ANNIHILATOR - 業火篇
EPISODE70 善悪

「新たなEスーツ、だと?」

 報告を受けたクセロシキは聞き返していた。構成員は恭しく頭を下げて声にする。

「恐らくは、盗難されたプロトEスーツかと」

「映像を」

 受信した映像には確かにプロトEスーツの装着者が映し出されていた。その繰り出す攻撃も、こちらの想定以上のものだ。

「ユニゾンチップシステム……。そう容易くコントロール出来ないはずであったが、この変身者は?」

「今のところ不明ですが、その前後に戦っていた少女のものである可能性が濃厚です」

「少女……また、子供か」

 苦々しい声に構成員が口にする。

「……そういえば我々の構成員狩りをしているのも、金髪の少女だとか」

 イコールで結ぶのは早計であったが、どちらにせよ邪魔者には違いない。

「次こそは叩き潰す。下がっていい」

 構成員を下がらせた後、クセロシキは今回の適合者の状態を問い質していた。

「どうだ?」

『ダメージフィードバックはほとんどありません。クレベースを操るに当たって、カチコールによる思考の並列化が効いているのだと思われます』

「そうか。苦肉の策であったが、いい方向に転がっているのならば」

 よかった、と言おうとしたクセロシキに部下の報告が被さる。

『しかし、クレベースは鈍重が過ぎるといいますか、本人の意識の同調が難しいため、カチコールを使っての間接同調では扱いきれているとは言えません。これではただ闇雲にクレベースを暴走させているだけです』

 意味がない、と言いたげだ。クセロシキは苦々しいものを感じつつも応じる。

「善処する。担当に戻るといい」

 クセロシキは考えを巡らせていた。盗まれたEスーツをすぐに使いこなすなど出来るはずがない。

 何故ならばカウンターEスーツと大きく違うのは既にユーザー認証がされている点だ。

 つまり変身者は無理やりそれを突破した事になる。身体的負荷は相当なはず。それでも涼しい顔をしているのだとすればそれは化け物だ。

 通信が繋がり、クセロシキはホロキャスターを持ち上げる。

「どうした?」

『クレベース連絡班が、次の出現場所を絞るべきであろうと連絡が……。大丈夫なのでしょうか』

 アリアの懸念も無理からぬ事。今回のクレベースは同調を使っているもののEアームズはほとんど意味を成していない。

 クレベースほどの巨大なポケモンを使用するのに、Eアームズは逆効果だと判じたのだ。最低限度のEアームズによる同調しか行っておらず、ほとんどクレベース単騎戦力と言ってもよかった。

「クレベースは無敵の要塞として、エスプリを倒すはずであったが……。イレギュラーが現れてしまってネ」

『存じています。新たなEスーツの使い手……』

 アリアとて敵が増えたようなもの。胸中が穏やかなはずもない。

「だが、扱いきれるはずがないのダ。なにせ、ユーザー認証を力技でこじ開けているようなもの。いつか無理が祟ってくる。それよりも今はエスプリ側に、戦力が集中する懸念がある。もし、プロトEスーツの変身者がエスプリと結託すれば」

