ANNIHILATOR - 鎧龍篇
EPISODE48 決意

 オクタンアームズの最終調整が行われていた。照準補正に、頭部のEアームズによる補助を得て、オクタンが機動する。クリムガンを追わせていたオクタンへとバイザーをつけてハーモニクスを調整した。

「オクタンアームズ、コネクト」

 中継車両の中でオクタン使いの男はゴーグルからもたらされる情報を処理していた。クリムガンには既に枝をつけてある。その位置も明確であった。

「一度、地上に出す。その後、弱らせてから捕獲に入る」

 捕獲班が既に地上展開していた。次にクリムガンが出てくる場所を予期している。

『頼むよ。あのクリムガンは欲しい個体だからね』

 通信が繋がり、主任研究員シトロンが映る。

「ですが、主任。まだ聞いていませんでしたね。何であの個体にこだわるんですか?」

『クリムガンは群れを作るんだ。だから、はぐれ個体なんだよ、そもそもあのクリムガンが』

 はぐれた個体を狙うのは分かるが、どうしてクリムガンなのか。

「ドラゴンなんてもっといい個体がいるでしょうに」

『そうだね。でも、はぐれ個体ってのは凶暴性が増す。一体でも生きていけるように、その生存本能は研ぎ澄まされているんだ。それこそ、Eアームズに欲しい存在だよ。たった一体でも相手の包囲網を潜り抜けるほどの強固な意志。それを拡張してやるのがEアームズの役目だからね』

