EPISODE46 質問
ふっと見知った影が対岸で揺らめいたのをヨハネは目にした気がした。
しかし次に瞬きした時にはもう見えなくなっていた。
「どうしたの? ヨハネ君」
「いや、知った影が動いたような気が……」
しかし人混みでごった返している事件現場である。そのようなものを確かめる前に、マチエールが現場の下水道に視線を注いでいた。
「やっぱり、下水も止められていて、干上がっている」
事件当時のまま、というわけだ。ヨハネはクリムガンの逃げたという穴を見やった。下水道にぽつりと存在する縦穴にクリムガンは逃げおおせたというのか。
「なかなかに、リスキーだな……」
そう感想を漏らしたのは理由がある。マチエールはすぐにその意味を察した。
「そうだね。だって水が流されたら溺れちゃう」
縦穴など掘って逃げたところで下水だ。水が流れてくる危険性もあったというのに。
「もしくは……干上がると確信していた?」
「そこまで知能が高いポケモンとは思えなかった。多分、戦闘本能ばっかりなんだと思う。あたしと同じタイプ」
そう言われてしまうと二の句が継げなくなるのだが、ヨハネはクリムガンのデータを再確認する。ホロキャスターに入っている図鑑データに参照用のものがあった。
「爪や牙が鋭く、堅いってあるけれど」
「確かに凶暴そのものだった。一体何で、あんなに刺々しかったんだろう?」
刺々しい、とは容貌の事を言っているのだろうか。それとも内面か?
「鮫肌特性の他にも、力ずくとか、あるみたいだけれどあの個体は鮫肌だね」
Eスーツにつけられた傷が証明している。マチエールは歯噛みした。
「悔しいなぁ。相手に一発浴びせたと思ったのに、こっちが食らっていたなんてさ」
マチエールの拳にカウンターとして浴びせられた鮫肌の傷痕。だが、それは果たして意図して得た結果だったのだろうか。ヨハネは思い返す。クリムガンの行動、その帰結するもの。
戦闘には長けているようであった。しかし、頭脳は今一つだとマチエールが言っている。
戦闘のプロである彼女の判断を疑うわけではない。しかし、クリムガンはそれほどまでに戦闘だけを考えて行動したのか。
縦穴を掘るだけの膂力を誇る爪と牙。腕力も底知れないに違いない。だが、果たしてパワーにだけ特化したポケモンなのだろうかと言えば、疑問が残る。
「一緒に出てきた、Eアームズ付きのオクタン、だっけ」
オクタンの図鑑説明を呼び出す。どうにも砲撃に秀でているポケモンのようでそれに類した技を多数覚えるようだ。
「オクタン、だけれど右目と頭にEアームズ。右目は、多分照準補正だと思う。頭が、まだ分からないんだよね」
マチエールは双眼鏡を取り出して現場を検めている。頭にEアームズの付いたオクタン、とヨハネは分析する。
眼は照準補正、という見方は恐らく間違っていない。砲撃に特化している事から鑑みても、それは察する。だが、頭に、とヨハネは標準的なオクタンの能力値を目にした。
素早さが決して高いわけではないポケモンなのに、荷重とは如何に。
自分ならば、とヨハネは考えていた。
前回のレパルダスのように推進剤を持たせて素早さを補正するか。それともココロモリの時のように爆弾を積載する事に比重を置くか。
最初の――先ほど見かけたような気がしたヒガサの時のように、アリアドスを要塞のように用いるか。
否、全てにヨハネは否と決断を下す。
最初の時のようにEアームズが本体でポケモンが末端、というわけではない。よってアリアドスの例は却下。同じ理由でココロモリの、最初の形態は却下だが、最終的にターミナルに突っ込んだ形態は、と思考を組み立てる。
あれは爆弾を持ったまま特攻するからこそ意味があった。トレーナーは……思い出したくもないがヨハネは思案する。
Eアームズを用いる場合、トレーナーをどこに置くか。
アリアドスは内部、ココロモリは遠隔であった。
今回のオクタンは間違いなく遠隔であろう。しかしレパルダスの時のように遠隔でも充分なコントロールが可能とする。
その技術が既にあると仮定して、では相手は何を用意している?