 恐ろしい戦力となるだろう。アリアは報告を重ねる。

『連絡班は、あの後エスプリと対象が戦闘した、と報告していますが……』

「相手の動きも解せない。慎重に行こう。ワタシは次のクレベースのプランを練るヨ」

 通話を切ってクセロシキはミアレシティの地図を呼び出す。どの場所にクレベースを呼び出して暴れさせれば有効なのか。

 読み負ければこちらの立場とて危うい。

 クセロシキは唾を飲み下した。














「冗談じゃない!」

 帰ってくるなり、マチエールは壁を殴りつける。悔しさは痛いほど分かるがユリーカが冷静に制した。

「物に当たるな、バカ」

「だってさ! あんなの反則じゃん! 部分ごとにユニゾン出来るなんて」

 確かにヨハネの目からしてみてもあの能力は脅威だ。思い出すだけでその万能さに言葉をなくしてしまう。

「二つの属性を、同時ユニゾン出来ているようでしたが……」

「私もしっかり解析しておいた。で? マチエール。聞いていくか? それともヨハネ君にだけ説明しておくか」

 逡巡の後、マチエールは屋上に上っていった。

「ヨハネ君、ゴメン、聞いておいて。あたし、ちょっと冷静じゃない」

 屋上に上がったのを確認してからユリーカが口を開く。

「冷静じゃない、か。少しばかり分かってきたじゃないか、あのバカも。そうだろうな。実際に戦ってみればあの脅威は分かるだろう」

「その、強過ぎるんじゃないですか? だって、部位ごとにユニゾン出来るなんて」

「そうだな。カウンターイクスパンションスーツはバックルに埋め込んだポケモンから属性を貰い受けてユニゾンする。一度に使えるのは一属性のみ。ちなみに言っていたかどうかは分からんが、もし複合属性を入れた場合、どうなるか分かるか?」

 ヨハネが頭を振るとユリーカは嘆息をつく。

「エラーする。だから、複合属性をエスプリは使えない」

「ヒトカゲを進化させないのは、それも理由で?」

「まぁ、アイツが進化させずに育てると言い放っているから、そいつも優先しているんだが。とかくハッキリしているのは、新たなEスーツは複合属性が使える事。そして、ユニゾンするのにも、全身を全て一色で包む必要がない。私がルイで解析したところ、ユニゾンと同じように属性を内包したチップを埋め込んでいるらしい。見た限りでは六ヶ所ある」

「六ヶ所も……」

「両手、両足、そしてバックルに二箇所。バックルに埋め込んだ場合は、全身を覆うユニゾンになるようだから、エスプリと違うのは、二属性同時のエレメントトラッシュが可能という点か」

 あまりに強いのでは、と感じたのはそれだ。エスプリだけでも相当な戦力である。

 しかしユリーカの導き出した答えはヨハネの予想とは違った。

「強い、ですよね……」

「いや、そうでもない。単純なパワーで言えば、エスプリのほうが遥かに上だ」

 驚くべき事実にヨハネが絶句しているとユリーカがデータを呼び出す。

「見た通り、エレメントチップにはこちらのユニゾンほど純正の能力を呼び出す力がない。一発に纏わせる程度のものだ。永続的にユニゾンが使えるわけではないから、時間制限という点でも辛いはず。結構制限の多いEスーツだな」

 しかしコルニは使いこなしているように見えた。その点はどうなのだろう。

「でも、コルニは手足のように……」

「あれは、そういうフリだろうな」

「フリ、ですか……」

「ああ。そもそも、変身時にモニターされた事だが、あのEスーツ、既にユーザー認証がされている。つまり、他人のEスーツを身に纏っている事になる」

「他人の……? じゃあ、あれは使いこなしているというよりも」

「無理やり従わせている、と言ったほうがいい。身体的負荷はエスプリの比ではないはずだ」

 それにしてはコルニは余裕めいていた。そう口にしようとすると、ユリーカは後頭部を掻く。

「まぁ、変身者の、あのコルニとか言う奴の身体的、及び精神的な強さだな。それがあの無茶苦茶なEスーツを使用可能にしている。ユーザー認証に関する事はルイならば変更可能だが、コルニがこちらに頼るとも思えない」

