ANNIHILATOR - 業火篇
EPISODE68 継承

 シャラシティのコルニの素性は透明化されている。

 ユリーカの切り出した声にヨハネは聞き入っていた。つまり、隠し立てするつもりはないという事だ。

「何者なんです? コルニ、彼女は……」

「そうだな。まずはあの強さから説明しようか。元々、継承者、という肩書きに聞き覚えはないか?」

「その……メガシンカの技術を伝える一族ですよね? スクールで習いましたが……」

 それがコルニだというのは初耳であった。ユリーカはコンソールに向かいながら投射画面にコルニ一族の血族図を呼び出す。

「元々、継承者、メガシンカの分野は古代より引き継がれてきた。それに間しては近年の文献が詳しいが、言ってしまえば、継承者とはメガシンカに適合し得る人間の育成。それに見合う体力と精神力を兼ね備えた存在を生み出す事であった。だからか、昔からずば抜けたトレーナーとしての技量と、それに伴う戦術を併せ持った人間が数多い。しかしながら……、継承者の身分を容易く他人には明かしてはならぬ、という掟がある」

「じゃあ、彼女が僕らに継承者だって言ったのは……」

「並々ならぬ理由がある、と考えていいだろうな。つまり、最早継承者のラベルに意味はないと」

 しかしそれは奇妙ではないのか。継承者だと最初から名乗っていれば余計な敵を作らずに済む。

 いや、もっと言えばフレア団を狩って生きているのも解せない。ミアレシティに何の用で来たというのだ。

「継承者、っていう身分なら、余計にこの街にいるのは変ですよね? マスタータワーで相応しい人間を待たなければならないはずだ」

「そんな事をやっていられない理由があるのか。とかく、コルニ、という人物に関しての情報は閲覧可能だ。どこにも鍵もないし、隠蔽もされていない。シャラシティジムリーダー。闘魂のコルニ。格闘タイプ使いで、普段の手持ちはゴーリキーに、ルカリオ。そこまで分かっているのに、今回連れ立っていたあの、〈チャコ〉とかいうルチャブルに関する情報はまるでない」

「新たな、ポケモンですか?」

「継承者、もっと言えばジムリーダーが新規にポケモン捕まえるなんて事は、相当負けが込んでいる場合くらいだ。戦歴にもアクセスしたが負け試合は近年ない。だとすれば、答えは自ずと絞られてくる」

 ヨハネはその答えを予期していた。

「誰かから、譲り受けたポケモン……」

 マチエールと皮肉にも同じ。

 それを感じ取ったのだろう。ユリーカは腕を組んで息をついた。

「何てこった。あのバカと境遇が同じとはな。それでいて、戦いにおいてはまるでレベルが違う。マチエールは所詮、街のチンピラの喧嘩術。相手は違う。本物の格闘術を持っていた。あのままマチエールが戦っていても負けていただろう。死体が並ばなくって正直ホッとしているほどだよ」