オクタンの頭蓋に設置したEアームズはオクタンの「何」を「拡張」するのか。
レパルダスの例を呼び起こす。
レパルダスは素早さを極限まで引き出していた。その性能を拡張するのがEアームズ、イクスパンションアームズの本懐である。
では砲撃主体のオクタンに、どのような措置を図るのか。
眼は分かる。照準補正だ。だが素早さを上げるでもなく、頭蓋に、しかもオクタンのような軟体ポケモンに固い武装を施す理由は――。
「……頭脳?」
導き出された答えをヨハネは覚えず口にしていた。マチエールが怪訝そうにする。
「何? どういう事を考えているのかな、ヨハネ君は」
「いや、何でオクタンの頭に、わざわざ重たい機械なんて乗せるのかな、って思って。となると、頭脳の拡張なのかな、って」
マチエールは唇をへの字にして首を横に振った。
「何で? ワケわかんないよね。オクタンってそんなに頭のいいポケモンだっけ?」
「いや、それは……」
そうという説明はないが、もし、砲手に頭脳を求めるのならば何を導き出す? そこから先の答えがなかなか出てくれない。
「……ゴメン、忘れていい」
「いや、助手の貴重な意見だ。頭に留めておくよ。それより、ヤツら、動き出すみたいだ」
マチエールの指差した先には警官隊に導かれて現場へと赴く複数の関係者がいた。
「彼らが何を?」
「フレア団だ」
告げられた言葉にヨハネは目を白黒させる。
「何で? だってどこにも、それっぽい格好なんて」
「それっぽい格好で来るわけないじゃん。あたしが見たのは、足」
「足?」
ヨハネも双眼鏡を手にして関係者という連中を観察するがどこにもおかしな点はない。
マチエールはしかし確信を得たようだ。
「行くよ。〈もこお〉、サポートお願い」
マチエールが下水に向けて跳躍する。〈もこお〉も飛び上がった。ヨハネは一人、取り残されて腰を浮かせる。
「ちょっ、ちょっと! マチエールさん?」
「置いてくよー」
マチエールは〈もこお〉の思念を受けずして、気楽に着地成功するが、目算でも十メートルはある下水に飛び込む気にはなれなかった。
「〈もこお〉置いてくから、降りたくなったら来なよ」
マチエールはそう言い置くなり関係者達に飛び込んだ。一足飛びに距離を縮め、飛び蹴りを見舞おうとする。
ヨハネは心臓が収縮したのを感じた。何て無茶をするのだ。
「マチエールさん!」
マチエールの蹴りを、しかし前に出て受け止めたのはSPだ。マチエールは何かを吹っかけるなり、後退した。
SPが関係者に耳打ちし、一人が前に歩み出る。
突然に湧き上がった戦闘にヨハネのみならずそこいらの野次馬の目が殺到した。
マチエールを報道カメラが映し出そうとしたのでヨハネは咄嗟に報道カメラのレンズを覆う。
「駄目です!」
「何を! ミアレ放送ですよ!」
「どこだって、駄目なんです!」
自分に出来るのはせめてマチエールを様々な人の好奇の目線から守る事だけ。
マチエールは関係者に歩み寄り、何かを口にした。すると、関係者が顎でしゃくる。
SPが歩み出て手を払った。それだけでミアレ放送だと名乗ったテレビクルーが後ずさる。
「えっ、何? 僕?」
SPが手招いているのは自分であった。驚愕するヨハネに青い光が纏いつく。
〈もこお〉のサイコパワーで無理やり下水道へと着地させられた。浮遊感に股の下がひやっとする。
「〈もこお〉、何するんだよ……」
「あの少女の仲間だな?」
近づくと凄味のあるSPであった。物腰に隙がない。
マチエールは関係者と共にクリムガンの縦穴に向かっていた。ヨハネが追いすがろうとしてSPが遮る。
「彼女の、仲間なのだな?」
これに答えるか否かで自分の真価が決まる。ヨハネは胸に手をやって言い放った。
「ええ、そうです! それが何か!」
ほとんどやけっぱちの声にSPが口元を綻ばせた。
「ついて来い。見せたいものがあるとの事だ」
思いのほか平和的に解決した事に唖然としつつ、呆けているヨハネへと〈もこお〉が手を払った。どうやら抱えろという事らしい。
「〈もこお〉……サイコパワーで飛んでいけよ」
アタッシュケースの重みは消してくれているが、それでも〈もこお〉一体分でも重たいのには変わりない。
