ANNIHILATOR - 深化篇
EPISODE85 夜明

 走れ。風よりも速く、弾丸よりも鋭く。

 そう一心に願って、ヨハネはミアレの街並みを駆け抜けた。

 クロバットに掴まり、空中を飛翔するヨハネは以前よりも強くなった、と自負する部分はある。しかし、それも目の前の対抗策に徹しなければ意味のない事。

「クロバット、エアスラッシュ!」

 ヨハネの命令に、クロバットが二対の翼を器用に羽ばたかせて風の刃を発生させた。

 突き抜けた刃が狙い澄まそうとしたのは路地を逃げ回る小さな影であった。

 前回の打ち漏らしだ。タマゲタケ。ただのポケモンになり下がったかに思われたが、それでもフレア団の一手。

 仕掛けられれば危ういのは分かっている。

 こちらの攻撃をかわしたタマゲタケが潜り込んだ路地裏には既に展開している影があった。

「ちょうどいい具合に、ヨハネ君も誘導、分かってくれてきたみたいじゃん」

 マチエールがバックルを手にタマゲタケを見据える。腰に装着した途端、ベルトが伸長した。

『Eスーツ、レディ』の待機音声が響く中、マチエールが構えを取る。タマゲタケが踊り上がり、マチエールへと毒霧を放とうとした。

「危ない! マチエールさん!」

「させない」

 払われた手の動きに連動して黒い鎧が疾風を巻き起こす。風に叩きのめされた形のタマゲタケが起き上がる前に、黒い鎧がマチエールを中心軸に据えて螺旋を描いた。

「さぁ、行くよ……。Eフレーム、コネクト!」

 一挙に黒い鎧がその身体へと吸着する。鎧に包まれていくマチエールを最後に覆ったのはヘルメットだ。

 ヘルメットの内部が可変し、マチエールの眉間にマスクを形成する。

 デュアルアイセンサーが煌き、マチエールの眼光を補強する。

 バイザーが降りたかと思うと、オレンジ色に輝き「E」の意匠が浮かび上がった。

「探偵、戦士! エスプリ、見参!」

 マチエール――エスプリは変身を果たし、タマゲタケへと肉迫する。タマゲタケが毒の皮膜を噴出する。

 エスプリの薙ぎ払った拳が皮膜を引き剥がした。

「そんなものォ!」

 拳の勢いが空気の膜を破る。それほどの一撃がタマゲタケへと叩き込まれた。

 豪腕による膂力ははかり知れない。タマゲタケが吹っ飛ぶが、その身体にはダメージがあるとは思えなかった。

「弾性……。やっぱり、切断系の攻撃じゃないと……」

 判じたヨハネに応対する声があった。

『言ったろ? あれには焼くか切るかしか効かないって』

 その声の主は聞き慣れたものでありながらも、実のところ全くの別人なのだ。

「うるさい。ルイ・オルタナティブ」

 エスプリはホルスターからヒトカゲのボールを手にし、バックルへと埋め込んだ。

『コンプリート。ファイアユニゾン』の音声と共に手首と足首にFの文字が顕現する。噴き出した炎の勢いにタマゲタケが気圧された。

 ヨハネには疑問があった。

 マチエールの纏っているEスーツ、以前よりも攻撃性能が明らかに上がっているような節がある。

 だが、当の本人は追及もしないし、何よりもヨハネにはそれを言及出来る仲間がいないのは致命的であった。

「ファイアユニゾン……、なんだよな……」

『何か言いたそうだな、ヨハネ』

「呼び捨てにするな」

 ルイに言い返しているうちにマチエールが一気に片をつけようとした。振りかぶった腕から炎が迸り、タマゲタケを瞬時に焼き切る。焦がされたタマゲタケが倒れ伏した。ヨハネは慌ててモンスターボールを投げる。

「これで、二十匹目、か……」

 奔走した挙句、被害を出したのでは世話はないが、今のところ未遂に済んでいる。問題なのは、前回のような大規模進化であった。

『おいおい、後手に回っているんじゃねぇか? これじゃ、何日かかるのやら』

 憎まれ口を叩くルイに対してヨハネは抗弁を発しようとする。それをエスプリが首を横に振って制した。

「こいつ相手に言い合ったって何にもならない」

 その通りなのだが、ルイの横暴な物言いは自分達を嘲っているようで気に食わない。

「でも、前回みたいな大規模進化が起こる前に、こうして捕獲して回っている。あるいは倒すしかないんだけれど、法則性もないんじゃ……」

 痛いのは居なくなってしまった仲間だ。

 彼女さえ居れば、もしかしたら事態は違っていたかもしれない。

 しかし、願ったところで戻ってくるわけではないのだ。

『帰ろうぜ、ヨハネ。システムチェックがあるんだろ?』

 呑気なルイの声音にヨハネは怒りをぶちまけようとしたが、エスプリが静かに言いやった。

「ルイ、働きをしないのなら、お前をすぐにだって切る」

『おお、怖いねぇ。でもさ、オレ、切られないと思うんだよね。だってそっちの生命線だもん』

 言う通りなのだ。こちらの情報の一手先を握っているのは、この忌々しい――ルイ・オルタナティブというシステム。

「……前のルイくらい、素直だったらいいのに」

『前のルイって、そりゃあれか? ユリーカの使っていた欠陥品だろうが。あんなもんと一緒にすんな。オレはよりスマートに改良されたルイなんだからよ』

 一口にルイと言っても何種類もあるらしい。聞きたくもないが。

 ただ仲間を欠陥品呼ばわりされたのだけは許せなかった。

「ルイは、欠陥品なんかじゃない。ユリーカさんだって……」

『交渉の矢面に立ったんだろうが。それを無下にする事はないだろ。仲良くやろうぜ、おい』

「そっちにその気がないなら、こっちにもその気はないよ」

 エスプリの言い捨てた言葉にルイは毒づく。

『随分と……歓迎されていないムードだな』

「当たり前だろ」

 ヨハネはクロバットを戻してエスプリの背中に続く。

 夜明け前の空の眩しさに、目を細めた。



オンドゥル大使 ( 2017/01/28(土) 22:53 )