 ユリーカでさえも余裕がなかったというのか。ヨハネはそのような少女を連れて来た事を今さらに後悔していた。

「すいません……、僕が不甲斐ないから」

「何で連れて来たのか、なんて事は問わない。クリムガンとゴルバットを見れば分かる。無理やりだろう。分かっているよ。でも、マチエールとは会わせたくなかった人間だな」

 マチエールに一分でも弱さを感じさせてはならない。それはエスプリとしての戦闘能力に直結するからだ。

 ヨハネは自らの迂闊さを呪った。

「どこかで、僕はマチエールさんが助けてくれると思っていたのもあります」

「それだけじゃないんだろう? キミが、わざわざ連れて来る愚を冒すとも思えない。どこかでやり過ごす手もあった。何か、気になっているのだね?」

 やはりユリーカは騙せないか。ヨハネは思い切って口にしていた。

「ユニゾンシステムを、他の人間が使う事は出来るんですか?」

「……なるほど。あのローラーシューズ。どこかで見た事があると思えばそういう事か。Eスーツと、同じ素材だ」

「それだけじゃありません。僕の目の前で、コルニはユニゾンを使って見せた」

 しかもエスプリの使えない、格闘と電気のユニゾンだ。

 ユリーカは呻りながら首をひねる。

「相手のポケモンはだが、飛行・格闘だぞ? 複合タイプのユニゾンが可能なのかまでは、ハッキリ言えないな」

「いえ、エスプリのユニゾンとは違うんです。モンスターボールを触媒にした、ポケモンから力を借り受けるんじゃない。あのシューズ自体に力があるように思えました」

「それならばなおさら疑わしい。ユニゾンとは、ポケモンの属性能力を借り受ける事。どうしたって制約があるんだ。あのシューズだけで一つの武器などは考えられない」

 やはりユリーカに言わせればそうなのか。Eスーツを四六時中メンテナンスしている人間だ。彼女の言う事の説得力は強い。 

 だが自分は目にしたのだ。あのローラーシューズが生み出すユニゾンを。

 何か、言い忘れている気がする。何だ、と頭の中を探っていると、不意に地面が揺れた。

「地震……」

 違う。この振動は巨大な何かの足音だ。

 小刻みに揺れる棚を見やり、ユリーカはルイを呼びつけた。

「ルイ! サーチだ! 何が起こっている?」

『ミアレの市街地の中央に、ポケモンが出現したようです。これは……カチコールの分析した反応が……』

「何を濁している? どうなったのか言え!」

 促すユリーカにルイは声を張り上げた。

『残りのカチコールの反応が一点に集中して……何かが、ミアレ市街地を踏みしだいています!』

「何か、だと……」

 苦々しく告げたユリーカにヨハネは立ち上がった。

「僕が行きます! ゴルバットとクリムガンを!」

 ルイが回復の機械から二つのボールを手渡す。

「しかしヨハネ君、こいつが何なのか、まだ分からん。マチエールを連れて行け。いつでもエスプリに変身出来るように」

「分かっています!」

 ヨハネはマチエールを呼ぼうと屋上に上がりかけて、ちょうど降りてきた彼女と視線が交錯した。

「遅いよ」

 マチエールは先ほどの敗北など忘れたようにコートに袖を通す。

「〈もこお〉は僕が」

 アタッシュケースを引きずる〈もこお〉と共にマチエールがハンサムハウスを飛び出した。その後に続いたヨハネは、振動の原因を視界に入れる。

「何だあれ……」

 飛び込んできたのは、氷の土台であった。

 氷結の白い靄を漂わせて、氷塊が移動しているのである。一歩ずつであったが、その巨大さから割り出される街の被害は恐れるべきものだ。

「行くよ! ヨハネ君!」

 マチエールは駆け出す。

 ヨハネはゴルバットを繰り出して空中から相手の正体を割り出そうとした。飛翔して視界に入れた相手の大きさは予想以上だ。

 街の一画分の大きさをした存在を目にして唾を飲み下す。

「こんなの、どう戦えば……」

 濁すヨハネに通信が割って入る。

『ヨハネ君! 敵の情報を読み取った! 相手はクレベースというポケモンだ』

「クレベース……」

『カチコールの進化体だ。どうしてだか、このクレベース、体表から常に冷気を放出している。足元を見るんだ』

 ユリーカの指示にヨハネはクレベースに接近する。それだけでゴルバットが苦痛に歪んだ声を出した。

 見やると皮膜に氷が張り付いている。

「この距離で? まさか、もう既に凍結領域だって言うのか?」

 あまりに広い射程に信じられない。ヨハネは目を凝らす。ただのポケモンではない事くらいは分かっている。

 クレベースのどこでもいい。Eアームズがないか。それを探すも視界に入る部分には見当たらない。

「このクレベース、フレア団じゃないのか?」

『そんなはずがない! カチコールが集まってきているんだ。恐らく連中、凍結領域を拡大させてミアレ全域を乗っ取るつもりに違いない。凍らされればライフラインが絶望的になるぞ!』