「じゃあ、コルニは、そんなでも復讐を強行しようというんですか」

「だろうな。コンコンブル、という名前には聞き覚えがある。メガシンカの第一人者……マスタータワーの継承者の名前だ。彼女の言った通り、祖父に当たる人物だよ」

「復讐、と言っていました……。フレア団が、そのコンコンブルを殺したと?」

「確証はないが、彼女の言葉を信じるのならば、ね。しかし、そう簡単に死ぬ相手とも思えないんだがな」

 ヨハネは身を翻していた。その背中にユリーカが問いかける。

「どこへ行く?」

「コルニの下へ。だって、相当まずいんでしょう? このままじゃ死んでしまうかも」

「キミの関知するところじゃないだろ? もっと言えばマチエールの敵だ。だって言うのに、何で干渉する?」

「敵だとか味方だとか、言っている場合じゃないでしょう。だって、復讐のためのEスーツで死んだんじゃ、元も子もないですよ!」

「しかしだね。ヨハネ君。アイツはそれでも本望だと思っているから、Eスーツを無理やり従わせているんだ。それに、クレベースの次の出現場所の絞り込みも行わなければならない」

「任せます。連絡してくれれば、僕も」

「……可笑しな事を言うな、キミは。だってその時、キミはコルニの傍にいるんだろ? これじゃ相手に情報を流しているようなものだ」

「でも! Eスーツを使うのなら、この街を守る人間になれるかもしれないじゃないですか」

「勝手な理想の押し付けだよ。コルニはそこまで考えちゃいない」

 そうかもしれない。しかしヨハネにはそこまで無鉄砲だとも思えなかった。少なくとも彼女には子供を可愛がる事の出来るだけの心があるのだ。そんな人間を見過ごせない。

「すいません……。僕はやっぱり行きます」

「やれやれ……、キミはどっちの味方なんだい?」

「どっちでもないですよ」

 ユリーカが何かを放り投げる。キャッチすると、ルイの端末の一部だった。

「もしもの時に、ユーザー認証くらいは突破出来るプログラムを組んでおいた。ただし、安易に使ってやるなよ。そんな事をすればそれこそ」

「分かっています。慎重に、使いどころを考えますよ」

 ヨハネはハンサムハウスを飛び出していた。

 ホロキャスターにルイを呼び出す。

「Eスーツの反応とかで、追えないのかな」

『ヨハネさん。マスターもああ言っていましたけれど、やっぱりコルニには近寄らないほうが……。だってヨハネさんも危険な目に遭ったじゃないですか』

「そうだよ。でも、放っておけないだろ」

 その時、背後から抱きつかれた。見やると〈もこお〉が背中に飛びついている。

「も、〈もこお〉? 何だって……」

〈もこお〉のパワーだろうか。考えている事が分かった。〈もこお〉も自分の主と境遇が似ている存在を放っておけないのだろう。

「……分かった、行こう」

 駆け出したヨハネにルイが案内する。

『この先を行ったところにEスーツ反応が……。でも、本当にやるんですか?』

「一応は言った事は遂行しなくっちゃ」

 曲がり角を折れたところで、コルニが壁にもたれかかっていた。先ほどエスプリと戦っていたとは思えないほど憔悴し切っている。Eスーツのアタッシュケースを地面に置いたまま完全に無防備だった。

「あれ、少年? 何だってここに? ……ああ、Eスーツの反応を追ってきたのか。でも、アタシ、そっちには下らないよ」

「そうじゃない。コルニ、僕はあなたに、まだ理由を聞いていなかった。何だってこの街に? 復讐って、やっぱりフレア団に関係があるのか?」

 その疑問にやおら立ち上がったコルニは瞬間的に接近し、ヨハネの首筋に手刀を沿わせた。

「いつでも殺せる」

「やってみなよ。でも、僕は納得いく答えを聞くまで死ねないよ」

「変な奴だね。死ぬ時は死ぬ。人間、そんなもんだ」

「僕は死なない」

 はっきりと言い放つ。するとコルニは興が失せたように手を仕舞った。

「ふぅん。あんた、変だね、やっぱり。でもま、仕方ないか。だって、連中となんかあるんでしょ」

 連中と評されたのがフレア団と一緒こたにされているようでヨハネは反発した。

「僕はフレア団となんか……」

「一緒じゃない、って? でもアタシから言わせれば、あんたら同じ穴のムジナだ。だって、フレア団と戦っているにしたって、この街で生きている人間はみんなそう。フレアエンタープライズっていう大企業のお膝元で回っている首都、ミアレシティ。享受する安息は全て、フレア団によって作られたもの。そんな紛い物を抱いている時点で、同じだ。どんな奴だって、同じだよ」

