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業火篇
EPISODE64 何者

「カチコール、つかまえた!」

 公園でそのような声が弾けたので、ヨハネは慌てて駆け寄った。少女が尖った頭部を持つ小型ポケモン――カチコールを抱えている。

「ゴメン。それ、危ないからお兄さんに渡してくれないかな?」

「やーだ!」

 少女はカチコールを抱えたまま蹲ってしまう。ヨハネは後頭部を掻いてどうするべきか決めあぐねていた。

「もしもし、ユリーカさん? どうします? 子供に大人気ですよ」

『大人気でも取り上げろ、ヨハネ君。そいつが出回るとまずいのはもう分かっているんだ』

 無慈悲な声音にヨハネは嘆息をついた。

「あのさ、危ないんだから」

「でも! 野性ポケモンだったらつかまえるのはじゆうでしょ?」

 言われてしまうとにべもないのだが、ヨハネは食い下がった。

「今、ミアレシティにたくさんいるんだ、そのカチコールは。僕らは、危ないと思っている。代わりのポケモンならあげるからさ」

「おにいちゃんの、ポケモン?」

 ヨハネは用意していたピッピ人形を取り出した。それを目にした少女が目を輝かせる。

「ピッピだ!」

「そう、それをあげるから交換しよう。カチコールみたいに固くもないし、冷たくもないよ」

「うん! こうかん、こうかん!」

 大人しく引き下がってくれたからいいようなものの、この少女のように素直な人間ばかりではない。

 ヨハネは少女の手を離れたカチコールにボールを投げる。すぐにボールに収まってカチコールが捕獲された。

「何でこんなに……。この二日間で二十体目ですよ」

 通信の向こう側にいるユリーカがふむ、と難しい声を発する。

『大量発生のニュースもないんだ。だから偶発的なものじゃない。それに、ミアレシティはどちらかというと温暖な気候だぞ? そんな市街地にカチコールみたいなポケモンが出るはずがないんだ』

「ですよねぇ。やっぱりこれ、奴らの仕業ですか」

『確証はないが、先んじておくに越した事はない』

 次のポイントが示される。後手に回っているが、街に湧いたカチコールを回収するのは立派な業務だ。

「マチエールさんは?」

『ミアレが庭とは言えキミだけじゃ無理だろう。別方向で対処してもらっている』

「Eスーツを」

『出しちゃいないよ。そこまで大事にする必要もないだろう』

 ひとまず安堵してヨハネは示されたポイントに向かおうとした。

 その時である。

「退け! ガキぃ!」

 突然に背後から肩をぶつけられた。

 すいません、と謝ろうとした瞬間、その姿にヨハネは目を見張る。

 赤スーツの男達であった。

 何故か、逃げるように街中を駆けていく。

「ふ、フレア団?」

 どうして、と言葉を発する前に赤スーツ達はそれぞれポケモンを展開した。

「ポケモンバトルだ!」

 先ほどの少女が歩み寄ろうとしたのに気づき、ヨハネは覚えず制していた。

「下がって!」

 少女を保護するようにヨハネは後退する。

 建物の陰から現れる何かに、男達は注意を向けているらしい。ヨハネと少女には目もくれない。

「来た!」

 弾かれたように動き出したのは男達の持つポケモンであった。

 風船のように膨らんだポケモンは確かフワライドと言ったか。

 フワライドから発生された凍て付く空気が物陰へと一挙に襲いかかる。

 路地裏が破壊され、路面が捲れ上がった。

「やったか?」

 ヨハネには何が起こっているのかまるで分からない。物陰を凝視していると、もう一人のフレア団員が仰天して振り仰いだ。

「やべぇ! 上だ!」

 ヨハネも反応して面を上げる。

 視線の先には煙を棚引かせながら空を舞う鳥ポケモンの姿があった。

 否、あれは鳥ポケモンなのだろうか。

 発達した四肢の筋肉はどちらかと言えば近接格闘のタイプに思える。ずんぐりむっくりした身体で、見るからに重たそうな極彩色の鳥ポケモンが足首を掴まれた形で飛翔していた。

 掴まっている人影にヨハネは注視する。

「女の子……?」

 赤と白のツートンカラーの服飾を纏った少女が直下のフレア団員を見据えている。

 トリプルテールの金髪はヘッドギアから出ており、奇抜な格好であった。

「逃がさないよ」

 発せられた声音は凛としており、戦う者の威容を伴っている。

 ――まさか、フレア団が一少女相手に?

