ANNIHILATOR - 幻想篇
EPISODE58 敵対

 ホロンに密航する船まで見張っているわけではないようだった。

 もしもの時に本土に戻れるように別のボートを対岸に用意してある。それだけ今回の任務には金がかかっているのだと暗に告げていた。

「行くぞ。足音を殺せ」

 幾度となく繰り返されてきた探偵業でマチエールは足跡を消すくらいならば造作もなくなっていた。

 ハンサムに続いてマチエールは回廊を進む。

 ビルの二階に続くダクトをハンサムが蹴りつけて内部へと侵入した。

「意外と、警備は甘いね」

「油断するな、マチエール。地上五階建て。わたしならば、知られたくないものは一番上か、それとも地下に隠す」

「でも事前の調査書で、地下には何もないって」

 書類には目を通してある。ハンサムはしかし。全く警戒を緩めなかった。

「そうだな。だが、何もないイコール安全ではない。上層へと向かう。マチエール。ここから先はハンドサインでやり取りを行う」

 ハンドサインも習得済みだ。マチエールは了承のサインを送った。

 上層に向かう階段にも警備らしき影はない。本当に、この場所はそれほど重要なのだろうかと怪訝そうな眼差しを送った。

 ハンサムの指示は「待て」の一事のみ。出来るだけ穏便に物事を進めたいハンサムの性格が出ていたが、次の瞬間、赤色光に辺りが塗り固められた。

「気づかれた?」

 思わず声を出したマチエールにハンサムが慌てて制する前に、目の前に降り立ったのはポケモン達であった。

 ゴーリキーが三体。ただのゴーリキーならば何も慌てる事はない。しかし、その三体にはそれぞれ特別な装備が与えられていた。

 ゴーリキーは進化するとカイリキーと呼ばれる四つの腕を持つポケモンになる。

 そのゴーリキー三体はまるでカイリキーの姿を象ったかのように、もう一対の腕を従えていた。

 背筋にピンで打ち込まれたその機械は通常の腕と同じか、それ以上の機動性を持ってゴーリキーの腕を補助する。

「腕が、もう二本ある、ゴーリキーなんて……」

「Eアームズか」

 忌々しく口にした意味を、マチエールには理解出来なかった。その言葉を咀嚼する前にハンサムが手渡したのは箱である。

「これが依頼の品だ。四階の研究室にいるという人物に与えろ、というのが依頼内容になっている。マチエール、お前は先に行け」

 その命令にマチエールは戸惑った。

「何で? ここで足止めくらい……」

「お前が行け。そのほうがいいはずだ」

 納得は出来なかったが今までハンサムの言う事に間違いはない。逡巡も呑み込み、マチエールは階段を駆け上がった。一瞥を向けるとゴーリキー三体を相手にハンサムはアギルダーを繰り出していた。ニョロゾも既に展開している。

 ハンサムの必勝の手札だ。

 マチエールはそれを目にして安堵する。だが、同時に考えていた。

 ――あの機械を纏ったポケモン達は何なのだ? 