 違う、と言い返しかけてコルニが不意によろめいた。

 その身体を覚えずヨハネが受け止める。今の今まで戦っていたとは思えないほど、華奢だった。

 覗いた皮膚が焼け焦げており、強い電流が走ったのが窺える。

「……君は、こんなになるまで戦って」

「なに、大した事じゃないよ。だって、アタシは、奴らを殺し尽くすまで、死ねないんだから」

 ヨハネの手を払い、コルニは足を持ち上げようとするが、力が入らないのかその場に蹲った。

 ヨハネはどうしてそこまで、と考える。たった一人で戦うのに、どうしてこちらの協力さえも求めないのか。

「その……、戦うのなら、僕らと戦ったほうがいい」

「共闘しろって。馬鹿言うなよ。アタシはたった一人で復讐しに来たんだ。仲良しこよしするためにここまで来たんじゃない」

「それでも! 目的が同じなら」

「同じじゃないさ。フレア団の壊滅、つまりフレアエンタープライズの裏の顔を暴くっていう事さ、カロスという場所の不浄の部分を克明に映し出すっていう事。国際社会に、カロスがどれだけ汚点に塗れているのか、それを大っぴらにするって事だよ。そんな気概、あるの? 仮面の怪人のお仲間さん?」

 カロスの汚点を明らかにする。それは国際社会の矢面に立ち、全てを受け止め切れるのか、という事でもある。

 自分達の育った場所がそれほどまでに汚れているなど直視出来るのか。そう問い質すコルニの眼にヨハネは何も言えなくなった。

「……ほら、そうなるでしょ。結局、ここで生きている限り、何も言えないんだ。カロスが恥ずかしいほどに汚らしいって言えないだろう? そんななのに、喧嘩売るなんて間違っている」

「でも、君だって、シャラシティの継承者だ」

「調べたんだ? ああ、当然か。あのちびっ子、そういうの得意そうだったもんね。見たところあのちびっ子が情報補佐をして、あの直情的なバカが戦うって寸法か。それに幽霊みたいなシステムを使ってのシステム面の補助。そして、あんたが二人をサポートするお目付け役ってところかな」

「僕は、そんなつもりじゃ……」

「お目付け役じゃないとしても、あんた、二人の仲立ちみたいになっているけれど。まぁ、いいや。アタシの事だ。このままじゃ動けない」

 蹲ったコルニは腰のケースからチップを取り出す。

 目を凝らしてみれば、チップにはそれぞれ固有の色があり、楕円形をしていた。中心部に当たる場所に穴が開いている。

「それが、エレメントチップ……」

「ああ、そう。アタシの力」

「何だってそんなものに? 僕には、シャラシティのジムリーダーで、その上継承者である君が、そんな人工物に頼るとは思えない」

 何か理由があるはずだった。しかしコルニは目を細めてヨハネを見返す。

「アタシを探るかい?」

「探るとか、そんなんじゃない。ただ、不自然だって言っているんだ。メガシンカが使えるんだろ?」

「これか。メガシンカの継承者、確かに、そういう事になっている。でも、それは、あの日までだった。平穏な日々にアタシはもう帰れないんだ」

「おじいさん、コンコンブルさんの死……」

「そこまで調べたか。でもだったらさ、じィちゃんが簡単に死なない事も分かっているはずだよね?」

 ユリーカは仄めかしていた。簡単に死ぬとは思えない、と。

「何があったんだ?」

「話すか。まぁ、どうせあんたらはこれから先邪魔になる。邪魔しないように、少年にだけ釘を刺しておくか。アタシは、メガシンカの継承者であり、シャラシティのコルニだった。二年前まではね」