 つまり、たった一体の寂しいクリムガンの、その寂しさにつけ入ってさらに強化するという事か。いつにも増してやる事がえげつないと感じる。

「砲撃部隊を総動員したのは、それくらい強いって事なんですかね」

『今回、邪魔しに来るであろうエスプリとの戦闘も視野に入れている。クリムガンを捕獲するのに、まずは弱らせる事だ。基本だよ、ポケモンのね』

「了解。これよりオクタンとの同調に入ります。何か、他に言っておく事はありますか?」

『そういえば、耳にしたよ。エスプリの少女と対峙したみたいじゃないか。何を聞いた?』 

 耳が早い事だ。オクタン使いはしかし、臆するでもない。

「何も。大した事は聞けませんでした」

『こちらの事は?』

「ガキですよ。あっちも大した事は聞けていないでしょう」

『そうか。だが侮るなよ。エスプリは既に、三体のEアームズを無効化している。それほどの相手だという事だ』

「勝ちますよ。今回ばかりは、ね」

 オクタンと同調する際にシトロンが一言だけ、言い置いた。 

 ――果たして、そう上手くいくものかな、と。











「サンタちゃん」

 呼びかけるとサンタ姿の中年が振り返った。マチエールを見つけるなり心配そうな声を振り向ける。

「大丈夫だった? 今回、ヤバイ敵だって」

「やばいのは毎回だよ。サンタちゃん、知りたい事がある。今回のクリムガン、どういう経路を作っている?」

「そんな事を知って何を?」

「戦うために、必要なんだよ」

 マチエールの言葉にサンタは経路図を呼び出す。全て、ネット上の情報とテレビクルーの得た情報の継ぎ接ぎであったがそれでも充分であった。

「あんまり遠くへは行く様子はない。ミアレ市内で決着はつくと思うけれど……」

 濁したサンタにマチエールは端末上の動きを精査していた。ミアレの中心街に寄り付こうとしない。クリムガンが行ったり来たりしているのは依然として下水道に隣接している。

「もしかしてこのクリムガン……、人間を襲うつもりは一切ない?」

「それはねぇ、ネット上でも上がっていた意見だよ。人間を襲うポケモンならもっと直進的な動きをするって。これじゃまるで草むらと大差ない」

「クリムガンは、人間を恐れている様子はなかった。それは戦ったあたしが一番よく分かっている。でも、人間を襲わない。これってもしかして……」

「マチエールさん!」

 弾けた声に視線を向ける。アタッシュケースを引きずる〈もこお〉とヨハネがこちらへと駆けてきた。

「ヨハネ君、クリムガンは」

「その話は後で……。あの、イイヅカさんから聞いた。次のクリムガンの出現地点を」

 ちょうど経路図を呼び出していたサンタは二人に目配せする。

「……役に立てる?」

「ちょうど。経路図にあるように、クリムガンは人間を襲おうとしません。人口密集地を避けて動いていると見るべきです」

 どのような経緯か、ヨハネも自分と同じ見解に至ったようだ。マチエールは首肯して経路図を指差す。

「だとすると、現れるのは下水道に隣接した場所」

「ミアレの街で下水道が一度、一点に集まります。その場所は――」

 辿っていった指先が導き出したのはミアレの名物。プリズムタワーの近くにある噴水公園であった。

「ここを絶対に辿る。だからクリムガンが次に出るとすれば、噴水公園」

「行こう、マチエールさん」

「歩いてゆったりと、って時間もなさそうだ。ヨハネ君、やるよ」

 バックルを取り出し、マチエールは腰に装着した。伸長したベルトが固定し、シャッターが開く。

「Eフレーム、コネクト!」

 アタッシュケースから弾き出された黒い鎧が円弧を描き、マチエールへと吸着される。

 全身を覆った黒い鎧にヘルメットが被さり、黄色いバイザーが降りた。

 Eを象った文字が浮かび上がり、マチエールはエスプリへと変身を遂げた。

「探偵戦士、エスプリ! ここに見参!」

 マチエール――エスプリは姿勢を沈める。シャッターにヒトカゲのボールを埋め込んだ。

 両手首と足首から炎が迸る。

『コンプリート。ファイアユニゾン』の音声が響き、エスプリはミアレの高層建築を飛び越えた。驚異的な脚力の生み出す技でエスプリが街を駆け抜けていく。

 ヨハネがゴルバットを繰り出しそれに追従した。〈もこお〉はヨハネの肩に乗っている。

「エスプリ、クリムガンには追いつけるかもしれない。でも、オクタンが」

「分かっている。ヤツらと鉢合わせだろうね」

 戦闘のために拳を握り締める。逃がしたが次は負けない。

 その意志を胸に抱いたまま、エスプリはミアレ中央街へと到達した。噴水公園には人もまばらである。

 着地したエスプリにカメラを振り向ける雑踏の中、すぐにでもクリムガンの出現位置を見定める必要があった。

 バックルの上部のボタンを押し、『エレメントチェンジ』の音声と共にエスプリがボールを入れ換える。

『コンプリート。バグユニゾン』

「B」の文字を象った意匠がヘルメットの両側に顕現した。エスプリはすぐさまハンドルを引く。

『エレメントトラッシュ』の音声によってエスプリの集中力は極限まで引き上げられていた。

 地面を揺らす僅かな振動。掘り進める音に、追撃する砲撃を感じ取り、エスプリが顔を上げる。

 出現位置には屋台が出ていた。すぐさま跳躍し、屋台の周囲の人々を散らせる。

「な、何だ?」「地震か?」

 うろたえる人々にエスプリが声を張り上げた。

「散れぇ! ここに出るぞ!」

 ヨハネがゴルバットを使い、人々を追い立てる。次の瞬間、捲れ上がった地面から強靭な爪が見え隠れした。

 次いで出現した青い翼が日光を受けて照り輝く。

 間違いようがない。クリムガンが噴水公園の路面を引き裂いて吼えた。

「クリムガン……。お前、人間を襲うつもりはないな?」

 言葉が分かるとも思っていない。しかし、確認の意を込める必要はあった。人々が遠巻きに眺めている。カメラのレンズに反射した光にクリムガンが反応する。

 そちらへと向き直ろうとしたクリムガンの視界を遮るようにエスプリが回り込んだ。

「答えろ! お前は! 人間を、襲う気はないんだな? 目的は、ただただ仲間と会いたいだけ。はぐれてしまった仲間と、もう一度会いたいだけなんだ」

 クリムガンが躊躇するように爪を彷徨わせる。言葉は通用する。エスプリは呼びかけを続けた。

「このまま、ミアレに出続ければ処分も已むなしとする決断が下る。その前に、あたし達がお前に帰る場所を用意する。クリムガン、ミアレから出て仲間達と会うために、あたしが……」