 それだけの力をクレベース単体でも占めているというのか。ヨハネはゴルバットに言葉を添える。

「ゴルバット、少しだけ我慢してくれ。相手の戦力を見なきゃ、僕の意味がない。エスプリのために戦うって決めたんだ」

 ゴルバットが空気の皮膜を形成し、氷の攻撃を緩めた。辛うじて近づくが、漂う靄の影響で視界がおぼつかなくなってくる。

 そんな中、一体のカチコールが甲高く鳴いた。それに呼応したかのように、数体のカチコールの鳴き声が相乗し、次の瞬間、小さなカチコールの身体が跳ね上がった。

 足にしがみついたカチコールが瞬時に凍りつき、一つの氷柱となる。それがいくつも重なり合って、カチコールそのものがクレベースの広大な背中へと飛び乗った。

 まるで要塞。その要塞からこちらを見上げるカチコールの眼に敵意が宿る。

 次の瞬間、氷の散弾がゴルバットの翼を襲った。

「氷のつぶて? 避け切れれば……」

 その言葉を遮ったのは、いつの間にか要塞から射程を向けてくるカチコールが数十体に増えていたからだ。

 全てのカチコールの散弾がゴルバットと自分を狙い澄ます。

 全身を貫かんと迫った「こおりのつぶて」にヨハネは目を瞑った。

『ファイアユニゾン』の音声が響き、炎を棚引かせたエスプリが跳躍する。

「ヨハネ君!」

 炎熱の回し蹴りがつぶてを叩き落した。

「エスプリ! すまない、僕は……」

「今は、とりあえずクレベースをどうにかしないと」

 エスプリと共にヨハネはミアレの高層建築に飛び降りる。

 どうやってクレベースを止めればいい? 戦おうにもスケールがまるで違う。

「こんなの、ファイアユニゾンでも……」

 弱気に告げたその時、クレベースの足元にいる存在が目についた。

「まさか……コルニ?」

 見間違えようのない。コルニがクレベースの前に佇んでいる。

 白と赤の服飾を冷気になびかせ、金髪が風圧に煽られていた。

「何をするつもりなんだ……」

 エスプリにも分からないらしい。コルニは、というと姿勢を沈めてローラーシューズの足首の部分に手をやった。

 ――そうだ、あれだ。

 ヨハネは思い出す。足首の部分に細工があるのだ。凝視しているとコルニが踊り上がった。

 電気の属性を帯びたコルニの跳び蹴りがクレベースの足に突き刺さる。

「……あんなんじゃ徹るわけない」

 エスプリの言う通り。電気の属性の蹴りはクレベースの進軍を止められなかった。しかし、コルニは慌てふためくわけでもない。

 再び腰のケースから取り出したのは指先ほどのチップだった。

 そのチップを足首の部分に挿入する。

『コンプリート。ファイティングユニゾン』の電子音声にエスプリが動揺したのが窺えた。

「ファイティング、だって……?」

 今度のコルニの攻め手は違っていた。オレンジ色の光を纏いつかせ、コルニの脚力が向上している。その蹴りが氷の表皮を削り取った。

 まさかと思う前に次の蹴りが叩き込まれる。クレベースの足並みが少しだけ緩んだ。

「まさか、効いている?」

 コルニなどいつ踏み潰されてもおかしくないのに。

 しかし、エスプリは冷静に戦局を俯瞰していた。

「いや……このままじゃジリ貧だ」

 コルニが次の蹴りを叩き込もうとする間に、クレベースの表皮を伝い落ちていたのは水であった。

 カチコールが自らの身体を融かし、水を生成しているのだ。

 何故、と感じたヨハネの疑問にユリーカが通信で応じる。

『クレベースは絶えず冷気を放出している。水でも流せばその部分を補強し、自己再生が可能なわけだ』

 つまり再生しながら進む移動要塞。

 勝てるわけがなかった。

