EPISODE67 成果
ぼうっと浮かび上がったのは白い仮面の男であった。
クセロシキが招かれたのは今回のEアームズの仕上がりの確認のためである。
中央に鎮座する機械の椅子にもたれかかった男へとクセロシキは声を投げた。
「具合はどうかネ?」
「大分よくなりましたよ。それと、統合も大分整ってきました。これがプロダクションタイプなんですね」
「正式採用のEアームズは引っ張られる感覚が薄いと聞いたが」
「いえ、随分と、自分が並列化されたのを感じます」
やはりか、とクセロシキは歯噛みする。そう何でもうまくいくはずがない。今回の、シトロンの造ったEアームズを参考にした個体も所詮はその場しのぎ。
継続的なEアームズの補充には至らない。
「そう、か。成果を期待している」
だが挙がったところで、それは自分の成果とも言い切れない。クセロシキはハーモニクス画面を見やり、今回も失敗であったと痛感する。
同調の値が乱れている。このままでは来る第二フェイズで装着者の自我は掻き消えるだろう。向こう側に追いやられ、この者も結局、廃人の末路だ。
それを変えたくてEスーツの整備を急いだのだが、その結果がプロトEスーツの強奪に繋がったのだから笑える話ではない。いかなる手を用いてでもプロトEスーツの奪還は急務であったし、それ以上にEアームズの安全供給も急がれた。
クセロシキは適合者に振りまく言葉を考えながら、奪われたEスーツの行方も模索しなければならない。
中間管理職の辛いところだ。シトロンは身勝手に隠居を進めているようだが、こちらは焦りばかりが募る。
Eアームズは成果が出なければ打ち切られる部門。だからこそ、下げたくもない頭を下げ、削りたくもない精神を削ってきた。
だが、その結果が自分自身の限界点を見る事となったのだからどうしようもない。それを変えるためにEスーツを開発した。クセロシキは身体に馴染んだEスーツの感触を確かめる。
エスプリの前では吼えたものの、自分の纏っているEスーツは篭手のような部分と脚部強化のみ。
全身を覆う技術は未だに開発されておらず、それは天才の分野であった。
「ポケモン洗脳ウイルスも一時的な強化のみ……。これではエスプリには勝てんネ」
前回のカラマネロは不意を突いたから勝てたようなもの。四つのユニゾンを使うエスプリに拮抗するのには足りない。
やはり適合者の肉体の強化しかないのだろうか。
そのためのプランは練ってあった。クセロシキは研究用の金庫に隠したそれを手にする。
冷凍保存された青い液体。ポケモンの血を参考に造られた人工血液だ。
進化に必要な石などの成分を化合しており、これを適合者に打ち込めば今よりももっとポケモンとの同調を円滑に回す事が出来るであろう。
しかし、これは人の領域を冒す技術である。クセロシキは躊躇った。
どこまで人間を解体すれば自分の研究は出来上がる? どこまで人間を侮辱すればこの研究は仕上がるというのだ?
答えも出ない。結果も実らない。このままではただただ漫然と時が過ぎていくばかりである。
どこかで妥協点を見つけ出すしかないのか。それは自分を凡才だと認める行為のようでクセロシキは歯噛みする。
天才、シトロンにはやはり勝てないのか。
あの人間はどこかに道徳観念も、何もかもを置いていってしまっている。自分はまだ捨てられないものがあるのだ。人間性、か。それとも道徳観か。どちらにせよ、フレア団という組織でやっていくのには、自分はまだ非情ではない。
『いつまで、そうしているつもりだ?』
その声にクセロシキは振り返った。シトロンが自分に寄越したプログラムがこちらを睨んでいる。
黒髪の少女を模したシステム人格――ルイ・オルタナティブであった。
クセロシキは鼻息を漏らす。天才の眼が光らせてある。自分を急かすのはルイの言葉も同じであった。
「ワタシは、君の主人のように何でも割り切れなくてネ」
『主人は確かに趣味が悪いが、オレからしてみればあんたも同じだ。研究者なんだろう? だったら、割り切る割り切れないじゃなく、合理的に判断しろよ。あの適合者にその薬を打てば、少しばかり進捗状況が上がるかもしれない』
「分かっていても、出来ない事があるのだヨ。結果ばかりを追い求めていては何かを取りこぼしてしまう」
『そこ、分からないんだよな。主人とお前の違いはそれだよ。結果が全てだろ? 結果は何よりも優先される? 違うのか? オレには分からない。結果さえ出せば、後から評価なんてついてくるんだよ。だって言うのに、何迷ってんだ? そんな暇があれば適合者にそいつをぶち込んでやれ。そして、暴走したらその時はその時だ。どうせ主人が尻拭いしてくれるよ。そんなに気負う事ないだろ?』