 説得を、と声に出そうとしたところで肌を刺すプレッシャーの波が粟立たせた。咄嗟に後ずさる。

 先ほどまでエスプリがいた空間を引き裂いたのは鋭い銃撃であった。

 何が、と目線を振り向けると宙に浮かんでいる物体がある。否、それは物体ではない。

 ポケモンであった。魚の形状をしたポケモンが宙に浮かび上がり、銃身を思わせるその身から電気の銃弾を発したのだ。

 まさか、と息を詰まらせる。

 地面に亀裂が走りクリムガンとエスプリを引き裂いた。

『おーっと、そこまでだ。クリムガンの勧誘は、こちらも急務でね』

 オクタンが軟体の身体を活かして亀裂から這い出てくる。しかしオクタンだけではない。その周囲に同じような銃身を思わせるポケモンが目に入る範囲だけで四体は存在した。

 それらのポケモンには意識がないように思われた。口を呆けたように開けて、ただただオクタンの思惟に操られている。宙に浮かんでいるのは一種のサイコパワーか。

 四体のポケモンは銃口を思わせる口を開けたまま、こちらを見据える。

「やっぱり……。オクタンのEアームズ、その頭部の真価は、意識の拡張か」

 ヨハネがどこか確信したように声にした。彼には推測出来ていたのだろうか。自分にはまるで予感出来ていなかった。オクタンは自身の砲身以外に四つの砲門を手に入れたのだ。

『そうともさ……。これが、オクタンアームズの最高潮、進化前のテッポウオを使役し、それぞれ幾何学に操る事が出来る。行け、テッポウオ!』

 その声にテッポウオと呼ばれたポケモンが弾かれたように動き出す。宙を泳ぐテッポウオはそれぞれ意識が宿ったかのように別の動きをする。背後から一体のテッポウオがエスプリを狙い澄ました。

 その銃撃を回避するも前方に二体のテッポウオが展開している。肉迫したその銃口がエネルギーを充填し、それぞれ発射した。

 電気の銃弾に、水の銃弾と別々だ。白の姿であるエスプリは電気の銃弾を身に受けてしまう。

 痺れが発する前に次の攻撃の予兆があった。直上に展開したテッポウオが今までにないエネルギーの瀑布を吸収する。強力な攻撃の前兆にエスプリは飛び退いた。直後、空間を引き裂くオレンジ色の光条が弾き出される。

 ――破壊光線。しかも、この四体はそれぞれ別のタイミングで撃てるのだ。

 その余波に打ち震えていると不意打ち気味に発生した射線がエスプリの脚部を捉えた。

 墨による銃弾。これはオクタン砲だ。みすみす受けてしまったエスプリは脚部に力が宿らない感覚を覚えた。

「この墨……素早さを」

『下げられてしまったら、どう出る? こちらには四つの銃口と、一つの砲門がある。言っておくが、一つ一つ潰そうたって時間はかかる。どうだ? ここは交渉と行かないか?』

「交渉……?」

『クリムガンを渡せ、って言っているんだよ』

 やはり目的はそれか。エスプリは歯噛みする。

 この状態で、クリムガンを諦めれば相手は攻撃してこないだろう。それは確定だ。しかし、クリムガンはただ闇雲に仲間を探しているだけなのだと分かった。ミアレに迷い込んだのも全て、はぐれた仲間を探すため。