 生半可な攻撃ではクレベースの足を潰す事など出来やしない。

 クレベースが足を払う。人間で言えば、少し蹴り出した程度。

 その一撃でコルニは吹き飛ばされた。いくら格闘タイプのユニゾンを得ていたとしても絶望的であろう。

 クレベースからしてみれば眼前の虫を払っただけだが、その一撃は推し量るべきだった。

「……助けに行くよ」

 見ていられなくなったのだろう。ヨハネも同じ気持ちだった。今に戦局に割って入ろうとしたヨハネの眼に映ったのは信じられないものだった。

「あの人……笑っている」

 怖気が走る。

 コルニはこの絶望的な状況下で――笑っていた。

 笑みを浮かべる事など出来るわけがないのに。今にも痛みで意識が閉じそうなはずなのに。口元を綻ばせたコルニは再びクレベースの前に立ちふさがる。

「見てるんだね! 仮面の怪人。それに、少年!」

 こちらに気づいたのか、コルニが声を張り上げる。今の一撃で肺がやられていてもおかしくはないのに、その声にはいささかのてらいもない。

「何だって、そんなに……」

「アタシの、力を!」

 コルニが腰のケースから取り出したのはまたしても異なるチップであった。足首に埋め込むと別の電子音声が響く。

『コンプリート。スティールユニゾン』の電子音声にエスプリは返していた。

「どれだけ属性を変えたって、今のままじゃ勝てやしないよ!」

 エスプリも助けに入るつもりだったのだろう。それを制したのはコルニの手であった。来るなとでも言うように手が振り上げられた。

「コルニ……、死ぬよ、このままじゃ」

 ヨハネの言葉にコルニは口角を吊り上げた。

「戦いで死ぬのならば本望だ。それに、アタシの目的はこんなところで潰えるほど、生易しい覚悟じゃないんでね!」

 灰色の光を払いながらコルニの蹴りの連撃が叩き込まれる。

 電子音声から推測して鋼タイプのユニゾンなのだろうが、やはりクレベースを止めるほどではない。

 羽虫の些事だ。クレベースが前足をただ単に少し払うだけで、コルニは今度こそ死ぬであろう。

「ど、どうすれば……」

 ヨハネの迷いにエスプリが苦々しく口にした。

「このままじゃ、どうあったって死んじゃうよ。でも、立ち入れない……」

 それは同じような覚悟を目にしているからか。今のコルニに無用な手助けは出来そうになかった。

 せめて彼女が満足するまでは手を出すべきではない。

 エスプリは悔恨を噛み締めるようにぎゅっと拳を握る。

 どうしようも出来ないのか。ヨハネも歯がゆかった。どうすればいい? どうすれば、彼女の魂を救える?

 息を荒立たせて、コルニが再度、クレベースへと蹴りを叩き込んだ。

 しかし水と共に再生される表皮には傷さえもつかない。

「これで! どうだァッ!」

 身体全体をひねるように、コルニが蹴りを刺し込む。渾身の蹴り技。身体全体を基点とした踵落としであった。

 その一撃が初めて、氷の表層を割った。

「届いた……?」

 しかしその感慨も虚しく、クレベースが前足を払う。コルニが吹き飛ばされてせっかく突き刺さった蹴りも無効化される。

「もう、これ以上は……!」

 エスプリが割って入ろうと姿勢を沈めた。その時であった。

 黒いアタッシュケースが空間を引き裂いてコルニの眼前に落とされた。

 エスプリも、ヨハネもそれが何なのか分からなかった。何が起こったのかも理解出来ていない。ただ、コルニだけはその黒いアタッシュケースに確信を持ったかのように呟いた。

「遅い、ってば。――さて、行くよ」



オンドゥル大使 ( 2016/12/29(木) 16:12 )