EPISODE72 闘者
コルニがバックルを取り出し、腰に装着しようとする。ヨハネは覚えずその手を押さえていた。
「駄目だ! 今のままじゃ!」
「離してくれ! アタシは、戦わなくっちゃ……!」
「もう遅い。何もかもが。行け、クレベース」
モンスターボールから迸った光が巨大な氷の要塞を瞬間的に構築させる。
辺りに集まっていたカチコールがクレベースに取り付き、その氷の表皮を補強した。
「クレベースは進軍する。それを止められればお前らの勝ち。止められなければ、我らの勝ちだ」
引っ込んでいく赤スーツを追いたてようとするが、コルニをヨハネはいさめた。
「クレベースを倒さなくっちゃいけない」
「だから! アタシ一人でいいって」
「そんな簡単な話じゃないんだ! だって、誰も、もう傷ついて欲しくない……」
ヨハネの懇願にコルニが判断を彷徨わせた。バックルに込められていた力が霧散していく。
「……でも、もうアタシに、生き方なんて」
その時、クレベースが前足を振るい上げた。踏み潰される、という予感にヨハネがボールを繰り出す。
「クリムガン!」
飛び出したクリムガンが超人的な膂力を発揮し、その爪でクレベースに襲いかかる。しかし、その氷の堅牢な表皮を破れもしない。
「やはり、弱点タイプじゃないと駄目か……」
口惜しげに歯噛みしたヨハネへと、軽く前足を払っただけのクレベースがクリムガンを退ける。
クリムガンは単体では今まで黒星がほとんどないのに、クレベースの力を前に圧倒されているのが分かった。
「やはり、僕だけじゃ……」
その時、炎が巻き起こり、クレベースの顔面を焼き焦がした。
視線を投げると、高層建築の上からヒトカゲを繰り出したマチエールが飛び降りる。
「〈もこお〉! 行くよ!」
〈もこお〉が運んでいたアタッシュケースを開放する。黒い鎧が螺旋を描き、暴風を発生させてクレベースを退けた。
空中でマチエールが変身する。
「Eフレーム、コネクト! 探偵戦士、エスプリ! ここに見参!」
エスプリは着地と同時に地面を蹴ってクレベースに肉迫した。その跳び蹴りが突き刺さるが、やはり防御は崩せない。
「硬いな……。ヒトカゲ、戻れ!」
ボールに戻したエスプリがバックルへと組み込む。赤い炎を噴き出させて赤い姿へと変貌した。
「ファイアユニゾンならっ!」
炎の回し蹴りがクレベースに突き刺さるも、やはり再生する皮膚を破る事は容易ではないようだった。
「ヨハネ……、アタシも、行かなくっちゃ」
コルニの声にヨハネは今一度、その道を遮る。
「退かないよ。君が、復讐だけで戦うって言うのなら」
その鮮烈な記憶も見た。今や、ヨハネが止める理由はエスプリの邪魔になるからだけではない。
コルニが傷つくばかりの戦いをして欲しくない。
「でも、だったらどうしろって言うんだ! もうアタシ、こんな場所まで来たのに!」
ヨハネはユリーカより手渡された制御チップを取り出す。ホロキャスターの中のルイが覚えずと言った様子で声を発した。
『ヨハネさん、それはマスターが……』
「もしもの時に使えって言っていた。今がそのもしも、だ。これさえ得れば、エクシードスーツは完全に近くなる。でもそれは、戦いを容認したわけじゃ決してない。僕は傷ついて欲しくないんだ。君にも、もっと言えば彼女らにも……」
「どこまで、お人好しだ、あんたは。アタシが無理やりこのチップを奪うとか考えないの?」
「その時は、ぼくの命をかけてこいつを破壊する。そうすれば釣り合いが取れる」
ヨハネの覚悟にコルニは口を噤む。
今のままではエスプリでも勝てないだろう。かといって復讐心のまま、コルニを戦わせるのは絶対にさせられない。彼女には別の道を模索して欲しかった。