〈もこお〉を背負い、ヨハネはSPに続いた。縦穴の傍でマチエールが腰に手を当てて鼻を鳴らす。
「来るんなら、すぐに来ればいいのに」
「……突然跳んでいくなんて、思わないじゃないか」
「こいつらがフレア団だって分かったんなら、手段なんて選んでいる場合じゃないでしょ」
ヨハネは覚えずしっと指を立てていた。公でフレア団だと露見する事を相手は拒否するはずである。
しかし、ヨハネの焦りを他所に、連中はゆったりとした歩みで手招いた。
「こちらへ」
縦穴に誘導され、マチエールが縁を窺う。
「相当なパワーだ。それにもう」
そう口にしたマチエールの視線の先を窺った時、ヨハネは絶句した。
既に十メートル近く縦穴が掘られており、さらに奥へと横穴が続いている。
「追跡班はここで打ち切った。我々はここから先に行けと言われているのだが、地獄への片道切符は少しばかり不安が多くてね」
フレア団だと相手は認めた。それをヨハネが感知する前にマチエールが戦闘本能を研ぎ澄ましたようだ。
「どうする? ここでやる?」
相手が相手ならば自分がエスプリだと世間にばれる事さえも躊躇しない声だ。しかし、フレア団員達は首を横に振る。
「いや、ここでは戦わない。少しばかり状況を整理しよう」
どういう事なのか。フレア団はエスプリの始末を命じられているのではないのか。
縦穴に梯子がかけられており最下層とまではいかないが、途中で横穴に折れる辺りまで調査が進んでいるようだった。
まずフレア団員が降りてから、ヨハネとマチエールは降りた。もしもの時のために〈もこお〉は地上に残してある。
「そう警戒しなくてもいいのだが。それも当然か。そこの少女……いや、エスプリはもう感じているのかな?」
SPの余裕ぶった声にマチエールが言い返した。
「オクタン使いだね?」
ヨハネはハッとする。SPを務めていた男はフッと口元に笑みを刻んだ。
「そこまで分かってしまうものなのかな」
「オクタンと動きが似ていたよ。だから分かった。すり足だ、お前は」
そんなもの、注意深く観察しなければ分からないのに。マチエールは一瞬で看破したと言うのか。
「食えない、とは聞いていたが戦闘外でばれるとは思っていなかったよ。仮面の怪人も伊達ではない」
SPを演じていたフレア団員は黒服の襟元を正した。懐から赤いサングラスを取り出し、目元にかける。全員が同じ行動をするものだからヨハネは当惑した。
「こいつらの合図みたいなものだよ。これをかけているって事は、ここではフレア団員としての発言って事だ」
「その通り。理解しているようだ」
しかしヨハネには納得いかない事が多かった。
「お前ら……何で、ミアレの街を!」
いきり立った声にマチエールがいさめる。
「今は、それじゃないよ、ヨハネ君」
「でも! こいつらがクリムガンを追い立てなければ、起こらなかった事じゃないの?」
「その通りだ。でも、感情論で動いても負けるだけ。数は圧倒的だからね。それに、ここが縦穴だって事も忘れちゃいけない」
「頭の上から水を被せられるのは嫌だろう?」
既に敵の領域という事か。歯噛みすると同時に、何故マチエールがここまで冷静なのかが分からない。
「何で? マチエールさんが蹴り込んだんでしょ?」
「だって蹴らないとさすがにオクタン使いって確証はなかったから。とりあえず、どうせフレア団だし、一発くらいはいいかなって思っていたんだよ」
なんていう無計画さ。
呆れて物も言えなくなっていると、オクタン使いのフレア団員は笑い声を上げた。
「そのメンタリティ、エスプリそのものだ。前回もかなり危険なところの賭けをやったそうじゃないか。レパルダス相手に、わざわざ命を削る真似を」
バグユニゾンが割れている。それだけでも焦燥の汗が浮かんだが告げられた事実はさらなる驚愕の先にあった。
「ニャスパーが持っているのがEスーツだ。それの確保を、我々は命じられている」
まさかそこまで……! ハッと地上の〈もこお〉を振り仰いだヨハネにマチエールは冷静であった。
「大丈夫だよ。〈もこお〉を襲うって言うんなら、もっといいやり口があるし、それにあたし達をここに通したのだっておかしい」
