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鎧龍篇
EPISODE45 因果

「酷い有り様で……。砲撃部隊のやり口が透けて見えるようですね」

 報告するのは仮面を外しているヒガサであった。ホロキャスター越しのクセロシキの言葉は慎重であった。

『絶対に、証拠を残すんじゃないゾ。砲撃部隊はずさんだ。フレア団の隠密に亀裂を与える可能性がある』

「了解していますが、報道関係者が多くって……」

 こんな状態では隠密も何もあるものか。そう考えて対岸に視線をやった瞬間、ヒガサは硬直した。

 対岸で現場を見つめている二人に視線が吸い込まれる。

「特待生に……劣等生」

 あの日、辛酸を舐めさせられた二人が手の届く範囲にいる。その事実がヒガサに雪辱を晴らすための機会を与えるかに思われたが、今は、と奥歯を噛み締めた。

 今は、絶対に露見してはならない。雌伏の時だ、と自分に言い聞かせる。マチエールとヨハネは現場に赴き、調べを尽くしているようだった。だが、自分には気づいていまい。

『どうした? アリア女史』

 クセロシキの怪訝そうな声でようやく我に帰る。そうだ、今はフレア団のために動く「アリア」。「ヒガサ」ではない。

「いえ……、エスプリとその仲間が居たものでして……」

 濁した語尾に追跡するか否か、を問いかける。しかし、クセロシキは否と言った。

『いや、今はいいだろう。放っておくのもまた作戦の一環ダヨ。それにしたところで、エスプリ……辛酸を舐めさせてくれた割には単独行動はしないのか』

「あのエスプリは単独行動なんてしませんよ。決まって……同じ少年を連れています」

『その少年、詳細は』

「……いえ、不明です」

 クセロシキほどの上等幹部ならばこの程度の嘘、嘘としての意味もないほどであったが彼は詮索しなかった。

『そうか。まぁ、そこは一任するヨ。エスプリの様子は?』

「戦いに来た、という風ではないです。少なくとも」

 犯人は現場に戻るとは言うが、その一つなのだろうか。仔細に窺っていると、ヨハネが不意にこちらを向いた。

 心臓が収縮する。

 思わず、人混みの中に隠れた。対岸からすぐに自分を見つけ出せるとは思えないが、ヨハネの視界からは逃れたかった。

『どうした? アリア女史』

「いえ、何でもありません。……クセロシキ副主任。現場検証の限りでは、やはりクリムガンがどこへ行ったのかまでは」

 本来の目的を思い返し、ヒガサは声を吹き込む。クリムガンの追跡。それがフレア団の責務であったが、砲撃部隊とは別系統の作戦を執らなければならない。その理由は砲撃部隊には勘付かれると出し抜かれる恐れがあるからだ。

 同じフレア団といえども、全くと言っていいほど命令系統の違う部署。慎重を期す必要があった。

『やはり、か。いや、分かってはいたし、予想していた。クリムガンがあの後、どこへ行ったのか。追跡するにしても、クリムガンは既に手慣れた部隊からは離れ、単独の身。追うのはミアレの地下となれば難しくないと踏んだのだが』

「やはり今まで通り、同じ任務を帯びさせた追跡班に任せるべきでは?」

 半年も穴倉に潜って追跡した部隊がこの時期に砲撃部隊にその任を解かれるのはヒガサとて納得していない。

 しかしクセロシキは応じなかった。

『いや、それはもう主任の、プロフェッサーCのご決定だ。ワタシが口を挟んでいい領域ではなくなった』

 プロフェッサーC。通信の盗聴を危惧してその名で呼んでいるが実のところ主任研究員――シトロンにどこまでの考えがあるのかは不明である。

 彼はどこまで読んで自分達を誘っているのか。彼の配置要請通りに全てを進めているが、それさえも意図が汲み取れない部分が多い。

 自分達は彼の体のいい遊び道具ではないのだぞ。そのような抗弁を発しようとしても、天才に至ってみれば、凡人など駒以下なのだろう。

「……主任にどこまで考えがあるのかは謎ですが、クリムガン追跡において、我々の部隊を割くのも危険ですね。報道の目もあります。全てを掌握しているとは言え、今はネットもある」

『黒翼の妖精がネットを見張ってはいるがネ。その妖精の権限も全て、プロフェッサー任せとなれば勘繰りたくもなるヨ』

 つまるところフレア団において情報がオープンソースにされていない。それだけで不満を持つ人間は数多い、という事だ。

「解せないのは、クリムガンに関してもそうですが、今回のEアームズ。独断で主任が造ったと聞きましたが?」

 事の真相を確かめようとするとクセロシキは参ったような声を出す。

『……ワタシとしてもネ、掌握はしたいんだが、プロフェッサーは掴ませてもくれない。その辺り、凡人とは違うのだと思うのだが、いつ造ったのだろうネ? オクタンアームズなど』

 砲撃部隊の必要性を見越しての考えであったのか、それともたまたま造っていたEアームズに合致したから使ったのか。それらは全てシトロンの頭にあるだけだ。

「オクタンに関しての情報統制は敷かれています。気づかれる事はないかと思うのですが」

 エスプリに重点を置いた報道だけをしている。しかしどこで誰が眼を光らせているのか分からないのがミアレの街だ。

『どちらにせよ、こっちは追跡待ちというわけか。苦々しいネ……。難しいのはクリムガンの追跡だけじゃない。砲撃部隊の次の行動も、エスプリの行動予見も、か。我々に重責が随分とある』

 笑い話にもならない。ヒガサは一呼吸置いて声を吹き込んだ。

「現場からは、わたくしはこのくらいで切り上げます。あまり深入りしても、面白くはないでしょうからね」

『スクール時代の交友関係は広かったと聞く。その関連で追われては元も子もないからネ。アリア女史、深く静かに、潜行セヨ』

「了解」

 そう返してヒガサはホロキャスターの通話を切る。対岸を窺ってみるが、もうヨハネとマチエールの姿は見えなかった。

 覚えず握り締めた拳に力が篭る。

 あの日、自分は失った。だがあの日、奴は得た。

 理解者を、ともすれば一生かかっても得られない理解する人間を、得られたかもしれないのに――。

 悔恨が苦々しくこみ上げてきてヒガサは舌打ちする。

「せいぜい、今だけは、その身分を楽しむ事ね、特待生。それに劣等生も。今だけよ、そんなのが許されるのは」

 いずれカロス全土をフレア団が手に入れるために。

 その時、全てが変わるのだ。約束の日のためならば自分は身体を炎に投げ打とう。

「……どこまでも、無関心を気取れるのは、今だけなのよ、特待生」


オンドゥル大使 ( 2016/11/29(火) 21:56 )