 二年前。去年、マチエールは運命の日を迎えた。それより以前という事になる。

「フレア団が、何をしたんだ?」

「最初はさ、メガシンカオヤジ、って言われているじィちゃんに、ちょっと話がある、程度だった。フレア団が大量の出資をして、メガシンカ研究を推し進めている事を知ったのは、随分と後だ。その頃には、じィちゃん相手に、結構強引な手が使われたりした。ゆすりだとか、そんな生易しいもんじゃない。マスタータワーの権利の剥奪。継承者の名に泥を塗る事になる、とまで言われていた。でも、じィちゃんは頑として譲らなかった。そのせいだろうね。ある日、夜遅くに闇討ちされた」

 闇討ち。その言葉の意味する壮絶さにヨハネは息を呑んだ。

「でも、メガシンカの継承者だって言うのなら、それなりに強いんじゃ……」

「連中は、その上を行ったんだ。メガシンカを一時的にせよ、無効化する機械を使ったらしい。アタシも、その場にいたのに、メガシンカが使えなかった。立ち竦むアタシの目の前で、じィちゃんは殺された。何もかも、あの女のせいだ」

「女?」

 フレア団に在籍する女、という点でヨハネは真っ先にヒガサを思い出したがそれはないだろう。あの実力でメガシンカ使いを破れるとは思えない。

「シルエットしか分からなかったけれど、そいつは、めちゃくちゃ強かった。炎タイプ使いの、女……。アタシがどれだけ調べてもそれ以上は出てこなかった。そいつに肉迫しようとしても、全く情報が開示されない。自然とアタシは組織のボスに近い奴が、復讐の矛先なのだと判定するようになった」

「組織のボス……」

 フレア団のボス、というのは今まで意識してこなかった部分だ。しかし、ヨハネの脳裏には白衣の青年の像があった。彼ならば、と思ったが長という感覚ではない。そのような気がしていた。

「フレア団を束ねるたった一人。末端の構成員じゃ当てにならない。何人も殺してきたが、口を割った奴はいないし、知っている奴もいなさそうだった」

「殺して……」

「そう。殺してきた。アタシはもう戻れない、処刑人だよ。そっちとは対照的かもしれないね。仮面の怪人は人殺しは好かないと聞く。まだ、手が汚れる事を恐れているのか?」

 マチエールは恩師を殺された。その怒りで一時でも我を忘れた時があるのかもしれない。

 だが、エスプリは人を殺さない。そんな方法での解決を、よしとしない。

「僕らは、探偵だ。この街の涙を見たくないだけの。だから、人殺しはしない」

 復讐も、と暗に含めたつもりだったが、それは自分の立場からだ。ユリーカも、マチエールも、いざとなれば人殺しも躊躇わないかもしれない。

「探偵、ね。ぬるいよ。そんなんじゃ、誰も救えない。誰かを救いたければ自分が泥を被る事だ。そんな覚悟もないのに、ちょろちょろされるほうが迷惑だよ」

 そうかもしれない。だがヨハネのスタンスは変わらない。自分は見守る事にしたのだ。ユリーカとマチエールの目指す、この街の未来を。

 そのために、自分の出来る事は何でもする。

 それが人道にもとる事であったとしても。

「僕程度、捧げられるのならばそうしている」

「捧げる、か。あんた、あの直情的バカより、よっぽど酷いのはさ、考えつつバカやっている事だよね。考えて考え抜いた挙句の行動が、バカなんだ。アタシみたいなのに付いていれば危ないんだって分かるのに、それを熟考の末、やってのける。救いようのないタイプだよね」

「でも、僕にやれる事なら何だって」

「自分を捨てているって自覚はないの? あんたがそうやって自己欺瞞の果てにやっている偽善行為が、誰かを傷つけているかもしれないって。そういう事は考えつかないんだ? 頭よさそうなのに」

 ハッとしてヨハネは絶句する。

 誰かを傷つけているかもしれない。それはヒガサであるのかもしれないし、自分自身であるのかもしれない。

 いつの間にか、マチエールのためなら何でもやってもいいと思い込んでいたが、それそのものが欺瞞の果ての行為なのだとすれば……。

 自分は何を目指している?