「思っていたよりもエスプリは戦闘狂ではない、な。オクタンと渡り合ったのだからそれなりの場数慣れはしているとは踏んだが」
乾いた笑いを浮かべる相手にヨハネは警戒を解けなかった。しかし、オクタン使いは仕掛けてくる様子もない。
「ここに招いたのは、そっちだって掴みかねているんだろう? クリムガンの事を」
「ほう、言うじゃないか」
オクタン使いが懐に手を伸ばす。今度こそポケモンが来るか、と構えたが、手にしたのはマッチ箱であった。
「クリムガンは、特有の酸素供給器を持っている。だからそいつの通った後の穴は、こんな風に」
マッチが擦られると瞬時に巨大な炎が生じた。ヨハネは覚えず後ずさる。マチエールは臆する事もなくそれを目にしていた。
「酸素、ってのが多いんだろうね。クリムガンが瞬時に自分が棲みやすいように組み換えたんだ」
そんな事が、と口ごもるヨハネにオクタン使いは応じる。
「可能だ。何せ、ポケモンとは依然として未知の部分が多い生物であるからな」
その未知の部分に、土足で踏み込んでいるのがEアームズだとは思わないのか。ヨハネが詰問しようとするとマチエールが肩を竦める。
「どっちにしたって、言える話じゃないだろう?」
「どっちにしたってって……」
こちらには遠慮する事なんてないはずなのに、と言いかけてヨハネの脳裏に言葉が蘇った。
Eスーツもポケモンの能力を借り受けている。
その点ではEアームズと同じだと。
「ハッキリしているのは、ここでヒトカゲなんて出すなよ、って話だ」
フッとオクタン使いが火を吹き消す。攻め手を封じられたか、とヨハネが困惑しているとマチエールは出し抜けに言い放った。
「あのさ、持っていないんだから話はさっさとしようよ。もう気配で分かるんだから」
その言葉の意味を判じようとしているとオクタン使いが唇の端を歪めた。
「そこまで分かるものなのか?」
「一度戦えば、嫌でも、ね」
「その通り、今はオクタンは調整中でね。こちらだけが動いている始末だ」
相手は自分がポケモンを持っていないと明かした。ブラフか、と勘繰るがマチエールにはどちらにしても関係がないようである。
「あっても勝てるけれど?」
「その言葉、そっくりそのまま言い返そう。こちらも、なくても負ける気がしない」
お互いに強気な言葉を交わし合う。ヨハネは一触即発の空気を感じ取ったが、それを破ったのは梯子の付近にいるフレア団員だ。咳払いに、オクタン使いは笑みを掻き消す。
「失礼……。興が過ぎた。もう遊ぶな、との事だ」
オクタン使いは縦穴の壁に手をついてそっと撫でる。
「相当なパワーだ。クリムガン、かなりの戦力となるだろう。フレア団はそれを欲している。既にEアームズも建造中だ」
どうしてそんな事を教えるのか。対等な戦いのために必要だとでも言うのか。しかしマチエールの回答は違った。
「それを、推し進めたくない一派が、お前らか」
推し進めたくない一派? フレア団は全員、同じ考えではないのか? その疑問にオクタン使いが自嘲する。
「恥ずかしながらね。フレア団も一枚岩ではない。今開発主任を務めている人間は我々を高く買ってくれているが、同時にこうも感じている。この作戦が終われば、お役御免だ、と」
「つまりお前らは自分達の部隊がどれだけ利益を上げても、どうせ組織では遣い潰されるんだと、予感している」
パチンと指を鳴らしたオクタン使いが指鉄砲を作った。
「その通り。どう足掻いても組織は組織。殊に、フレア団は大きい。大き過ぎるほどだ。末端団員である我々には、その大きさが全くはかれないほどに」
「お前らは、自分達が安く見られている事に腹を立てている、ってところかな?」
「分かる奴じゃないか、エスプリの少女。そうだ、どれだけ武勲を立てたところで、主任は我々をこれから先も使い続けようって考えじゃない」
主任、という名前にヨハネはある人物を思い返していた。白衣の青年。前回、ルイを使っていた張本人。同じ人物である保障はないが、もしかしたら、という思いがあった。
「使い捨ての駒。しかも、その勝敗に関わらず、か。それはちょっとばかし、異議を唱えたくもなるね」
「オクタンを使うのにしても、対エスプリのためだけに使うのはもったいないと感じている。オクタンアームズにはまだ奥の手があってね」
