EPISODE47 単独
「バカやってんじゃないって言っただろう!」
帰ってくるなり、ユリーカの怒声に晒される。独断先行に怒りを発するのは分かっていたが、ここまで注意されるとも思っていなかった。
「いいか? アイツらのほうが癪だが情報戦術では勝っているんだ。だって言うのに、質問をし合った? その足りない頭で質問したところで相手の本当にヤバイ部分なんて切り出せまい」
「でも、オクタン使いが何者なのかは知れました」
「逃がしちゃ意味ないだろうが! ゴルバット使って追っている、っていうんならまだしもね!」
そこは失念していた。あの場から逃げ出す事でいっぱいいっぱいだった。
「ユリーカ。でも、オクタン使いから興味深い事を聞けた。今のフレア団を動かしているのは、絶対者である王と、開発主任と呼ばれる男」
「プロフェッサーC、か」
ユリーカは鼻を鳴らす。
「それじゃ、プロフェッサーCで検索すれば、じゃあ分かるとでも思ったのか? それは匿名なのと変わらないんだよ。もっと具体的な事を聞け。バカなんだから自分と戦うオクタン使いの情報をもっと知ればよかったんだ。結果! 誤魔化されて逃げ帰った!」
ぐうの音も出ない。しかし、マチエールは別の見解があるようだった。
「クリムガンが出た。そうじゃなければもう少し分かっていた」
「相手が、クリムガンを利用した、とも取れる、というわけか」
「そうとしか思えないよ。あのタイミングでクリムガンを呼び寄せる何かがあった」
「報道カメラは? その前から動き出していたんでしょう?」
不審なものを捉えていないだろうか。ヨハネの期待にユリーカが映像を映し出す。
「ルイ、検出結果は?」
『駄目ですねぇ。何にも映っていません』
やはりあれは偶然なのか。いや、偶然にしては出来すぎている。
「音とかは? 何か、人工的な音でクリムガンを呼んだ」
「考えられなくはないが、じゃあ何で前回、むざむざ逃がした? それでいつでも呼べるって言うんなら追跡だって容易なはずだ」
それは、と口ごもってしまう。ヨハネの当て推量はやはり今一つなのだろうか。ユリーカは嘆息をつく。
『でも、マスター。クリムガンの出現によって質問が途絶えたのは確かですし、何かしら調べてみる価値があるのでは』
「お前は私のシステムだろうに。余計な口を挟むな」
注意されてルイがへこむ。ヨハネはその一動作も疑わしく思っていた。
ルイはどこまで分かっていてこちらに情報を開示している?
相手もルイの如何を聞いてきた。もしかすれば、相手とルイは繋がっているのか? 勘繰る気持ちにルイが視線を振り向けた。
『あの、ヨハネさん? ボクの顔に何か付いています?』
視線を向け過ぎた。ヨハネは顔を伏せて首を横に振る。
「いや、別に……」
『そう、ですか? 何か付いていたら言ってくださいね』
やはりルイが裏切っているなどあり得ないのか。しかし、そうなってくるとプロフェッサーCとやらは何のつもりであの時、ルイと言う名を呼んだのだ。
「分かっているのは、王という絶対者の存在。しかし、フレア団のシステムが分からない以上、王ってものがいると知ってもあんまりな……」
情報としては不足だろう。ヨハネもそれを感じ取っていた。
「フレア団の、階級制度でも聞いておくべきでしたか」
「いや、そこまで仔細に話す相手でもあるまい。大体、連中も下っ端風情だ。どこまで分かっているのかも怪しい」
自分達の戦っている相手は所詮、まだ下っ端。相手の中枢に肉迫する手段をまだ持っていないのだ。
「倒すにしたって、いつでも最初は末端からだ」
マチエールの返答にユリーカはため息を漏らした。
「お前、そんな事言ったっていつまでも外堀ばかりと戦わせられているのだと思えば、相手に肉迫出来る機会は最大限に活かすべきだろう。今回の場合、もっと上手くやれたといっているんだ。ホロキャスターを通話モードにしてくれれば、後から返答の間隔を知れたのに、そういうところでは抜けている」
マチエールが壁を蹴りつけた。相当に苛立っているのだろう。鋭い一瞥を投げて階下に降りてしまう。
「マチエールさん!」
「待て、ヨハネ君」
立ち止まったヨハネにユリーカは目線を振り向ける。
「キミは、どう思った? オクタン使いの言う事が全て本当だと?」
どうしてユリーカはいつもマチエールを怒らせるのだろう。そうしてから自分に聞くのはお門違いではないかと感じる。
「僕の、意見でいいんですか?」
「他に誰もいないだろう」
ヨハネは後頭部を掻いて思い返す。オクタン使いが嘘を言っている風ではなかった。しかし、一度だけ、様子がおかしかったのは気づいた。
「そういえば、何でだか、一度だけ。周囲を見渡した時がありました。その直後です、クリムガンが現れたのは」