 自分達がもたらされた情報以上の事が起きているのは疑いようのない事実。

 四階層に辿り着くと、息を整える間もなく、天井から何かがこちらを凝視している気配が伝わった。

 振り返り様にマチエールは緊急射出ボタンを押し込む。

「ヒトカゲ! 火炎放射!」

 叫んだ声音にヒトカゲの発した業火が天井に張り付いていたそれを焼き焦がそうとする。

 炎を払って現れたのはカイロスという虫ポケモンであったが、カイロスの両腕に装備されたのは機銃であった。

 ハッとしてマチエールは姿勢を沈める。

 カイロスが無茶苦茶に機銃を掃射した。

 ポケモンが道具を使う事はある。しかし、あれは近代兵器だ。そんなものをポケモンが用いるなどあり得なかった。

「ヒトカゲ! 逃げるよ!」

 機銃相手に戦うほど分を弁えていないわけではない。幸いにして機銃に振り回されているようでカイロスには照準補正などまるで出来ていないようだった。

 目の前の隔壁へとヒトカゲに命じる。

「火炎放射で扉を焼いて! あたしが入れるギリギリでいい!」

 熱線を絞ったヒトカゲの攻撃によって融け出した扉へとマチエールは自身を投げ込んだ。

 小柄な自分くらいしか入れない隔壁の大きさにカイロスは怒り狂い機銃を発射する。

 しかし隔壁が防御してくれていた。

 額に滲んだ汗を拭い、マチエールは呟く。

「何だって言うんだ、あれ……。あんなの、ただのポケモンじゃ……」

 隔壁の向こうはパイプラインが続いており、研究室なのだと知れた。隔壁はもしもの時に研究物質が外に漏れないようにするためのものであろう。

 真っ直ぐに進んでいくともう一つ、固く閉ざされた扉があった。

「カードキー認証? 今は、そんな場合じゃ、ない」

 ヒトカゲに命じさせて鋭い爪の一閃で鍵を破壊する。

 入るなり、一斉に銃口がこちらへと向いた。自動小銃――タレットの照準にマチエールは言葉をなくす。

「誰? カードキー認証があったはずだよね? それを正しく動作させないとそうなるはずだ。私の造った防衛システムのタレットが誤認なんてするはずないし、誰だよ」

 マチエールは両手を上げてその声の主へと目線を振り向けた。

 コンソールに向き合ったまま、その人物はこちらを一顧だにしない。ただ忙しくキーを打っている。

「何、やっているんだ……」

「見て分からないのならば言っても分かるまい。攻勢防壁を超えてやってきた侵入者退治。久しぶりにこういうゲームをやってもいいってお達しが来てね。Eアームズの試験運用も兼ねて私が操作している」

 画面上にはハンサムがゴーリキー三体と苦戦する様子が表示されていた。思わずマチエールは声にする。

「おやっさんを……。お前、何なんだ!」

 張り上げた怒声に相手はようやく振り返った。

 短い金髪に、幼さを残した顔立ちの少女だった。頭頂部にデデンネが張り付いており、全てを見通すかのような丸っこい碧眼がこちらを目にする。その眼差しには侮蔑が混じっていた。

「何だと思えば、先に入ってきたネズミの片割れか。今忙しいんだ。ゴーリキーアームズの最終調整に戦闘を与えるのは合理的だし、とてもいいデータが得られている。このままなら実戦投入も視野に入れられるな」

 ゴーリキー三体にハンサムはニョロゾとアギルダーで応戦しているが、今にも追い詰められそうだった。マチエールは割り入ろうとしてタレットの照準にびくつくしかない。

「何を……お前は何を考えているんだ」

「何って、Eアームズの最終調整だと、二回も言わなきゃいけないのか? そういうのはバカだって言っているんだ」

 マチエールは歯噛みする。タレットの照準は相手が握っているはずだ。ヒトカゲと目線を交し合い、マチエールは次の命令を指示する。

 駆け抜けたヒトカゲの脚部に青い燐光が迸った。脚力に集中させた「げきりん」の膂力がタレットの照準を上回り、瞬時に発生させた炎の拳でタレットの銃身を焼き切る。

 少女はこちらを見ずにそれらを看破したようだった。

「よくやる。一歩間違えれば死んでいた」

「こっちは信頼があるからね」

「信頼」

 その言葉をまるで唾棄するかのように少女は笑い飛ばす。

「……何がおかしい」

「信頼なんて言葉を使うとは。キミは原始人か? 今時、信頼なんて流行らないよ。見るといい。信頼という脆い垣根のせいで、もう一方のネズミは死に絶える」

 ゴーリキーの動きにアギルダーとニョロゾがついて行こうとするが、それとは全く別に動く機械の腕のせいで苦戦を強いられているようだった。その機械の腕を操っているのは目の前の少女だ。好奇心に満ちた眼差しでコントローラーを握り締めている。

「おやっさんを……! お前、何だってこんな事をするんだ!」

「バカバカしい事を言うな、子ネズミ。侵入者は排除する。当たり前だろう?」

 機械の腕がハンサムの退路を塞ぐ。ゴーリキー本体よりも機械の腕の敏捷性が高い。それによってポケモンの感知網以上の速度で動いている。

「ゴーリキーを、操っているのか……?」

「正確には、野性のゴーリキーにEアームズを付けただけの代物だ。操っている、というのは違うな。野性個体に、ちょっとした改造を施しただけの事」

「改造……」

 おぞましき言葉にマチエールは声を震わせる。少女は片手でキーを打ちながらマチエールに向き直る。

「何か法に触れているか? 私は、ただ単に野生に餌をあげているようなものだ。この階層はカイロスアームズが守っているはずだったが、キミが無事なところを見るに、失敗したらしいな。やはりカイロスに機銃武装は違ったか」

