EPISODE78 共犯
ハッと目を覚ますと、スーツが取り払われていた。
コルニは周囲を見渡し警戒を強めようとして、胸に宿る疼痛に顔を歪めた。
「まだ、動かないほうがいいわよ」
その声に視線を向けるとファウストが佇んでいた。
「ファウスト……、アタシは」
「呪いの効果は継続している。しばらくはイグニスとして戦えないと思ったほうがいいでしょうね」
覚えず布団を捲り上げる。そんな事はない。自分は戦える、と誇示したかったが、よろめいてしまった。
「アタシは、まだ……こんなところで立ち止まるわけには」
「当たり前でしょう。イグニスにはやってもらう事がある。ボクレーの呪いの継続効果と言ってもさほど強いポケモンの呪いじゃない。射程範囲から逃れればその効力は薄れる。今はまだ、先の戦闘の疲れが残っている感じかしらね」
ゴローンとの戦闘でスーツがボロボロになったかに思われたが、ファウストの足元に赤いアタッシュケースはある。
「緊急用のアタッシュケースに入れておいた。専用のケースはあなたの〈チャコ〉が持っているみたいだからね」
「〈チャコ〉……、無事なの?」
「それは既に確認済みよ。エスプリの下へと帰ったみたい」
懸念事項は一つ消えた。しかし、それでも脳裏を掠めるのは奪還したオーキドの身柄だ。
「オーキド博士をエスプリ達に任せるにしても、何か相手が手を打ってこないとも限らない」
「もう既に、手は打たれているみたいね。このポケモンを回収したわ」
拘束用のモンスターボールから開放されたのはキノコの形状をしたポケモンであった。頭部がモンスターボールの意匠を引き継いでいる。あまりに奇怪なものだった。
「そのポケモンは……タマゲタケ?」
目にした事はある。モンスターボールに擬態し、対象に胞子を振りかける謎の多いポケモンだ。
「タマゲタケが、大量発生している。エスプリが無事ならば、この案件を放っておくわけがないでしょうね」
「だが、それは恐らく罠」
確信めいた声音にファウストは首肯する。
「Eアームズを持たせたわけでもない相手に大量発生。前回のカチコールもそうだったけれど、フレア団はなりふり構わなくなっている」
「じゃあ、なおさら、アタシが行かないと……」
立ち上がろうとして眩暈がした。額を押さえて呼吸を整える。
「今のイグニスでは足手まといよ。少しばかり静観していなさい。ボクレーの呪いを解く手段はたくさんある。今は、休む事だけを考えて」
「そんな事をしている間に! 敵はやってくる!」
強い語調にファウストはうろたえるわけでもない。
「エスプリを、この街の守り手を信じればどう?」
「……疑っているわけじゃないさ。でも、勝てるかどうかで言えば微妙な話」
タマゲタケは一般人にも被害を出しかねない。エスプリがそれを分かっていて動けば、フレア団の目論見通りだ。
「フレア団がタマゲタケの大量発生で何を促したいのかは分からないけれど、まぁまともな事じゃないでしょうね」
「分かっていて……!」
「私とあなたは共犯関係。コンコンブルの仇を、討ちたいんでしょう?」
コルニは拳を握り締める。今は、ファウストに従うしかないのか。
「そういえば、ここは……?」
木造の内観に、見覚えはなかった。
「私のセーフハウスよ。ミアレの都市部から少し離れている。ここで休んでおけば、ボクレーの呪いはほぼ解けるでしょう」
「それじゃあ、ミアレにはアタシ、近付けないって事に」
「落ち着きなさい。今は、待てと言っている」
しかし、呑気に待てるわけがなかった。
「ファウスト、あんたの力で呪いをもっと早く解く事は」
「出来るけれど、そんなに早く戦場に舞い戻っても無駄なだけよ。イグニスは作戦途中で不備が発生し、行方不明だと思わせたほうが都合がいい」
「都合? 何の都合なのさ」
「私の都合でもあり、何よりもフレア団の目を一度眩ませられる。このままではこちらに不利なだけよ。フレア団内部でプロトエクシードスーツを造ったのが誰なのか、魔女狩りが始まる。その時を見計らい、フレア団を一気に引っくり返す」
「そううまく行くとは思えない」
「行かせるのよ。あなたの力で、ね」
「ファウスト……、あんたの言う通りにしておいたら確かに、この力は手に入れられたし充分に相手とも渡り合える。でもさ、アタシは道化じゃないんだ。あんたの言う通りだけを動くと思ったら大間違いなんだよ」
「ならば、何? 私を突き飛ばしてでも、出て行く?」
ぐっと歯噛みする。ここでファウストの言う通りにしないで無謀に飛び出しても、スーツもない自分では何の役にも立てない。
「Eスーツを……」
「渡すわけがないでしょう。だからわざわざこのアタッシュケースに入れたのだし」
ここでの調停は意味がないだろう。コルニは息をついて布団の上に座り込んだ。
「……エスプリはどこまでやると思う?」
「タマゲタケ排除くらいは出来そうだけれど、今回の問題はフレア団が初めて、エスプリ抹殺のために策を練ったところね」
その言葉にコルニは眉を跳ね上げた。
「エスプリ抹殺? タマゲタケなんかで人は殺せない」
「常人だって殺すのは難しいほど、毒も弱いタマゲタケだけれど、これが大量発生し、なおかつEアームズが絡んでくると話が違ってくる」
「数での圧倒……」
「それだけならば、まだマシよ。問題なのはEアームズの保持者がどのようにこのタマゲタケの現象を利用するのか」
「それも分からずに、今回静観しろと?」
「エスプリの手腕を見る意味もある。私達は一度、静かに見守る事も覚えるべきよ」
コルニは考えを巡らせる。エスプリがタマゲタケの異常性に及びつき、倒せるかどうか。
ユリーカの頭脳があれば可能かもしれない。しかし、今までのフレア団はあくまでオーキド博士の誘拐、あるいは抹殺のために遣わせていた部分がある。それを全て、エスプリの抹殺のために使うとなれば、意味が違ってくるだろう。
何よりも、牙を剥いたフレア団の実力を誰も知らないのだ。
「ファウスト、この戦い、思ったよりも厄介になる」
「その予感はあるけれど、今は夜明けを待ちなさい」
窓から差し込んでくる日差しが、今日の始まりを告げていた。