「なるほど。相手の所持していたものは? ポケモンは持っていたか?」
「いや、持っていない事を証明するためのパフォーマンスはありましたけれど」
そこでユリーカは沈黙する。何か言ってはならぬ事を言ってしまっただろうか。
「あの、ユリーカさん?」
「クリムガンは、追い立てられていたのではないか」
出し抜けに放たれた声にヨハネは聞き返す。
「追い立てられていた?」
「つまり、最初からオクタンを用いて追跡を行いつつ、キミ達を招いた。最初から、あのタイミングでクリムガンをあの場所に誘導するつもりだった」
「でも、そんなの!」
「確証はない、か? だが、そうだとすれば都合のいいタイミングにも説明がつく」
相手は最初から手持ちを離して、クリムガンの誘導に使っていた。しかし、だとすれば際立つ違和感は。
「クリムガンを、何で捕獲しないんですか?」
「それだな、一番の疑問点は。どうして、逃げたりした? モンスターボールで捕獲すればいい。Eアームズなんて物を造ってくる連中だ。違法ボールの一つや二つは朝飯前だろう」
「だというのに、そういう手段には出ない……」
何故、強硬手段に出ないのか。浮かんだ疑問にユリーカが声にする。
「もしかすると、違法手段で手に入れたポケモンは、Eアームズで運用する際、不手際があるのかもしれない」
「不手際、ですか……。どんな」
「分かりようがないが、そうだとすれば今まで、どうして強力なポケモンを使ってこなかったのかの答えも出る」
アリアドス、ココロモリ、レパルダス……。全て、野生個体でも充分に捕まえられる程度だ。珍しくもない。
「何か……下準備が必要、とかですかね」
「Eアームズのために下準備か。考えられなくはないが、だとすれば今回が異様だな。クリムガンにこだわる理由。それを聞けるのが一番よかったんだが」
自分の問いの弱さにヨハネは恥じ入る。しかしユリーカは責め立てるわけでもなかった。
『マスター。でも、あの状態で聞ける事は聞けたんですし』
「そうだな、ヨハネ君は悪くはない。問題なのは、あのバカだ」
マチエールをまたしてもバカ呼ばわりする。何か言い返してやりたいが、いい言葉は浮かんでくれない。
「……コーヒー、入れましょうか」
「頼む。ミルクたっぷりでシルブプレ」
オーダー通りにヨハネがコーヒーメーカーで抽出する。その間、ユリーカは報道カメラの捉えたクリムガンの映像を繰り返し観ていた。
「何か分かりましたか?」
「いんや、皆目」
「でも何度も観ているじゃないですか」
マグカップを手に取り、ユリーカは湯気を吹く。
「分からない、という事を理解するのも一手ではある。ただ、このクリムガン、少しばかり奇妙なのは、野性にしては動きが鋭い。まるでトレーナー個体だ」
それは前回、Eスーツを傷つけられた事からも考えに上がっていた。このクリムガンは本当にただの野性個体なのか。
「でも、それらしい痕はないって」
そう言ったのはユリーカである。彼女は呟きつつ、映像を凝視した。
「そうなんだよなぁ……。見た限りでは、ただの野性のクリムガンにしか見えない。しかし、野性個体にしては、どこか……」
違和感、なのだろうか。
ヨハネも画面を見やる。クリムガンは爪や牙を振るって威嚇していた。
スタジオに移り、パキラとコメンテーターが会話する。
『凶暴なポケモンですね。あれがミアレ市街で暴れたとなるとぞっとします』
『でも、クリムガンは縄張り意識が強いですから。あちらから市民を襲う事はないと思われます。その点、過敏になり過ぎないほうがいいのではないかと』
そこで、ヨハネは脳裏に閃くものを感じた。
ホロキャスターを取り出してクリムガンの図鑑説明を呼び出す。
「そうか、あのクリムガン……」
「掴んだようだね」
ユリーカの声にヨハネは頭を下げていた。
「すいません、ユリーカさん。僕、行かなくっちゃ」
「分かっている。怪我をしないようにしたまえ。〈もこお〉を連れて行くといい」
「失礼します」
踵を返したヨハネは〈もこお〉を連れ立ってハンサムハウスを出た。
まず探すべきはマチエールだ。ホロキャスターにかけても通話には出ない。仕方なく足で探しているとイイヅカが視界に入った。
「イイヅカさん」
「シュラウド君か。どうした?」
「今回の事件の件で」
「ああ、大変そうだね。野性のクリムガンに、加えてフレア団の尖兵か」
「分かったんです。クリムガンが、暴れる理由が」
その言葉にイイヅカは目を見開く。
「分かったって……。では何故? クリムガンはどうしてミアレの市街地に出たんだ?」
一呼吸置いて、ヨハネは応じた。
「あのクリムガンは、群れからはぐれた――単独個体なんです」