 マチエールは怒りで思考が白熱化しそうになった。この少女はポケモンを道具以下にしか見ていない。

「そんなの! 許されるワケがない!」

「許す、許さないの論法でいちいち立ち止まっているから凡人の域を出ない。キミら凡才は何がそうだってそんな場所で足踏みしている? 一歩踏み出せば、天才の領域に入れるのに、怖がってちっとも来ないじゃないか。それこそバカの最たるものだよ」

 目の前の少女の論法は一切分からない。分からないが――ここでこの言い分を通してはならないのだという事だけは理解出来た。

 マチエールの伸ばした手が少女の手首を握り締める。

 タイピングに一瞬だけ浮かんだ隙を突き、ゴーリキーの動きをニョロゾが泡と水で翻弄した。

 流水によって生じた霧を前に、ゴーリキー同士が打ち合う。お互いを殴りつけたゴーリキーの合間を縫ってアギルダーがもう一体に攻撃した。

 ゴーリキーは見た目よりもずっと耐久力がないようだった。アギルダーの軽い一撃が入っただけで瀕死状態である。

「やっぱり、Eアームズにはまだ問題点があるな……。体力を吸いながらじゃないと稼動しない、エネルギー問題を解決しなければ本体を攻撃されればお終いだ。私がやるのだったら、トレーナーを介しての意識圏の拡大と体力の問題の拡充は同時に行うべきだ。今回のレポートも、これからの研究の参考になるだろう」

 マチエールは覚えず少女に掴みかかっていた。

 胸倉を掴み上げられても少女は眉一つ動かさない。

「どうした? キミは何をしに来たんだ? 邪魔をするなら帰れ」

「……お前のようなヤツを、許しちゃいけない。生かしちゃいけない気がする……。あたしには、おやっさんほどの理念なんてないけれど、でも、これだけは分かる。ここで、お前を殺すべきだと!」

 手刀の形にした手に少女は薄ら笑いを浮かべた。

「なるほど。先ほどまでよりかは笑える冗談だ。私を殺すべき、ねぇ。だが、そんな事をしている暇があるのかな」

 少女が指を鳴らすと何かが機械の間をすり抜けてマチエールへと肉迫した。

 薄紫色の髪をした少女の形を取った――亡霊であった。

 覚えず手が緩む。その隙を突いて少女が噛み付いた。

 手を離すと少女はコンソールに手を伸ばす。

「来るなよ。来ると、Eアームズを誤作動させて今すぐに、あのネズミを殺せる」

 マチエールは噛み付かれた手を払いつつ、浮かび上がった少女の亡霊と思しき存在を睨んだ。

「まやかしか……」

『いいえ。ボクの名前はルイ。ルイ・アストラルです。まやかしじゃありません。マスターのれっきとした、成果です』

「成果……。幽霊を作ったのか」

「分かりやすく説明してやるとこいつは立体映像だ。本体はこのコンソールに埋め込んだマイクロチップ一個。驚くなよ、凡才。私は! 指先ほどしかないたった一個のマイクロチップでこの擬似人格システムを造り上げた! それほどの頭脳だという事だよ」

 少女の声音にルイと呼ばれた立体映像が浮遊し、タレットに触れた。

 その瞬間、タレットに生気が戻り、再びマチエールを照準する。

「さて、キミを殺すのに、私はボタンを押すまでもない。ルイに、やれと命じればタレットの弾丸は射抜くだろう。その前に、いくつか質問をさせろ。何の目的でホロンの研究棟に入った? ここに来るなんて自殺行為だと、分かっていてやったのか?」