「……何でさ。何で、そんなに、他人の事ばかり考えられる? あんな目に遭ったんだろう? 自分以外全てを信じられなくなったとしても不思議じゃないあんたが、何だって、他人を第一に考えられるんだ。アタシにはそれが分からない」
「多分、僕は信じたいんだ。信念を持つ、正義を。その正義の行く末には、きっと、光がある事を」
「光なんてないかもしれないのに?」
フレア団に幾度となく問いかけられてきた。お前は悪の側だ、と。だが、ヨハネはそれでも異を唱える。
――自分は、正しい事を成したい。
「僕の信じる正義のためなら、この身を喜んで捧げる。エスプリが、僕の信用する、正義だ」
エスプリの戦いを自分は全力で支えたいだけなのだ。ヨハネの言葉にコルニは顔を伏せて頭を振る。
「バカだよ。大バカだ。何だって、あんた、そこまで出来るんだ。アタシ、この手に入れた力が、とてつもなく強いものだと思っていた。……でも、何も持っていないあんたが、どうしてアタシの道を遮れるほどに強いのか、全然分からないのに……」
何も持っていないからこそ、出来る強さもある。
マチエールのように強くあれない。ユリーカのように、捧げる事も出来ない。
コルニのように、誰かの事を思って戦う事も出来ない。
しかし、自分にしか出来ない戦いがあるとすれば、それは今、こうして問いを重ねる事だ。
コルニに復讐だけで戦って欲しくないと願う事だけだ。
願いの力だけは、自分は誰にも負けない。
「僕を信じろとは言わない。だって僕だって、境目にいるようなものだ」
「境目のあんたが持つそのチップが、アタシがどっちに転ぶのかを判定するってのが、一番の皮肉だ。いいよ、ヨハネ。あんたの顔を立てる。仮面の怪人を認めたわけじゃないし、それにまだ復讐心も拭い切れていない。でも今すべき事は分かる。この街を、破壊させちゃいけない」
ヨハネはコルニの手に制御チップを握らせる。
「それが、答えなら」
コルニは制御チップをバックルに埋め込んだ。
腰に装着した瞬間、ベルトが伸長する。
『プロトエクシードスーツ、レディ』
待機音声が響く中、コルニは片腕を掲げ、拳を形作った。
「プロトエクシードスーツ、イグニッション!」
黒いアタッシュケースから鎧が放出される。螺旋を描き、大気の流れを変える一陣の風がコルニに纏いついた。腕、足、身体が鎧に包まれ、蒼い光を内部から放出する。
篝火のように光が瞬いた瞬間、ヘルメットが最後に被せられた。
バイザーが降りる前に、目元を覆うマスクが展開される。そのマスクを上から囲う形でバイザーが降りた。
水色に光を帯びるバイザーの奥で複合センサーであるデュアルアイが輝き、表面に「I」の文字が象られる。
コルニはバイザーの内部に表示された文字を読み取ったらしい。その声が震えている。
「IGNIS……。この名前は……」
『こちらでのサポートをするに当たってのコードネームだ』
いつの間にかユリーカの声が繋がっていた。そうか、とヨハネは今さらに感じ取る。
制御チップを造ったのはユリーカだ。つまり、これを渡した時点で相手のEスーツを掌握出来ると踏んでいたのか。
そこまで考えの回っていなかったヨハネに比してコルニは冷静だった。
「いいよ。この名前、背負っていく! 閃光闘者、イグニス! 命、爆発!」
蒼い輝きを全身から放ったコルニ――イグニスが吼える。
ルチャブルがその姿に付き従った。腰から取り出されたチップをイグニスが足に装着する。
『コンプリート。ファイティングユニゾン』の音声と共にイグニスが踊り上がった。ヨハネはその疾風の後ろ姿を眺める事しか出来ない。
『どこまで、計算内だ?』
ユリーカの通信にヨハネは首を横に振った。
「いえ、どこにも。計算なんてないです。ただ、彼女の背中を押したかっただけで」
『キミも食わせ者だからな』
ユリーカの言葉にヨハネはフッと笑みを浮かべる。
今はただ、二つの闘志が目の前で燃え盛っているのを見ていたい。