 あの青年とフレア団の科学者が言ったように、悪の道に転がらないとも限らない。

 誰かのため、の行為はいつか自滅する。

 正鵠を射られたようでヨハネは二の句を継げなくなった。

「正義と悪なんて、いつだって誰かの目線だ。そんないい加減な道を行くために、あんた、あの二人と一緒にいるの?」

 そう言われてしまえば立つ瀬もない。だったら、とヨハネは面を上げた。

「だったら、君と一緒にいても、それはそれで間違いじゃない」

「はぁ? どういう思考回路してんのさ。アタシは、一人でいいって言ってんの」

「そんなナリで、一人でいいなんて言葉は信用出来ない。それに……」

 濁した語尾にコルニが怪訝そうにする。

「それに? アタシが敵に回らないとも限らないってか? まぁ、今の仮面の怪人なら、アタシでも倒せる。何よりも、アタシにはまだ、力が足りない。もっと強くならなくてはならないんだ」

「だったら、僕が付く。君が道を踏み外さないかどうかを、見極めるために」

「何様だよ、あんた。ここでのしたっていいんだよ」

 座り込んだコルニがこちらを睨み上げる。

 その時、人の気配が取り囲んだ。

 一人二人ではない。統率された人員である。

 ヨハネはここ数週間で機敏になった身体をコルニの盾として、周囲に視線を巡らせた。

「来る……」

「アタシ目的だろうね。Eスーツも、もっと言えばこのローラーシューズも実は盗品でね。恨まれる筋合いはたくさんあって分からないんだ」

 報復の可能性もあった。ヨハネはホルスターに手をやる。

「おいおい、あんたが戦うのか? だって、アタシはそっちからしてみりゃ敵も同然なのに?」

 取り囲んだ気配が一気に形を持つ。フレア団構成員。しかも、全員がポケモンを所持していた。

「その小娘をこちらに寄越せ」

 警告にヨハネは臨戦体勢を取る。

「本気か?」

 せせら笑うフレア団員にゴルバットのボールを掲げた。

「言っておく。僕は、いつだって本気だ」

 投擲したゴルバットのボールから射出された闇の翼が、超音波を放出する。

 三半規管を狂わされたフレア団員の統率が乱れた。

 ヨハネはコルニの手を握る。

「今だ! 逃げ切れる!」

 コルニはしかし、重たいEスーツのアタッシュケースを抱えていた。この状態では逃げ切れない。

「捨てるんだ!」

「嫌だよ。だってようやく手に入れた、力なんだ」

 一人のフレア団員が放ったヘルガーが大口を開ける。火炎放射が来る、と身構えたヨハネはゴルバットに命じていた。

「空気の皮膜で減衰しろ! エアスラッシュ!」

 ゴルバットが羽ばたき、火炎放射を少しでも弱めようとする。だが、横合いから入った影に中断された。

 ラッタ、と呼ばれるポケモンが前歯を突き出して壁を蹴る。

「必殺前歯ァッ!」

 輝いた前歯の一撃にヨハネは敗北を予感する。

 その瞬間、ラッタを蹴飛ばしたのはルチャブルであった。
 この戦いには割り込まないのだと考えていただけに、ヨハネは不意を突かれた。

「……アタシがお荷物になって逃げ遅れる、ってのが一番バカらしい。やってやるよ、フレア団のゴミ共」


オンドゥル大使 ( 2017/01/03(火) 22:17 )