 マチエールはこちらを狙い澄ますタレットの銃口に素直に両手を上げるしかなかった。

「……そんなの、分かっているワケない。こんなにヤバイところだなんて」

「やばい、か。確かに、ここは重要拠点だ。凡人とバカには入る事さえも許されない聖域。さて、ネズミが一匹逃れたな」

 少女は背後のモニターを見ずにハンサムが逃げおおせた事を理解した。

「……どういうカラクリで」

「二秒以上目標物をロックオンしなかった場合、ブザーが鳴る。戦闘中に二秒とはいえ相手から目を離すと致命的だ。それくらい分かるだろう? バカでも」

 マチエールは自分が馬鹿にされている事よりもハンサムの意図を汲み取りかねた。

 この場所は何なのだ。どうして、この少女は一人で恐るべき兵器を操っている。

「質問があるようだな。いいぞ、辞世の句に、質問というのはそれもバカバカしいが、知らぬまま殺すのも惜しい。何が聞きたい?」

「……ここは何なんだ。何のためにある?」

「そんな事か。ここは実験場だ。Eアームズをポケモンに馴染ませるための。見ての通り、Eとはイクスパンション、つまり拡張の意味。拡張武装、と命名するべきか。ポケモンに高度な道具を持たせてそれを観察するだけの、何の変哲もない場所だよ」

「イカれてる」

「イカれてる? 何を言っているんだ。イカれたらお終いの商売だよ。いいか? ポケモンに道具を持たせる、という概念自体がそもそもここ近年のもの。さらに言えば、最初期にはポケモンに持たせる道具は人間の造り上げた叡智には向かないとされてきた。つまり、機械やそれを上回るパワーを誇る武器は持たせられない、と。だが、その学説も今や怪しい。道具の意味を理解し、持たせる事で発揮出来ると本能的に察知しているポケモンは枚挙に暇がない。木の実でさえ、その効力をどこかで習得しているとされている。……まぁ、確かにモンスターボールや傷薬を持たせたところで、意味がないのは依然としてそうだが、それは通常のポケモンの話。同調の域に達したポケモンとトレーナーならばモンスターボールくらいの叡智はお手の物だろう。まだ実験段階だが、ゴーリキーに進化後のカイリキーに相当する機械の腕を装着した。するとね、これが面白いんだが、進化したのだと脳が誤認するらしい。そのため、カイリキーの時にのみ発揮される脳の一部分が呼び起こされ、先述のようにゴーリキーアームズとして稼動する事が出来る、というわけだ。これは所詮、一例に過ぎないが、やがて他のポケモンにも適応される事だろう」

 何て事を。マチエールは絶句した。それはポケモンをどこまでも兵器運用としてしか見ていない証拠だった。

「何ておぞましい事を、お前! まかり通っていい理由なんて、一つもない!」

「声高に言うなよ、バカバカしい。だから、こんな辺境でやっているんだろうに。それとも、バカにはバカに分かりやすいように、もっと人目につく場所でやれって言うのか? それこそバカの所業だろう」

「お前は! ポケモンをもてあそんでいる!」

「野生個体だ。生存本能が存在し、いずれ群れの中でも自滅衝動が働く。そういういずれ滅びを迎える群れを選んでいるんだ。むしろ感謝されるべきだな。共食いを防いでいるんだから。そうでなくとも、ここホロンに棲むポケモンは我が強くってね。別の属性を顕現させるポケモンもいるとかいないとか。まぁ、私の専門分野じゃないが」

「お前は、何をしているんだ。Eアームズとは、何だ!」

「ポケモンの能力を拡張し、その能力の使い方を自覚させる。トレーナーなしでもポケモンを充分に育て上げ、ともすればトレーナーとの共存以上に強い生命力を芽生えさせる。それがホロンの研究棟が抱える最終命題だ。つまり自律型のポケモンの育成と研究。その過程で、ポケモンの自律進化を促す研究が行われる運びとなったが、どうしてもトレーナーの関知圏でなければ進化しないポケモンがいる。カイリキー、ゲンガー、フーディン。こういったポケモンにトレーナーなしでの自律稼動を促進するのには持ち物、道具の概念を利用する事にした。野性個体でも道具を持っているポケモンは存在する。だから、Eアームズを持たせ、それによって擬似的な進化を得た。まぁEアームズの領分はこちらにあるのだから操っているのと大差ないが」