 ヨハネの疑問を他所にフレア団員が手を薙ぎ払う。

「フワライド! 接近させんなよ! シャドーボール!」

 練り上げられた闇の球体が数珠繋ぎになり、中空の少女と鳥ポケモンへと襲いかかる。

「危ない! 行け、ゴルバット!」

 ヨハネは咄嗟に叫んでいた。

 繰り出したゴルバットが習い性の身体を弾けさせて空気の皮膜を形作り、少女を保護する。

 闇の球体が皮膜に邪魔されて弾け飛んだ。

「邪魔すんな! ガキ!」

 どうやら相手は自分がエスプリの一派だと知らないようだ。だとすれば何故、このような街中に現れたのか。

 その疑問を氷解させる前に少女が跳躍する。

 鳥ポケモンから手を離し、フレア団員へとダイブしたのだ。

 その行動にはさすがにうろたえたのか、フレア団員の命令指示が遅れる。

 華麗に着地した少女は姿勢を沈めて一気にフワライドの攻撃射程へと入った。

 あれでは的になるだけだ。

 ゴルバットを走らせようとしたが、その時には少女が足を振るい上げていた。

 ヨハネの視界に入ったのは少女の履いている特異なスケートシューズだった。

 蒼い光を内包しており、黒で均一されたその姿は靴というよりも鎧に近い。

 ローラーが装備されている面には刃と形容してもおかしくないブレード面が踵よりも長く発達していた。

 少女は靴裏でフワライドに回し蹴りを叩き込む。

 しかし、フワライドを蹴り上げたはずのその靴は沈み込み、フワライドに保護されているはずのフレア団員を襲った。

 刃の面が赤スーツを引き裂く。

「何で……。フワライドにぶつかるはずだ!」

 皮一枚でやり過ごしたフレア団員の声に少女はアクロバティックに身体を跳ねさせて応じる。

「そうかい? でも格闘タイプの技なら突き抜ける、っていうトレーナーの基礎くらいは知っているだろ? いくら荒れくれ者達の集まりでも、さ」

 格闘タイプ、と言われヨハネは少女のローラーシューズを凝視する。

 フワライドを突き抜けた時、その刃の面がオレンジ色に輝いたように見えた。

 フレア団員が舌打ちし、フワライド二体に命じる。

「馬鹿め! それでもお前はフワライドの射程内だ! 十万ボルト!」

 フワライドから暗い色の磁場が発生し少女を絡め取ろうとする。剥き出しの電流が少女の身体を貫いた。

 叫びが迸る。

 ヨハネも息を呑んだ。一少女相手に、フレア団員が殺すつもりで戦っている。それだけでも驚嘆すべきだが、目の前で展開される殺人を静観出来るほどヨハネは出来ていなかった。

「奴ら……! ゴルバット! エアスラッシュ!」

 その声に手が差し出された。

 待った、の姿勢を取っているのは他ならぬ少女である。今しがた十万ボルトを受けたはずの少女は少し咳き込んだだけで眼に戦闘意欲を滾らせた。

「生きて、いる……」

 信じられないのは向こうも同じだったようだ。近距離での十万ボルトを身体に受けて生きているなど常識ではあり得ない。

「鍛え方が違うんでね。家庭の事情で電撃の一発や二発じゃ気を失わないようになっている。さて、今度はこっちが返す番だ」

 少女がローラーシューズの足首の部分のパーツを剥がした。

 小さな、指先ほどしかないチップを腰のバックから取り出し、その部分に当てる。

『エレクトリックユニゾン』の電子音声が響き渡り、ヨハネは目を見開いた。

「ユニゾン、だって……?」

 確かめる前に少女が跳ね上がり、フレア団員二人に向かって回し蹴りを叩き込む。その軌跡に電磁が纏いつき、フレア団員を即刻、失神せしめた。

 放たれた電流の勢いは止まらない。一人を踏み締め、少女は電流で無理やり叩き起こす。

「さて、言ってもらおうか! お前らのボスは誰だ?」

 襟首を掴み上げて少女は恫喝する。

 その様子が尋常ではなかったので、ヨハネは覚えず止めに入ったほどだ。

「ちょ、ちょっと待って! そいつらはフレア団って言う組織の連中で、君みたいな女の子が……」

 歩み寄ったヨハネを少女は一瞬にして突き飛ばし、羽交い絞めにする。背筋に先ほどの電撃の蹴りを発生させたローラーシューズの刃の面が当てられたのを感じた。

 首裏に嫌な汗が流れる。

「変な人だなぁ。アタシがそれも分からずにこいつらを相手取っているとでも?」

 既視感を覚えた。これは、最初に会った時のマチエールと同じだ。

 暴力しか知らない声音である。

「ご、ゴルバット!」

 呼び寄せるとゴルバットが空気の皮膜を纏いつかせて特攻する。

 それを止めたのは少女の鳥ポケモンであった。異常発達した筋肉の四肢がゴルバットの「エアスラッシュ」を押し止めている。

「やるじゃん、あんたのポケモン。それなりに育てられているし、この調子ならもうすぐクロバットじゃない?」

 瞬時にポケモンのステータスを見切るのもマチエールそっくりであった。

 ヨハネは踏みつけられたまま、声を発する。

「……君は、何者なんだ?」




オンドゥル大使 ( 2016/12/24(土) 21:52 )