「それはワタシが天才ではない、と、暗に認める事になってしまうのだヨ。それも分からないのか? システムが」
『……その、プライド、ってのも、人間にとっては邪魔なんじゃないのか? いいじゃないか。主人に出来ない事があんたには出来る。それが分かっていて、何でわざわざ躊躇うんだ? 今回、奪われたEスーツの件、黙殺しているのは何もあんたを見張れっていう主人の意に反するからだけじゃないんだぜ? オレだって、そいつが大事にしているものくらいは分かるさ。プロトEスーツの技術が主人に追いつく切り札だったってのもな。じゃあ、それを奪われた場合、あんたは焦るでも、ましてや狂うでもない。冷静だ。それが分からない。何で、もっと取り乱さない?』
「取り乱せば、研究者としては死だ。それくらい、客観分析が出来なければワタシはフレア団にいないヨ」
そう、取り乱せば終わりなのだ。フレア団の頭脳は自分とシトロンだけではない。劣っても少しばかり数さえ揃えればいくらでも替えが利く。王もそれを分かっているのだ。半分、自分とシトロンのやり取りを面白がっている節もある。
『研究者として、ね。オレにはさっぱり分からないが、そいつってのはそれほどに大事なのか? だって、もう手がないんだろ?』
「まだ、ワタシにはやれる事があるヨ」
配合した薬を金庫に戻し、真空状態にする。
ルイは気に食わないのか、ケッと毒づく。
『研究者ってのは偏屈だな。主人も相当だが、あんたもかなりだぜ。何だって、もうちょっと冷静さを欠いた動きとかにならないのかな。オレは人間の、そういう部分が好きなのによ』
「主任が造り上げたシステムにしては合理的でない事を言うのだね」
自分は合理的である事を促しているというのに。ルイは手を払う。
『あー、オレ、一応はシステムって言っても進化するシステムだからな。主人の好み、ってわけじゃないんだ。ただ単に主人が使いやすいようにカスタムしていくうちにこういう性格になってしまったってだけだからよ。人間の非合理な部分は見ていて飽きないが、合理的な部分も恐ろしく驚異的だ。何だって人間、あんなスイッチ一つ以上の事でああも変われるんだ? オレだってスイッチだけじゃ変われないぜ? 人間の感情のスイッチがどこにあるのか知りたいもんだ』
「生憎と、それは人間自身も分からぬのでネ」
ホロキャスターに通話画面が点滅する。アリアからの通信にクセロシキは応じていた。
「どうした?」
『クセロシキ様。ここ最近だけでまたです。構成員が突っ伏して倒れている事件が立て続けに何度も……』
今、ミアレシティを騒がせているのは自分達フレア団の一手だけではない。何者なのか、フレア団の下っ端狩りを行っているのだ。
「やはり、か。そっちを追跡は?」
『残念ながら、芳しくないですね……』
Eスーツを奪われた上に、フレア団狩りを行う人物の影。これではこちらの手も打ちにくい。
『エスプリを相手取るにしてもやりにくいったらねぇな』
ルイの言葉ももっともだったが、今優先すべきはEアームズの早期実用化。
「……アリア女史。ワタシはこのまま、カチコールの並列化による意識の分散実験を継続する。構成員狩りの犯人は君に任せよう」
『よろしいのですか? 相手は一人とは』
限らない。しかし、エスプリを倒さなくてはこのミアレの支配とて磐石ではないのだ。
「無理はするナ。危ういと思ったら退け」
自分にしては珍しい命令だと思う。消極的な意見にルイが茶化す。
『おいおい、そこは自分の身を挺してでも追え、だろ?』
「うるさいゾ、システムAI。ワタシは、お前とは違うんダ」
『クセロシキ様?』
「構うな。犯人はそちらに一任する。Eアームズによる一斉蜂起を、ワタシは先導しよう」
通話を切ってクセロシキは身を翻す。その背中にルイの声が飛んだ。
『いいのかよ? もうちょっと部下に任せればよかったんじゃないのか? Eスーツの追跡も』
「そこまでアリア女史に任せられんヨ。大体、君とてワタシの監視役だろう?」
『監視? 人聞きが悪いぜ。オレは主人の叡智の結晶なんだ。アドバイスのつもりだったんだがな』
アドバイスにしては随分と軽口である。クセロシキは鼻を鳴らし、適合者のハーモニクスデータを呼び出した。
「カチコール全体に同調させる。その上で、こいつを呼び出す時が来た」
モンスターボール一つにパイプがいくつも繋がれている。動力のオレンジが供給されるそのパイプから引き抜き、クセロシキは下級構成員を呼びつけた。
「これを持って、ミアレの市街地へ。市街地中心で繰り出せ」
了承した構成員はそのポケモンが何なのかさえも分かっていないだろう。クセロシキは嘆息をついた。
「……まったく、うまくいかないものだヨ」