 その行動に破壊衝動がないのは、破壊が目的ではないからだ。自分を攻撃する輩には反撃するが、それも全て仲間を守る誇りの表れであった。

「……お前、このクリムガンがどうしてここまで自分を研鑽しているのか、分かって言っているのか?」

『データはもらったさ。こいつは群れのリーダー格だ。しかし、何をまかり間違ったのか、こいつが群れからはぐれちまった。だから敵意が強い。しかし、それ以上に胸を占めているのは同じクリムガンと出会えない悲しみだろう。こいつはただただ、仲間を求めているだけなんだよ』

「そこまで分かっていながら……何故!」

 吼えたエスプリにオクタン使いは涼しげに返す。

『このカロスで、クリムガンの目撃例はどうだ? 多いはずがない。それにミアレの周辺にいるんじゃいつまで経ったって会えないさ。だから、楽にしてやるほうがいいに決まっているんだ。Eアームズの使い手として、楽にしてやる事がなぁ』

「そうやって、勝手に運命を捻じ曲げるのが、お前らのやり口か!」

 ニョロゾのボールを手にしてバックルに埋め込む。水色の「W」の文字が胸部装甲に刻まれた瞬間、電子音声が響く。

『コンプリート。ウォーターユニゾン』と共に、脚部に纏わりついた墨が体内に溶け出した。軽やかに舞い上がったエスプリへと射線が交錯する。

 テッポウオが仰ぎ見て電気の銃弾を矢継ぎ早に発射した。

 あまりの速度、それに加えて多角的に攻めてくる攻撃にエスプリが腕を交差して防御しようとする。

 水のように変幻自在に受け止めるはずの青のエスプリの防御に亀裂が走った。

 電気の攻撃が水の属性を持つ全身に焼け爛れたような痛みを発生させる。あまりの痛みに呻いて転がってしまう。

『水に電気は効果抜群。当たり前の事だろう?』

 油断していた。ユニゾンならばそれほど効果抜群でも痛くはないと思っていたのだが、水の属性を全身に帯びているエスプリには絶縁体が存在しないも同義。細胞の一端に至るまで焼かれたような激痛だ。

 痙攣する足を奮い立たせてエスプリは水の足を伸長させる。腕で身体を持ち上げて回し蹴りの姿勢を取った。しかしその一撃が食い込む前にテッポウオが連鎖してオクタンへの一撃を拡散させてしまう。

『テッポウオは盾にもなるんだ。そして、お前への充分な矛にも、な。テッポウオ、チャージビーム』

 放たれた電気光線は回避不可能なほど素早い。威力はさほどないのだろうが、確約するのは相手への命中だ。

 水の軽やかさで踊り上がったエスプリであったが、連射速度が並大抵ではない「チャージビーム」の射線の網に捕らえられ、全身のどこかでダメージを受けてしまう。

 青のエスプリでは速度はさほど出ない。水の軽やかさと流麗さは相手の攻撃への防御としての意味はあっても素早さの拡張ではないのだ。

 このままでは相手に攻撃も叩き込めずに終わってしまう。バックルの上部ボタンを押し込み、エスプリはニョロゾのボールを排出した。

『白に戻った、か。だが白では、決定打は生み出せまい』

 テッポウオの射撃網は全く緩みもしない。新たな攻撃として水の砲弾が混じってくる。予測するに「ハイドロポンプ」。赤のエスプリになったとしても不利が考えられる。

「このままじゃ……」

 防戦一方だ。その時、割って入った影があった。

 ゴルバットである。空気の膜を発生させて水の砲弾を防御させる。

「ヨハネ君?」

 ヨハネはこの場で唯一、自由であった。だからこそ、彼は決意したのだろう。その眼差しに迷いはなかった。

「クリムガン!」

 吼えた声にクリムガンが反応する。ヨハネは手を振り翳した。

 危うい、とエスプリは判ずる。今、ヨハネが注目されては。

 その予感を裏付けるようにオクタンの照準がヨハネを捉えた。

『そこまでだ、少年。何をやっている?』

「何を? お前らがクリムガンを捕まえるというのならば、僕が守る」


オンドゥル大使 ( 2016/12/04(日) 23:08 )