネは駆け出していた。

「間に合ってくれよ……」



オンドゥル大使 ( 2017/01/28(土) 22:54 )