「そうやって、ポケモンを洗脳して……」

「放牧、と言って欲しいね。ポケモンには何ら細工はしていない。Eアームズという道具をたまたま持っているポケモンがそうするのが正しいのだと自己判断した。全て、ポケモンの自由意志の結果だ。私が無理やりゴーリキーに何かしたわけではない。こいつらはEアームズの使い方を、どこでかは知らないが本能の部分で察知している。だからカイリキーのように使う事が出来る。それもまだ研究段階だがね」

 狂っている。マチエールは踏み出そうとしてその進行方向をタレットの弾丸に遮られた。

「動くなよ、バカなネズミが。ルイの関知圏はこの部屋は当たり前だが、この研究棟全てを管理しているんだ。タレットの照準なんてお手の物だぞ」

 しかしマチエールは踏み出した。その歩みに恐れがないのを知るや少女は口角を吊り上げる。

「その歩み……元々そういう風な人間だな。本能の部分で戦いを容認している。否、求めている、異常性格者だ」

「お前にだけは、言われたくないね」

「奇遇だな。同意だよ、それには」

 少女が指を鳴らすとタレットの照準がマチエールに据えられる。その瞬間、マチエールをヒトカゲが守った。その肉体が躍動し、青い燐光を迸らせた筋肉がしなった。爪がタレットの弾丸を全て捉え、指と指の間に摘み上げる。

 ほう、と少女が感嘆の息を発した時にはマチエールが少女に迫っていた。

「いい育てをしている。このヒトカゲ、並みではない」

 マチエールの放った平手が少女の頬を叩いた。乾いた音の後に少女が呟く。

「痛いじゃないか」

「お前が何をしていたのか、これから何をするつもりなのか、あたしはそれを全て阻む!」

「やれるものならやってみろ、バカなネズミが。言っておくが、タレットの照準は今でもキミを狙い澄ましている」

「どうかな」

 ヒトカゲが炎熱を発生させて空間を歪ませていた。屈折した光がタレットの精密な照準を狂わせているはずだ。

 それを悟ったのか少女はフッと微笑む。

「既に手は打ってある、か。戦闘狂だな。キミは、私とベクトルが違うだけの、イカレだ」

「このホロンって言う研究棟、どうすれば全てのシステムをシャットダウン出来る?」

「ルイが死ねばシャットダウンするだろうな。しかし、それはこのビルの自爆装置の作動も意味している。ここで私を倒してルイの制御チップを破壊してもキミらは助からん」

 舌打ちしてマチエールは少女をコンソールに叩きつけた。一瞬だけ痛みに顔を歪めた少女だが、すぐに持ち直す。

「こんなところに、長居している場合じゃないのに」

 視線を巡らせようとすると懐から箱がこぼれ落ちた。それを拾い上げたのは少女である。

「これは?」

 箱を開けた少女は中に入っているものに瞠目した。マチエールには意味が分からない機械だった。

 ベルトのバックルを模しており中央には球形のシャッターが閉じている。

「これは……、どこで手に入れてきたんだ? 最新型のEスーツの制御端末じゃないか。おい、ルイ! 解析、全力でやれ! この制御端末はすごいぞ!」

 痛みも忘れたように少女はバックルを解析にかける。マチエールが止める前にデータがディスプレイに次々表示された。

「なるほどな、ここにまで持ってきたのはホロンと本部で別々に開発してあったからか。スーツ自体はここにあるんだ。収められているとすれば、二階のEアームズ保管庫……。おい! これは何だ?」

 少女が声を荒らげたのはその保管庫とやらの監視カメラにハンサムが映っていたからだ。マチエールもまさかゴーリキーから逃れたハンサムがその場所に赴いているなど夢に思わない。

「何を……おやっさん」

「こいつ! Eスーツの強奪が最初から目的だったな! バックルを持たせたのはいざという時に切り札に使うつもりだったか!」

 口汚く罵る少女にマチエールはいきり立つ。

「違う……おやっさんはそんな事しない!」

「どうだかな。こいつはとんだ食わせ者だ。バックルとEスーツ。別々にあれば怖いものではないが、もし制御環境が一致すればあの男が身に纏う事になるのか。カウンターイクスパンションスーツを」


オンドゥル大使 ( 2016/12/14(水) 21:33 )