そこまで話してもいいのだろうか、とヨハネは案じたがそれを知る時は恐らくどちらかの命がない時であろう。
「奥の手、ね……。面白いじゃん」
マチエールも俄然やる気であった。ヨハネは懸念事項を口にする。
「その、このやり取りでさえも、向こうに知られている可能性は?」
「既に確かめたが、枝はない。知られていたとしても、どうせ使い捨てだと思われているのだから、痛くも痒くも」
オクタン使いの言に果たして全てそうであろうか、とヨハネは周囲を見やる。自分ならば使い捨ての駒とは言えどこかに見張りくらいは立てるもの。
誰かがその主任とやらの使いではないという保障はないのだ。
「まぁ、ヨハネ君。その辺を気にしたって仕方がないって事だ。あっちも手ぶら、こっちも手ぶらだし」
「よく言う。そちらには頼りになる仲間と、ポケモンがいるじゃないか」
その通りだ。マチエールは三体のポケモンを有しているし、自分もゴルバットを持っている。数で有利なのはどちらかと言えばこちら。しかし、相手がオクタンしか持っていないとも誰も言っていない。
この状況、逸って抜いたほうが負ける。ヨハネはそう感じ取ると動けなくなった。余計な真似をすれば待っているのは死である。
「……マチエールさん、こいつら」
「分かっているよ。あんまり焦り過ぎても旨みがない。どうだろう? 最低限の情報だけを交換するのは」
「交換、か。しかし情報の質によっては交換が成り立たないかもしれないが?」
フレア団の情報をむざむざ渡すとは思えない。この場合、情報交換と言っても表層的なものとなるであろう。
「じゃあ質問だ。お互いに三つだけ、質問をする。それには絶対に答えなければならない」
三つだけの質問。しかし切り口のよっては一発逆転の可能性もある。乗るか、と窺っているとオクタン使いは笑みを浮かべた。
「いいだろう。三つの質問、乗ろうじゃないか」
来た。ヨハネはマチエールと目配せする。最初に聞くべき事はお互いに決まっていた。
「Eアームズを造っているのは誰だ?」
これによって相手に肉迫する事も可能となる。Eアームズの製造者さえ分かればユリーカとルイが突き止められるはずだ。
しかし、オクタン使いは逡巡さえも浮かべずに答える。
「主任研究員。通称、プロフェッサーC」
「答えになっていない」
「いいや、答えだ。以前までは副主任研究員を初めとしたあらゆるエキスパートが集っていたが、今は一極集中でね。一人の天才が、全てを配置している」
嘘ではないのだろう。しかし答えをぼかされた結果となった。だが、ヨハネには思い当たる節がある。
あの青年がプロフェッサーCなる人物だとすれば、自分と大して年かさも変わらないように見えた。そんな年齢の人物がたった一人で造っているというのか。馬鹿な、と思う反面、あり得るとも感じていた。
あの青年から感じ取れた超越者の眼差し。全てを見通している瞳であった。
「絶対的な一人が、フレア団を回していると?」
「おっと、それは二つ目の質問だな」
しまった、と口元に手をやる。余計な動きでマチエールの質問を一つ減らしてしまった。
マチエールは顎をしゃくる。
「そっちの質問は?」
「そうだな、こちらは……システムだ。そちらにあるのだろう、EスーツのOSを教えてもらおうか」
決定的な一打があるとすればこれだったのだろう。EスーツのシステムOSを教えるという事はこちらの手の内をある程度明かすという事。やられたか、とヨハネは歯噛みする。このやり方ではこちらばかり不得手に晒される。
「OSの種類は、あたしも知らない。ただ、Eスーツの自己修復機能だけはあるのが分かっている」
この状況ならばルイを隠し通すのは間違いではない。しかし、それは相手がルイの存在を知らない場合は、である。もし、少しでもルイの存在を察知していた場合、この回答はそれを秘匿しているのだと言っているようなものだ。
「オーケー、分かった。ならば二つ目の質問だ」
相手はしかし、踏み込んでこない。それは一つの質問で知れる範囲を的確に判じ、最大の情報を得て次の質問に移るべきだと感じているからだろう。
「何でも来い。あたし達に、隠し立てする事はない」
「ポケモンの所有数を教えてもらおう。この場合、全員の数だ。そこの少年も含めて、な」
この質問は浅いのではないか、と感じたが次の瞬間に、違う、と判じる。
こちらの戦力をはかる事は戦いを予感している側にとってしてみれば絶対的な指標になるのだ。
こちらは相手のEアームズの能力を知らない。しかし相手はある程度憶測を立てられる。この場合、はぐらかすべきか、と感じたが相手は自分も指定してきた。つまり、ヨハネとマチエールはお互いに能力を補完し合っていると分かっての質問だろう。
「……四体」
「そうか、四体、か」
やはり踏み込んでは来ない。それは質問の範疇を超えた詰問になってしまうからだ。相手が得たのはシステムOSの存在とこちらの戦力数。比してこちらはEアームズの製作者が一人であると言う、どこか疑わしい情報。
あと一回しか質問が出来ない。自然と強張ってくる中、マチエールは切り出した。
「先ほどの質問、回収していないよ。絶対的な一人が、フレア団を回しているのかな?」
ヨハネが逸って口にした質問をマチエールが問い質す。オクタン使いはしばし逡巡を挟んだ。
絶対的な一人、という質問のどこに悩む要素があるのか。ヨハネの考えを他所に相手は応じる。
「王、と呼ばれる存在を抱えている。絶対的な一人がその意味であるのならば、そうとも言える。Eアームズに関しては絶対的な一人、とも言えない」
煮え切らない答えだ。しかしマチエールはそれ以上を追及しなかった。むしろ何かを得たような確信に満ちた顔をしている。一体何が、とヨハネが感じているとオクタン使いが質問を投げた。
「最後の質問だ。どこで、カウンターイクスパンションスーツを手に入れた?」
それはヨハネにも分からぬ質問であった。マチエールの顔を窺う。彼女は苦々しい表情を浮かべつつ答えた。
「……悪魔の研究棟だよ。かつて、フレア団は悪魔を育てていた。その根城で手に入れた」
抽象的な答えであったがオクタン使いはそれで満足したらしい。首肯してこちらに声を投げる。
「ではそちらも。最後の質問を」
「ヨハネ君、君に預ける」
その言葉にヨハネは目を見開いた。
「僕に? でも、マチエールさんが聞いたほうが」
「いや、君でも分かっているはずだ。この場合、最後に聞くべき事は」
次に会う時は恐らく戦闘。その場合、エスプリに優位になる事柄と言えば……。
「オクタンアームズの、頭部のEアームズの能力。それを教えてもらいます」
そうだ。それだけが謎なのである。ヨハネの質問にオクタン使いは周囲を見渡した。
少しばかり答えづらいか。否、答えづらいなどというものではないだろう。オクタンアームズにはまだ見せていない能力があるに違いないのだ。
それをここで開示するのは相手にとってデメリットのはず。
どうする、とヨハネが出方を窺っているとオクタン使いが口を開こうとした。
「オクタンアームズの、能力は……」
そこから先が紡がれる前に縦穴が激しく揺れた。つんのめったヨハネをマチエールが抱える。
「この揺れ……」
「一旦出るぞ! 生き埋めになる!」
オクタン使いの声に全員が梯子から飛び出した。次の瞬間、縦穴を引き裂いて現れた影にヨハネが息を呑む。
「クリムガン……」
凶暴な爪と牙を振るわせて、クリムガンは咆哮した。その声に報道ヘリが動き出す。
「またしても! 凶暴な野性ポケモンが出現したようです! 穴に集まっている人々はその対策班でしょうか?」
報道ヘリのカメラにオクタン使いが判ずる。
「ここで寄り集まっているのは得策ではない」
「そうだね。あたしも、ここは散ったほうがいいと思う」
「最後に。オクタンアームズの能力の質問だが、そうだな、砲撃力の強化及び拡張、それがオクタンの真髄だとだけ言っておこう」
その言葉を潮にしてオクタン使いは駆け出した。ヨハネがそれを目で追っている間にマチエールも駆け出す。
「何やってんの、ヨハネ君。さっさと逃げなきゃ質問攻めだよ!」
ここは逃げるべきなのか。ヨハネは報道ヘリを仰ぎつつ、その場から逃げ去った。
しかしどこか、耳の奥にこびりついていた。クリムガンの鳴き声が。その咆哮の行く末が。